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第5話

雨の日が続くなぁ、とぼんやり思っていたらいつの間にか梅雨入りしていた。 外の部活は雨のたびに練習場所が変わったり中止になったりと大変そうだ。 その点体育館を使うバスケ部は天候に左右されない。 今日もいつもと変わらず、みんなゆるゆると練習を始めている。 「明!柔軟体操まだ?一緒にやろうぜ」 練習着に着替えた基依が笑いながら近寄ってきた。 「おう!やろやろ」 明はそう言うと体育館の端の方へ歩いていく。 ウォーミングアップは各自、端の方でやることになっている。 それが終わればフットワーク、そしてシュート練習と最後に簡単な試合形式の練習だ。 「明最初やっていいよ、俺押すから」 「うん」 明は明るく返事をすると冷たい床に足を広げてペタリと座る。 それから手のひらで足のつま先を掴むと同時に、後ろから基依がグッと明の背中を押した。 中学の頃からやっている、なんてことのない柔軟体操だ。 それなのになぜだろう。 なんだかソワソワする。 「明、痛くないならもっと強く押してやろっか?」 基依がイタズラっぽく笑って言う。 「えっ!いや、むりむりむり!っわ!痛いって!あはは!」 グイグイ背中を押されて明は叫びながらも大笑いする。 「おっ!まだ明余裕そうじゃん〜!じゃぁこれでどうだー?!」 基依が全体重を乗せるように背中にどかっと乗っかってきた。 「わぁ!まじかよー!!」 明はグシャっと潰れながらも楽しそうな声を上げる。 すると近くにいた二年の先輩が声をかけてきた。 「おいー!そこの二人。じゃれあってないでちゃんと体操しろよー」 「ふぁーい!すんませーん」 基依はそう言いながらもふざけるように明の背中に寄りかかる。 あまりの近さに基依の体温と匂いが直接肌から伝わってくる。 明は笑いながらも心臓が速くなるのを感じた。 なんでこんなにドキドキしてるのだろうー 基依といると、微かな緊張とソワソワした気持ちと、それからフワリと浮いたような感覚になる。 「お前ら仲良いなぁー、同中だっけか?」 先ほどの先輩が二人を見て聞いた。 「違いますよー。高校からの付き合いっす」 基依が背中に乗ったまま答える。 それから明の耳元でボソッと言った。 「明、俺たち仲良いってさ」 ドクンと心臓が大きく跳ねた。 「ふぇっ?!」 思わず変な声が出てしまう。 それを聞いた基依は一瞬キョトンとした顔をしたがすぐに大声で笑った。 「あははは!なにその反応〜!明ウケるなぁー!」 「う、うっさい!耳元で喋られるとくすぐったいだろ!」 明は誤魔化すように必死で叫ぶ。 バレてしまっただろうか? 意識していることを。 しかしそれは明の気にしすぎだったようだ。 基依は明の狼狽など気づかないといった顔で笑顔で言った。 「あはは!ごめんごめん!よし!今度は俺がするわー」 基依はヒョイっと明の上から離れて床に座る。 「っ〜・・」 明は頬を赤らめながら先ほどと交代するように基依の後ろに立った。 それからジッとその背中を見つめる。 基依は自分より数センチ背が高いだけで、身体の大きさに違いはない。 それなのにたくましく感じてしまうのはなぜだろう。 「明〜?早く押せよー」 基依が足のつま先に手を伸ばした状態で声をかけた。 「あっ、うん」 明は慌てて基依の背中に両手をつけてグッと前へ押す。 「ひぃー、いてて」 小さな声を基依があげた。 「・・・」 触れている両手が熱い。 バスケ部の練習が本格的に始まって、他の誰よりも基依といる時間が多くなった。 クラスでも部活でも。そして帰り道でも。 気がつけば明の隣には基依がいる。 今までは幸と昴から気持ち一歩後ろを歩いていた。 だから隣に誰かが並んでいる感覚はなかった。 それが、今は横を見ると基依が当たり前のようにいる。 笑って目を見て話してくれる。 それが嬉しくてなんだかくすぐったい。 幸に好きな人がいるか聞かれて、うまく誤魔化せず正直な反応をしてしまった。 幸は嬉しいと言っていたけど、それが同じβの男だと知ったらどう思うだろう。 「なぁ、そういや聞いたか?」 基依がグッと背中を伸ばした状態にも関わらず余裕のある声で言った。 「今度K高校と練習試合するってよ」 「えっ!?マジで?!」 明は驚いて大きな声を出す。 「まぁ、俺達は見てるだけだろうけどさぁ〜。明の幼馴染くんは試合出るんじゃないの?」 「どうだろう?!聞いてみる!」 明は嬉しそうに笑う。 まさかこんなに早くK高校と部活で関われるとは。 幸に言えば幸も観にくるかもしれない。 二人に自分が高校で楽しくやっている姿を見せられる良い機会だ。 強がりだと思われるかもしれないが・・ ーー 「なぁ、練習試合の話聞いた?」 朝、いつものように幸を起こしに来た昴と玄関の外で会ったので練習試合の話をふってみた。 「昨日聞いたよ。Y高校でやるんだよね、楽しみだな」 昴は朝から爽やかに答える。 「昴試合のメンバーに入ってんの?」 「うん、一応。最初からじゃないと思うけど。明は?」 「俺?俺はまだでるわけないじゃーん!やっぱり昴はすごいなぁ!」 バンバンと昴の背中を叩きながら明は言う。 「別にすごくないよ。試合でどう使えるか確認したいんだと思う」 「すでに使えるって見込まれてるってことじゃん!」 「どうかな・・」 遠慮がちに笑いながら昴が目線を下にやった。 αなのに自己評価が低いのは昔からだ。 「・・あー、そうそう!幸にK高と試合するって言ったら見に来るって言ってたよ」 なんとなく昴の喜びそうな話題に変えてみる。 「知ってる。夜中にメッセージきてた。新しい彼氏と見に行くって」 「えっ!」 そういえば、幸の彼氏が変わってから昴とはその話題には触れていなかった。 「幸、新しい彼氏できたでしょ。明はもう会った?」 「あ、いや・・俺はまだ・・」 幸の話題を振ってしまった手前、気まずくてなんとなく昴の顔が見れず横に目をやる。 「増田君いい人そうだよ。俺もまだそんなに話したことはないけどね。幸、練習試合の時に明に会わせたいんじゃないかな」 「へ、へぇ〜」 自分の恋敵を『いい人そう』なんて言ってしまっていいのか。 昴の考えていることはよく分からない。 「じゃぁ、俺そろそろ行くわ。またな、昴」 明はニコリと笑うとその場から逃げるように急足で歩き始める。 ほどなくして後方で昴が玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。 幸に新しい恋人ができたことを聞いたのは先週のことだ。 まだ家には連れてきていない。 幸の恋人が家に来るようになったら・・また、昴の部屋に避難することになる。 そしたらまた、ああいうことをするのかな。 昴と幸の関係を壊さないためだと思って協力してきたけれど・・ ふっと基依の顔が頭に浮かぶ。 幼馴染とあんなことをしてるなんて、基依に知られたらどう思われるだろう。 軽蔑した目で見られるかもしれない。 ・・そんなのは、嫌だ・・ 二人の関係を壊さないための他の方法はないか。 今度、昴と話してみよう・・ 明はそんなことを思いながら駅への道を足早に歩いて行った。 ーー 「しゅうごーうー!」 部長が体育館に響き渡る声で叫んだ。 明は基依と一緒に小走りで部長の元へ集まる。 それと同時に体育館の入り口に普段は見慣れない顔ぶれが並んでいることに気がついた。 「こんにちわー。よろしくお願いします」 先頭に立つ青年が部長に声をかける。 部長が何か言うこと、その青年に続いて後ろにいた人物達がゾロゾロと体育館の中に入ってきた。 「今日練習試合のために来てもらったK高校バスケ部の皆さんだ。よろしくお願いします!」 「よろしくお願いしまーす!」 部長の言葉に続いて明達も頭を下げて挨拶をする。 するとK高校もそれに応えるように全員がばっとお辞儀をした。 全員が顔を上げるとその中によく知っている顔を見つけた。 「あ、昴」 明が小さい声で言うと、隣にいた基依が明の視線の先を見つめた。 「あー。あいつかぁ。確かに目立つなぁ」 後ろの方にいながらも周りよりも頭一つ出ている。一年生の中にいては特に目立ってしまうのだろう。 「明の幼馴染君。今日試合出るんだろ?」 「うん、そうらしい」 明はそう答えた後、キョロキョロと周りに目をやる。 まだ幸の姿はない。 幸はY高校には来たことがないはずだ。迷っていないといいのだが。 周りを見回してると昴と目が合った。 昴はニコリと目元を緩めて、明に小さく手を振る。 すると後ろからキャー!と黄色い声が聞こえた。 男子の試合を見学するために集まっていた女子バスケ部達だ。 「えっ!なになに!四十万君あの背の高い子と知り合いなの?」 三年の女子の先輩が近寄ってきて明に聞いた。 「あの、まぁ・・家が隣で」 「えっ!幼馴染ってやつ?」 「いいなぁ〜!彼女いるか知ってる?」 「今度詳しく聞かせてよー!」 あっという間に集まってきた女子部員達に囲まれる。 「えっ、あっ、いや・・」 明が慌てていると、グイと肩を基依に引っ張られた。 「先輩達食い付きでしょー。明困ってるからやめてあげてくださいって」 基依はヘラっと笑いながら飄々と軽い口調で言う。 するとその様子に気がついた男子部部長がこちらに声をかけてきた。 「おい!女子は見学だろ!混ざるなよ!」 「はぁーい」 女子部員達はつまらなそうな顔をすると、少し後ろに下がっていく。 「・・ありがと、基依」 明は肩に置かれた基依の手を気にしながらお礼を言った。 「別に〜。女子のイケメンセンサーこわいねぇ〜」 基依はケラケラと揶揄うように笑うと、肩を組んだまま歩き出す。 「ほら、俺ら一年はあっちで応援だってさぁ。行こうぜ」 「お、おう」 明は基依に引っ張られるようについて行く。 その時、ふと体育館の入り口からこちらを見つめる視線に気がついた。 そちらを見ると幸が知らない青年と立っていた。 明はパッと手を上げる。 すると幸もニコリと笑って手を振った。 それから隣の人物にコソッと耳打ちをする。 彼が『増田君』か。 明るめの茶髪で快活そうな印象だ。 増田も明の方に目をやるとぺこりと小さく会釈をした。 「あれ、明の兄貴だよね」 その様子を見ていた基依が明に聞く。 「あ、うん」 「隣は誰?友達?」 「え、あー、彼氏かなぁ・・」 なんとなく答えずらくて歯切れの悪い言い方をしてしまった。 「・・ふーん」 基依は真顔で幸と増田をマジマジと見つめる。 とても冷ややかな瞳だ。思わず掌に汗が滲む。 「・・なんか、気になる?」 明が恐る恐る聞くと、基依は急にパッと明るい表情になって言った。 「別に〜。ほらそれより応援応援〜」 「あ、うん」 先ほど、一瞬基依から感じた冷たさは気のせいだったのだろうか。 明は戸惑いながらも基依の後ろをついて応援席の方へ歩いて行った。 ピッピーー 試合は序盤からK高校優勢の流れで進んでいった。 K高校の強さは県内でも上位なのだから当たり前と言えば当たり前だ。 明達Y高校も真剣にやっているとは言え、その力の差は歴然だ。 明は基依と並んで先輩達へ声援を送る。 しかし応援も虚しく3クォーターを終えたところで点差はかなり開いてしまった。 「やっぱり強いなぁ」 基依はフゥと軽く息を吐きながら呟く。 「でもまだあと1クォーターあるから。点差を縮められればいいね」 明が基依と話していると、K高校のベンチで動きがあったようだ。 見てみると昴が試合に出るようで監督と話をしている。 「お、明の幼馴染君ついに出るんだ」 基依もそれに気づいたようだ。 「幼馴染君、ポジションは?」 「ガード。3ポイントめっちゃ入るよ」 明は笑って応える。 同じチームでプレイしていた時はとにかく頼りになる存在だった。昴がボールを持てば大丈夫だという安心感があった。 しかし今年からは違う。 敵としての昴は警戒すべき存在になるのだろう。 チラリと幸の方を見ると、増田に何か言いながら昴に手を振っていた。 昴もそれに気づいて軽く手を上げる。 好きな人が恋人と応援にくるというのはどんな気分なのだろう。 中学の頃からあったことだからきっともう慣れてしまっているだろうが、それでも心穏やかではないだろう。 幸にいいところを見せられるように。 敵ながら昴の活躍をこっそりと祈った。 第4クォーター開始のホイッスルが鳴る。 昴はあっという間にボールを取るとさっそく3ポイントを決めた。 体育館内でワァっと歓声が上がる。 Y高校の応援席からは落胆の声が漏れた。 明は複雑な気持ちで試合を見守る。 「・・やっぱりうめえなぁ」 小さな声が聞こえて横に目をやった。 基依が真剣な目で試合を見ている。 先ほどまでは楽しそうに応援していたのに。どうしたのだろう。 同じ学年の昴のプレイはやはり気になるのだろうか。 そんなことを考えていると再び歓声が上がった。 昴がシュートを決めたようだ。 気がつけば女子バスケ部の部員も応援にきていたはずのY高校の生徒もみんな昴のプレイに釘付けになっている。 「・・・」 ーやっぱり昴は違うな・・ そう心で呟いたが、明はすぐにハッとしてプルプルと小さく首を振る。 それから先輩達に届くように大きな声で声援を送った。 「ありがとうございました!」 選手達が肩で息をしながら一列に並んで礼をする。 結局、最終クォーターは昴の活躍により点差がさらにひらいて終わりを迎えた。 それでも試合に出ていた先輩達は楽しそうだ。 強いチームと試合をすることで学ぶことがあったのだろう。 「明、ちょっといい?」 試合後、片付けを始めようとしたところで後ろから声をかけられた。 振り返ると幸が増田と並んで和かな顔で立っている。 「増田君、俺の弟の明。仲良くしてね」 増田は幸にそう言われて明に右手を差し出す。 「よろしくお願いします!四十万と同じクラスの増田弘樹です!」 「あっ、どうも。弟の四十万明です。こちらこそ兄がよろしくお願いします」 明は差し出された増田の手を握り握手する。 「四十万が言ってたけど、本当に似てないんだなぁ」 増田はまじまじと明の顔を見て言った。 「だから、二卵性の双子はそんなもんだって言ったじゃん。ね、明?」 幸が増田の腰のあたりを小突きながら笑う。 「え、あぁ・・うん。俺ら全然似てないよな!」 明もニコリと笑い返して言った。 慣れてはいるけれど、幸と同じ顔を期待されるのはいつもしんどい。 「明〜、あっちの椅子から片付けろってぇ」 頭をポリポリと掻きながら基依が近寄ってきた。 それから明の前にいる幸と増田に気がついたのかそちらに目を向ける。 「・・・」 何か軽口をたたくかと思ったが、基依はジッと二人を見つめて黙った。 どうしたのだろう・・? そう思っていると幸の方が先に口を開いた。人見知りの幸には珍しいことだ。 「・・明、友達?」 「えっ!あぁ、同じクラスの神垣基依。一緒にバスケ部入った友達だよ」 明は基依の袖を引っ張りながら言う。 「あぁ、あの基依君かぁ」 幸は品定めでもするような視線で基依を見つめた。 「明の兄の四十万幸です。明から基依君の話はよく聞くんだ。ね、明」 「えっ!ちょっ、幸!」 幸がなんの気も無しにサラッと言うので明は頬を赤くして幸の名前を叫んだ。 「・・よろしく。お兄さん」 基依は口の端をあげて言う。 幸の言ったことなど気にもとめていない様子だ。 「ふふ。お兄さんなんて言われたことないよ。面白いね基依君」 幸はクスリと笑うとポンポンと基依の腕を軽く叩いた。ほぼ初対面の人物にそれをやるのも珍しい。 「じゃぁ、明のことこれからもよろしくお願いします。うちにも遊びに来てください。明も喜ぶからさ」 「幸!」 「じゃぁ俺たち帰るね、お疲れ様、明」 幸はくるりと踵を返すと増田と歩き出す。 明はその背中を顔を赤くして見つめた。 幸は、気づいたのかもしれない・・ 基依が明の気になる人だということを。 「はぁ・・」 明は気が重くなりため息をつく。 それに気がついた基依がチラリと明の方を見て言った。 「明、大丈夫か?なんか疲れてる?」 「えっ!いや、別に!」 明は慌てて明るい顔で応える。 「そうか?ならいいけど・・なんかさ今話して思ったけど、お前と兄貴、全然似てないな」 「え・・・」 基依にそう言われヒュと心が冷たくなる。 基依にも幸と比べられてしまうのか・・ 「俺、お前の兄貴とは気が合わなそうだもん!同じ高校に入ったのが明でよかったわぁ〜」 「・・え」 思ってもいなかったことを言われ、明は言葉に詰まった。 「・・お、俺?」 「おう!兄貴の方じゃなくて明がY高受けてくれてよかった〜」 「・・・っ」 思わず目頭が熱くなり、明はパッと下を向く。 「うん?なんだよなんだよ〜!どうしたぁ?」 基依は揶揄うように笑うと、明の両頬を手のひらで包んでグイッと上に向かせた。 「わっ、ばか!やめろって!」 明は顔を真っ赤にしながらパシッとその手のひらを払う。 「あはは!ほら!片付けしようぜ!」 そう言うと基依は両手を頭の上でクロスさせて歩き出した。 「あっ、待ってよ!」 その後を明は慌ててついて行く。 ー幸ではなく、明でよかった 基依はそう言ってくれた。 幸本人と会ったのに。話したのに。 それでも、自分の方がいいと言ってくれた。 選んでくれた。 幸ではなくて、自分を。 子どもの頃から、はないちもんめで遊んでいた頃から。 いつだって選ばれたのは幸。 その惨めさや悲しさを隠して、笑って遊び続けていたあの頃の自分が、やっと救われたようなそんな気分だ。 好きだ。 基依のことが。 この気持ちに間違いはない。 基依と、もっと・・一緒にいたい。 ーー 「昴、お疲れ様」 タオルで汗を拭いていると、幸が和かな顔で近寄ってきた。 「試合かっこよかったよ〜。ね、増田君」 話をふられて増田も大きく頷く。 「おう!矢野すっげーバスケ上手いんだな!俺あんまり詳しくないけど上手いのは伝わったわ!」 「・・ありがとう」 大きな声で褒められ、昴は少し恥ずかしそうに下を向いてお礼を言った。 今までの幸の彼氏の中では珍しいタイプかもしれない。 明るく爽やかで快活そうで。 これまでの彼氏は、どちらかと言うと静かで幸に入れ込むような雰囲気の人が多かった。 そのため、昴も敵視されることが多く幸と話していると睨まれることもよくあった。 それをわかっているはずなのに、幸は気にせず話しかけてくる。 昴が彼氏にどう思われているか、そんなことはどうでもいいのだ。 いや、それすらも償いだと思っているのかもしれない。 「ねぇ、見た?さっき」 幸がボソリと言った。 「え?何を・・」 昴が首を傾げて返すと同時に、グイッと腕をひっぱられる。 「わっ」 昴は思わずバランスを崩しそうになって小さな声をあげた。 身体が少し下がったところに、幸が顔を近づけて昴に耳打ちをする。 「明、楽しそうだね」 「・・・!」 昴は思わずパッと幸から体を離した。 「すごくいい顔してる。特にあの基依君といる時」 幸がそう言って遠くを見るので、昴もそちらに目をやった。 明が一人の生徒と話しながら片付けをしている。 楽しそうに笑ったり、何かを揶揄われているのかちょっと怒ったりと表情がコロコロ変わる。 しかし最後には眉尻を下げて、愛おしそうにその彼を見つめた。 「・・・」 昴が黙ってその様子を見ていると、幸がポンと腕を叩く。 「じゃぁ・・またね、昴」 幸はクスッと笑って言うと増田と体育館を出ていった。 ・・幸に言われなくても、気づいていた。 今日、この高校の体育館に来た時から。 明の隣にずっと同じ人物がいることを。 彼に触られると明が恥ずかしそうに頬を染めることを。 あんな明を見るのは初めてだ。 彼が、明にとって特別なのだということがわかる。 だからといって、自分になにが出来るというのだ。 汚い方法で、明を繋いでおくことしか出来ない自分が・・ 「矢野ー。帰る支度できたか?」 先輩に名前を呼ばれ昴はハッと顔を上げた。 「あ、すいません」 昴は鞄に急いでタオルや水筒をしまう。 それから先輩達の元へ駆け寄ろうとした瞬間、遠くから楽しそうな笑い声が聞こえた。 そちらに目をやると、明がふざけながら彼と一緒にボールの入ったカゴを押している。 あんなに響くくらい明が笑ったことが今まであっただろうか・・ きっと、ない。少なくとも俺の前では一度も・・ 昴は鞄の紐をキツく握りしめながらその光景を見つめた。

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