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第6話

「明日、増田君うちに来るんだ」 幸はまだ半分濡れた髪の毛でアイスを片手に言った。 自分も風呂に入ろうと準備をしていたのに、思わず身体が固まる。 「え・・明日?学校の後?」 「うん、明は明日部活でしょ?」 そう言って幸はパクりとアイスを頬張る。 明は手に持っていた下着を握りしめて言った。 「俺、明日部活ないよ、テスト前だから。っていうか幸のところもそうでしょ?遊んでちゃダメじゃん」 「だから、増田君とテスト勉強するんだってば。でも、そっかぁ。明、明日部活ないのかぁ」 困ったなぁと言った顔で幸は眉を顰める。 こちらが何か提案するのを待っているのだ。 「・・別にいいよ。俺、図書館かどっかで勉強してくるから」 「えっ?」 明の言葉に幸は意外そうな顔をした。 「昴の家に行けばいいじゃん?昴なら勉強教えてくれるし」 「っ・・・」 そんなことはわかっている。 今までならそうしただろう。 そしてその後どうなるか、それもわかっているから今回は躊躇っているのだ。 基依のことが好きだと自覚した以上、昴とはもうあんなことはできない。 けれどそれを昴にどう打ち明けようか、まだ迷っている。 だから今はまだ昴の家には行きたくない。 それなのに・・幸のタイミングというのは本当に間が悪い。 「いや、大丈夫!学校違うからきっと範囲とかも違うだろうし!学校の友達と勉強するわ!」 明はそう言うとそそくさと風呂場へ逃げるように入っていった。 これ以上幸に突っ込まれたらうまく誤魔化せる気がしない。 明はハァとため息を吐きながらノロノロと服を脱ぎ始めた。 学校の友達・・ 基依に声をかけたら一緒に勉強してくれるだろうか・・ ふとそんなことが頭に浮かんだ。 最近はいつも部活ばかりで、それ以外で遊んでいない。 声をかけてみてもいいかもしれない。 そう思った途端急に心臓がドキドキとはやくなる。 緊張と期待と不安。 基依はなんて答えるだろうか・・ ーー 「おぅ!いいじゃん!勉強しようぜ!」 基依は軽い感じで明るく言った。 先ほど震える手を押さえながら、なるべく普段通りを意識して話しかけた明は拍子抜けだ。 「あっ・・まじ?ありがとー!俺一人じゃ勉強不安だったからさぁ」 へへっと笑いながら明は言う。 「えっと、じゃぁ放課後図書室でいいよな?確か6時くらいまで使えるって—」 「せっかくなら明の家でやらない?」 明が言い終わらないうちに基依が驚きの提案を被せてきた。 「・・・?」 何を言われたのか頭が追いつかず明は黙る。 基依はそんな明の反応など気にせず続けて言った。 「兄貴も家で勉強するんでしょ?だったら静かだろうし。俺達も明の部屋で勉強すればいいじゃん」 「へっ?!いやいやいや!それはちょっと!!」 明は我に帰ると大きく首を振る。 「だって幸は彼氏と勉強するって言ってるんだし!俺達がいたら邪魔になるよ」 「なんで?明の家でもあるのになんで邪魔になんの?二人きりになりたいならあっちがそういう場所探せばいいだけだろ」 「え〜・・いや、でも・・」  基依の強気な発言に押され明は口ごもった。 「いいじゃん!俺明の家行ってみたかったし!明の兄貴だって遊びにきてって言ってたじゃん!な?決まり決まり〜」 「えー・・」 困りつつも明は少し安心する。 これで昴の家には行かなくて済む。 それに自分と基依が来れば幸だって彼氏と変なことはしないだろう。 基依が言った通り、あそこは自分の家でもあるのだ。 たまにはそれを主張してみたっていいのかもしれない。 —— 「兄貴から返事返ってきた?」 明の地元の駅に降り立った瞬間基依が聞いた。 「まだ。でも既読にはなってるからわかってるはず」 先ほど幸に 『俺も基依と家で勉強することになった』 とのメッセージを送ったのだ。 何も連絡せずに家に行って、すでに二人が何か始めていては大変だ。 「ふーん。なんかお菓子でも買ってくか?」 基依が駅前のコンビニを指差す。 「いいよ。家になにかあるよ」 明がそう言って駅から続く横断歩道を渡ろうした瞬間「明!」と後方から名前を呼ばれた。 振り返ると幸が自転車を引いている増田と並んで立っている。増田はどうやら自転車通学のようだ。 「あ、幸・・」 不意を突かれて明は一瞬たじろいだが、すぐに笑顔で近寄った。 「よかった!返事なかったからさ。俺らも家で勉強することにしたんだよ」 幸は基依の方にチラリと目を向け、それからニコリと笑って言った。 「うん、メッセージ見たよ。だから明達が帰ってくるの駅で待ってたんだ」 「え・・なんで?」 「せっかく勉強するならみんなでやった方が捗るかなって。そこのカラオケで勉強するのどう?」 「・・・」 突然の提案に明は言葉を失う。 まさか幸からそんな事を言われるとは・・ 明は幸の隣の増田に目を向けた。 増田はケロッとした顔をしているが本心はどうなのだろうか。 本当は家で幸と二人きりになりたかったはずだ・・それを自分がダメにしてしまった・・ 「あ・・増田君ごめんなさい。本当は家で勉強するはずだったのに、その俺が・・」 明は増田の目を見てぺこりと頭を下げる。 すると増田は手をひらひらとさせて言った。 「えっ、別にいいって!勉強するならどこだって一緒だし」 「・・でも」 明が俯くとそれまで黙っていた基依がずいっと前に出て言った。 「ていうか俺はまだOKしてないけど?カラオケで勉強って普通に気が散らない?」 幸はそんな基依の問いに首を傾げて答える。 「そんな事ないよ。防音だから意外と集中出来るんだ。中学生の時は塾の友達とカラオケで勉強したこともあったよ」 「・・・へぇ」 基依は眉間に皺を寄せながらも口角を上げた。 「それに・・あっ!」 幸は何か言いかけたところで向こうから来る人物に気が付き手を振る。 「昴にも声かけたんだ。昴は教えるの上手だからテスト勉強するなら頼りになるよ」 「え・・昴にも?」 心臓がドクンと跳ねる。 明が振り向くと小走りで近づいてくる昴の姿が見えた。 「ふーん・・あいつにも声かけたんだ」 基依がボソッと小さな声で呟く。 明は額にジワリと汗が滲むのを感じた。 なんで、幸はすぐに昴を呼ぶのだろう。 自分が呼べば来ると、わかっているからだろうか・・ ほどなくして昴が皆の前に到着した。 それからすぐに明の方に目を向ける。 「・・明は、なんでいるの?幸と偶然会ったの?」 幸から明達のことは聞いていなかったのか、昴は困惑した表情で聞いた。 「あ、俺は友達と家で勉強しようと思ってたんだけど・・それを幸に伝えたらカラオケでみんなでやればいいんじゃないかって言われて・・」 「え・・」 昴は明の言葉を聞いてから、チラリと基依の方を見る。 しかしすぐに幸の方に向くと少しだけトーンの低い声で言った。 「幸・・何考えてるの?」 「何って、俺はみんなで勉強したほうが捗るかなって思っただけだよ」 キョトンとした顔で幸が返す。 「でも、急に誘われたら明の友達だって困るだろ。学校も違うんだし・・」 「俺はいいよ」 昴が言い終わらないうちに基依がかぶせるように答えた。 「俺人見知りとかないし。適当にやるからさぁ」 そう言って基依はヘラっと笑う。 「でも・・わっ!」 明は基依の袖を引っ張って止めようとしたが、逆にガシッと肩を組まれてよろけそうになった。 「ほら、そうと決まれば行こうぜ。そこの明の幼馴染君も!」 「・・っ」 昴は何か言いたげな顔をして幸の方をチラリと見る。 「行こう、昴」 幸は涼しげな顔で言うと増田と共に歩き始めた。 明はそんな状況についていけないまま、基依に引っ張られる形で歩き出す。 一体なぜこうなってしまったのだろう? 普段人見知りの激しい幸が、ほとんど喋ったことのない基依がいるのに一緒に勉強しようと言うだなんて・・ この間、練習試合の時から感じていた普段とは違う違和感。 あの幸が、基依にはすでに壁を外しているように感じる。 あの幸が・・ ジワリと心に灰色のような不安が広がる。 明はそれを振り払うかのように小さく首を振った。 「じゃぁ飲み物取ってくるね」 そう言って幸と増田が先に部屋を出る。 フリータイムの飲み放題で案内された部屋は五人で使うのが申し訳ないくらい広い部屋だった。 しかし飲み放題用のドリンクコーナーが少し遠い。 そのため飲み物は順番に取りに行くことにした。 まず幸と増田がいなくなり、明と基依と昴だけが部屋に残る。 練習試合で見ているとはいえ、昴と基依はまだ話したことはない。 とりあえずここは自分が、と明が話し始めようと思ったところで先に基依が口を開いた。 「いやー、この間の試合めっちゃすごかったね。同じ一年とは思えない上手さだったわ!あ、俺もバスケ部なんだけどさ」 「・・知ってる。明の友達の基依君?だよね」 昴は鞄からペンケースを出しながら応える。 「あ、そうそう。神垣基依です。俺も知ってるよ、矢野昴君。君モテそうだねぇ〜」 基依はいつもの軽そうな口調で言った。 「別にそんなに・・基依君の方が人気者って感じするけど」 「え?俺?!いやーどうだろ?なぁ、明。俺学校で人気ある?」 そう聞かれ明は笑って答える。 「えー、別に今のところ全然普通じゃない?昴優しいから立ててもらったんだよ!」 「あっ!なんだとこのぉー!」 基依は明の脇をふざけながらくすぐった。 「やばっ!あはは!やめろって!」 「なんかすでに盛り上がってるね?」 片手にジュースを持って戻ってきた幸が少し驚いた顔で言った。 「何?何の話してたの?」 幸に続いて入ってきた増田がソファに座りながら聞く。 「あー、学校でモテるかモテないかの話してた」 明は少し遠慮がちに答える。 幸が戻ってきた今、この話題は微妙だ。 しかしそんな明の思いとは裏腹に増田は楽しそうにその話題に乗ってきた。 「へー!矢野はモテるよな?俺何人か知ってるよ、矢野のこと好きってやつ」 「いや、俺は別に・・」 昴は居心地悪そうな顔で言う。 「やっぱりαは違うよなー!!俺から見たってかっこいいもん!」 ストレートな褒め言葉に昴は困ったような顔で笑う。 幸の恋人がこんなに善良そうなタイプでは昴もどうしていいか分からないのだろう。 「そんなこと言ったら、君の恋人もずいぶんモテそうだけどねぇ」 ボソリと小さな声が聞こえて、明は隣の基依に目を向ける。 基依の視線の先には幸が座っていた。 「えっ・・」 幸の隣にいた増田は手にジュースを持ったまま固まる。 「明のお兄さん、モテるでしょ?男女問わずさ。増田君心配じゃないのー?」 基依はソファにもたれ掛かりながら聞く。 「ちょっ、基依!」 明は肘で基依をこづいたが、基依はヘラっと笑ったままだ。 「あー。まぁ四十万はやっぱり人気あるよなぁ。でも四十万は自分で関わる相手選ぶっていうか・・ね?」 眉尻を下げて笑いながら増田は幸に話を振る。 幸はジッと基依を見ながらコクンと頷いて言った。 「そうだね。俺、好き嫌いはハッキリしてる方だから。無理な人は無理だから好意をむけられたら近づかないようにしてる」 「へぇ・・」 基依は低い声で呟く。 普段とは違う基依の雰囲気に、明の心がザワザワと騒いだ。 「前に明には言ったけど、やっぱり俺お兄さんとは気が合わなそうだわぁ!」 「はい?」 笑って言う基依を幸が鋭い視線で睨む。 この広い部屋の中の空気が、ピンと張り詰めたのを感じた。 幸に面と向かってこんなことを言った人物は、明が知る限りでは初めてだ。 幸は傷つきやすい。彼を否定する言葉なんてもってのほかだ。 ー幸が傷つく・・ 「基依!!」 明は咄嗟に大きな声で叫んだ。 これ以上基依に何も言わせないためだ。 しかし・・ 「ちょっと、明は静かにしてて」 それを止めたのは当の本人の幸だった。 「え・・でも、幸・・」 「いいから」 幸はそう言うと、改めて基依の方に目を向ける。 「俺、基依君と話したの今日が2回目だよ。気が合うか合わないかも決めるのは早くない?」 「まぁ、それもそうだけど。でもお兄さんこそ、俺みたいなタイプ苦手そうに見えるけどなぁ」 「お兄さんってやめて。俺の名前は幸だから」 「はいはい、幸ね」 基依はフゥと軽く息を吐きながら言う。 なんでこんな雰囲気になってしまったのだろう。 基依は一体何を考えているんだ・・ 明が黙っていると、ガタッと音を立てて昴が席を立った。 「ドリンク、俺達まだだったろ。取りに行こうよ」 「へ・・」 話の腰を折るような発言に明は驚く。 「今日は勉強しにきんたんだろ。時間が勿体無い。ほら、行こう」 昴はそう言うと、明と基依に目で合図をしながら部屋のドアを開けた。 — 明はなんの迷いもなく烏龍茶のボタンを押す。 昔から好きなのだが、幸が好きではないため家に烏龍茶が置いてあることはない。こういう時にここぞとばかりに飲むようにしている。 「明、渋いなぁ」 後ろで何を飲むか迷っていた基依が言った。 「・・美味いじゃん、烏龍茶」 明はボソッと言う。 それからディスペンサーの前でやっと飲み物が決まったらしい基依に向けて聞いた。 「なぁ、何でさっきあんなこと言ったんだよ?」 「あんなことって?」 「わかってるだろ!幸は結構繊細なんだよ。だからあんまりマイナスな事は言わないで欲しい・・」 明は少し俯く。 「・・繊細ねぇ」 基依は肩をすくめて言った。 「俺にはそう見えなかったけどなぁ。なぁ、矢野君はどう思ってんの?」 すでに飲み物を入れ、二人が終わるのを待っていた昴に基依が声をかける。 「・・幸は、人の感情に敏感だから・・共感性が強いって言うか」 「そう!幸は人のために泣けるやつなの」 明も昴に続いて言う。 「ふーん、なるほどね」 基依は口を尖らせて答えると「わかった!」と大きな声で言った。 「まぁ、じゃぁ俺は俺なりに幸がどんな奴か見極めるよ」 「え・・あんまり変なこと幸に言わないでよ・・」 明は困惑した表情で言う。 「大丈夫だって!ちょっと興味湧いただけだから」 「え・・・」 胸がズキッと痛んだ。 興味・・?興味って、どういうこと? ジワリジワリと、不安の色が広がっていく。 基依の中で何か変化がおこっているのだろうか・・ それから、勉強会は二時間ほどで終わった。 明達が飲み物をとって戻って来てからは無駄は会話は一切することなく、昴がそれぞれのわからない質問に答えてくれたりと思いの外捗った。 カラオケの建物から外に出ると、もうすっかり暗くなっている。 「あれ、俺だけ電車?」 基依がみんなを見回しながら言った。 「あ、そうかな。四十万達はここからなら徒歩だし俺は自転車があるから」 増田は近くに停めてある自転車を親指で指す。 「ほーん、そっか。じゃ今日はどうも。明はまた明日なぁ」 基依は頭を掻きながら言うと、駅の方に向かって歩き出した。 「あっ、うん・・」 明は見えてないとわかっていても小さく手を振る。 「じゃ、俺もここで。四十万、帰ったら連絡するな」 増田もそう言うと、停めてある自転車の方へと歩いて行った。 「帰ろうか」 昴がボソッと言う。 「うん、3人で帰るの久しぶりじゃない?」 幸はニコッと笑った。 「そうだね」 明もなるべく自然に笑おうとしながら答える。 しかし上手く笑えない。 どうしてもさっき感じた不安が気になってしまうからだ。 「・・幸」 「うん?」 明は唇を軽く舐めてから、絞り出すように言った。 「あのさ・・基依が変なこと言ってごめんな」 「え?あぁ。別に気にしてないよ」 「でも・・やっぱり嫌な気持ちにはなったろ?」 幸は少し考えるような顔をする。それからツンとした口調で言った。 「でも、あんな風に正面向かって言う人なかなかいないし。なんか、変な人だね基依君。遠慮がないって言うか」 「あー、はは。そうだなぁ。あいつ初めて会った時からそんな感じ」 「明が仲がいいっていうから、もっとのんびりした感じの人だと思ったんだけどなぁ」 「あー。いや、基依はどっちかって言うと適当で軽い感じっていうか」 そう、本来なら幸が得意ではないはずのタイプだ。 幸の反応を見る限り、完全に遮断するほどでもないが興味もなさそうとみえる。 「まぁ、でも今日の勉強会結構捗ったよね。またやろうよ。明さ、メッセージのグループ作ってくれない?」 「え・・」 「明がグループ作ってくれたら、あと俺が増田君招待しておくからさ。そしたらみんな連絡先わかるだろ。聞きたいことあれば昴にも連絡できるし」 「・・そんなにバンバン質問こられても困るんだけど」 昴はため息をつきながら言う。 「いいじゃない。ね、よろしくね明」 「・・あ、うん。わかった」 大丈夫、深く考えることはない。 ただのメッセージのグループを作るだけだ。 必要ない限り個人でのやり取りをすることはない。 そう、必要がない限りは・・・ —— 「テストどうだったよー?」 内海がいかにも解放されたと言った顔で近づいて来た。 「俺、今回は思ったよりもいい感じだわ」 基依が真顔でピースをする。 「うえぇ!?まじで?なんで?」 「α様の個人指導がありましたからねぇ、な。明」 基依はそう言って明に目配せした。 「なに?α様って?どこの誰?」 内海が眉間に皺を寄せて聞く。 「あ、K高に行ってる俺の幼馴染。一回K高の人達と勉強会したんだよね」 明は頬を掻きながら答える。 「えぇー。何それいいじゃん!俺もK高の人らに勉強教えてほしかったわー!」 「また機会があったら声かけるよ」 とは言ったものの、幸は人が増えるのは好ましくないだろう。 結局、メッセージのグループは作ったものの勉強会はあれから行われることはなかった。 それぞれのペースで勉強した方が身になるのは事実だ。 あれから増田もまだ家にはきていない。 テストも終わったことだし、そろそろ幸から何か言われるかなと身構えてはいるのだが・・ 「久々の部活だったから疲れたなぁ」 基依は半袖のシャツに腕を通しながら制汗剤を手に取る。 テストが終わった途端、急に夏が来たようだ。 体育館の中も冷房完備とはいえ部活中は汗が止まらなかった。 「夏休みさぁ、部活ない日は遊ぼうぜって内海が言ってたよ」 シュッと体にスプレーをしながら基依が言った。 レモンの制汗剤の匂いがふわりと香る。 「いいね!部活週に2回くらいって言ってたし結構遊べそう!」 明も汗拭きシートを取り出して体を拭いた。 中学生の頃はあまり気にならなかったのだが、最近は自分の汗や匂いが気になってしまう。 それもこれも、いつも隣に基依がいるからだ。 「まぁ、とは言っても内海君はデートの予定もあるだろうしねぇ。内海がデートの時は二人で遊ぼうぜ」 「・・うん!」 基依の言葉一つで心が浮き足立つ。 あと二週間ほどで始まる夏休みが楽しみになってきた。 「あー・・そういや明はK神社の祭りは行くの?」 「え、K神社の?」 K神社は明の地元にある大きな神社だ。 夏の初めに毎年そこでお祭りがあり、大勢の地元の人で賑わう。 「考えてなかった。中2までは行ってたけど去年は行かなかったしなぁ」 「受験だったから?」 「いや、去年は幸達が塾の友達と行くことになったから俺はやめたんだ。俺だけ塾行ってなかったし」 「・・へぇ。いつもは3人で行ってたの?」 「うん。毎年ね。あっ・・でも一回だけ昴と二人で行った時があった」 明は小学生の頃のことを思い出す。 「幸は他の子と行くんだと思って昴と二人で行ったら幸が拗ねちゃってさ。すごい大変だった。幸、昴とは一週間くらい話さなかったんじゃないかなぁ」 「はー。さすがだねぇ」 基依はリュックを背負いながら言う。 「さすがって?」 「うん?いや、矢野君には強気な感じだよなぁって思ってさぁ」 「・・まぁ、それは確かにそうかも」 明も鞄を手に持つと、二人で下駄箱の方へ歩き始める。 まだ二回しか会っていないはずなのに、基依は幸と昴のことよくわかるんだな・・ それとも、傍から見ても昴が幸のことばかり考えているのは丸わかりなのだろうか? 靴に履き替えて校門を出たあたりで、明はふと思ったことを聞いた。 「ていうか、基依K神社のお祭りがあるのよく知ってたね。地元のお祭りだと思ってたけど意外と有名なのかな」 明が首を捻ると基依がスマホを見ながら言った。 「いや、幸から聞いたから知ってただけ」 「・・え」 一瞬、聞き間違いかと思った。 基依があまりにも自然に『幸』と言ったからだ。 「幸から・・?いつ?基依、幸と会ったの?」 明は口元を震わせながら聞く。 「いや、メッセージで。幸とはあの勉強会の後は会ってないし」 「・・・メッセージ?基依、幸と連絡とってたの?」 心臓がズキズキする。 これは、きっと不安と焦りからくるものだ。 「うん。勉強会の日の夜にさ、幸から連絡きたんだよ。『今日はありがとうございました。俺とは気が合わなくてもこれからも明とは仲良くしてください』てさ」 「・・・」 「なんかすげー皮肉なこと送ってくるじゃんって思ってさ。こっちも『俺みたいなのだが大事な弟の友人ですんません』って送ってやった。そんでそっからダラダラと連絡続いてる感じ」 「連絡続いてるって、何それ。そんなの聞いてない・・」 「あー、マジ?まぁ・・くだらない一言の言い合いとかだから、明に言うことでもないかなって俺も幸も思ったんだと思うけど」 「・・・そう」 「幸ってすっげー遅くまで起きてるんだな。夜中に『眠れないんだけど』とか怒りマークつけて送ってきたりして、こっちが眠れないっつーの。あいつ、あんなに細そうな身体なのに不眠気味で体調大丈夫なのか?なぁ、明」 「・・・」 「明?」 ズキズキと痛む心臓は、今度は早鐘のように音を立てている。 ジワリと感じていた不安が的中したからだろうか・・ わかってる。 幸と会ったら、幸と話したら、みんな幸に夢中になる。 基依だって・・初めて幸と会った時はまだ幸のことをよくわかっていなかっただけ。 だからあんなことを言っただけ。 結局、いつだって。 選ばれるのは・・ 「ごめん。俺ちょっと用事思い出しから急いで帰んなきゃ」 「え?」 明はバッと走り出す。 今は、これ以上基依から幸の話は聞きたくない。 明は基依に追いつかれないように、足を休めることなく走り続けた。 ほどなくしてバス停に着くと、今にも出発しそうなバスが停まっていた。 明はそれに飛び乗り、やっと止まって息を整える。 ふと手のひらを開くと、爪が食い込むほど強く握っていたようで痕になっていた。 明はフラフラとしながら空いている席に座る。 それからゆっくりと走り始めたバスの車窓を見ながら、たった一人の兄のことを考えた。 『幸』という人間は、優しく繊細で綺麗だ。 人見知りだけれど、彼の中で大丈夫だと判断されればとても大切にしてくれる。 なんでもない日に、ただその子の雰囲気に合っていたからと贈り物を送ったりもする。 自分は誰かに進んで贈り物を送ったことすらない。 幸のそんな姿を見るたびに、自分はなんて思いやりがなく気が利かないのだろうと思ってしまう。 だから・・ 幸が選ばれるのは当たり前のことなのだ。 へこんではダメだ。 幸は悪くない。落ち込んだら幸のせいになってしまう。 ーー あの角を曲がればもうすぐ家だ。 けれどそこまでの道までに行く足が重い。 幸はもう帰っているのだろうか。 特に連絡はなかった。 できたら、増田とデートでもしてきてほしい。 今は、幸の顔をまともには見れない気がする。 「明?今帰り?」 後ろから聞き慣れた声がして明はゆっくりと振り返った。 昴が小走りで近寄ってくる。 「・・昴。うん、今部活帰り」 明は力無く笑って答えた。 「そっか。うちは明日から部活再開なんだ。今スーパーで夕飯買ってきたところ。今日は父さん夜いらないって言うから」 昴はそう言って手に持った袋を見せる。 普段は昴が夕飯を作っているが、父親が夜いらない日は近くのスーパーの惣菜で済ましているようだ。 「何買ったの?唐揚げ?良い匂いするなぁ」 「うん、あと一応サラダとおにぎり」 「はは。さすが昴!バランス考えてる」 とりとめのない会話を繋ぐ。家に帰る時間を引き延ばすために。 「・・明、何かあった?」 「えっ・・」 普通にしているつもりだが、態度に出てしまっただろうか。 「いや、別に大丈夫だよ!」 ははっと乾いた笑いをしてみせる。 こんな心のモヤモヤを昴に言うわけにはいかない。 だって、幸が関係しているから。 「・・・もし良ければ・・ちょっとうちでゲームやっていかない?新しいゲーム買ったんだ」 昴はニコリと笑って首を傾げる。 「えっ・・あー、でもだったら幸にも声かけたほうが・・」 「幸なら今日は増田君と遊んでくるって言ってたよ。だからまだ帰ってないんじゃないかな」 「あ、そっか」 思わずホッとした顔をする。 「・・・幸と何かあったの?」 明が安堵の表情をしたため、昴は何か勘付いたようだ。 「いや・・!別に!!」 明は慌てて両手を振る。 「・・本当?」 「当たり前だろ!幸とは何もないよ!あー。じゃぁちょっとゲームやらせてもらおうかな!」 明は誤魔化すように言うと、家の方へと歩き出した。 「ちょっと散らかってるけど・・」 昴はそう言ったが、明から見たら昴の部屋はかなり綺麗に整理されている。 もともと物が少ないから散らかる物がないのだ。 「この部屋が散らかってる状態なら俺の部屋なんて嵐がおきた状態じゃない?」 クスクスと笑いながら明はソファに座った。 昴の広い部屋にはベッドにテレビに勉強机、それから二人掛けのソファもある。 幸と遊びに来た時には、昴は明と幸にソファを譲り自分はベッドに腰掛けていた。 今日ソファに座ったのはそんないつもの癖でだ。 特に深い意味はない。 『幸の代わり』をする時はベッドに座ってすることが多いが今日はゲームをしに来たのだ。 そのことを意識する必要はないだろう。 「昴、何買ったの?最近欲しい新作あったっけ?」 明は身を乗り出して、昴のゲームが入っている棚を覗き込む。 「あ、ごめん・・それは嘘」 「へ?」 「新しいゲームは買ってない」 「じゃぁ、なんで・・」 「明が元気なさそうだったから、少しでも気分転換になればいいなって・・」 昴はそう言いながら、明の横にゆっくり腰掛けた。 昴とこのソファに二人で座るのは珍しいことだ。 肩がぶつかる距離に少しだけ心臓が跳ねる。 「・・あ、あは。なんかごめんな昴。気にかけてくれて」 「・・明がわかりやすく元気ないの珍しいなって思ったから。でも言いたくないことなら無理に聞かないよ」 「・・・昴」 昴は優しい。 誰にでも穏やかで控えめで、性格だけみたらαと言ったら驚かれるだろう。 けれど彼の人よりも飛び抜けて優秀な頭脳や運動神経、なんでもそつなくこなせる振る舞いはαであることを証明している。 優しく優秀な昴。 彼は求められるべき人間だ。 それなのに・・なんで幸は選んであげないのだろう。 昴の気持ちはずっと宙に浮いたままだ。 今まではそんな昴に同情するだけだった。 けれど、今なら共感できる。 片想いがこんなに辛いということを・・ 「昴はさ・・」 明はポツリと小さな声で言った。 「好きな人に、他に好きな人がいるって辛くないの?」 「・・・え」 「俺、生まれて初めてそういう立場になって、すごいキツイなって思ったんだ」 「・・・」 昴は正面を向いて話す明の横顔をジッと見つめる。 「なんか今まで恋愛のことよく分かってなかったけど、人を好きになるって心臓をグリグリ抉られるみたいで痛いんだなって」 「・・明、好きな人いるの?」 「えっ!あっ・・まぁ、この流れで否定するのは変だよな」 明は頭を掻きながら笑った。 「好きだなぁって気づいたんだけど、でも多分俺じゃぁ無理そう」 「なんで・・無理そうって思うの?」 「え、えーっと・・」 幸の名前は出せない。どう言えばいいのだろう。 「そいつが、えっと・・すごいモテる子と最近仲良さそうで。連絡もこまめにしてるみたいだし、あれは絶対好きになっちゃうだろうなぁって」 なんとなく濁して言ってみたが、上手く伝わっただろうか。 「・・・そう。でもそんなのわからないじゃん。明だって仲良いんでしょ?」 「うっ・・でも俺の仲の良さは本当友達って感じ。楽しい遊び相手っていうか・・恋愛とかそういうのにはならないよ」 自分で言ってちょっと落ち込む。 幸と自分との違いを自ら再確認した気分だ。 「・・明は、その人と付き合いたかったんだね?」 「えっ?!」 昴の質問に思わず大きい声が出る。 「いや、付き合うなんてことは考えてなかったよ!ただ一緒にいて楽しいから・・」 「でも、好きの先はそういうことでしょ?」 昴の肩が当たって、横を向く。 バチっと昴と視線がぶつかった。 明は思わずごくりと唾を飲む。 確かに、ストレッチで基依の体に触れる時は心臓が速くなる。 身体が意識しているということだ。 ただ一緒にいたいと思っていたけれど、本当はそういうことも期待していたのだろうか。 「・・・」 明が黙り込んでいると、ふと温かな体温を感じた。 昴の手が明の手を包むように重なっている。 「・・俺が・・・その人の代わり、しようか?」 「・・・」 今、昴は何を言ったのだろう。 代わり?代わりってそれはどういう・・ 頭で理解するのに時間がかかって明は無言で昴を見つめる。 すると昴は明から視線を逸らし、下に目をやりながら言葉を続けた。 「明が、幸の代わりになってくれたみたいに・・俺も明の好きな人の、代わりになれないかなって・・」 「え・・いや、それは・・ー」 明がそう言いかけた瞬間、目の前の視界が狭まる。それから唇に微かな熱が重なった。 「ぅん・・・」 触れただけだと思った昴の唇が力を持って攻めてくる。 あ、キスされてる・・ そう気づいた時には、スルリと生温かく弾力のあるものが明の口内に侵入してきた。 「っぅん・・ぅ・・」 呼吸がうまくできず、明は口の中を沿うように動く昴の舌に合わせて声を漏らす。 抵抗しようと思ったが、重なっていた手はいつのまにか強く握られ体はソファの背もたれに押し付けられて動けない。 「・・ふぁっ!」 口づけのことで頭がいっぱいになっていたら、突然下腹部を刺激されて明は驚いて声を上げた。 昴の指がツツっと明のものをなぞる。 すこしだけ膨らみ始めていたそれは、触られたことでさらに硬さを増した。 「ちょっ・・ダメだっ・・て」 身体をくねらせて逃げようとしたが、与えられる刺激が少しずつ気持ち良くなり力が抜けていく。 これは・・いつもの抜き合いっこの流れかな・・ 明はそう割り切って考え直すと、自分もそっと昴のそこに手を伸ばした。 今までも何回もこういうことをしてきている。 今日一回やったところで何かが変わるわけではない。 明は昴の熱の帯びたそれを握りながら、ふと基依のことを思い浮かべた。 自分は、基依とこういうことをしたいと思っているのだろうか。 よくわからない・・ でも・・もし基依が幸を抱いたらと思うと心臓が痛い。 あの背中を、幸が抱きしめるなんて想像したくない・・ けれど・・・きっと基依だって身体を重ねるなら幸のような人がいいだろう。 俺みたいなやつではなくて。 綺麗で華奢で包んで守りたくなるような・・そんな・・ 「・・明」 そんなことを考えながら昴のそこを扱っていると、耳元で名前を呼ばれた。 「・・ぅん?」 明はぼぅっとした頭で返事をする。 「・・何考えてるの?」 「え・・」 ドキリとして明は一瞬その手を止めた。 何か見透かされてしまっただろうか・・ 「ぁ・・別に・・なにも・・」 俯きながら答えると、明は再び昴のそこを握っている手の動きを早める。 しかし昴は明の手首を掴むとその手を止めた。 「・・?昴?どうしたの?」 「・・・明」 漆黒の昴の瞳が明を捕らえる。 それからすっと明の頬を撫でて言った。 「明のこと・・抱いてもいい?」 「・・へ?」 明は目をぱちぱちとさせて首を傾げる。 「抱くって・・え・・わっ」 困惑している明の身体を昴は強引に引き寄せると、そのままソファに押し倒し明に馬乗りになった。 「っ・・昴!・・」 昴の体を押し除けようと伸ばした腕は掴まれ、ソファに押し付けられる。 それから強引に唇を重ねられ、明は息継ぎもままならぬまま口内を愛撫された。 「ぁっ・・ぅん・・・」 抵抗しようとしたが、熱く激しい口づけに明は力を奪われていく。 昴にされるがまま力無く身を任せていると、スルリと下半身の衣服が離れていくのを感じた。 ーあ・・脱がされたんだ・・ そう思った瞬間に、昴の手が優しく明のものに直接触れる。 「・・あっ・・」 先ほどの触り合いですでに敏感になっているそこをいじられ、明は小さな喘声をあげた。 「・・ふっぅ・・あっ・・」 明は震えながら与えられる快感に耐えるように目を瞑る。 「・・っ?!」 そこの刺激だけに集中していると、突然昴の指が違うところをいじり始め明は目を見開いた。 「えっ・・あっ、昴?!」 そして何かヌルリとしたものが明の後ろの孔に塗りつけられる。 「な、何・・?これ?」 「・・ヘアオイルだよ・・明は濡れないからこういうのないと辛いと思って・・」 「えっ・・昴、ちょっとまっ・・あっっ!」 話している途中でオイルで滑りやすくなったそこに昴の指が入ってきたのがわかった。 その入り口を指先で少しずつゆっくりと広げていく。 「ふぁっ・・あっ・・ぅん」 クチュクチュと濡れた音に合わせて明は喘声を上げた。 最初に感じた違和感は薄らぎ、こそばゆい感覚に耐えられずもじもじと足を動かす。 「うっぅ〜・・あっ、すばる・・」 恥ずかしくなって閉じようとした足は、昴の力で止められさらに大きく開かれた。 「あっ・・やだって・・」 明は手を伸ばして抵抗しようとしたが、昴の紅く染まった瞳と視線がぶつかり息を飲んだ。 「・・・っ」 いつもの穏やかで優しげな表情は消え、余裕のない高揚した瞳で捕えられる。 明が不安そうな顔で昴を見つめていると、明のそこから指が引き抜かれるのがわかった。 心臓がドクンと鳴る。 明は震える声で聞いた。 「・・・昴、本当にするの?」 その問いに一瞬昴の表情に迷いが生まれる。 昴は俯きしばし沈黙したが、再び上を向くとソファから体を伸ばし何か紐のようなものを手に取った。 「・・?」 なんだろうと思って見てみると、それは中学時代の制服のネクタイだった。 昴はそのネクタイを両手に持つと、明の目の上に被せる。 「えっ・・?なに?!」 明は驚いて声を上げるが、昴は止めることなく明の両目を目隠しするようにネクタイで巻き頭の後ろでキツく結んだ。 「・・見えなければ、その人の代わりだって俺のこと思えるでしょ?」 暗くなった視界の上から、昴の静かな声が降りかかる。 「・・そんな、俺は・・」 明がそう言いかけた瞬間、熱を持ったモノが明の孔にあてがわれたのがわかった。 「・・いっ・・あっ・・」 鈍い痛みを感じ、明は目隠しの下でもキツく瞳を閉じる。 —うそ?本当に? 明が頭の中でパニックになっている間にも、昴の熱い屹立が少しずつ明の中に押し込まれていく。 「・・・ふぅ・・うぅ・・ぁっ」 何かがお腹の中に入ってくる感覚に、明は痛みとは別のものを感じて甘い声をあげた。 「・・明・・めぃ」 熱い吐息に混じって昴が自分の名前を呼ぶ。 「あっ・・や、すばる・・」 昴は今どんな顔をしているのだろう。 俺の名前じゃなくて、本当は幸の名前を呼びたいんじゃないだろうか・・ 明は右手を挙げると、近くに感じる体温を頼りにそっと昴の体に触れた。 「昴、昴こそ・・俺のこと幸の代わりだと思っていいからね?」 「・・・え」 昴が息をのむような気配を感じたが、明は言葉を続ける。 「昴も目瞑っていいし、幸の名前呼んでもいいから。その方が俺も恥ずかしくないっていうかさ」 「・・・」 昴から返事がない。 明は見えない昴の表情を伺おうと両手を伸ばす。 しかし、両方の手首はそのまま昴の顔に触れることなく明の顔の横へ押さえつけられた。 「!?・・あっ!」 突然、ズンと激しく昴のものが打ち付けられる。 「え・・あっ・・やっ!・・あっ!ぁっ」 昴は腰の動きを止めることなく、さらに速さは増していく。 「あっん・・あぁ・・ぅ・・ふっ、あっ!」 明は体を揺さぶられながら、その激しさに喘声を上げるしかない。 真っ暗な視界の先に、昴がいることはわかっているのに声が聞こえず明はなんだか怖くなってきた。 「あっ・・やぁ、すばる?ねぇ・・すばる・・」 「・・・」 昴の名前を呼んでも反応はない。 時々荒い息遣いが耳元をかすめるがそれだけだ。 真っ暗な世界に、肌と肌がぶつかり合う音と、濡れたような水音と、そして自分の抑えられない恥ずかしい声だけが響く。 「あっ!・・もう、やだ・・・うぅ・・ぁぁ」 何も見えないせいで自分だけがこんな痴態を晒しているのではと思ってしまう。 なんでこんなことになったんだっけ? そう、昴が基依の代わりなんて言ったからだ。 けれどこんな余裕のない頭でそんなこと考えられない。 それに見えなくたって、匂いや体温、それに息遣いでここにいるのは基依ではなく昴だとわかる。 今、自分は昴とセックスしている・・ 「・・あっ・・昴・・やぁ・・」 昴の動きが一層激しくなり明は腰を浮かせた。 熱いものがあがってくる。 「あっ・・・」 ドクンと脈打つ音が、胸からとそしてお腹から聞こえた。 イッたんだ・・・ 明は力なくソファの上に足と腕を伸ばした。 全身から力が抜け思考もぼんやりとしていて体が動かない。 ぼうっとしているとスルッと目隠しが外され、眩しい光が目に飛び込んできた。 一瞬クラっとしたが、次第に目の前の輪郭がはっきりとしてくる。 顔を赤くさせた昴がすぐ目の前にいるのがわかった。 「・・昴?」 明はまだぼんやりとした頭で昴の名前を呼ぶ。 昴は辛そうに眉間に皺を寄せたが、優しく明の頬を撫でると 「ごめん・・」 と小さな声で言った。 なにが『ごめん』なのだろう。 だって昴は慰めようとしてくれただけだろ? 謝るようなことをしたのかな。 わからない・・・ そんなことを考えているうちに、明はスゥっと目を閉じて今度こそ闇の中に落ちていった。 「身体、大丈夫?」 昴が心配そうな顔で聞いた。 どうやらあれから二時間ほど寝てしまっていたらしい。 気がつけば外は暗く、時刻は二十二時前になっていた。 「うん、大丈夫。ありがと昴。身体まで拭いてもらっちゃって」 明が完全に寝こけている間に昴が身体を拭いてくれていたようだ。 『どこ』を拭いてくれたかは恥ずかしくて確認していないが、身体はどこも綺麗になっている。 「明のお母さんには、うちで寝てるけどご飯は食べてないこと伝えてあるから」 「本当ありがとな。お腹空いたから家帰ったら速攻食べるよ」 明はそう言うと、昴の部屋を出て玄関へ向かう。 まだ昴の父親は帰って来ていないようだ。家の中は相変わらず静かで薄暗い。 二人は無言のままトントンと階段を降りていく。 起きてから、セックスをしたことには触れていない。 あれは、お互い『代わり』であり『慰め』の行為だから余韻に浸るものではないはずだ。 「じゃあ、またな」 明はいつものようにニコっと笑うと玄関のノブに手をかけた。 「うん、気をつけて」 昴も普段と同じように微笑む。 明が勢いよくドアを開けると、目の前にいた人物に当たりそうになり明は一瞬目を見張った。 「え、幸?」 幸が涼やかな顔で立っている。 しかし明が出て来たのを見ると、眉を下げて言った。 「明、遅いから心配したよ。もう10時になるから迎えに来たんだ」 「あ、ごめん。俺完全に寝ちゃっててさ〜・・」 明は頭を掻いて笑いながら言う。 「一体何してたの?今日は明部活だったんでしょ?その後に昴の家行ったの?」 「え・・・えっと、そう!帰りに昴に偶然会ってゲームやりたくなっちゃって」 「・・ふーん・・」 幸は信じたのか信じていないのか、据わったままの目で相槌を打つ。 「幸も誘おうと思ったんだよ!けど今日デートだったんだろ?」 「まぁ、そうだけど・・」 幸は後方の昴にチラリと目をやる。それからフゥと息を吐くと、親指で家の方を指しながら明に言った。 「明、早く帰って夕飯食べちゃいな。母さんが片付かないって言ってたよ」 「あ、うん。わかった。え、幸は?」 「俺は昴に学校の課題のことで聞きたいことあったから。だから明は先に行ってて」 「・・そう・・わかった」 明はそう言うと、幸の横をすり抜けて玄関から外に出る。 「じゃあ、昴おやすみ」 手を振って言うと、昴は無言で手をヒラヒラと振り返した。 あんなことをした後に、幸と二人きりで昴は大丈夫だろうか・・ やっぱり悪いことをしてしまった気がする。 代わりだといったって、セックスをしたことには間違いない。 もしもこの先幸と昴が結ばれた時に、そのことを幸が知ったら傷つくだろう。 それは絶対にあってはいけない。 今日のことがどうか幸にはバレないようにと、明は心の中で祈った。 —— 「何、してたの?」 幸は後ろ手に玄関のドアを閉めると、いつもより低い声で言った。 「・・・」 昴は黙ったまま下を向く。 幸に今顔を見られたら全部見透かされそうな気がしたからだ。 「・・別に、さっき明が言ってた通りだよ・・」 「本当に?」 「・・・」 昴はコクンと無言で頷く。 「ふぅん。ならいいけど・・」 幸は俯く昴をさらに下から見上げるように顔を近づけて言った。 「てっきり大好きな明と二人きりでこんなに遅くまでいたから、何かしちゃったのかと思って」 「・・・何かって・・」 「そんなの、昴が俺にしちゃったことでしょ?間違ってさ」 人差し指をピッと昴の胸元に当てて幸は言う。 「わかってるよね?昴?」 「・・・・」 昴は再び黙ったまま小さく頷く。 そしてゆっくり視線を幸に向けて言った。 「わかってる。俺は、幸を守るためにいる・・」 「・・・今度こそ、裏切らないでね・・」 幸はそう言うと、ガチャンと扉を開けて静かに出て行った。 昴はその場でずるりとへたり込むように座る。 緊張していた身体の力が抜けたようだ。 明を抱いたことで幸福感と後悔の念が交互に襲ってきてただでさえ今にも心臓は張り裂けそうなのに・・ そこに幸までやってくるとは・・ 幸が・・怖い。 綺麗で繊細で傷つきやすいその華奢な身で、いとも簡単に人を管理する。 いや、自分の過ちが招いた結果なのだから幸のせいにしてはいけないのだが・・ もし、明を抱いたことが幸に知られたらどうなるだろう・・ 幸はあのことを明にバラすかもしれない。 そうしたら、この幼馴染の関係もすべてが終わってしまうだろう。 いっそ、終わらせた方が・・ 時々そう思いながらもそれが出来ない。 明は、俺のことをただの幼馴染だと思っている。 だからもし終わってしまったら、もう明と会えなくなってしまうだろう。 そうしたら・・ あの大好きな笑顔を向けてもらうことはできない。 それだけは・・嫌だ・・

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