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Lovey Dovey

 劇場に入るとかぐわしいバラの香りに包まれる。舞台上には埋め尽くさんばかりの大量のバラが咲き乱れており、これから始まる物語の序章を暗示しているようだ。 『ベルベット一族の戯れ~或いは享楽主義の宴~』は今人気の舞台『コリントシリーズ』の第五作目である。『コリントシリーズ』はヴァンパイアとダンピール、そして人間の愛憎を描いた人気作で、アイドルや声優、俳優など様々な業界の人間が出演しているということもあり、ファンの間ではとても話題性のある作品だ。  そんな人気作品に、ラスティが出演するとなれば、見に行かないわけにはいかないだろう。彼からも、ぜひ見に来てくれとお誘いを受けているのだ。断るわけにはいかない。  しかも今回の作品は、ゴリゴリのミュージカルである。ラスティだけでなく、元北斗歌劇団の男役トッブ・鳳謙二郎や、その妻である元南斗歌劇団男役の鳳きょうか、声優の涼野綾陽も出演している。ファン層は幅広く、少なくとも俺が出演する舞台とはまた違ったものがあった。  物販で購入したパンフレットとラスティのブロマイドを眺めながら、関係者席で開演を待ちわびる。  ときどきファンの子が話しかけてくるので、それに愛想を振りまいていると時計台の鐘を思わせる音が鳴った。  中世ロンドンが舞台ということで、なかなか趣向を凝らしているなと感心していると、客電が落とされる。  演者、観客その両方の立場からみても、この瞬間というものはいつだってテンションがあがるものだ。 『ベルベット一族』はヴァンパイアとダンピールの住まう家に、一人の人間の少女が訪れるところから始まる。ヴァンパイアたちは少女を新たな同胞にくわえようとするが、一族ただ一人のダンピールの青年がそれを阻止しようと奮闘する。迫害され続けていたダンピールの青年は少女の優しさに触れ、そこで初めて『愛すること』を知るのだ。しかし、ベルベット一族にはさらなる秘密があり……。  というような愛憎奇劇作品である。脚本家の満美壮一氏はそういった作品を得意としている。衣装もゴシックファッションでまとまっており、ヴァンパイアは黒、ダンピールは黒と白、人間は白といった具合に、服装を見れば誰がどこに属してるのか一目でわかるようになっている。  ラスティはダンピールの青年・ガーシュウィンを演じる。この作品の面白いところが、登場人物全てが音楽家の名前で構成されていて、そこに満美氏の強いこだわりを感じた。  当たり前であるが、ラスティはこういった作品がよく似合う。ゴシックファッションもそうだし、目鼻立ちをくっきりさせるメイクもイギリス人である彼の整った顔を引き立てた。  大抵はどんな役もそつなくこなしているが、ガーシュウィンのようにどこか闇を抱えたような役を演じると、ラスティの右に出る者はいない。  上手いな、と純粋にそう思う。  一族の者に向けるものと少女に向けるもの、同じ視線でもそこに宿る意味が違う。同じ『愛している』という言葉も音が違う。そして、ヴァンパイアと人間の血の狭間で揺れる正気と狂気。  それら全てをラスティは見事に演じ分けている。  物語の終盤、一族の秘密を知ったガーシュウィンは錯乱し、少女に噛みつこうとする。しかし、少女はそれから逃げることもせずに受け入れる。  大好きだと伝える少女の言葉に、一瞬、ガーシュウィンの動きが止まる。  瞳が揺れ唇が震える。荒い息遣いが次第にゆっくりになる。 「クララ……」  迷子になった子どものような声で、ガーシュウィンが少女の名前を呼ぶ。微笑む少女。大好きよと少女は想いを伝える。ガーシュウィンの唇に微かな笑み。しかし次の瞬間、ガーシュウィンは喉が破れるのではないかというほどの絶叫を迸らせ、銀の杭で己の胸を突き刺した。  ゾワッと全身に鳥肌が立つ。ラスティはこんなに繊細な芝居ができるようになったか。  はじめて舞台に立ったときや、大役を任されたときはあんなに不安がっていたのに。  その成長が恐ろしく、慄いてしまった。  カーテンコールでのラスティはすっかりいつもの彼である。ニコニコと笑いながら、ボケたり他の演者にツッコミを入れたりしている。とても先ほどまで鬼気迫る芝居をしていた人物と同じとは思えないほどだ。  キラキラと汗と涙に濡れるラスティは、ただ美しかった。 「久秀さん、お待たせしました!」  公演後、駅前で待っているとラスティが手を振りながら駆けてくる。 「おー、お疲れさま」 「お疲れ様です。今日は来てくださってありがとうございました!」 「かっこよかったよ」 「ふふん、せやろ? オレはかっこええねんって」  かしこまった口調から砕けたものに変わる。お決まりのやり取りをしてから、コツンとグータッチをした。 「久秀さん、オレ、今日めっちゃ頑張ったから、めっちゃ褒めてほしい」 「ああ、いいよ」  俺だって褒めたい気分だし、と言えばラスティは嬉しそうに笑う。あれだけの芝居をしていて、てっきり終演後も役を引きずってくるものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。そこも彼も成長ポイントなのだと思うと、嬉しくもあり、なぜか寂しい気持ちにもなった。 「じゃあ、ラスティの家、行ってもいい?」 「あ……うん、ええよ」  頬を赤くしてラスティは頷く。なにかを期待してるようだが、今日の俺はとてもそういう気分にはなれなかった。 「そんでな、オレ、あのシーンはなんかのオマージュなんかなって思って、過去作を見返してん」  ラスティの家に着いてから、ビールで乾杯をしたあと、先ほどの舞台について感想を語り合う。  今回の役柄はラスティにとってお気に入りになったらしく、あれこれと考察を巡らせて芝居に臨んだのだと、饒舌に語ってくれた。 「あと、サリエリ様のシーンは思い切ってやってくださいって言うたら、ホンマに思い切りやってきてさ。終わったあとに謙二郎さんにめっちゃ謝られたんよ」  サリエリ様というのは、鳳さんが演じた役である。ベルベット家の当主で、ガーシュウィンの実の父に当たる。典型的な血統主義者で、人間の母との間に生まれたガーシュウィンをひどく疎んでいるのだ。作中ではサリエリがガーシュウィンに暴力を振うのだが、平手打ちをする際は本気で当ててほしいと、鳳さんに頼み込んだらしい。  演劇において鳳さんは情熱的な人らしく、その申し出を快く受け入れてくれた。そして、本番では毎回、本当に平手打ちをしているのだが、今日はたまたま普段より強く当たってしまったそうだ。  平手打ちをされた後のラスティの芝居がリアルだったのも、そういう背景があるらしい。  だから、少しだけ彼の頬が赤く腫れているのだ。 「痛くない?」 「うん、へいき」  労わるように頬を撫でてやる。シップ越しでも熱を持っているのがわかる。 「見てる人がそれで一緒にハラハラドキドキしてくれたら、役者としてめっちゃ嬉しい」  俺の手に手を重ねて、うっとりとした声でラスティは言った。 「久秀さんは、ハラハラドキドキした?」 「したよ」 「へへ、そんならよかった」  ぎゅっと抱き着いてくるラスティ。気持ちが高ぶっているのか、今日はいつになく積極的だ。彼の背中に腕を廻してやると、ますます密着してくる。  抱きしめ合うだけで、キスもしない。ラスティもそれは望んでいないようだった。 「ラスティはますます上手くなるな」 「ほんま?」 「初舞台の時とは比べものにならないよ」 「久秀さんのおかげやって」  ラスティはいつも『久秀さんのおかげ』という。  俺は大したことはしていない。これまで自分がされて嬉しかったことをしているだけだ。それを聞き入れて自分の糧にしたのはラスティの努力のたまものだ。  彼にそう言われるたびに、俺はそう返している。それでも、ラスティは『久秀さんのおかげ』と繰り返して、本当に嬉しそうに笑うのだ。 「初舞台のときもさ、ずっとオレのこと励ましてくれたやん。オレの緊張ほぐすためにめっちゃ話題ふってくれたり、気ィ遣って楽屋遊びに誘ってくれたりしてさ」 「……そうだったかな」  そうとぼけてみせると、ラスティは顔を上げて、むっとした表情になった。  そして、俺の頬を両手で挟むと、ぐいっと自分の方に向かせる。鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離。 「そうやったよ」 「うん」 「だから、久秀さんはすごいねん」 「うん」 「オレ、久秀さんのおかげで今があるって、ほんまに思ってるから」  だから、ありがとうな。  そうはにかんで言うと、ラスティはまた俺に抱き着いてきた。今度はさっきよりも強く、ぎゅうっと。俺は背中にまわしていた腕を、ラスティの後頭部に移動させる。  指通りのいい柔らかい髪を撫でると、くすぐったいのか彼が笑うのがわかった。 「久秀さん」 「どうした?」 「ちゅーしたい」  耳元でラスティが囁く。いいよと答えると、少しだけ身体を離した。視線が絡んで、どちらかともなく唇を重ねる。  ついばむキスを繰り返しているうちにラスティの舌が俺の唇をなめたので、それに応えてやると、嬉しそうに鼻を鳴らした。  可愛いなと思いながら舌を軽く吸ってやると、小さく震えるのが愛しい。ラスティの口の中はいつも甘く感じる。それは、彼の唾液の味かそれとも雰囲気に酔っているのか、どちらだろうか。  角度を変えながらキスを続けていると、ラスティがトントンと俺の胸を叩いた。苦しいのかなと唇を離してやると、彼は荒く息をつきつつ「もっと」と言う。  お望みのままに、と思いながらもう一度口付けて、今度は彼の舌を吸い上げたり絡めたりした。すると、ラスティは積極的にそれを返してきて、それどころか俺の口内にまで侵入してきて好き勝手に暴れた。  その舌使いをこらしめるように噛んでやると、ぶるっと身体を震わせる。 「んん、む……」  ラスティは鼻で呼吸をするのが苦手だ。だから、苦しくなって唇を離すと、そのたびに甘ったるい声が口から漏れる。  キスしている間も俺からの刺激に敏感に反応して、それがまた俺の嗜虐心を刺激するのだ。 「久秀さん」  ようやくキスが終わったと分かったのか、ラスティが顔を上げる。その瞳には薄い水の膜が張っており、じっと見つめていると溶けてきそうだった。 「触って」  俺の手を取り、自分の胸に導く。促されるままにそこを揉んだ。女のようにふくよかでも柔らかくもないが、それでも確かな弾力がある。  ラスティは切なげに眉を寄せて、身体を小さく震わせた。胸の突起を軽く撫でてやれば、鼻にかかった声を上げて俺の肩にもたれかかってきた。 「久秀さん……」  甘えるような声とともに、ラスティが俺の手を導いて下肢に触れさせる。そこはすでに熱を持っていて、窮屈そうだ。俺はラスティのベルトに手をかけると、下着もろとも取り払ってやる。 「あ……」  外気にさらされた陰茎が切なげに揺れた。先から溢れた粘液が伝って根元までを濡らしている。それを塗り込むようにして扱いてやると、ラスティは気持ちよさそうに目を細めた。 「久秀さん、もっと……」  ねだる声に、だんだんと手のスピードを上げる。そうすると、ラスティはびくびくと腰を揺らし始めた。 「はぁ、あ、あ……!」  限界が近いのか、ラスティの内腿が痙攣し始める。それでも俺は手を止めずに、ラスティを絶頂へ導こうと手を動かし続けた。 「あ、もぉ、いく……!」  ラスティはそう言いながら絶頂を迎えた。俺の手の中に精液を吐き出して、ぐったりと身体から力を抜いてもたれかかってくる。俺はラスティが倒れないように彼の肩を抱くと、そのままベッドの上に押し倒した。  ラスティは従順にシーツの上に横になる。 「久秀さん、入れて」  そう甘く囁くと、自ら両足を広げた。その奥にある窄まりがヒクつくのが見える。誘われるように指を差し入れるとそこは熱くぬかるんでいて、まるで俺を歓迎するかのようにきゅうっと締め付けてきた。  中を探りながらほぐしていくと、やがてラスティの口から甘い声が上がるようになった。  こりこりとした部分を執拗に擦ってやるとたまらないといった様子で腰を揺らす。 「久秀さん、もうええから……」  早く入れてとせがまれて、俺は自分のものを取り出すとラスティの中に押し入った。ゆっくりと中を押し広げていく感覚は何度味わっても心地良いものだ。根元まで埋め込んだところで動きを止めると、ラスティは熱っぽい瞳でこちらを見上げてくる。  その目が何を訴えているかなんてわかりきっていたが、あえて気付かないふりをしてラスティの頬を撫でてやる。すると、彼は不満げに唇を尖らせて俺の手にすり寄ってきた。 「久秀さん」  急かすように名前を呼ばれるが、素知らぬ顔でラスティの前髪をかきあげてやる。  すると、彼の方でも我慢ならないといった様子で両足を腰に巻き付けてきた。そのまま引き寄せるようにして動くものだからたまらない。  俺は苦笑しつつラスティの要望に応えるべく、律動を開始した。最初はゆっくりだった動きがだんだんと激しくなっていき、肌がぶつかる音が部屋中に響いた。それでもラスティは幸せそうな顔で俺を受け入れてくれるばかりだ。 「あっ、ああっ! 久秀さん、好きぃ……!」 「俺も好きだよ」  そう答えてやればラスティは嬉しそうに笑って、キスをしてほしそうに自分から唇を寄せてきた。  それに応えてやるとラスティはますます夢中になっていく。舌を絡め合い、唾液を交換しながら快楽を貪り続ける。 「はっ……ああぁ……っ!」  ラスティの身体が大きく跳ねた瞬間、彼の中にどくりと精を注ぎ込んだ。それと同時に彼も達したらしく腹の上に白い液体が散った。  彼が落ち着くのを待ちつつ陰茎を引き抜こうとすると、ラスティは切なげに声を上げる。 「まだ抜かんといて……」  甘えた声でそう言われてしまえば抗うことなどできはしない。俺はラスティを抱きしめた体勢のまま彼にキスをすると、そのままもう一度彼の中に挿入した。  ラスティの唇から吐息にも似た甘い声が漏れる。それを聞きながらゆっくりと律動を再開すると、ラスティは一層大きな声で鳴いた。  それから何度体を重ねたか覚えていない。繋がったまま気を失うようにして眠りについた翌朝、目が覚めると隣には裸のまま眠るラスティの姿があった。彼の髪を撫でながら昨晩のことを思い出す。 「ん……」  ラスティが寝返りを打つと、俺の足に彼の足が触れた。冷えないように布団をかけ直してやると、彼はぼんやりとした目でこちらを見た後、ふにゃりと笑った。  その無防備な表情に愛おしさが込み上げてきて額にそっと唇を押し当ててやる。するとラスティはくすぐったそうに身を捩った後でゆっくりと起き上がり、俺に抱きついてきた。  そしてそのまま甘えるようにして頭をぐりぐりと押し付けてくるのだ。まるで飼い主に構ってほしい猫のような仕草に思わず笑みがこぼれてしまう。 「久秀さん」  耳元でラスティの声がする。優しく名前を呼んでやると彼は顔を上げて俺をじっと見つめてきた。その瞳はまだ少し眠たげでぼんやりとしている。しかし、口元はゆるく弧を描いており、機嫌はいいように見えた。 「どうした?」  聞き返すとラスティは俺の首筋に顔を埋めてくる。そしてそのままチュッと音を立てて口づけをしてきたものだから驚いた。  突然のことに固まっていると、今度は強く吸われてピリッとした痛みが走る。ラスティは俺に跡をつけると満足げな顔をして顔を上げた。それから、ゆっくりと口を開く。 「久秀さん、オレな、今めっちゃ幸せ」  そう言って彼はまた笑った。その笑顔に胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。  それと同時に愛おしさが溢れて止まらなくなった俺は、思わず彼を強く抱きしめていた。  苦しいと抗議の声を上げられても構わずに強く抱きしめ続けると、やがてラスティの方からも腕を回してきたのがわかった。  しばらくそうしていた後、どちらからでもなく身体を離す。そして、至近距離で見つめ合うと自然と笑みがこぼれた。  ラスティの手が伸びて来て頬に触れる。優しく撫でられる心地よさに目を閉じれば、瞼の上に柔らかいものが触れたのを感じた。  それが彼の唇だと気づいた時にはすでに離れてしまっていたけれど、代わりに頰にキスされて驚いて目を開けるとそこには悪戯っぽい笑みを浮かべる彼の顔があった。 「久秀さん、大好き」  そう言って彼はもう一度俺の首に腕を回した。俺はそれに応えるように彼の背中に腕を回すとそのまま強く抱きしめたのだった。

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