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第4話

自分で選んだ、自分の好きなものに囲まれて、綺麗に並べて飾って、居心地の良い場所を作っていく。 この世界は怖いから。 自分の心を守る盾は自分で作らなくてはいけない。 「幸君、これありがとう!楽しかったー!」 そう言ってクラスの女子生徒が先日貸した小説を返してきた。 「楽しかったなら良かった。俺この作家の本たくさん持ってるから興味あったら貸すから言ってね」 幸はニコリと笑う。 その笑顔を見て、目の前の彼女もそれを遠巻きに見ていた他のクラスメイト達も頬を染めた。 「幸君から本借りたのー?いいなぁ」 女子生徒が友人の元へ帰ると、その子を取り囲んでコソコソと話す声が聞こえる。 「たまたまだよ〜。この間放課後に図書室で偶然会って好きな本の話したの」 「えー。幸君放課後図書室いるの?」 「A組の矢野君の部活が終わるの待ってたみたい」 「あー、あの絶対αって感じの!かっこいいよね」 「え、四十万君てΩでしょ?ってことは」 「えぇ〜。付き合ってるのかなぁ?」 聞こえてるよ。わざとなのかな? でも答えてあげる気はない。 ああいう、大人数で噂話をする子達は苦手だ。 何かあった時に簡単に手のひらを返して一人をターゲットにするから。 作家の好みが合うと思って本を貸したあの子とも、今度からちょっと距離を置こう。 そんなことを思いながらも、幸は澄ました顔で机に座りスマホに目をやる。 中学生の彼氏からは特に連絡はない。 中学校はスマホの使い方に厳しいから無理もないだろう。 その分放課後になると山のように連絡がくる。 それが面倒くさくて、最近は部活を始めた昴の応援を口実にスマホに気づかなかったことにしている。 「あのさ、四十万ちょっといい?」 興味のないネットニュースを見ていると、目の前から声をかけられた。 顔を上げるとクラスメイトの男子生徒が立っている。 高校に入学して一ヶ月がたったが、まだ一回も話したことがない人物だ。 「なに?」 幸はあまり目を合わせず節目がちに聞く。 もともと人見知りな性格なので、慣れない人物と目を合わせるのは苦手だ。 「いや、あのさ〜今度同じクラスのやつ何人かで遊ぼうって言っててさ。四十万もよければどうかなって」 髪を茶色に染めて爽やかそうな雰囲気の彼が、ちょっと遠慮がちに聞いてくる。 「・・遊ぶって、何して?」 幸は表情を崩さず聞き返した。 「え、まだ考えてないけどとりあえず駅前のYタウンのフードコートでご飯食べて、それから買い物かゲーセンかなって」 「・・・」 「どうかなぁ?ほら、来月は体育祭もあるしさ。親睦深めるためにもさ」 無言のまま幸が考えているのを見て、男子生徒は慌てるように付け足す。 綺麗な顔をした幸の無表情は、ちょっとした威圧感を与えがちだ。 「・・わかった。行こうかな」 「えっ!まじ!?」 幸がボソッと答えると彼は嬉しそうに笑った。 「うん。でも、まずは君の名前聞いても良いかな?ごめんね、俺人の名前覚えるの苦手で」 そう言って幸はチラリと上目遣いで見つめる。 「あっ!そうだよなぁ、まだ一ヶ月じゃ誰が誰だかわかんないよな!俺増田弘樹!好きに呼んでいいから!」 増田は顔を赤らめて早口で言う。それから手に持っていたスマホを幸の前に差し出すと、この機を逃すまいといった勢いで聞いた。 「れ、連絡先聞いていい?遊ぶ日相談したいしさ」 「・・うん、わかった。ありがとう」 幸は少しだけ微笑んでみせる。 それから自分のスマホで増田の連絡先のQRコードを読み込んだ。 アイコンには友人達と楽しそうに笑う本人の写真が使われている。 続けて幸が自分のQRコードを出そうとした瞬間、周りで見ていたクラスメイト達から増田に向けた羨望の声が聞こえてきた。 「まじかぁ。増田いいな」 「え、今一緒に聞けば教えてくれるんじゃない?」 「たしかに!」 「いってみる?」 それを聞いて幸はパッと席を立つ。 それから増田に目を向けると 「じゃあ、あとで俺から連絡するね」 と言うと逃げるように教室の外へと早足で出て行った。 少し歩いてから、フゥと小さく息を吐く。 いきなり色んな人と連絡先を交換するなんて冗談じゃない。 どんな人かもわからないのに・・ 自分でいいと思った人としか繋がりたくはない。 先程の増田弘樹は嫌な雰囲気を感じなかったからOKした。 それでもまだ、どんな人物か分かるまでは警戒するつもりだ。 Ωは昔より暮らしやすくなった。そんなのは虚言だ。 けれど、Ω以外の人間は勝手にそう思い込もうとしている。 どの性の人間も平等に安全に暮らせる世の中になったのだと。 そうしないと、Ωを特別扱いしていては世の中の均衡が崩れるとでも思っているのだろう。 第二次性は人に公にする必要なはない。 けれどΩの多くは首輪をつけている。それだけでΩだとわかってしまう。 そうすると人はどうだろう。 『Ωだから』『Ωなのに』と口には出さなくとも偏見の目を持つ。 『人を誑かす』だとか『色目を使った』だとか、こちらにそんな気がなくてもなぜか悪者にされることもある。 最初は友好的に接してくる人物でも、色恋が絡むと急に手の平を返されることも。 だから人の事は簡単に信用しない。 したとしても、何かあったらすぐに関係を切る。 そうやって自分の心を守っていかないと、傷は増えていくばかりだ。 「幸、どこか行くの?」 名前を呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返る。 昴がペンケースと教科書を手に持って立っていた。 「・・別に、ちょっと気分転換に教室出ただけ」 「そう・・なんか怖い顔してたから気になったんだけど」 「・・・」 昔から昴は幸の変化にすぐ気がつく。 何かを感じれば側に来て様子を伺うのだ。 「うーん。クラスの人達に遊びに誘われただけ。俺人見知りだから少し不安に感じちゃって」 幸は節目がちに笑って昴に近づいた。 「・・そっか」 昴は何かを考えるように口元に手をやる。 しかし何も思いつかなかったといった様子で申し訳なさそうに言った。 「俺が、一緒に行けたらいいけどクラスの集まりなんだよね?俺が居たら変に思われそうだし・・ごめん・・」 「・・・」 何を謝っているのだろう。 昴が謝ることなんて一つもないのに。 「大丈夫。クラスに同じ中学の子は何人かいるし、誘ってくれた子もいい人そうだし」 幸がそう言うと昴はホッとしたのか頬を少し緩める。その様子を見て幸は続けて言った。 「でも、何かあったら連絡するね」 その言葉を聞き、昴の頬が再び引き締まる。 それから昴は小さく頷くと「じゃぁ、次多目的室だから」と言って足早に廊下を歩き始めた。 幸はその後ろ姿を無言で見つめる。 歪んでいる。 そんなことはもうずっと前から承知の上だ。 けれど、原因を作ったのは昴本人なのだから・・ だから・・ ーー 「えっ!幸クラスの親睦会行くの?」 弟の明が目を丸くして寝転んでいたベッドから起き上がった。 「うん、誘われたから。一応行った方がいいでしょ」 幸は明の学習机の椅子に腰掛けると、持ってきたお菓子を明に差し出しながら言った。 明は「ありがと」と小さな声でお礼を言って受け取ると、先ほどの話を続ける。 「大丈夫なの?昴は?一緒に行くの?」 「行くわけないでしょ。クラス違うんだし」 「・・あー、そっかぁ・・」 明はベッドの上で胡座をかくと、困ったといった顔で視線を下に落とした。 明は幸が人見知りなことをよく知っている。 昔から初対面の人とはうまく話せない。 幸が黙るとなぜか相手を緊張させてしまう。それでますます距離ができてしまうのだ。 友達を作る時にはまず最初に明が仲良くなり、そのまま紹介してもらうような形で幸も友達になる。 そうやって明といることで友人関係をうまく築いてきたのだ。 それが、高校では明と離れてしまった。 自分の『後ろ盾』がなくなってしまったような感覚だ。 昴は・・違う。 昴は自分の後ろ盾にはなってはくれない。 やはり明がいなくちゃ。 そんな気持ちが今でもグルグルと黒い塊のようになって重く渦巻く。 それでも明と険悪になりたいわけではないから平気な顔をする。 曲がりなりにも兄だから。 「大丈夫だよ。誘ってくれた増田君も良い人そうだしね」 幸はそう言ってニコリと笑った。 「そっか。まぁ、幸はそのままでいれば大丈夫だって!幸は疲れちゃうかもしれないけど、みんな幸と仲良くなりたいって思ってるだろうしさ」 「・・そうだといいけど」 なんの疑いもない眼差しで明は言う。本当にそう思っているのだろう。 『幸と仲良くなりたい』とみんなが思っていると。 確かに好意的な気持ちを向けられることは多い。 けれどそれが多ければ多いほど、そのことを妬む人物も増える。 明はそれがあまり見えていないのだ。 「それより、部活はどう?バスケ部の練習も本格的に始まったんでしょ?」 幸が話題を変えると、明は先ほどより目を輝かせて笑った。 「今のところ楽しいよ!先輩達も優しいしゆるーい感じでやってる!それに基依が思ってたよりも上手くてさ!バスケ部の試合見てただけってほんとかよって思っちゃった!」 「・・あぁ、基依君ね」 神垣基依。 高校生になって明の口からその名前をよく聞くようになり、すっかり覚えてしまった。 実際に会ったのはあの誕生日の夜だけだが、薄ぼんやりとしか顔の印象は残っていない。 明が撮った写真も見せてもらったがなんだか軽そうで、明とは合わないのではと思った。 しかし明は事あるごとに基依の名前を出す。 こんなに特定の人物と仲良くしているのは初めてかもしれない。 やはり自分や昴がいないというのは大きいのだろう。 「・・ねぇ、今度その基依君うちに呼んだら?」 「えっ!?」 幸の言葉に明は目を丸くして驚く。 しかしすぐに節目がちになって黙ると、首を横に振った。 「いや、大丈夫!うちまでわざわざ来てもらうのも悪いし」 「基依君どこに住んでるの?」 「二つ隣のY駅だよ」 「え、じゃぁY中?」 「うん、そう言ってた」 明がそう答えると幸は少し考え込む。 「・・Y中学かぁ。じゃぁもしかしたら共通の友達がいるかも。昴と行った夏期講習で友達になった子達の中にY中もいたから」 「へー!そうなんだ!名前は・・」 明がそう言いかけたところで、幸のスマホから着信を知らせる音が鳴った。 「あっ、ごめん、彼氏だ。ちょっと電話してくる」 幸はそう言うとスマホを片手に明の部屋を出る。 それから隣の自分の部屋に入った。 彼氏との会話はあまり聞かれたくない。 画面に映し出された恋人の名前を見て幸は小さくため息をついた。 面倒くさい・・ こう思い始めてはやはりそろそろ限界だろう。 中学と高校では生活のリズムもズレてくる。 そんなことをぼんやりと考えていると着信が止んでしまった。それを見て幸は胸を撫で下ろす。 しかしそれも束の間、再びスマホが振動したので幸は観念して画面をタップした。 『あ、もしもし』 聞こえてきた声は恋人のものではなかった。 幸は一度スマホから耳を離して画面を確認する。 『増田弘樹』と表示されていた。 「増田君?」 『あ、そうそう!俺増田。ごめんな、今電話して平気?』 「・・うん、大丈夫だよ」 おそらく彼氏から再び電話はかかってくるだろう。 けれど、今は増田と話をする方に興味がある。 「何か用?」 『あぁー、いや大した用じゃないんだけどさ。あの、遊ぶ話したじゃん?こっちで勝手に色々決めちゃってたから一応四十万の希望があったら聞いとこうかなって』 そんなことで電話を?メッセージでも済みそうなのに。 けれど、そのことについては触れない。自分はそこまで野暮ではない。 「俺はどこでも大丈夫だよ。カラオケはあんまり得意じゃないけど歌を聞くのは好きだし。みんなの行きたいところにして」 『へっ、あ、そう?てか、四十万カラオケ得意じゃないんだ?歌うまそうなのに』 「大人数の前で歌うのはちょっとね。二人とかで行くならそんなに気にならないけど。増田君こそカラオケとか好きそうだよね?」 『あー。まぁな。遊ぶってなったら大抵カラオケかも。・・・俺、四十万の歌聞いてみたいなぁ。今度さ、二人でカラオケ行かね?二人ならいいんだろ?』 「・・そうだね。そっちの方が気が楽かな」 大丈夫そうな雰囲気を出しつつ、こちらから具体的な話はしない。 「ごめん、そろそろお風呂入らなきゃ。また何か決まったら連絡してくれる?」 『あっ、あぁ、わかった。また連絡するな!』 「ありがとう、連絡もらえてよかった。じゃぁ」 幸はそう言うと電話をサッと切った。 それから暗くなったスマホの画面を見て考える。 増田は、少なからず好意的な感情を持ってくれているようだ。 そうでなきゃ二人でのカラオケなんて誘わないだろう。 しかしこちらにとっては今のところただのクラスメイトだ。 ただのクラスメイトなのだから二人でカラオケに行っても問題ないだろう。 そんなことを思っているとブブとメッセージの受信を知らせる振動がなった。 『誰かと電話してた?』 恋人からだ。 幸は重いため息を吐くと、ポイっとスマホをベッドに投げ捨てた。 ーー 突然の雨が肩を濡らす。 幸は鞄に入れていた小さな折りたたみ傘を開くと、十センチほど自分より背の高い増田の頭上へ差し出した。 「えっ、四十万濡れちゃうって。俺大丈夫だから」 「でも、カラオケ行く前にビシャビシャになっちゃったら嫌でしょ?」 「だ、だったら俺が持つ!かして!」 増田はそう言うとパッと折りたたみ傘の持ち手を掴み取る。 「・・ありがと」 幸はそう短くお礼を言うと、増田と並んで一つの折りたたみ傘の下に入った。 『二人でカラオケへ』という話は、その後増田からの誘いでとんとん拍子に決まりクラスの親睦会よりも先に実現することとなった。 生憎天気は雨模様だが、カラオケに入ってしまえば関係ない。 帰り際に廊下で会った昴に「今日は予定があるから先に帰るね」と言うと「わかった」と言ってすぐに部活動のため体育館へ行ってしまった。 隣には増田がいたのだが、特に気にする様子なんてない。 「わかってるけどね・・」 幸がボソッと言うと「え?」と隣にいた増田が首を傾げた。 「今なんか言った?」 「うぅん、別に」 幸はニコリと笑って答える。 「ふーん・・」 増田は何か含みを持った相槌を打つと、幸の表情を伺うようにして言った。 「あのさぁ、さっきのA組の矢野ってαなの?」 「え・・」 「いや、なんかみんなそういう噂してたから。勉強出来て運動神経も良くてあの感じは絶対αだって・・」 「あー、うん。そうだね、昴はαだよ」 幸は前を向いたまま答える。 「・・やっぱりそうなんだ。えっ、あのさ・・聞いていいかわかんないんだけど・・」 増田はそこまで言うと一瞬スッと息を吸う。 そして口の端をあげてわざとらしく笑いながら言った。 「四十万と矢野って、その・・番になる約束とかしてるの?」 「・・・」 やっぱり聞かれたか。 まぁ、αとΩがあんなに一緒にいたらその発想になるのも当たり前だろう。 幸はクスッと口元で笑うと首を横に振った。 「まさか、そんな話してないよ。昴とは家が隣で幼馴染なだけ。たまたまαとΩだったけど、関係は変わらないよ」 「あー、そうなんだ」 明らかにホッとした顔をして増田は言う。 「四十万と矢野、仲良いなって思ってたけど幼馴染だからなんだな!なるほどね!」 「うん」 「あ、じゃぁその首輪は自分で買ったの?四十万が水色好きってちょっと意外」 増田は幸の首元に目を向ける。 幸は首輪に手をやるとそれをなぞりながら言った。 「これは・・中2の時に昴から貰ったものだけど。でも誕生日プレゼントだから深い意味はないよ」 「あ、そっかぁ・・へぇ・・」 少しだけ動揺した増田はひくっと口元を上げる。 その様子を見て幸はポツリと言った。 「・・・先月、俺誕生日だったんだけど」 「え?そうなの?!」 増田は目を丸くして驚く。 「うん・・それで、その時彼氏から首輪をもらったんだ」 「え・・・」 今度は明らかに動揺したのがわかるくらい、増田の折りたたみ傘を持つ手が固まった。 「でもさ、それが俺にはすごく重く感じて。縛られてる気がするっていうか・・俺あんまり束縛されるのは好きじゃないし・・・最近、彼氏とうまくいってないんだ」 「・・・そう、なんだ」 項垂れながら言う幸を見て、増田は傘を持つ手を再びギュッと固く握る。 そして明るい声で言った。 「四十万がさ、無理だなって思ったらそれは頑張る必要ないんじゃない?一緒にいて楽しいのが恋人ってやつだろ?無理に合わせるものじゃないって」 「・・増田君」 「あのー・・やだよな、束縛って!俺も嫌だもん!俺だったらお互い干渉しすぎないで付き合おうって言うけどなぁ」 「・・・本当?」 幸の問いに増田が目を向ける。 「え・・」 狭い折りたたみ傘の下で、幸と増田の視線が重なった。 肩と肩はすでに触れ合っている。 長い睫毛に囲まれた濡れた瞳で見つめられ、思わず増田は顔を紅くした。 ー何を言いたいか、何を言われたいか。 わかっているよね? 幸はそんな思いを綺麗な瞳に込めながら、増田の瞳の奥を見つめた。 ーーー 「え?!新しい彼氏?!」 明はゴロンと転がっていたベッドから飛び起きると、涼しい顔でお菓子を食べる幸に目をやった。 「いや、待って待って!後輩の彼氏は?!どうした?!」 「だから、そっちとは別れて同じクラスの子と付き合うことにしたんだってば」 幸は少し面倒くさそうに言いながらポリポリとお菓子をかじる。 「えー。いや、なんで?この間まで来てたじゃん!後輩くん!なんでそうなるの?!」 「高校入ってから束縛が強くなって、ちょっと悩んでたんだよね。それを増田君に話聞いてもらってさ。それで色々話してたら流れで告白されて、この人と付き合った方がいいかなって思ったんだよ」 しれっとした態度で言う幸の話を、明は目を丸くしたまま聞く。そしてぶんぶんと首を振った。 「いやぁー。ちょっと、待って。俺の思考が追いつかない。なに?増田君?誰?!」 「だから、クラスメイトだって。ほら、親睦会の声かけてくれた子」 「あぁ、いい人そうって言ってたあの増田君か。そっかぁ・・そっかぁ・・」 明は少しの間下を向いていたが、何か決心でもついたといった表情で顔を上げるとニコリと笑って言った。 「幸が、いい人と付き合えたなら良かった。うん!」 「・・明」 「いやー!しかしやっぱり幸はモテるなぁ!自慢の兄貴だわ」 そう言いながら明はグンと背中を伸ばす。 そんな明を見て幸は微笑みながら問いかけた。 「明は?好きな人とか出来た?」 「えっ?!俺?!」 明がビクッと肩を揺らす。 そしてみるみる頬が紅くなった。 「・・・」 こんな反応は初めてだ。 今までこの手の話題を振っても、明は『俺は全然』と言って首を振るだけだった。 興味がない、というよりは恋愛そのものを諦めているような感じで、自分の恋愛観について語ることもしない。 それが、今回はどういうことだろう。 顔を紅くして動揺している。 「・・明、もしかして好きな人できたの?」 幸がジッと見つめて聞いた。 「へっ!?いや、俺はそんなんじゃないって!まだ、全然そこまでじゃ!!」 両手をぶんぶんと自分の前で振りながら明は早口で言う。 「そこまで?ってことは気になる人はいるんだ」 「ふぁ?!」 素っ頓狂な声をあげて明が後ろへのけぞる。 そしてベッドの上の枕を抱きしめるように抱えると顔を埋めた。 「いや、気になるっていうか・・一緒にいて楽しいなって思うっていうか。でも・・別にそれは、友達でもそうだし」 埋めた枕からチラリと瞳だけ見せて言う。 そういう話をするのが恥ずかしいのだろう。 「・・友達だけど、きっと他の友達より特別に思えるってことなんだね」 幸が優しい口調で言うと、明は枕に顔を埋めた状態で小さく頷いた。 「・・いいんじゃない。それが恋でも恋じゃなくても、明にそういう人が出来たのが俺嬉しいよ」 幸はそう言いながらそっと明の頭を撫でる。 「ぅん。ありがと・・」 ボソッとお礼を言うと、明は頬を赤らめたまま顔を少し上げた。 ・・大切な、片割れの明。 いつも支えてくれて、守ろうとしてくて。 どこか俺に遠慮していて。 明はいつも俺を褒めるけれど、それを言われるたびに心の中に黒い靄が広がっていく。 わかっていないから。 何も知らず、何にも気づかず、俺を上げることで見ないままでいる。 明に、気になる人ができた。 あの明に・・ 「昴が知ったら・・どうなるかな」 幸は消えるくらいの小さな声で呟く。 「え?なんか言った?」 枕に顔を半分埋めたままの明の耳には届かなかったようだ。 「ううん、なんでもない」 幸はそう言うとニコリと笑った。

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