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第3話

この世界に生まれて、第二次性というものをちゃんと知ったのは十二歳の頃だ。 保健の授業でα、β、Ωというものがあることを知った。 同性のカップルは異性のカップルに比べれば少ないが、珍しいことではない。 それでも多くの友人の母が女性なのに対して、我が家のような男性の母がなぜ少ないのか。そしてなぜ男性の体で子を産めるのか。その理由を知ったのはこの頃だ。 子を成すことに繋がる行為、そしてその行為をおこさせる『欲』というもの。 十二歳の俺は机に座ってポカンと口を開けて聞いていた。どこか他人事のように。 それから二年足らずで、その『欲』の怖さを知ることになるなんてその時は思いもしなかった。 ーー 「保健室行ったら、Ωの子が薬もらってたわ」 体育の時間に肘に擦り傷をつくって保健室に行っていた内海が、戻ってくるなりそう言った。 「保健室入ろうとしたら先生にすぐ止められてさぁ。その子が落ち着くまで入らないでって言われて。結局廊下で手当てしてもらった」 そう言いながら絆創膏が貼られた肘を見せる。 「抑制剤ってすぐ効くもんなの?」 基依がちらりと明の方を見て聞いた。 「うん。結構すぐ効くみたいだよ。今は即効性のものが出てるって母さんが言ってたし」 「えっ、明の母親もΩ?」 内海が驚きの表情で聞く。 「あっ、まぁ。あと薬剤師だから薬に詳しいってのもあるけど」 明は眉尻を下げて答える。あまり詮索されたくないことだ。 「へぇ、やっぱり遺伝なんだなぁ。第二次性って」 基依がケロッとした顔で言う。 さらに何か言われるかなと明が身構えると、基依は明ではなく内海の方を見てニヤリと笑って言った。 「それより内海君。君彼女いるって本当?」 「げっ!?何で知ってんだよ?!」 慌てたような顔をして内海が一歩下がる。 「お前と同中のやつから聞いた〜。しかも付き合ってもう2年くらいなんだって?可愛いとこあんじゃん内海ー!」 「えっ!2年?!すごっ!」 明も前のめりで驚く。 「てことは中1くらいからってこと?内海一途!!」 数ヶ月単位で恋人が変わる兄を近くで見てきたからだろうか。なんとなくカップルというのはそういうものなのだと思い込んでいた。 年単位で付き合っているなんてまるで奇跡のようだ。 「で、どうなんですか?」 何か含みをもった言い方で基依が内海の肩を突く。 「えっ、どうって何がだよ」 内海はとぼけた顔をしたが、基依が何を聞きたいのかはわかっている様子だ。 「何がって何がでしょ?そうかそうかぁー。内海君はもう経験済みなのかぁ」 答えを聞くまでもないと思ったのか、基依はうんうんと頷いた。 「そういう基依はどうなんだよ?お前軽そうだからもうやっちゃってんじゃないの?」 反撃するかのように内海もニヤリと笑って聞く。 「想像にお任せするわー」 「はっ?ずりぃー?!ならまだ童貞ってことにしとくからな」 「どうぞどうぞー」 基依と内海のふざけた小競り合いを明は無言で見つめる。 中学では学校でこういった話題が出ることはなかった。 と言うよりも、なんとなく明の周りではこの手の話題が避けられていた。 幸がΩだとわかってから、性に関する話題はまるでタブーのようになったのだ。 だからどう反応していいのか分からない。 すると内海がチラリと明を見て言った。 「明は、なさそうだよな?めっちゃ純粋そうだもん」 「え・・」 明は思わず言葉に詰まる。 『何』がなさそうなのか。 聞かれていることはわかる。 明の頭に昴とのことが浮かんで思わず掌を固く握った。 「あはは!ないない!俺モテたことないから!」 掌をギュッと握り締めたまま明は笑って言う。 そう、あれはそういうことではないのだ。 だってあれは・・ 幸の代わりなのだから。 ーーー 「え・・今なんて言った?」 あと数日で夏休みといった中学二年生のある日。 幸の言葉に明は耳を疑った。 「彼氏って聞こえたけど?」 あまり来たことがない学校の三階の渡り廊下に呼び出されたかと思ったら、幸に一人の男子生徒を紹介されたのだ。 見たことはある。三年の先輩だ。髪は短く切り揃えられていて、いかにもスポーツマンといった出立だ。確かサッカー部に所属していて、最近引退試合で盛り上がっていたような気がする。 「この間この三石先輩に告白されてさ、付き合ってみることにしたんだ。明には隠し事はしたくないからちゃんと紹介したくて」 「・・・」 突然の展開に明は言葉が出てこない。 幸がモテることはわかっている。 小学生の頃から男女問わず幸を好きだという人物はいた。 けれど幸は今までそれらを全て断ってきた。 昴にとって幸が特別な存在のように、幸もまた昴のことを特別な存在と思っている。明はそう思っていた。だから誰とも付き合わないのだと。 『昴は・・?』 そう喉から出かかったが、すぐに口を閉じる。 もしかしたら三石先輩は昴のことを知らないかもしれない。 明が黙っていると、幸が首を傾げながら聞いた。 「明、ダメかな?」 「え・・ダ、ダメって、何が?」 動揺を隠せず思わず言葉がつっかえる。 「三石先輩と付き合うこと。明が嫌だったら俺付き合えないよ」 「な、なんで・・俺が嫌だったら付き合えないの?」 「だって家に来てもらったりすることもあるだろうし。その度に明に嫌な思いさせたくないもん」 「・・・」 幸が恋人を作るという判断を、こちらに委ねられているということだろうか。 けれど・・ 「・・別に、俺嫌じゃないよ・・」 明は小さい声で呟く。 「えっ、本当?」 パッと幸の表情が明るくなった。 「幸が好きならいいんじゃない?」 明のその言葉で一瞬幸の表情が固まる。 しかしすぐに片頬だけあげて微笑みながら言った。 「・・・うん、そうだね。ありがと」 笑っているけれど黒く大きい瞳は動いていない。 本当にその人のこと、好きなの? そんな疑問を抱きながらも、明は受け入れるしかない。 ここで反対したら、この先輩からどう思われるか。 簡単に想像がつく。 幸や昴と違って自分は簡単にマイナスな感情を持たれる存在なのだ。 「幸のこと、よろしくお願いします」 明がそう言うと、三石先輩は「うん」と小さく返事をした。 昴のことを考えたら反対するべきなのだろう。 けれどそれは『二人』の問題だ。 この先二人がどうするのか、明は見守ることしかできない。双子とはいえ、幼馴染とはいえ、所詮は部外者なのだから。 「幸、恋人が出来たんだってね」 部活動からの帰り道、並んで歩いていた昴が正面を見ながら言った。 明は思わずギクリとして肩を揺らす。 「・・あ、幸から聞いた?」 「うん。部活行く途中に幸と会って。今日から彼氏と帰るから部活の応援行けない日が増えるかもって言ってたよ」 昴は少し微笑みながら言う。 元々穏やかな性格で滅多に激しい感情を表すタイプではない。それでも幸に恋人ができたという話は、昴にとって楽しいものではないだろう。 「・・昴、大丈夫?」 「うん?何が?」 明が心配そうに聞くと、昴は何を心配されているの分からないといった顔をした。 「・・・」 触れられたくないのかもしれない。 ならばこれ以上探るのはやめよう。 「なんでもない!あーあー。やっぱり幸に先越されたなぁー。まぁ当たり前だけど!」 明は両手を頭の後ろで組み明るい声で言った。 「当たり前?」 昴は首を傾げる。 「当たり前じゃん!幸は昔からモテたからなぁ!みんな幸!幸!って。ほら、はないちもんめとかさ!」 「はないちもんめって・・遊びの?」 「そうそう!あれやるとさぁ、みんな幸を絶対選ぶんだよなぁー。あ、昴もよく選ばれてたか!あはは!」 「・・俺、じゃんけん弱かったから選ばれるの嫌だったなぁ」 「えー。贅沢な悩みだなぁ〜。俺は俺を選んでくれーっていっつも祈ってたけどなぁ。でも全然名前呼ばれないの!」 そう。いつだって最後まで残ってた。 今思えば、あれが初めて感じた自分と幸との違いだったかもしれない・・ 子どもは残酷で正直だ。選びたいものを遠慮なく選んでいく。 選ばれない方の気持ちなんて気にもせずに・・ 「・・明。俺は・・」 「あっ!そうだ!昴、今日俺の部屋寄って行く?!」 昴が気遣いの声をかけようとしてくれている事に気がつき、明は慌てて話題を変える。 「え・・?」 「ほら、この間俺が買った漫画。読みたいって言ってたじゃん。幸もう読み終わったから昴読んでいいよ!」 「あぁ・・ありがとう。じゃぁちょっとだけ明の部屋行こうかな」 「うん!」 なんとか誤魔化せただろうか。 昴に気を遣わせてしまった。 卑屈な発言をした自分が恥ずかしい・・ 「ただいまぁ」 明は玄関の鍵を開けて扉を開くと小さい声で言った。 両親はまだ仕事だ。 幸も彼氏と一緒に帰ったらしいので、どこかに寄って来てるのではないか。 そう思ったがふと下に目をやると、汚れたスニーカーが二足並んでいる。 「あっ・・」 明は慌ててそれを自分の体で隠そうとしたが、それより先に昴が口を開いた。 「・・なんか匂いが、する」 「え?匂い?」 スンと鼻を鳴らしてみる。しかし明にはよくわからない。 「匂いって、どんな・・」 そう言ってふと横に目をやると、昴が口を押さえて俯いていた。 「昴・・?大丈夫?気持ち悪いの?」 明は昴の背中を優しくさする。 「・・っ!ちが・・」 ビクッと昴の肩が揺れた瞬間、階段の上から声が聞こえた。 「・・・ぁ」 幸が先輩と話している声かな・・? ジッと耳を凝らす。 しかしそれが話し声ではないことはすぐにわかった。 「・・っ・・ぁ・・」 「え・・・」 明は思わず顔を真っ赤にして硬直する。 今まで聞いたことのない、幸の甘ったるい声。 その声が意味することが何なのか。 経験や知識なんてほとんどない十四歳でも、想像はついてしまう。 「ちょ・・何やってんだよ、あいつ〜・・」 明は眉間に皺を寄せて声のする上階へと目を向ける。 たしかに『家に来てもらうことも』なんて言ってはいた。 けれど恋人を家に連れてくるということがどういう事なのか、あの時の明にはよくわかっていなかったのだ。 「・・明」 震えるような声で名前を呼ばれ制服の袖を強く掴まれる。 横を見ると、昴が青白い顔で口を押さえたまま震えていた。 息遣いがいつもより荒い。それに目の周りがジワリと紅く滲んでいる。 「・・・昴?」 「・・明、ごめん。俺、外に出たい・・」 そう言っておぼつかない足で玄関の外へと向かう。 「あっ、ちょっと大丈夫か昴!」 フラフラとしながら歩く昴の腰を支えながら明も一緒に外へと出た。 静かに玄関の扉を閉めて再び鍵をかける。 今、この家の中で何が行われているのか。それが外に漏れてはいけないような気がした。 「昴?大丈夫?」 まだ俯いている昴に声をかける。 好きな人のあんな声を聞いてしまったのだ。 きっとショックに違いない。 「と、とりあえずさ、昴の家行こうよ?俺も今あの家に帰るのは気まず過ぎるし」 明がそう言うと昴は俯いたまま小さく頷いた。 それからすぐ隣の昴の家に行き玄関の扉を開ける。 開けたのは明だ。昴はずっと口を押さえたまま俯いているので、昴の鞄から勝手に鍵を取り出した。 「お、お邪魔します」 誰もいないことはわかっているが一応そう言って玄関の中に入る。 「とりあえず・・昴の部屋行く?」 そう言って昴の方に目を向けた瞬間、グンと肩を捕まれ強く壁に打ち付けられた。 「わっ!いてっ・・」 明は突然の痛みに顔を歪ます。 「ちょっ・・昴!何するんだ・・」 昴に掴み掛かろうと手を伸ばしたが、目の前の昴を見て明は息を飲んだ。 縁を赤く滲ませた瞳は変わらない。しかし先ほどと違って頬は紅潮している。 固く結んだ口からは荒い息遣いが聞こえ、まるで今にも噛みつこうとしている獣のように見えた。 「・・・昴?」 ジワリと額に脂汗が浮かぶのを感じる。 今のこの昴の状態は、もしかして・・ 「昴、ラットってやつになってるの?」 保健体育で習った言葉を頭の引き出しから引っ張って言ってみる。 『ラット』 α性の者がΩの発情にあてられて自身も興奮状態になってしまうこと。たしかそう言っていた気がする。 先ほど昴は匂いがすると言っていた。 それはαが感じ取ることができるΩ、つまり幸のフェロモンだったのではないのか。 「昴、お、落ち着いて。深呼吸しよ?!ね?」 しかし授業でその現象について習ったとはいえ対処法は知らない。 明はとりあえず昴を宥めようと昴の肩に手を伸ばした。 「・・めい・・」 「え・・」 ー昴がやっと喋った。 そう思った瞬間、グイッと両頬を両手で引っ張られ何かが唇にぶつかる。 「・・?」 突然のことで思考が追いつかず明は瞳をパチクリと瞬いた。 唇が湿っぽい。それに昴の顔がとても近い。 これは・・ 「ふぅっ?!」 昴にキスされている?! 驚きのあまり叫びそうになったが、唇が重なっているため変な言葉を発しただけになってしまった。 「・・ぅん・・う〜」 なんとか離れようと試みるが、明の頬を掴む昴の力が強くビクともしない。 なんで?興奮状態ってこうなるの?! 混乱していると、ぬるりと温かいものが口内に入ってきた。 「っ?!!」 驚いて自身の舌で押し出そうとしたが入ってくる力の方が強い。 あっという間にそれは明の口の中を艶かしい動きで満たしていく。 「ふぁっ・・あぅ〜」 口が開いたことで声は出るが言葉を言うことは出来ない。 これがαのラットというものなのか? 目の前にいるのは好きな相手ではないのに、それも分からないくらい欲を抑えられなくなるのか? 「・・ぅっ!うっ!!うっ!!」 明はドンドンと両手の握り拳で昴の胸を叩いた。 なんとか目を覚まさせるためだ。 何回かドンっと力強く叩くと、昴の身体はビクッと震えゆっくり明から離れた。 「・・あっ・・明・・ごめ」 昴は狼狽の表情を浮かべる。自分が何をしたのか分かっているようだ。 「お、俺・・・明に・・」 「・・大丈夫。わかってるから」 明は口を軽く手の甲で拭きながらチラリと昴を見た。 「え・・分かってるって・・」 「昴『ラット』ってやつになっちゃったんでしょ?俺にはわからなかったけど、さっき幸のフェロモンが出てたんだよな?だから昴興奮しちゃったんでしょ?」 「・・・」 昴は口を開けたまま黙って明を見つめる。 「興奮状態ってすごいんだな。目の前にいるのは幸じゃなくて俺なのに、それも分からないくらいになっちゃうんだな」 明は昴がなるべく気にしないようにと明るく話した。 「あっ、俺は全然気にしてないから昴も気にするなよ!それより問題は幸だよな。幸のああいう現場に居合わせちゃうと昴辛いし、幸にはやっぱり家に彼氏連れてくるなって言うしか・・」 そこまで言ったところで、ガシっと手首を掴まれる。 「え?昴?」 「・・俺の、問題だから幸に我慢させるのは悪いよ・・」 「でも・・昴だってさっき苦しそうだった。最初俺の家にいる時匂い嗅がないように我慢してたんだろ?」 「そうだけど・・αの生理的なものだから仕方ない。幸が悪いわけじゃない」 「・・・」 どこまでも幸のことを優先して考えるんだな・・ 明は改めて昴の幸への想いの強さを実感する。 「でも、じゃぁ・・どうする」 明が問おうとすると、掴まれた手首にググッと力が入るのを感じた。 「っ?!昴痛いって・・」 「明が・・手伝ってくれない?」 「え・・?」 何を言われているのか分からず明は首を傾げた。 「この・・興奮静めるのを明に手伝って欲しい・・」 「・・・」 昴は先ほどと同じ力で明の手首を掴んだまま視線を向ける。 熱を帯びた瞳だ。どうやらまだラット状態は解消されていないらしい。 明は昴から離れたくて後ろに下がろうとしたが、すでに壁際に攻められていて動けない。 「て、手伝うって・・なんで?」 「・・・一人じゃ上手く収められない気がするんだ。触りたいって気持ちが強くて・・でも、幸には恋人がいる。俺が無理やり番にしちゃったらダメだろ・・だから、その・・明に手伝ってもらいたい・・」 「え・・・」 昴の言葉に明は驚いて息をのんだ。 優しくて穏やかで、そして誰よりも幸を大切にしている昴が? その昴が幸を無理やり番にするって? ラット状態というのはそんなにも恐ろしいものなのだろうか。 もし、昴が抑えられなくて幸を傷つけてしまったら・・ 幸と昴の関係が壊れてしまう。今まで大切にしてきたものが、きっと一瞬で・・ 「・・・」 明はゴクリと唾を飲む。 それから掠れたような声でボソリと言った。 「・・わかった。いいよ・・」 明のその言葉を聞いて、昴の眼光が鋭くなる。 「・・・本当に?」 「うん・・それで幸も昴もどっちも傷つかないなら!俺は二人に仲良しでいてほしいもん」 「明・・」 昴の瞳が何か言いたげに揺れる。 自分でこんなこと持ちかけておいて迷いがあるのだろうか。  もしかしたら、無しってなるかな? 明がふとそう思った瞬間、強く腕を引っ張られてトンと昴の肩に鼻をぶつけた。 そして耳元でボソリと昴が言った。 「じゃぁ・・俺の部屋行こう」 「・・・」 ・・やっぱり無しにはならないのか・・ 「うん。わかった」 明は眉尻を下げて微かに笑みを浮かべると、靴を脱いで昴の後をついて行った。 簡単な、触り合いっこというやつだろうか。 「同じように真似してみて?」という昴の言葉の通り、明は昴がするように手を動かす。 「・・っ!」 人に触られたことのない場所を優しくなぞられ、思わずビクッと肩が揺れた。 力加減が分からないまま、明も昴のそこを触ってみる。ラット状態だったからか最初から硬くなっていたが、明が触るうちにさらに熱を持ち始めたような気がした。 「こ、これでいいの?昴大丈夫?」 恥ずかしさを隠すように明は笑いながら尋ねる。 「・・ぅん。ありがと・・」 昴がそう短く答えると、先ほどよりも強く昴の手が動き始めた。 「あっ・・・ちょっ・・すばるぅ」 変な声が出てしまい、明は慌てて昴の名前を呼んで誤魔化そうとする。しかし昴の耳には届いていないのか、勢いは変わらない。 腰が引けて小刻みに肩を震わす。 「ぅぅ〜・・」 一人で自慰行為をしたことは何回かある。 なんとなく気持ちよくて、終わった後スッキリして。それで満足感に満たされる。 これもその行為の延長線上にあるものだと思っていた。 けれど二人でやる行為は思っていた以上に恥ずかしく、コントロールが効かず、そしてなんだかもどかしい。 明も負けないようにと昴と同じくらいの強さで昴のそこをあつかう。 ー昴、これで気持ちいいのかな・・? 訳もわからないうちに、そこは熱くなり気がつけば明も昴もドロリとした欲を放っていた。 「・・・」 呆けた顔で自身の手を見つめる。 それから昴の方に顔を向けると、昴は目頭を赤くして明を見つめていた。 「昴?どうした?」 「・・明、ごめん。ごめんね。こんなことに付き合わせて・・」 そう言う昴から今にも一つ涙がこぼれ落ちそうだ。 「えっ!まっ、待って!」 明は驚いて昴の両肩を抱きしめる。昴が泣いてるのを見たのはあの日、昴が幸に恋をしたあの時以来だ。 「なんだよ!なんでここで泣くんだよ!?」 「・・だって、こんなことに巻き込んで・・俺が抑えられなかったのがいけないのに」 昴の弱々しい声が肩越しに聞こえる。 「明に気持ち悪い思いさせてごめん・・」 「なっ・・お、俺別に嫌じゃなかったよ!それに気持ちよかったし・・こんなことならいくらでも付き合ってやるから気にすんなよ!」 弱っている昴を見て、明はなんとか元気づけなくてはと明るく言う。 「ほら、俺はβだからさ、αのお前やΩの幸の大変さって全然わかってやれないけど・・でも友達なんだから協力出来ることはするからさ!」 「・・・明」 「昴が幸のこと大切に思ってるのわかってるから!もし、ラット起こしそうな時は俺がその・・また手伝ってやる!幸の代わりにはならないかもしれないけどさ!な?」 明は昴からそっと離れるとドンと自分の胸を叩いた。 「・・うん、本当にありがとう・・明」 昴は節目がちにお礼を言う。けれどその瞳に光は戻っていない。 ーまだ何か、気になることがあるのだろうか? 「昴、俺は何があっても友達だから!大丈夫だから!」 覗き込むようにして明が言う。気持ちが伝わるようにと眉間に皺を寄せたので、少し怖い顔になってしまった。 しかし昴はそんな明を見ると、フッと小さく笑って「うん・・」と優しく頷く。 どうやら少し安心したようだ。 それからその日は二人で手を洗って、幸の彼氏が帰るのを待つため夜まで昴の部屋でゆっくりと過ごした。 それからというもの、幸が彼氏を連れてくる日は明は昴の家に避難するのがお約束となった。 そして時々興奮を抑えられない昴の『手伝い』をする。 そんな関係がもう二年近く続いている。 昴が幸に告白したら上手くいくのではないか? そしたらもう、こんなこともしなくてはいいのではないか? そう思うのに、昴はなかなか行動を起こさない。 幸はその間にも数ヶ月単位で恋人が変わっていく。 幸曰く、自分を理解してくれる一番の人を見つけたいそうだ。 それならば昴が一番だろうに。 なのにまるで駆け引きでもしているかのように、二人の関係は動かない。 きっと、昴は幸から言ってもらうのを待っているのだろう。 幸の意思を尊重する。それが昴の考えだからだ。 ーー 「幸がモテるからいけないんだよなぁ」 「へ?」 明の呟きに基依が反応した。性経験に関する話からの流れだと思われたのだろう。 「なに?やっぱり明の兄貴モテるの?Ωだからもう経験もあるんだろ、きっと」 「えっ・・あぁ、いや・・うーん、どうだろう・・」 まさか突っ込まれるとは思っていなかったので、明はしどろもどろに答える。 すると内海も興味あり気に身を乗り出してきた。 「明の兄さん美人だったもんな〜!!あの一緒にいた人彼氏なんじゃねーの?」 「あー・・違うよ。昴は幼馴染。まぁ、二人とも仲良いけどさ」 それでも彼氏とは違う。なんとも微妙な関係だなと明は改めて思う。 「あぁ、この間言ってた部活が一緒だったっていう背の高い奴ね」 基依が肘をついて横目に明を見た。 「そいつ、もしかしてα?」 「えっ!うん、なんで分かるの?」 言い当てられて明は驚く。 「だってカラオケの時チラッと見た感じでもβとは違う雰囲気出てたし。明の話聞いてて能力高そうなのも伝わってきたしなぁ」 「えー?!Ωとαで一緒にいんの?それってヤバくない?!」 内海が興奮気味に聞いた。 「えっ、ヤバいって何が?」 「だってαはΩのヒートにあてられたら抑え効かなくなるんだろ?もし急に発情期きちゃってうっかりやっちゃったらどうするんだよ?」 「あぁ、それは・・」 そこまで言って明は黙る。 やはりΩとαとなると、そういう考えになるのは当たり前だ。 そういう性だと思われているのだ。 けれど・・ 「まぁ、でも幸達は大丈夫だよ」 「なんで大丈夫なんだ?」 基依が首を傾げる。 「幸はちゃんと薬飲んでるし、昴は幸のことすごい大切にしてるから。昴が幸を襲うなんてあり得ないと思う」 「はー。その昴ってすごい信頼できそうな奴なんだな」 内海はのけぞって言った。 「まあね」 明は口の端を上げて笑う。 そう、信頼できるやつだ。 幸のことに関しては特に。 「じゃぁ、昴が明の兄貴の番になってやればいいのにな」 基依がケロッとした顔で言った。 「・・・そうだね。そうなったらいいけどね」 先ほどより力無く笑って明が答えた。 そうなればいい。 そうすれば、小さい時から抱えてるこの鬱屈とした感情も嫉妬も消えて無くなる気がする。 幸のことも、昴のことも大切に思っている。 でも俺は・・ 彼らとは違う世界で生きていきたい。

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