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歌舞音曲

 それからというもの、僕はなにかする暇もないくらい、休みになれば志乃に誘われ、ついていき、そしていつのまにか同衾していた。  誘われると嬉しい気持ちが何よりも大きく、薄弱な意志が憎たらしい。  そのため、何かせねばとも思ってサークルに入ってみた。  「女性歌劇を嗜むサークル」である。親戚や知り合いの親戚や……というより、実の母が元劇団員である。多数の知り合いが居て重宝されている。メンバーは殆ど女性であるし、そして、僕の出る舞台も観に来てくれたりするので、参加率は悪いなりに楽しんでいる。  「ちょっと、本当に心配になってきた。本当に彼女作る気ある?結婚する気、ある?」  「まず女の子の友達が出来ないと……」  「それはそうだし、僕は日本で育ってないから細かくはわからないけど、それでもわかるよ。絶対恋愛対象の扱いされてない。ただの女子枠、しかもかなり便利な」  娘役だった母を囲み、サークルの子達が秋薔薇のお茶会なんぞをやっている中にいつの間にか志乃は紛れ込んでいる。見た目が美少年なのであまり違和感がない。僕のほうが違和感だ。  「友達から始まる事だってある」  「それはそうだけどこの場合は……」  「もう……余計な事言うなら帰ってよね……」 「ごめんごめん、もう余計な事は言わないから赦して」  志乃は、僕の耳と頰を撫でて笑う。少しだけ溜飲が下がった。  女の子達が何かこそこそと言っているが、よく聴こえなかった。  「自分でうごいてみる?」  半分ほど飲み込んだ状態で引っ張られて、胡座をかいた志乃の上にまたがる。  「うん……」  「自分の好きな所当てて」  頷いて、カクカクとぎこちなく腰を動かす。  「いつも僕がやってるみたいに、やらしく腰動かしてごらんよ」  「んっできな……い……」  カクカクしていても、気持ちいいし、気持ちいいからカクカクしているのだ。  「昨日帰りがけに女の子達からきかれちゃったよ、二人は恋人同士なの?って」  「ちがう……」  「うん、お付き合いはしていないですよ。ってお答えしておいたよ」  なのにセックスはしている。  「へんになっちゃった……」  「変になれば良いよ」  「そうじゃなくっあっっんっっ」  急に腰を動かされる。力が抜けてしまい、再び仰向けに倒れた。  「かわいいかわいい僕のお馬鹿さん……早く諦めな、絶対女の子抱けない」  「ひどい……」  酷いことをして、酷いことを言われ、ひどいことを言って、傷付けて、甘やかされて。もうダメだと思った。  「しばらく志乃とエッチな事しない」  「そお、じゃあエッチな事はしないから上野動物園に行こうよ」  「それなら良いよ」  「嬉しい、ありがとう。帰りに鰻でも食べよう」  「予約しておくね」  健全な友達の日だって過ごせるのだ。  そんな、我ながらゴミクズの様な日常を過ごす中で、香梅おじ様からお稽古に呼ばれた。  棒縛だ。棒縛を志乃とやれというのだ。棒縛はぴったりと息を合わせて棒に括られ紐で縛られて酒を飲み、酔っ払う。何故かお祖父様も同席していた。  「結構じゃないか、あんた達はお互いと初めて踊るとはとても思えないねぇ」  香梅おじ様が呆れた声になる。  「どうせ夜毎踊ってるんでしょうこの二人はね、嫌に近いんだから、卑猥に見えて仕方が無いよ」  「ハハ、バレていましたか」  志乃が苦笑いをする。  「そりゃあ楽屋でも稽古でも休みの日でもベタベタベタベタと……」  「父さんには言わないで!」  思わず、僕は祖父の前に滑り込み、膝をついた。  「やっぱりそういうことかい……」  祖父は呆れた顔になった。  「あんた達は、好き合ってるのかい?火遊びでなく?」  「好き合ってるけど、彼は後々子供の初舞台を夢見て火遊びのおつもりですよ」  「律儀だねえ!」  「バカバカしいねぇ、跡取りなんてのはね、どっかから連れてきて、上手い人からならせなさい」  「そうだよ、あんたのお父さんが俺の後を襲名したのは俺の子だからってんじゃないよ、芸が上手かった、それだけだよ」  「そういえば、あの子があんた達くらいの頃に、あたしが教えてあげるからって言いながら膝触ったらびっくりして仰け反って後ろにゴロンゴロンと転がってから見事立ち上がって、走って逃げたのさ、傑作だったね」  「そんな事してたのかい……親父ほどの年の化け物ババアに迫られたんじゃホモ嫌いになって当然じゃないか」  香梅おじ様はカッカッカと笑っている。昔のおじ様はもっと妖艶で怖ろしく、厳しい雰囲気だった気がしていた。  「あんたたち、若手の会に推薦しといたから、棒縛のお稽古しっかりやりなさい、とくに志乃……じゃなかった鶴之助はね、ここでしくじると後がないよ」  「はい」  「ありがとうございます」  「それじゃあ行きましょうか……」  「何処へだい?」  「決まってるじゃないの飲みによ、おごるわよ」  「っかあ!どうせあんたのごしいきに持たせた自分店でしょ!」  「他にホモの孫連れて行くのに何処があるって言うのさ、言ってごらんよ堅物」  「まあ、あすこは良い店だわな……真面目だし、いつまででもあんたを大事にしてくれるのがわかる、律儀な子だよ本当に」  二人は洋服に着替えると、ハンチングとキャスケットをそれぞれ被り、そそくさと外に出ていく。  僕は目を白黒させてついていく、香梅おじ様とこんなに長く居たことがなく、驚いていた。通し稽古での厳しい物言いの印象が強く、困惑してしまう。  「あれあれ、お師匠様方じゃないですか」  「なんだい晴太郎、きてたのかい……」  「ええ、私は居続けですよ」  「相変わらずのバカだねえ……」  晴太郎は香梅おじ様のお弟子さんで、そっちの方でもあっちの方でも香梅に惚れ込んでいると言われているが役者としての才能も部屋のお兄さんの才能にも乏しい。ただの愛されキャラ。マスコットの様な人だ。  志乃は露骨に嫌そうな顔をした。何かあるのだろうか?  飲み屋さんはカウンターと少しテーブル席があり、とても美しい着物姿のニューハーフのお姉さんと、どこか男性の残るお姉さんたちが居る。春太郎はカウンターでお姉さん達と話していたらしい。  「しょうがないね、あんたもこっちにおいで」  「ありがとうございます」  全員にお酒が行き渡った所ではたと気付き、志乃からグラスを取り上げた。  「やだな……賀朝お兄さん……これはノンアルコールですよぉ」  「そうなの……?」  「そうですよ、飲んでみます……?」  志乃は棒で縛られた形になって口にグラスを寄せてくる。お稽古では僕が縛られていた。  「ヨッオウカヤ!」  晴太郎が叫ぶ。 チビリと飲んでみて。  「甘い」  「そうですね、お酒はちょっと苦いですからこれは違いますね。じゃあ今度はお兄さんの番ですよ」  「マッテマシタ!」  背中にグラス持って飲ませる。  「お兄さんのは梅酒ですね!ちょっとだけ苦みがありますからお酒ですね!」  ん?何だか変だぞ……でも良いのか……?  よくわからなくなって来た所で、志乃が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろうと思う事にした。  「ちょっと純粋培養し過ぎたね、これ、バカと紙一重だね。間違ったら悪い女に引っかかってたねホモで良かったじゃないか」  「うーん、この子はね、とにかく良い子だったんだよなあ……」  「だから、こんな悪い男に良いようにされちまうんだね。でもよかったよ、おんなじ役者でさあ。だめだよこれは外へ出しちゃ」  祖父は頭を抱えていた。  「祥明、お前のお父さんの事は心配するな、子供だってね、血じゃないんだよ。他所の子でも我が子みたくきちんとお稽古してあげれば良いんだ」  「うん……」    「あっもう!触らならいでくださいっていつも言ってるでしょ!」  志乃がべしりと晴太郎の手を叩く。しかし、懲りない晴太郎は志乃の尻を掴んで離さない。  「昔みたいに遊ぼうよ」  「もう嫌です!」  志乃が晴太郎から逃れようと身を捩って、ぶつかってくる。  「仲良しですね」  志乃を腕に隠して晴太郎を見つめる。  「子供の頃よく遊んだからね」  目を細め、懐かしむ様に志乃を見る。  「嫌がってる事をするんじゃないよ」  香梅おじ様が嗜める。  「はーい。帰ったら続きしよう」  「しないです」  むくむくむくと、得体のしれない感情が湧き上がって、頭がカッと熱くなる。奪われてしまいそうな恐ろしさと、何故か晴太郎だけでなく被害を受けている志乃にも腹立たしく感じる。  「連れて帰る……」  「え?」  「志乃くん連れて帰る!」  志乃の手を取り、お店を飛び出す。  「何処に……?」  ぎゅっと強く手を握って、痛いかもしれないが、それでも構わないという気持ちだ。こんなに暴力的な気持ちは初めてだ。強く手を握る程度だが……  「僕のマンション」  「マンション?」  「一人は寂しいからあんまり使ってないけど、大学の側にある」  「なんで今までホテルだったの……」  「一人の家って、家族と恋人しか入れないのかと思って……あと家政婦さん……」  「なるほど……いいの?」  「うん……」  飲み屋さんから、タクシーに乗ってすぐだ。タクシーの中でもずっと手を繋いでいた。どちらも手を離さなければ、繋いだままだ。

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