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きんえんラプソディー

 今日の久秀さんはなんだかいつもと違う気がする。  髪型は短めだし、ヒゲは役作りなのか全て剃っている。ヒゲのない久秀さんを見たのは久しぶりなので、すこしドキドキした。  しかし、それではない。  なんだろうと思い、久秀さんを凝視すると、彼は不思議そうに目を瞬かせた。 「どした?」 「いや、なんか変やなって」 「変? なにが?」  久秀さんはますます不思議そうにする。 「あ、もしかして、カミソリ負けしてたりする?」  確認するように口元や頬を触っている。ベッドの近くの鏡を見て、首を傾げた。傷があるとか何か付いているわけではない。なにか物足りないのだ。  ローテーブルの上に何気なく目線を落とした。そこにはおつまみと酒がいくつか並んでいる。そして、いつものネコのキャラクターの描かれた灰皿が――なかった。 「久秀さん、灰皿どこいったん?」 「ああ。俺、今禁煙してるんだよ」  灰皿ならキッチンにあるよ、と久秀さんは顎でしゃくって教えてくれた。  そうだ、久秀さんは今日一度もタバコを吸っていない。あの甘いバニラの香りがしないのだ。 「なんでまた」 「俺ぐらいの歳になると、健康に気を付けたくなるんだよ」  それに、と久秀さんは小さく笑ってオレに顔を近づけて来た。ちゅっと唇が一瞬触れ合う。 「タバコ味のキスはムードがないだろ?」 「アホ!」  パシっと久秀さんの頭を叩く。しかし彼はニコニコと笑うだけで、少しも懲りていないようだった。オレの反応が面白いらしい。 「べろちゅーしてみる?」 「してみんわ! アホ!」 「あんまり年上にアホアホ言うもんじゃないよ」  笑いながらまた久秀さんは迫ってくる。腕を突っ張って拒否しても、それをいとも容易く払い除けてまた顔を近付けてきた。  色素の薄い茶色い瞳にオレが映っている。  あっと思った時にはもう手遅れで、またキスされた。今度は唇を割って舌が入り込んでくる。  久秀さんの舌が、オレの舌を嬲った。ねっとりと絡め取り、角度を変えながら何度もキスを繰り返す。  歯列をなぞり、舌に絡みつき、そしてじゅっと唾液ごと吸い取られた。 「可愛すぎ」  唇を離すと、久秀さんは吐息のように呟いた。相変わらず茶色い瞳は熱っぽくオレを見ている。恥ずかしいのと嬉しいので顔が火照って仕方ない。思わず顔を逸らした。 「タバコ吸ってないから、キスも気持ちいいだろ」 「そ、そんなん知らんしっ!」 「恥ずかしがり屋だなぁ」  久秀さんはぽんぽんとオレを宥めるように撫でる。  なんだかそれが面白くなくて、プイッと顔を逸らした。それでも久秀さんは頭を撫で続けて、唇に吸い付くのだ。何度も何度も何度もキスをした。もう終わるころには唇はジンジンとしていて熱いほどだった。少し腫れているかもしれない。 「なあ、こういうことってしたらいけない?」  久秀さんはオレの手を握り、指を絡ませた。恋人つなぎのようにギュッと握りしめて来る。 「そういうことって……」 「セックス」  久秀さんは当たり前のことを言うように言ってのけた。セックスという言葉に反射的に顔を赤くする。 「だって俺たち恋人だろ?」 「そ、そうやけど……」  オレが恥ずかしそうに言うと、久秀さんはニコリと微笑んだ。そして耳元でこう囁いたのだ。 「じゃあしようよ」  この人は何を言っているのだろうと思った。頭の中で整理するのに数秒かかるぐらい、この人の言葉は理解し難いものだったのだ。  呆然としているオレに対して、久秀さんはいつもと変わらず柔らかい笑みを浮かべたままだ。そのままオレの首筋に鼻先を埋めて来る。オレは身じろぎをひとつした。 「久秀さん、昨日もシたやん……」 「そうだね」 「……そ、それに、そんな雰囲気でもなかったし……」 「じゃあ、そういう雰囲気にしたらいいか?」  そう言うと、久秀さんはオレの服の裾から手を入れ始めた。それを慌てて制止する。いくらなんでも性急すぎる。  しかし彼は不服そうだった。なんで止めるんだと言わんばかりに眉を八の字にしている。オレはキッと彼を睨んだ。 「まだ風呂入ってないし!」 「それはOKサインって受け取っていいの?」 「ちがっ……」  オレの制止する声は久秀さんの口の中に吸い込まれていった。  口ごと食べてしまうんじゃないかと言うような激しいキス。吐息すら飲み込むような荒々しさに思わず動揺してしまう。  久秀さんの手が服の中に侵入し、オレの肌に触れた瞬間、慌ててその手を握った。 「ストップ! 待てや!」 「また?」  久秀さんは不服を隠さずに言った。本当に犬みたいな人だ。いや、猫かもしれない。もうよく分からないがとにかく、オレはお預けを食らった犬のような彼に首を振ったのだ。 「なんでダメなの」  と彼は駄々をこねる。オレは彼が暴走しないように、ローテーブルの酒を遠ざけた。 「酒飲んでるんよ」 「別に今更じゃない?」 「それとこれとは別!  お預け!」  そう言い返すと、久秀さんはあからさまに不貞腐れて見せた。  やだやだとごね続けるので、また頭を撫でてやる。すると気持ちよさそうに目を細めたのだ。本当に犬みたいだなぁと思いながら撫でていると、彼はオレを見つめてきた。茶色い瞳には情欲の色が渦巻いている。 「ね、ダメ?」  甘く強請るような声色だ。この人は本当にずるいと思う。そういう風に言われると弱いのだ。今だって、そういう気分じゃないわけではない。 「だめ」  オレは逃げるように目を逸らした。その途端、久秀さんの手がオレの手に絡みつく。まるで蛇が獲物を捕らえるように、手首から手のひらまでなぞり上げられてドキリとした。  そのまま手を握られる。振りほどこうとしても無駄だった。彼の細く長い指が絡んできて離れないのだ。そしてもう片方の手を腰に回してくると、ぐいっと体を引き寄せてきた。密着する体同士に心臓が飛び跳ねるような感覚に陥った。 「ま、まだダメなもんはダメや!」  顔を赤くしながらそう言う。しかし彼は諦めなかった。それどころかどんどん距離を詰めてくるのだ。脚同士が触れ合い、腰と腰が密着している状態だ。もう逃げられないと思った矢先、久秀さんの体が離れていった。  ホッと安堵したのもつかの間、今度はオレの膝の裏に腕を回して抱き上げてきたのである。そしてそのまま寝室に連れ込まれた。お姫様抱っこでベッドに押し倒される形になり、目を白黒させた。シーツの上に転がされるとすぐに久秀さんが乗り上げてくる。 「ちょ、ちょっと!」  制止する声も聞かずに、彼はオレの服を脱がせ始めたのだ。もともと酔っていたせいもあってか、いつもより反応が鈍い。  その間にもどんどん服は脱がされていく。あっという間にオレはパンツ一枚になっていた。それもすぐに剥ぎ取られるのだが。  裸になったオレを満足そうに見下ろすと、彼はゆっくりと首筋に顔を埋めてきた。熱い吐息がかかってくすぐったいし恥ずかしい。そのまま肌を吸われるものだから余計だ。鎖骨から胸へと唇を這わせ、そして胸の飾りをぱくりと食まれる。その瞬間、体にびりりと刺激が走った。 「ひぅ!」  思わず情けない声が漏れる。久秀さんはさらに強く吸い上げてきた。舌で転がされたり甘噛みされたりすると、どんどん硬くなっていくのが分かった。  もう片方も手で摘まれてこりこりと弄ばれているうちに下肢に熱が集まってくるのを感じるのだ。無意識のうちに腰が揺れていて恥ずかしくなった。しかしそれを誤魔化せるほどオレに余裕はないのである。 「やっぱり今日はそういう気分なんじゃないか」  嬉しそうな声でそう言ったかと思うと、今度は直接オレのモノに触れた。それはすっかり勃ち上がっていて先走りで濡れていた。  恥ずかしさで顔が真っ赤になるが、久秀さんは構わず扱いてくるのだ。竿を擦り上げるようにして上下にしごかれるとたまらない気持ちになる。  自分でやるよりも何倍も気持ち良かった。次第にくちゅくちゅという音が聞こえてきて耳を塞ぎたくなるほどだ。それでも容赦なく責め立てられるともう限界だった。 「も、あかん……っ」  そう言うと久秀さんはオレの亀頭を親指でぐりっと刺激した。その瞬間目の前が真っ白になり絶頂を迎えたのだと分かる。体が痙攣したようにびくびく震えたあとぐったりと弛緩した。  荒い呼吸を繰り返していると、不意に脚を掴まれ大きく開かされたのだ。  そして尻の窄まりに触れられる感触にハッとする。まさかと思った時には遅く、つぷりと音を立てて指が侵入してきたのである。  圧迫感はあったが痛みはなかった。むしろ気持ちよくておかしくなりそうだ。久秀さんは二本の指を中で広げるように動かし始めたのだ。その度にぐちりと音が鳴り羞恥心を煽った。  しばらくそうしていたが、不意に指が引き抜かれたかと思うと熱いものが押し当てられる感覚があったのである。それが何か分かってしまいオレは慌てて制止したのだが遅かった。  ずぶりと先端が入り込んでくるのが分かった。ゆっくりと中に入ってくるそれに息が詰まりそうになる。  久秀さんのものは大きくて苦しいはずなのに痛みはあまり感じなかった。  それどころか快楽の方が勝っているようで、無意識に内壁がうねるのを感じるほどである。やがて奥まで入ったのだろう、久秀さんは一度動きを止めた。 「痛くないか?」  優しい声で問いかけられる。オレはこくりと首を縦に振った。すると彼はオレの体を労わるように撫でてくるのだ。  その手つきが優しくて心地よいと思ったのも束の間だった。再びゆるゆると抽挿が始まったのである。最初は浅いところを刺激されただけだったのだが徐々に深くまで入り込んでくるようになったのだ。  腸壁を押し広げられる感覚にゾクゾクとした快感を覚えるようになった頃、ある一点を掠められた時今まで感じたことのないような強い衝撃が走ったのである。  目の前がチカチカするような感覚に陥り、一瞬何が起こったのか分からなかったほどだ。どうやら前立腺に当たったらしいというのは後から分かったことだった。そこを重点的に責められるともうダメだった。 「あっ……あかんっ……」  自然と口から漏れる嬌声を止めることはできなかったし、口の端から唾液が流れ落ちるのを拭う余裕もなかった。  ただ与えられる快楽に身を任せることしかできなかったのだ。  そのうちに久秀さんは腰を動かす速度を上げてきたため、オレはますます追い詰められていくばかりだった。  しかし突然ぴたりと動きが止まったかと思うと、ずるりと中から引き抜かれてしまう。オレはぼんやりとした頭でなんでだろうと疑問に思ったのだが、すぐに理由が分かった。  久秀さんはオレをうつ伏せにしたかと思うと尻を高く上げさせたのである。そして再び剛直を突き入れられたのだった。  先ほどよりも深いところまで入り込んできて苦しいはずなのに、それ以上の快感が押し寄せてくるものだから頭がおかしくなりそうだった。 「いやぁっ……あっ……はっ……」  後ろから激しく突き上げられながら喘いでいると不意にうなじを舐め上げられる感触がした。ぞわりと鳥肌が立ち思わず中を締めてしまう。  それが刺激になったのか久秀さんはさらに動きを速めたのだ。ぱんっぱんっと肌がぶつかり合う音と結合部から聞こえる水音が耳を犯していくようだった。  オレはシーツを握りしめながら必死に耐えていたのだが、やがて限界を迎えようとしていたその時だ。不意に耳元で囁かれたのである。 「愛してるよ」  その瞬間頭の中が真っ白になり絶頂を迎えてしまったのである。それと同時に中に熱いものが注ぎ込まれるのが分かった。  ドクンドクンという脈動を感じながら全て出し切ったのだろう、ずるりと引き抜かれる感覚に小さく声を漏らす。ぽっかりと開いたままの穴は物欲しげにひくついているような気がした。 「久秀さん……も、無理……」  息絶え絶えになりながらそう言うと、彼は優しく頭を撫でてくれた。その手つきが優しくて心地良いものだからうっとりと目を細めてしまう。  しばらくそうやって撫で続けてくれていたのだが、不意にオレを抱き起こしてきたのである。向かい合って座るような体勢になるとそのままキスされたのだった。  ちゅぱちゅぱと音を立てて舌を絡ませ合うような濃厚なもので頭がくらくらした。その間に久秀さんはオレの背中を指でなぞり始めたのだ。皮膚の上を滑るように動く指はくすぐったくて身を捩らせると、彼はくすくすと笑った。 「もうやんないってば……」  オレは恥ずかしくなり目を逸らしたが、久秀さんはお構いなしに愛撫を続けた。脇腹を撫でたり乳首を摘まんだりして遊んでいるのである。  その間もずっとキスをしているものだから呼吸が苦しくなってきた。息継ぎのために口を離すと唾液の糸が伸びていて恥ずかしくなってしまったが、彼の目には情欲の色が宿っていることに気が付いたのだった。 「ちょっと休憩させてぇな……」  オレは甘えるように擦り寄ると耳元で囁いたのだが、その途端ぐるりと視界が反転したのである。  背中に柔らかなシーツの感触を感じ、押し倒されたのだと気が付いた時には遅かったようだ。久秀さんはオレの上に覆いかぶさってくると再び口付けてきたのである。  口内に侵入してくる舌に翻弄されながらも必死に応えようとするのだが上手くいかない。むしろ彼の思うままに蹂躙されているような感じさえした。  ようやく解放された時にはすっかり脱力してしまっていたほどだ。  ゼエゼエと肩で息をしていると、今度は耳を甘噛みされたのである。  それだけで体がびくりと跳ね上がるのだが久秀さんはお構いなしに舌を這わせてくるのだ。ぴちゃぴちゃという水音が直接脳内に響くようで背筋がぞくぞくとした感覚に襲われた。 「もう一回してもいい?」  再び問いかけられながらもオレの胸を揉んだり首筋に吸い付いたりしているあたり確信犯だなと思う。  オレは小さくため息をつくと、諦めたようにこくりと首を縦に振ったのだった。  久秀さんは嬉しそうに微笑むとオレの両脚を抱え上げた。そして今度は前から挿れようとしているのが分かり、思わず身構えてしまった。  だがそれも束の間のことですぐに熱いものが押し当てられ一気に貫かれたのである。  その瞬間、目の前がチカチカし呼吸が止まったような錯覚を覚えたほどだ。  そのままゆるゆると抽挿が始まり段々とスピードを上げていくのがわかったのだが、強すぎる快楽に耐えられず首を左右に振ったりシーツを握りしめたりしていたのだった。  しかしそれすら許さないというように指を絡ませられ手を握られる。いわゆる恋人繋ぎというものだというやつで、それに気を取られている間に再び絶頂を迎えていたようだ。腹に温かいものがかかったのを感じたのである。 「あれ、またイッた? 若いねぇ」  揶揄するような口調で言われ顔が熱くなった気がしたが、それよりも今は呼吸を整えるのに必死だった。  だが久秀さんは容赦がなかったようで激しいピストン運動を始めたのだ。奥を突かれる度に悲鳴のような嬌声を上げてしまい、恥ずかしくて死にそうだったが今更止めることもできないのでされるがままになっているしかないだろうと思っていた矢先のことだった。  不意に彼はオレ自身に触れてきたのである。突然のことに驚いていると上下に扱かれ始めてしまった。 「ちょ、ちょっと待ってくれへん? 今そこはあかんて」  慌てて制止しようとしたが無駄だったようだ。久秀さんはオレのモノを擦る手を止めようとはしなかったし、それどころかどんどん速くなっていったのだ。  与えられる快感に頭がおかしくなりそうだったがなんとか我慢しようと唇を噛み締めたのだが無駄な努力だったようで、結局あっさりと果ててしまったのだった。吐き出した精液は彼の掌に受け止められたものの収まりきらなかった分は腹の上に飛び散ってしまったのだった。それを見た久秀さんは嬉しそうに笑うとぺろりと舐め上げたのである。 「濃いね」  そんなことを言われてオレは顔を真っ赤にして俯いたのだが、そんなオレのことなどお構いなしとばかりに抽挿を再開するものだから堪らない気持ちになる。  イったばかりの敏感な体には強すぎる刺激だったようで再び絶頂へと押し上げられてしまったのだ。今度はドライオーガズムというやつで射精せずに達してしまったのである。  その後も休む間もなく攻め立てられたせいで何度も絶頂を迎えさせられた結果、最後には失神寸前の状態になってしまったほどだ。  翌朝起きてからも体の節々が痛く怠かったのだが、久秀さんは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたおかげでなんとか回復したのであった。 「ラスティとエッチしたあとってすっげぇ幸せな気持ちになるな」  久秀さんはご機嫌な様子でニコニコしている。それはそうだろう。人のことを好き勝手しておいて、挙げ句の果てに中出しまでしたのだから、さぞかしすっきりしたことだろう。  腹が立ったので横っ面をひっぱたいてやっても、久秀さんは実に嬉しそうだ。 「楽しかったよ」  そう言って微笑むものだから毒気が抜かれてしまうというか、怒る気も無くなってしまうのが困りものだ。惚れた弱みというやつだろうか。いや、違うと思いたいのだが。  そんなことを考えていると再び彼に抱き寄せられたので大人しくされるがままになっていることにした。こうして密着しているだけで幸せを感じられるのは事実なのだし仕方ないなと思うことにしたのである。  それからしばらくの間お互いの体温を感じていた後、久秀さんはベッドから体を起こした。  そして枕元のサイドボードの上に置かれている「タバコ」を手に取ると、一本ライターで火を付けた。  嗅ぎなれたバニラを甘い香りが漂ってくる。 「あー、美味い」  実に美味そうにタバコを吸う久秀さん。なにをするにしても様になる男だ。  しかし、それよりも、 「……禁煙はどないしたん」 「あ」  しまった、という顔をした久秀さんは取り繕うように笑ったがもう遅い。完全に忘れていたのだろうということがバレバレである。 「……明日からってことで」 「それ絶対にやらんパターンやろ」  そんな言い訳をする久秀さんを呆れた目で見ていると、彼は困ったように笑った。

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