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第14話
その着信に、基依はすぐには電話を取らず画面を見つめた。
心躍りながらも嫌な予感もしたからだ。
「・・・どうした?」
一呼吸おいてから通話のボタンを押す。
「・・うちにきて。今」
嫌な予感の方が当たったのか、沈んだような幸の声が聞こえた。
「・・今?幸の家に?」
「そう。基依君とセックスしたこと、明にバレたから」
「えっ・・」
思わず眉間に皺が寄る。
「なんで、バレたんだよ?」
「会ったら話すから。来て欲しい。ダメ?」
「・・・今から家出るから。多分30分くらいはかかる」
「大丈夫、待ってる」
幸がそう言うとプツッと電話は切れた。
基依はゆっくりと起き上がると、昨日の夜から着たままのTシャツと短パンを雑に脱いだ。
もうとっくに昼は過ぎているが、今日はなんの予定もなかったのでダラダラと家で過ごしていたのだ。
まだ昨日の余韻も残っている。それなのに・・
「・・なんで昨日の今日ですぐにバレるかな」
長いため息を吐きながら基依は着ていく服を吟味し始めた。
『ヒートになりそう』
そう言って幸から連絡が来たのは昨日の朝早くだ。
基依はそれを聞くとすぐに部長に休みの連絡を入れた。
もともとやる気のない部活だ。休む事に躊躇うことなんてない。
気になることと言えば、明がどう思うかだ。
明にも『体調不良』との連絡を入れておこうかと思った。
けれど、これから彼の兄を抱こうとしている。
その後ろめたさから結局明には何の連絡もしなかった。
幸と待ち合わせた時には、すでに彼の頬はかなり紅潮していた。
「おい、こんな状態で外歩いてきたのかよ?」
「熱くなってきたのは今さっきだよ。タイミング良くて助かった」
幸は妖美は瞳で微笑む。
「ね、行こう」
そう言うと、幸は基依をこの間と同じ駅裏のホテルの方へと引っ張って行った。
ヒート中のΩから出るフェロモン。
それは基依の想像していた何倍も強烈で刺激的なものだった。
ただのβの自分ですらこんなに興奮するのだ。αがこれを浴びたらどうなってしまうのだろう。
基依の下で乱れる幸の姿は艶かしく、今すぐに自分だけのものにしてしまいたくなる。
首輪はホテルの部屋に入ってすぐに幸自ら外していた。
先日初めてセックスした時もそうだったが、首輪の存在はやはり邪魔らしい。
基依は露わになったその細くて白い首筋に優しく歯を立てる。
「・・・っ」
ビクンと肩を揺らして濡れた瞳で幸がこちらを見上げた。
「ごめん、痛かった?」
そう聞くとフルフルと小さく首を振る。
「気持ちいい・・もっと、噛んでいいよ」
幸はそう言いながら両手を基依の肩に回す。
「・・ゆき」
そこからは自分でも何をどうしたのか、ぼんやりとしか思い出せない。
時間の許す限り目の前の幸の身体を貪る様に抱き続けた。
幸の甘い喘声が今も耳の横を掠めている気がする。
「あれ、基依どこ行くの?」
私服に着替えて玄関を出ると、ちょうど同じように家から出てきた千晶と鉢合わせた。
「・・友達に会って来る。千晶は?」
「私も。駅まで行くなら一緒に行こ」
「ん・・」
なんとなく気まずい顔をしながら千晶の横に並ぶ。千晶と会うのは夏祭りの時以来だ。
夏祭りの日、てっきりあの後家に押しかけて来るだろうと思ったが千晶は来なかった。
連絡もあれから一回もなかったので、幸とのことを説明をする機会はまだ得られずにいる。
自分からその話題を振ってみようか。そう思っていると千晶がこちらをチラリと見上げて言った。
「・・今日会う友達って、誰?」
「え・・・」
「もしかして、幸君?」
「・・・」
基依が黙っていると、千晶は呆れた様に首を横に振った。
「やっぱりそうなんだぁ。『友達に会う』ってなんかぼかした言い方するなぁって思ったんだよね。ふーん。へぇー」
「・・なんだよ・・」昴は口を尖らせて千晶を睨みつける。
「別に〜。なんか意地の悪い事言ってたけど、結局は普通に仲良くなってるんだなって」
「・・だから、それはあいつらの仲をつつくためだって・・」
「とか言って、幸君のこと気に入ってるでしょ?わかるよ。基依のことなら」
「はぁ?」
図星を突かれ、基依は不機嫌な顔をして見せた。
「お祭りで見かけた時から思ってた。基依、幸君に話かけてる時の顔なんか嬉しそうだったもん」
「お祭りの時って・・そんなに千晶見てなかったろ」
「少しでもわかるよ。あんた、普段がどれだけ人に対して適当な態度かわかってないでしょ?もうね、普段はシラーっとした顔してるのよ。笑ってても適当さがわかるっていうか。それが幸君に話かけてる時はなんか意識してるのか嬉しそうにしちゃってさ。私にはバレバレ。だからあの後、連絡する気起きなくて放っておいたの」
「・・・別にそんなんじゃねえし」
強気の口調だったものの、その声は小さい。自分では全く気づいていなかったが、そんなにも普段と違っていたのだろうか。
「・・私のことは気にしなくていいから。基依が矢野君に迷惑さえかけなければ。どうぞご自由にフラれてきてくださいって感じ」
「おい・・なんでそうなるんだよ」
「えー。フラれないと思ってるの?すごい自信〜」
「・・っ」
こっちはもうセックスしてるんだぞ。そう言いたい気持ちを抑えて唇を噛む。
「まぁ、でも基依に好きな子が出来たのは嬉しいことかもね。幸君ていうのが複雑だけど」
「え?」
「基依も誰かに夢中になる気持ち、それで苦しむ気持ち。味わってみればいいんだよ。そしたら私のあの頃の気持ちわかるから」
「うわぁ。丁重にお断りしたいところだわ」
「うるさい!」
千晶が手を横にして鋭くチョップを入れる。
それから千晶は楽しそうにクスクスと笑った。
昔のような笑顔だ。一年前の傷はだいぶ癒えてきているのかもしれない。
千晶とは駅で別れた。反対方向の電車に乗るようだ。小さく両手でガッツポーズを作っていたが気づかないふりをして手を振った。
「フラれる、か」
基依は車窓の景色を見ながらポツリと呟く。電車からは穏やかに凪いだ海が見える。この辺りの海が荒れることはあまりない。
これから、一体幸は何を言うつもりだろうか。
明は家にいるのだろうか。
何もわからないのに、言われるがままに来てしまった。
ーもうすでに、幸に振り回されているな。
そう思って思わず口角が上がる。人にいいように使われるのは嫌だが、幸にならそれも許せてしまう。いつの間にかこんなにも幸に入れ込んでしまっている自分に気がついて、可笑しくなってしまった。
幸の声は暗かった。
きっと良い話ではないだろう。
たった二回、身体を重ねただけの関係だ。
幸の中で自分の存在なんて、まだまだ小さいものに違いない。
けれど、それでも臨むところだ。
どんな幸でも自分なら受け入れられる。
一緒に汚れてやる覚悟なら、出来ている。
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