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悋気の餅
チリッと何かが焼け切れそうな気がした。それをなんとか押しとどめて笑顔を作る。
自分で言うのもなんだが、俺は気が長いほうである。昔からカッとなることもなく、イラつきこそすれ感情に任せて怒鳴ったりすることもなかったと思う。
しかし、今日は違った。今まで抱いたことのない、熱く煮え滾るような感情が渦を巻く。
らしくない。
俺はそんな感情に蓋をしながら、俳優としての仮面を被った。
稽古が終わると、何も知らない美味しそうなオレンジが駆け寄ってくる。
「久秀さん、飲みに行きましょう!」
また、チリッと何かが焼き切れそうな感覚。彼へ常に向けている仮面が剝がれそうになった。
「ウチでもいい?」
「はい!」
無邪気にラスティは頷く。俺が今抱いている感情にも気付いていない様子で。だからこそ、余計に知らない感情が溢れそうになる。それに名前を付けられるほど、俺は賢くないのだ。
ラスティを連れて自宅に戻る。二人で酒を飲みながらとりとめのない話をしていると、ラスティがおずおずといったふうに話を変えてきた。
「久秀さん、なんか怒っとる?」
「……いや、別に」
ラスティは勘のいいやつだ。稽古場で挨拶をしたときから気付いていたらしい。空色の綺麗な瞳が不安そうに揺れている。
自分がなにかしたのでは、と思っているようで、そこが余計に俺のチリチリとした感情を刺激した。
少し迫ってやると、ラスティは体を後退させる。
「なぁ」
白い頬に触れて、そのまま首筋まで滑らせた。そこには彼の肌に相応しくない赤があった。
「これ、俺がつけた記憶ないんだけど。どういうこと?」
ああ、これは嫉妬だ。
低く脅すような声が出てしまった。
ヒュッとラスティが息を呑む。そして慌てて首を振ってそうじゃないと否定した。
「蚊に食われたんやって! 誰かに付けられたわけやないから!」
「蚊?」
俺はラスティの首筋にある赤い痕を見つめる。そして、真っ赤な顔で狼狽えている彼に、わざと耳元に口を寄せてやった。
「それ、嘘だろ」
「えっ」
「俺にバレないように嘘ついてるよな。そういうの、気に入らないんだけど」
ビクリとラスティの体が強張った。怯えたような表情で見上げてくる。
「本当に虫刺され?」
「は……」
ラスティは小さな吐息を零した。俺から逃れようとするが、ソファーの上で逃げ場所はない。
俺は大きなため息をつくと彼の髪を梳いた。
このオレンジの髪の一本一本に至るまで、全て俺のものにしてしまいたい。俺の痕を刻んでやりたいのだ。自分の知らない彼を見てしまったように、もっと暴いてしまいたい欲求がふつふつと湧いてくる。
「俺に言えないような関係持ってんの?」
「ち、がう」
「じゃあ、教えてよ。誰につけられた?」
「せやから、ほんまに虫刺されなんやって」
少しだけ語気を強めてラスティが反論してくる。信じてもらえないことが不服らしい。
「それなら、なんで言い淀むんだ?」
俺はその唇にキスを落とした。柔らかくて、吸い付くような甘い唇。舌でノックしてやると薄く唇が開いて俺を受け入れた。舌を絡ませると、おずおずと答えてくる様が愛らしい。
ラスティはキスが好きだ。そしてセックスも好きである。つまり俺との相性が最高にいいわけで、キス一つで瞳を蕩けさせる程度には全身で俺を求めるようになったのだ。
完全に俺の好みに調教してしまった。
くちゅりと音を立てて唇が離れると、名残惜しそうに銀色の糸が伸びてぷつりと切れた。
「ラスティ。頼むから本当のこと言って」
「だーかーらー、虫刺されなんやって言っとるやろ!」
とうとうラスティがキレた。ゴツンと頭突きをしてきて、俺を怯ませると起き上がって距離をとられる。
「そもそも、オレが浮気できるほど器用なやつに見えるか?」
「いや、全然」
痛む額をさすりながら、首を振る。冷静になって考えてみればそうだ。ラスティは不器用で嘘がとにかく下手だ。
そんな彼が、俺以外のやつと一夜を共にしようものならきっと罪悪感でメンタルが押しつぶされていることだろう。そして、泣きながら俺にごめんなさいとしてくるに違いない。
俺の知るラスティアス・ライジェルとはそういう男だ。
「それにキスマークやったら、こんなにふうにはならんやろ」
ラスティは赤くなっている首筋を見せつけてくる。確かに彼の言う通り、キスマーク特有の赤黒さはなく、赤い丘疹がポチっとあるだけだった。
「あー」
頭が一気に冷える。その代わりに、早とちりをしてしまった恥ずかしさがやってきた。
「悪かった」
「ええけど……そんなに、嫌だった?」
「いや……そういうわけじゃない。俺の心が狭かった」
ラスティが他の人と一夜を共にしたのかと思ったら、頭が真っ白になったのだ。あれは嫉妬だ。我ながら大人気なかったなと思う。
ラスティはそんな俺を見て小さく笑った。
そして俺の肩にそっと頭を預ける。
「オレだって久秀さんと同じやからな」
「ん?」
「ずっと一緒にいたいし、触りたいし、触って欲しい。久秀さんの色んな顔見たいって思ってる意地悪な久秀さんとか、優し気な顔の久秀さんとか、余裕のない久秀さんとか、楽しそうな顔の久秀さんとか。どんな顔だって好きなんやから」
そう言ってラスティは俺の肩口でクスクス笑った。
そして俺の首に腕を回して甘えるように頬にキスを落としてくる。その瞼にお返しをしながら囁いた。
「だったら今夜はどんな俺かわかるよな?」
明日はお互い普通に稽古がある。だからこそ手加減して抱いてしまおうと思っていたのに。ラスティを目の前にすると、いつだって我慢がきかなくなるのだ。
「するん?」
「当たり前だろ」
俺はラスティを姫抱きにしてベッドルームまで連れて行く。シーツの海にダイブすると、服を脱いでしなやかな裸体を晒した。
何度抱いても飽きない美しい体だ。鍛えているはずなのにあまり筋肉がつかずに細身のラインをしているところがまた色っぽい。まるで俺のために作られたようだとさえ思うくらいだ。
もう我慢できないと言わんばかりに熱をもったソレをラスティの太ももに押し付ける。下から突き上げるように腰を動かすと、ラスティが息を詰めた。
「ん……、もうおっきく……」
俺の上に乗っかってくるラスティは唇を少しだけ開けて艶っぽい吐息を零している。赤い舌が見え隠れして誘っているかのようだった。
「久秀さんのえろい……」
物欲しそうな顔して見つめてくるくせに何を言うのか。
俺はラスティの薄い唇を指でなぞった。そして半開きになったそこにゆっくりと押し込むと熱い舌が絡みついてくる。撫でるように指先を回すとそれだけでもう気持ちいいのか、俺の上でビクリと体を揺らした。
「ふっ……あ」
その舌を摘んでやると、もっとと言わんばかりに舌を押し付けてくる。ラスティはキスが好きだから仕方ないのかもしれない。舌を愛撫するたびにトロリとした唾液が溢れてきて口の端から零れ落ちていく様がとてもエッチだ。
「やらしい顔してる」
俺は空いているもう片方の手で顎を捉えて顔を上げさせ、その表情をじっくりと見たあとに囁いてやる。いつもなら反抗してくるのに、そんな余裕がないのだろう。熱に溺れたようにぼんやりと俺を見つめ返してくる。
「久秀さん……ちゅー」
「はいはい」
キスをねだる唇にキスを落としてやりながら、その体を押し倒す。ギシリとベッドが軋んだ音を立てた。その音を聞くだけでラスティの体が反応を示すのも面白い。
彼は敏感すぎるのだ。だからこんなに感じやすいのかもしれないが、いちいち俺の歯止めをきかなくさせるのだから困ったものである。
「なぁ、久秀さんはさ」
またキスしようと唇を寄せるとスティに呼び止められた。俺は彼の柔らかい唇に触れることなく、少しだけ体を起こす。
「これがほんまに誰かからのキスマークだったらどうした?」
意地悪な質問だ。よくあるラスティの試し行動だが、今日ばかりは簡単に流せるような話題ではなかった。
「すごく怒ったかもしれない」
俺は素直にそう答えてやった。すると、ラスティは俺を見て目をパチパチと瞬かせた後、眉を下げて複雑そうな表情をしたのである。
そしてそのまま俺の首の後ろに腕を回したかと思えばグイッと自分の顔へと引き寄せてきたのだ。
ちゅ、と音を立ててラスティが俺の首筋にキスマークを一つ残したのが感触で分かった。その吸い付くような甘さに背筋がゾクリとする。
「そういうことやなくて……」
ちゅうちゅうと俺とは違う強さで吸い付いてくるラスティ。いや、わざと音をさせているのだろう。
「オレな、久秀さん以外とこういうことできる気せぇへんよ」
甘えるような拗ねた声だ。でもその言葉は今の俺にとってダメ押しのようなものだった。
俺だってそうだから気に食わないのだ。
俺と会わない間に誰かがこいつに触れたかもしれないことが許せなかった。彼について知らないことがあることすら許せないのだから重症だろう。
独占欲が人一倍強いのも考えものだなと自分でも思う。
「わかった、悪かったから……そろそろちゃんとキスさせて」
「んっ……」
ラスティの唇を奪うようにキスをした。そして甘い咥内を蹂躙するみたいに舌先で弄んでやる。
そうすればまた蕩けた表情になるのだから堪ったものではない。本当にこいつはチョロすぎるのではないかと思うくらいには心配だ。
「俺もこんなことするのはお前だけだよ」
これは紛れもない事実であるので、素直に伝えてやると嬉しそうに目を細めて笑うのだ。俺のものだってマーキングするように彼の体に愛撫を施していく。
「あ、ぁ……久秀さん」
首筋を舐めてやるとビクビクと体を震わせた。赤い痕も少し濃くなった気がする。きっと明日にはもっと色濃くなることだろう。
そんな考え事をしていると、ラスティが不服そうに睨んでくるので誤魔化すようにその体を撫で上げた。すると甲高い声が漏れて彼は腰を引くような動きをした。
そのまま捕まえて引き寄せると、逃れられないよう腕の中に閉じ込める。
「や、そこ、あかんって」
胸の突起を摘まんでやると、途端に瞳を蕩けさせる。その様子が可愛らしくてついつい意地悪をしたくなるのだ。
ラスティは「あほ! あほっ!」と何度も繰り返すが抵抗しないところを見ると本気で嫌がっているわけではないらしい。
さらに強くつねってやるとビクンッと体をしならせたあと甲高い声を上げて果てた。まだ触ってもいないのにキスと胸だけで達したのだ。下着の中は既にぐしょぐしょに濡れているに違いない。
「はぁ……っ、もぉ……久秀さんのあほ……」
絶頂の余韻に浸りながらラスティは抗議してくる。そんな様子に俺はまたキスをしたくなるのだ。
「そろそろ俺の相手してくれないか?」
下着の中に手を入れて直接触れてやる。すると指先にぬるりとした感触があった。そしてラスティは恥ずかしそうに瞳をうるませたのでもう一度口づけを落としてやった。
そのまま手を動かせばくちゃくちゃと卑猥な音が響く。そしてより一層大きな喘ぎ声を上げたラスティが俺の手をぎゅっと掴んだ。
「ひ、ひさひでさ……っ、まって……」
「何?」
ラスティは足をもじもじさせて俺の首に抱き着いてきた。耳元で必死に訴えてくる様子に首を傾げると小さな声が届く。
「久秀さんにもいっぱいつけるから」
一瞬思考が止まるかと思った。まさかそんなことを言われるとは微塵も思っていなかったからだ。
いや、むしろ聞きたかった言葉だがあまりにも直球すぎて怯んでしまったのである。動揺を隠すように咳払いを一つ落として答えた。
「……どうぞ」
「う、うん……」
ラスティは恐る恐るといった様子で俺の首筋に唇を寄せた。そしてちゅうっと強く吸い付いてくる。その小さな痛みすらも快感に繋がるようで興奮が増した気がした。
そのまま痕を残していく様子を黙って見ていると、次第にエスカレートしていくのを感じるのである。
それはまるでマーキングしているみたいに段々と噛みつくような仕草に変わっていった。時折痛みに眉を顰めると嬉しそうにするのだから質が悪いというものだ。
「これでどうや!」
ふんすと満足げな声を出すラスティ。まさかここまで情熱的になるとは思わなかったが、悪くない気分だ。俺はニヤリと笑うと彼の頭を撫でた。
「今度は俺の番だな」
ラスティは惚けたようにこちらを見つめた後、へにゃりと笑ったのだった。
「あぁっ……やだ、それだめ」
ラスティはシーツをぎゅっと握り締めて涙目になりながら訴える。だが俺は動きを止めることはせずに、彼の弱い部分を攻め続けた。その度に腰をくねらせるのだから可愛くて仕方がない。
そして同時に口で愛してやれない分を補うように、胸元に花を咲かせていくのだ。赤い花弁のような痕が増えていく度、ラスティの肌が熱を帯びたように赤くなるので愛しさが増してくるのである。
もうどれぐらいこうしているのかわからないほどだ。たっぷりと時間をかけて全身に俺のものだという証を残した。
「あっ、あぁっ……またイっちゃ……」
ラスティの体が弓なりに反ると同時に、先端からどぷっと精液が飛び出した。それを口で受け止めると、ゆっくりと飲み下す。ゴクリという音がやけに大きく聞こえた気がした。
そして最後の仕上げとばかりに内腿に強く吸い付き痕を残す。その箇所は赤く色付いて扇情的だった。彼の白い肌によく映えていた。俺は最後にそこへ触れるだけのキスを落とすと体を起こしたのだった。
もう何度目かわからない絶頂を迎えたラスティはぐったりとしていた。はぁはぁと肩で息をしていて苦しそうだ。
俺はラスティに覆い被さると、耳元で甘く囁いた。
「そろそろ挿れてもいいか?」
そう問いかけると、焦点の合っていなかった彼の瞳が俺を捉える。そして熱っぽく蕩けた視線を向けてきた。
「ん……ええよ」
許可を貰ったのでそのまま自分のモノを取り出す。それはすでに硬く張り詰めていて今にも弾けそうだった。それを手で支えて後孔へとあてがうと、早くと言わんばかりに吸い付いてくるものだから堪らない気持ちになる。
そしてゆっくりと中へ押し進めていった。熱く熟れたそこは柔らかく絡みつくようで、油断するとすぐに果ててしまいそうだった。
ラスティも待ち望んでいた快楽に体をビクつかせながら甘い声を響かせた。
「あぁっ……あっ」
ずぷずぷと奥まで到達したのを確認してから抽挿を始める。初めはゆっくりだった律動も徐々にスピードを上げていった。
肌同士がぶつかり合う音と水音が混ざり合って響く様はとても淫靡である。
「あんっ! そこっ、やぁ……!」
ある一点を掠めた瞬間、ラスティの体が大きく跳ねた。彼は自分の口を両手で塞ぎながら首を横に振る。
しかしそんな抵抗も虚しく口からは絶え間なく嬌声が漏れ続けていた。
「ここ好きだもんな」
と呟きながら何度も同じ場所を刺激してやると、ガクガクと痙攣するように震え出すので絶頂を迎えたことを悟る。
同時に中がぎゅうっと締まって搾り取るように絡みついてきた。その気持ちよさに抗うことなく精を吐き出すとその熱さにも感じ入っているようだった。
そのままの状態でしばらくの間呼吸を整えるようにじっとしていた。お互いに言葉を発することはなく、ただお互いの息遣いだけが聞こえるだけだ。
そしてどちらからともなく口づけを交わした。ラスティの方から舌を差し入れて来て絡めてくる。
それに応えるようにこちらも応えていると、彼は満足そうな笑みを浮かべて唇を離していった。唾液で濡れた口元が扇情的だ。
「久秀さん……」
ラスティが俺の名前を呼ぶ。
「オレは久秀さんだけのものやから」
だから好きにしてええよ。そんなことを言われて我慢できる男がいるだろうか。少なくとも俺は無理だった。
ラスティの中で質量を増してしまったそれに、彼は小さく声を上げたが何も言わずに受け入れてくれるようだった。
「またおっきくなった」
俺の首に腕を回して引き寄せると耳元に口を寄せたラスティが囁いたのだ。そして悪戯っぽく微笑んで続けた。
「久秀さんのえっち」
それから俺たちは何度も体を重ね合った。
そうしているうちにいつの間にか夜が更けていったようで、窓から差し込んでくる光が朝のものに変わっていた。ラスティもさすがに疲れたようで、今は隣で寝息を立てて眠っている。
俺はそんな彼の頭を撫でながらため息をついた。また無理をさせてしまったかもしれないという罪悪感があったからだ。それでも行為の最中は夢中で求め合ってしまうのだから困ったものである。
「ん……」
寝返りを打った際に彼がこちらに寄ってきたので抱き寄せると、ラスティは少し身動ぎしたものの再び眠りに就いたようだ。
その様子に苦笑するしかなかったが、幸せそうな寝顔を見ているとまあいいかという気持ちになったのだった。
虫刺されとやらは、俺が刻んだ痕によって、もう分からなくなっていた。
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