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第23話  すれ違い 

「大塚!」  三澤も気づいたのだろう。急いで翼の元へやってきて、男と翼の間に割って入った。 「あ? おまえ……あのときの。なんだ、高校生だったのかよ」 「デカイ図体だからわからなかったな。おい、高校生がイキって髪染めてんなよ」  ふたりの男も気づき、ひとりが三澤の胸ぐらを掴んだ。もうひとりは翼の方に回ってきて、肩をぐいっと引いてくる。 「いたっ……!」 「おいチビ。俺はもっと痛かったぜ。慰謝料払ってくれるんだろうな」  「ひっ」  恐怖で喉が引き攣った。体はまったく動かない。 「大塚に触るな!」  すると三澤が男の腕を取ってねじり上げた。三澤の体格のほうが大きく、力も強い。男は顔を歪めて痛みを訴える。 「離しやがれ。てめぇ、今日は容赦しねえぞ!」  もうひとりの男が三澤の肩を掴み、頬を殴り付けた。三澤の体がよろりとよろける。 「三澤君!」  腕を伸ばすと、さっきまで三澤にやられていた男にその腕を掴まれ、背中でねじられた。 「お前はこっちだよ。あのときのお礼もたっぷりしてやるよ」 「やめてくださ……あっ、痛いっ」 「大塚!」  三澤が走ってきて男に飛びかかる。翼は解放されたが、三澤はふたりの男に同時になぶられはじめた。 「み、三澤君!」 「大塚、今のうちに行け。今だけ頑張って早足で逃げろ!」  三澤は殴り返すことはしないが、必死でふたりの男の体に腕を巻きつけ、逃がさんとしている。 「でも、でも」  翼の目から涙がこぼれる。 「いいから、行けっ……! 絶対にここに戻ってくんな。行け!」  足も体も震えていた。動けないと思った。けれど三澤の必死な声に反射するかのように、体が駅へと向かって走り出す。  ここにいたら三澤が余計に殴られるかもしれない。早く人のいるところに行って警察を呼ぼう、そんな気持ちもあった。 「はぁ、はぁ、はぁ」  必死で駅までの残り八分を走った。人から見れば早歩きでも、翼にとっては全速力だった。  やがて駅が見えてきた。隣に交番があるから、警官に助けを求められる。  待ってて三澤君。今助けに言ってもらうから……けれどドアに手をかけたところで目の前が真っ暗になった。 「はぁ、はぁ。……あ、れ……?」  息がうまく吸えなくなる。翼はそこで意識を失った。  その日から五日間、翼は緊急入院となり、三澤は三日間の、土日を含めば五日間の謹慎処分になった。 『レッドは基本無抵抗で殴られ放題だったらしいけど、最初に相手の腕をねじり上げたときに捻挫をさせたらしい。それに喧嘩の理由を頑として言わないもんだから、厳重注意として謹慎になったんだよ。まあでも停学とは違うらしいし、レッドは軽い打撲とかすり傷って話だ』  謹慎処分中はスマートフォンを持てない三澤と、入院三日目までベッド上安静のためにスマートフォンを使えなかった翼は、連絡が取り合えなかった。  クラスメイトも翼の体調を案じてメッセージを遠慮していたようで、翼が三澤について知ることができたのは退院日の朝、代表で天宮がお見舞いのメッセージをくれたからだった。  ……謹慎だったから既読にもならなかったんだ。 『どうしよう。僕のせいだ』 『一緒に帰ってたんだよな? なにがあったんだよ。他クラスのやつらとかはさ、三澤を不良だと思ってるから言いたい放題なんだよ。先生たちだって一部はそう思ってる感じだし』 『違うよ。本当に三澤君は悪くない。僕がちゃんと前を見ずに歩いて、ぶつかったから』  三澤に告白されたことは言えないものの、翼はその日の出来事を話した。  今回のことで三澤にあらぬ誤解をかけられたくない。三澤は暴力を振るっていない。ただ翼を守っただけだ。 『そっか、わかった。俺からも先生やみんなに伝える。あんま気に病むなよ? 大塚はいつ学校に戻れそう?』 『週明けには行ける予定だから、僕からも先生に話す』   三澤は翼を巻き込みたくないと思っているだろうけれど。 『そうか、待ってる。またな』 『ありがとう。またね』  メッセージ画面を閉じる。  ふう、と重苦しいため息を吐くと、母親が病室に入ってきた。退院手続きを終えたのだ。 「行きましょうか。大丈夫?」 「うん。あれだけ安静にさせられたんだもん。もう平気」  翼はベッド上安静と点滴だけで持ち直した。体の成長もあるだろうし、中学三年生のときに受けた手術の効果も大きいだろう。以前ならこのまま一か月は休学になっていた。 「でもやっぱり……学校行事は負担になるのかもしれないわね。これからも内容によっては休んだほうが」 「だめだよ、お母さん。ただでさえ、もう休学できる上限になってるでしょ。留年したくない」  高校は中学までと違い、出席日数の不足で留年になってしまう。三澤と離れたくない。 「そうだけど、先生がおっしゃってるでしょ? 今回は回復が早かったけど、次に大きい発作が起きたら前より大きい手術が必要だって。学校を長期で休みたくないなら、そのあたりをもう一度お父さんとも話し合いましょう?」 「……わかった」  緊急入院で両親に心配をかけた自覚はある。翼は頷いて病院を後にした。

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