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第13話
「あ・・やば」
咄嗟に飛び出してきてしまったけど、何も持ってきていないことに気がつく。
スマホがなければ誰にも連絡出来ないし、この暑いのに飲み物も買えない。
鍵だってないから、もし幸が出かけたら家に入ることもできない。
誰か頼れる友達は・・
そう思ったところで、誰もいないことに気がつく。
友達はいるけれど『頼れる』となったら別だ。
なんでそう思ってしまうのか。
それは結局いつだって、自分は幸のオマケなのだと思って生きてきてしまったからだ。
自分で勝手にそう思い込んで、勝手に友人を信用しなくなっていた。
幸がいなければ自分なんて相手にされない。
そう思うようになっていた。
だから、幸のいないところで友達になった基依に強く依存してしまったのかもしれない。
けれど、その基依も・・・
先ほど、幸と基依が寝た事を知った瞬間は頭が真っ白になってしまったが、基依が幸を好きになりそうだと元々予感していたではないか。
そう、わかっていた。ショックを受けながらも『やっぱりな』と思っている自分もいた。
幸と知り合って、彼に惹かれない人なんていない・・基依は特別だと思っていたけれど、そんなことはなかったのだ。
「はぁぁ・・暑い・・」
明は大きくため息を吐くと、どこか休める場所を考えた。
図書館、コンビニ、駅ビル・・
少しでも長居できて、考えられる所・・
結局明は駅の裏にある商業施設のYタウンに向かうことにした。
あそこならフリースペースのベンチもあるし、フードコートに行けば水も飲める。
とりあえずそこで、まずは自分の心を落ち着かせよう。
夏休み中のYタウンは暇を持て余した学生達で賑わっていた。
明は行き交う人の間を俯きながら抜けていく。
それから一階の端の方にあるフリースペースの椅子に腰を下ろした。
そこには涼みに来た高齢者が多く座っている。
明は再びため息をつきながら、首を垂れて目を瞑った。
まず何から考えれば良いだろう。
幸と基依が寝たことか、昔昴が幸を襲おうとしてしまったことか、昴は幸を好きではなかったことか・・
明は下を向いたまま目をぱちりと開ける。
さっきは混乱していて冷静に考えられなかったが、昴はなんと言っていたっけ。
そう、確か・・『俺が好きなのは明だから』と・・・
頬が急に熱くなる。きっと傍目に見たら、今明の顔は真っ赤になっているに違いない。
「えぇ・・・」
無意識に困った声を出し、明は頬を隠すように両手で顔を覆った。
正直に今の感想を言うなら『信じられない』の一言だ。
昴は幸が好きなのだと十年近く思い込んできた。そう思うだけの理由もあった。
それを今更勘違いだったなんて、簡単には思えない。
幸には昴が必要で、昴も幸を大切にしている。
それが明にとっては当たり前のことだった。自分の入る隙はないと思っていた。
「っていうか・・俺を好きになる理由ってなくない・・?」
綺麗で儚くて優しい幸に惹かれる理由ならいくらでも思いつくが、何も無い自分を好きになる理由なんて思いつかない。
昴はなんで急にあんな事を言ったのか・・
『自分と昴が寝た事をうまく正当化するために幸にとっさに嘘をついた』
まだそう考える方が説得力がある。それならばやはり昴は幸を好きだということも変わらない。
「そうだ、きっとそういうことだ・・」
「どういうこと?」
後方から声が聞こえ、明は顔を上げて振り返った。
息を荒げて頬を赤くさせた昴が立っている。
「また・・何か勘違いしてるの?」
そう言うと昴はふーと深く深呼吸をして明の隣に座った。
よく見ると額にはたくさんの汗が噴き出ている。
「昴、走ってきたの?」
「うん。暑くて死にそう」
昴はパタパタと首元を引っ張って風を体に送った。
「そりゃ、今日の最高気温34度らしいから」
「そっか。それは暑くて当たり前だ」
はにかんで笑いながら言う昴をチラリと見ながら、明は冷静な素振りで聞いた。
「・・・なんでここがわかったの?」
「明、何も持たずに出てったから遠くには行ってないだろうなと思って。それで涼めて無料で休める場所って言ったら駅ビルかここくらいかなって思ったんだ」
「あー。やっぱ考える事はみんな一緒かぁ」
明は眉尻を下げ頬を掻きながら言った。
「・・・」
「・・・」
ピタリと二人の会話が止まる。
なるべく平静を装っているが、心臓の鼓動は速いし掌にはじんわり汗が滲んできた。
これは緊張、というやつだろう。
昴は正面を向いたまま、視線を少し下げて黙っている。
こっちから何か言わなくては。
頭ではそう思っているのに言葉が出てこない。
何事もなかったかの様にすればいいのか、それとも先ほどの事を追求すればいいのか。
まだ考えを整理できていない。
「・・・っえっと・・」
それでも気まずい空気に耐えられず明が口を開いた瞬間、
「ごめん」
と昴が先に声を発した。
「え・・・」
明はパチパチと瞬きをする。
「幸を、襲ってしまったこと。明の大切な兄弟を傷つけたこと・・本当にごめん」
「・・あ、あぁ・・うん」
何についての謝罪なのかと思ったら、やはり昴はそのことを一番気にしているらしい。
しかし起こったことに関してだけ言えば、明が関係することではない。傷つき怖い思いをしたのは幸なのだから。
「・・あのさ、確かに驚いたことだけど・・でもそれは、俺じゃなくて幸に謝ることだと思うから。だから俺に罪悪感を持つ必要ないっていうか・・」
明は宥めるような視線を昴に向ける。
すると昴は視線を落としたまま話を続けた。
「・・わかってる。これは俺の自己満足みたいな謝罪だって・・でも俺は明にこのことがバレるのが怖くて仕方がなかった」
「え・・・な、んで・・」
「・・俺はあの時、幸を明と勘違いして襲ってしまったから・・」
「・・・」
「幸は明の部屋にいたんだ。それに布団もかぶってて・・俺はてっきり明がヒートになったのかと思った。それで・・ヒートに当てられて理性が効かなくなっていたのは本当だけど・・でもそんな中でも俺は思っちゃったんだ・・今、ここで明と番になれたら明を自分のものにできるって・・」
「・・えっ・・」
「そのことを・・明に知られるのが怖かった。明を自分のものにしたくて、それで間違えて幸を襲ってしまったなんて、そんな最低なこと・・」
「・・・昴」
項垂れる昴を明はただじっと見つめる。
どう声をかけていいのか分からない。
昴がそこまで自分を?といまだに信じられない気持ちだからだ。
「でも、それでも俺は・・明に触れたくて・・だから何もなかったような顔をして嘘をついて、それで明にあんなことを・・」
その言葉で、明の脳裏に昴と触れ合った時のことが思い出される。
幸の代わりだからと、昴とお互いのモノを触りあった。その行為に恥ずかしさと罪悪感を感じながらも、いつの間にか慣れてしまっていた自分もいる。そしてついには体も重ねてしまった。
もちろん、それも幸の代わりだと明は思っていた。昴の目には自分が幸に見えているのだと・・
そこまで考えて明はふと思い出した。
目隠しをされ何も見えない暗闇の中で昴に抱かれている時、明の名前を呼ぶ昴の掠れた声が聞こえたのを・・
昴はあの時、幸ではなくちゃんと自分を見てくれていたのか・・
それなのに、自分の名前じゃなくて幸の名前を呼んでいいと昴に言ってしまった。
それからその後は何も聞こえなくなった。
幸の名前も明の名前もどちらも。
明は瞬きをしながら昴に目をやる。昴はまだ俯いたままだ。
昴はあの時どんな気持ちだったのだろう。どんな表情をしていたのだろう。
本当の昴の気持ちを見ないようにしていたのは自分の方だったのではないだろうか。
明の視線に気がついたのか、昴は少し気まずそうにこちらに目をやった。
「・・明、こんなこと急に言ってごめん。きっと今は色々整理がつかないよね・・」
「・・えっ・・」
「でも、伝えるなら今しかないと思った。ずっと誤解させたままだったから。それが違うってわかった今しかないって・・俺は・・」
昴はそこで一瞬息を飲み込む。それからまっすぐ明を見据えて言った。
「俺は、ずっと明が好きだった。ずっと、一番好きだったよ」
「・・・」
「昨日も言ったけど。多分ちゃんと伝わってなかっただろうなって思ったから」
「・・昨日は、友達としてだって・・思った」
「・・だよね」
昴はクスリと笑う。
「だからもう一度ちゃんと言う。俺が好きなのは明。四十万明だよ」
「・・・」
「もう、誤解しないでね・・」
「う、うん・・」
明は両手を膝の上に乗せると、改めて昴と向き合うように体を傾けて座った。
「・・俺、誰かが自分を選ぶなんて想像つかなくて。俺はいつだって幸の次だったから。だから、その・・今はただすごく驚いてるっていうか・・どう答えたらいいのか分からない」
「・・うん」
「でも・・昨日昴が好きって言ってくれたのは素直に嬉しかった。本当に。それで、俺も改めて思い出してた。小さい頃昴と一緒にいたのが楽しかったなって。それがいつの間にか変わってしまって・・それで、そう。きっと俺は、寂しかったんだ」
明はゴクンと唾を飲み込む。
「幸には勝てないってわかってるから。昴が幸を好きなら俺は邪魔だろうななんて皮肉に思ったりもして。第二次性がわかってからはますます距離をとった。αの昴とΩの幸の間には俺は入れないんだって、自分で勝手に壁を作ってた。寂しさを誤魔化すためにわざと壁を作って仕方がないって思おうって・・」
「・・俺は明がどんどん離れていくみたいで不安だったよ。なんとか繋ぎ止めたくても、すぐにその手を振り解かれちゃうようなそんな気分だった」
「・・・そう、だったかな?」
「うん。受験の時もK高校受けないって知った時はすごくショックだった。明は本当に離れる気なんだなって思ったよ。でも俺は、違う高校だったとしてもやっぱり明に会いたくて。だから朝いつも幸を迎えに行くようにしたんだよ」
「えっ・・嘘でしょ・・?」
「嘘じゃないよ。明が家を出る時間を見計らって迎えに行ってたんだよ。少しでも明と話せたら嬉しかったから・・」
「・・・」
明はポカンと口を開ける。
毎朝必ず会うなとは思っていたけど、たまたまその時間がちょうどいいのだと思っていた。
それがまさか意図的だったとは。
明は口に手を当てて思わず昴から視線を逸らす。
それをどう受け止めたのか昴は肩を落として言った。
「・・あんなことをしたくせに、俺諦めも悪いししつこいよね。気持ち悪くてごめん・・」
「ち、違う・・!俺が・・なんか、その恥ずかしくなっただけだから」
「え・・?」
「まさか、そんなに昴が俺のこと・・す、好きだなんて思わなくて・・なんかすごい恥ずかしいって言うか・・」
「明・・」
「か、顔見ないで!俺、人から好きだなんて言われ慣れてないから!どんな反応していいか分からないんだよ」
顔を真っ赤にして明は言う。その様子を昴は覗き込むようにして見つめた。
恥ずかしすぎて頭がパンクしそうだ。それと同時に、そんなに想ってくれていた昴の気持ちに全く気が付かなかった自分の鈍さを憎くも思う。
もちろんそう勘違いするだけの要素もあったのだが・・
だって、昴が幸のそばにいたのは事実なのだ・・
「・・あ」
明は幸の顔を思い浮かべ小さな声をあげた。
「・・ねぇ、幸は・・どうなの?」
そしてふと頭をよぎった疑問を口にする。
「え・・?」
「俺には・・幸は昴を必要にしてるように見えてたよ。幸は、昴のこと・・」
「・・・」
昴は俯いて口を噤む。しかしすぐに顔を上げるとしっかりとした口調で言った。
「幸とはちゃんと話すよ。もう誤魔化さないで、ちゃんと」
「・・誤魔化す?」
「俺と、幸の関係は歪だったから。俺が罪を償うために見ないようにしてきたものが沢山ある。それを幸もわかってて一緒にいた。けど、もうそれはやめるよ」
「・・幸は、大丈夫?」
明は不安そうに眉を顰める。
「・・明も、それから俺も・・幸とちゃんと向き合った方がいい。守らなきゃってずっと小さい頃からそう思ってきたけど・・きっと俺達はその頃の幸のまま止まってる。今の幸と向き合わなきゃいけないんだ」
「・・今の幸・・」
「うん・・」
幸は、儚くて繊細で綺麗で守ってあげなきゃすぐ壊れそうな、そんな存在だと思っていた。
けれど・・Ω故の欲情を持て余し、恋人ではない人とも寝る。弟の好きな人とも。
幼馴染との関係がとっくに崩壊していても、それを秘密にしたまま平静を装って過ごしたりもできる。
明の知っている幸はどこまでの幸なのだろう・・
どれが本物の幸の姿なのだろう。
一体どこまでわかった気でいたのだろう。
昴の言う通り幸と向き合う必要がある。
このまま、ただ黙ったままではいけない。
幸と争うことから逃げてきた。
傷つけるのは怖くて勝ち目がないのもわかっていたから。
けれど、本当は傷つけあってでも本音でぶつかり合わなきゃいけなかったのかもしれない。
傷ついた幸をそのまま受け止められたのは、きっと双子である自分だけだったのだから・・
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