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Dream Catcher

「俺さ、子どものころ、一人で寝るのが怖かったんだ」  たくさん愛し合ったあと、久秀さんはおもむろにそんな話を始めた。 「なんやの、急に」  彼のピロートークにしては、なかなか可愛らしいものだ。オレにはその意図がわからずについ胡乱げな目を向けてしまった。  そんなオレの反応を気にしたふうもなく、久秀さんは照れくさそうに笑って、オレの髪を撫でる。 「毎晩怖い夢を見てさ、もう寝るのが怖くて怖くて……。よく泣いて両親を困らせたっけなぁ」  しみじみと思い出話をする久秀さんに、どんな反応をしていいかわからない。  いつもなら、彼はたくさんの愛の言葉をくれる。その愛の言葉を聞きながら、眠りに落ちるのが好きなのだ。 「今も一人で寝るのが怖い?」  そういえば、オレが眠ったあと久秀さんはどうしているのだろう。  オレが先に寝落ちて、目が覚めると久秀さんはすでに起きていて「おはよう」と微笑みと共に額にキスをしてくる。  久秀さんの寝顔なんて見たことなくて、もしかしたらずっと起きているのかもしれない。 「寝るのが怖いから、ずっと起きてんの?」 「まさか。ちゃんと寝てるよ」  まるで、オレを子ども扱いするかのような手つきで、また髪を撫でてくる。 「だって、久秀さんオレより先に起きてるやんか」 「そりゃ、お前。お姫様が夢の世界から帰ってくるのを出迎えるのは王子様の役目だろ」 「えっらい老けた王子様やな」  そうからかえば、久秀さんは指でオレのおでこをつっついてきた。 「久秀さんはどう考えても王子様ってガラやないやろ。どっちかっちゅーと暗殺者やな」 「あのなぁ、俺だって傷付くんだぞ」  さらにからかってやると、久秀さんはオレの上に乗っかってきて、首筋や耳を噛んできた。  むず痒いその感触に身を捩る。しかし久秀さんは許してくれそうにない。 「ごめんって、もう言わへんから」 「ほんとか?」  獣みたいな眼差しで見つめてくるものだから、愛し合っているときのことを思い出してドキドキする。  反論できずに黙ってしまうと、久秀さんは意地悪そうにニヤリと笑う。 「なに、ムラムラしてきた? もう一回する?」  耳元で久秀さんが甘く囁く。オレがウイスパーボイスに弱いと知っているから、わざとそんな喋り方をしてその気にさせるのだ。 「今日はもう……イヤ」 「そりゃ残念。俺はお前相手なら何回でもできるのに」  久秀さんが絶倫なのは今に始まったことではない。オレが嫌がってもどんどん追い詰めてきて、ドロドロに溶かしてしまう。 「そんなことより、子どものころの話! 一人で寝れへんかったんやろ?」 「あー、そうね」  オレの上に乗ったまま、久秀さんは興味なさそうに言う。 「今はどうなん? 怖い夢、見たりする?」 「子どものころほどじゃないけど、でも見るときは見るよ」  ゴソゴソと布団のなかでセクハラをするようにオレの腰や尻を撫であげている。すっかり久秀さんはその気になっているようで、なにやら硬いものが当たっている。 「どんな夢見んの?」  硬いものがあたる感覚がうっとうしく、その硬いナニカを力いっぱい握り締めると、久秀さんはうめき声をあげた。 「ラスティ、握るなら、もっと優しく……」 「うっさい! ええから、話の続き!」 「わかった、わかったから、力緩めて、つぶれちゃう」  久秀さんの泣き言とともに、手のなかの硬いナニカが萎れていくのが分かるのが嫌だった。萎れてもオレよりデカいソレが体に当たる。ムカついたので、トドメにもう一度強く握ってやると、久秀さんはギャッと悲鳴を上げた。 「ラスティ!」 「ちょっとは落ち着いたやろ」 「……ぜってぇ夢に見るわ、チンチンがつぶれる夢」 「ほー、そら確かに怖くて眠れへんな」  そんな目にあっても、久秀さんはオレの上から降りようとしない。相変わらず、この人の行動が読めない。  久秀さんは目に浮んだ涙を拭ってから、気持ちを落ち着けるようにため息を吐いた。 「ええっとねぇ……あー、怖い夢、怖い夢ね……」  動揺したような声が面白い。いつも久秀さんにはやられっぱなしなので、仕返しができたみたいで気分がよかった。 「キョンシーに追いかけられる夢とかは怖かったな」 「キョンシーってあの映画の?」 「そう。俺、キョンシー嫌いなんだよな」  その事実にはすこし驚いた。久秀さんはそういった苦手なものがあっても表に出すことはあまりしない。ホラー映画もテーマパークの絶叫マシーンも、苦手だとか怖いだとか言うことはない。ダンスが苦手だと公言しているが、十分踊れているように思える。  それなのに、キョンシーが嫌いとは。あらたな発見に嬉しくなった。 「キョンシーに追いかけまわされたときは、自分の叫び声で目が覚めたからな……。本当に怖かった」  それはさぞかし近所迷惑だったことだろう。一応、このマンションはオレの住んでるとこと比べると、防音はしっかりしているようなので、大丈夫だとは思うが。実力派ミュージカル俳優の声量はバカにはできない。 「ほかには、なんかある?」  思い出したのか顔を青くしている久秀さんの髪を、今度はオレが撫でながら問うと、彼も同じようにこちらを撫でてきた。  頬を撫でて、そこにキスされる。 「お前を喪う夢」  こわばった声が、そう静かに響いた。 「あの時、お前を救えなくて……お前が落ちてそのまま死ぬ夢」 「ああ……」  オレはたまらず久秀さんに抱き着いた。その筋肉質な背中に腕をまわして、彼を慰める。でなければ、彼が泣いてしまうと思ったからだ。  付き合う前にあった事故のこと。それを久秀さんはずっと覚えているのだ。オレだって忘れることはない。それだけ大きな事故だった。 「夢なのにリアルでさ。俺の腕のなかでお前が冷たくなっていくんだよ。この手を濡らす血のあたたかさも感じるんだよ」 「でも、しょせんは夢や。オレは元気だし、ちゃんと体温も感じるやろ?」  額と額をコツンと合わせる。至近距離で久秀さんの色素の薄い茶色の瞳を見つめる。その瞳には、かすかな怯えが浮かんでいた。 「俺は……お前を喪うのは、たとえ夢であったとしても恐怖でしかない」  震える声でそう言ってから、久秀さんはキスをしてきた。しかし、唇が触れあうギリギリで、彼は顔を逸らす。 「怖い……お前には傍にいてほしい。こんなどうしようもなく臆病な俺を一人にしないでほしい」  オレの頭を抱きしめて、耳元でそう囁く。先ほどとは違った色を乗せて。 「……久秀さん。もしかして、今日、そんな夢見た?」  愛し合っているときからそうだった。普段は強引でイジワルなくらいにオレを追い詰めるのに、今日の久秀さんは全てが慎重だった。いつものギラギラしたような鋭さがなかったのだ。  久秀さんが小さく息を呑むのが聞こえた。どうやら図星だったらしい。 「久秀さん。オレはなにがあっても、久秀さんを独りにはせえへんよ」  ぎゅうっと体温を分け与えるように抱きしめる。久秀さんも同じような強さで抱きしめ返してきた。 「ラスティ、愛してる」 「うん。オレも愛してる」  今度こそ久秀さんはそんな言葉とともにオレにキスをしてきた。 「ラスティ、ラスティ……ラスティ、好きだ、愛してる。ずっと傍にいてくれ。俺を独りにしないでくれ」 「うん。大丈夫、オレは久秀さんのモノやよ」  ちゅっちゅっとついばむだけのキスを繰り返す。そのキスの合間に、久秀さんは震える声で告げてくる。それに応えながら、彼を安心させるように背中を撫でた。 「なんか、今日の久秀さんは赤ちゃんみたいやね」  久秀さんの頭を胸に抱いて、彼のクセのある髪を撫でる。  いつもなら、このからかいにノッてくるのに、今日はそうではない。よほどその夢が嫌だったのだろう。 「ラスティアス」  ラスティ、と愛称ではなく本名で呼んでくるので、そうとう弱っているらしい。  こんなときはどうすればいいのか、正直なところ分からない。エッチをしたいわけではないようだし、どうしたものかと考える。  逆にオレが不安をこじらせたとき、久秀さんはどうしてくれているだろう。彼はオレをたくさん甘やかして褒めて宥めて。そうしているうちにいつのまにか不安がどこかに飛んでいく。  オレもそれを久秀さんにしてあげたいけれど、そこまでの技量は持ち合わせていない。 「なぁ、久秀さん」  久秀さんの頬を挟んで、目を合わせる。 「久秀さんの目には何が映ってる?」 「それは……ラスティだ」 「ほな、目閉じて」 「なんで」 「ええから!」  渋々と言ったように久秀さんは目を閉じてくれる。そしてたっぷり十秒数えてから、目を開けるように言った。 「てっきりキスしてくれんのかと」 「うっさいスケベオヤジ。今、久秀さんの目には何が映ってる?」  もう一度同じ問いをすると、久秀さんは訳が分からないといったようにオレの名前を口にした。 「そうやろ。目を閉じても開けてもオレがおるやろ。だから怖くないから」 「……お前はときどき言葉足らずだなぁ」  久秀さんは困ったように笑う。 「せやから、目を開けてもオレはおるやろ? オレは絶対、久秀さんの前からおらんようにならんってこと。寝て起きても、オレはずっと久秀さんの前におるよ」 「そして、お前はときどきロマンティックだよ」  困った笑いを深めて、久秀さんはオレにまたキスをしてきた。先ほどとは違って、舌まで入れて。 「はっ……。いきなりなにすんねん」  唇を離すと、二人の間にはどちらのモノとも分からない唾液が糸をひいた。それがプツリと切れるのを見ながら久秀さんは笑った。それはオレだけが見られる優しい笑顔だった。 「愛しているよラスティ。俺の運命の人」 「……うん」  その笑顔が見たくて、オレはまた彼にキスをねだるのだった。  たくさんキスをして満足したのか、久秀さんはすっかりいつもの調子を取り戻した。 「悪かったな、情けないとこみせて」  オレを腕に抱いて、久秀さんは申し訳なさそうに言う。 「久秀さんが情けないのは今に始まったことやないやろ」 「でも、幻滅したろ」 「そんなことないわ。久秀さんだって人間なんやもん。ちょっとくらい弱気になってもおかしないやん。オレにはちゃんと見せといたほうがええよ」  よしよしと頭を撫でてやる。彼の不安も恐怖も全てこの身に受け止めてやることができるのなら、それはなんて幸せなことだろう。 「ラスティ……ありがとう」 「どういたしまして」  久秀さんはオレの胸に顔をうずめて、甘えるようにすり寄ってくる。その仕草がまるで子どもみたいで、思わず笑ってしまった。 「なぁに笑ってんだ」 「いや、久秀さんかわええなって思って」  そんなオレの言葉に、久秀さんはムッとした表情になった。 「それはお前だろ。お前は可愛いよ」  そう言ってから、久秀さんはオレの胸に吸い付いてきた。その行為が何を意味するのか分かって、オレは慌てて彼の頭を引きはがす。 「あかん! もうおしまい!」  これ以上されたら明日の仕事に支障をきたしてしまう。明日は久秀さんもオレも朝一で舞台の稽古がある。  久秀さんは不満げに口を尖らせて、オレの乳首を舐めたり吸ったりする。まるで母乳をほしがる赤ん坊のようだ。 「もう、ホンマあかんよ」 「ラスティ……」 「そんな顔してもダメ! もう無理!」  しかし、久秀さんとしても簡単に引き下がるわけにいかなかったようだ。ついに実力行使に出始めると、オレの下半身をまさぐり始めた。 「ダメやって! もー、明日早いねんから!」 「優しくする」  久秀さんはオレの言葉を華麗に無視すると、オレの下着をずり下ろしにかかった。 「ウソやん! もうあかんってば! 久秀さんなんか知らんから!」  オレの言葉に、ピタリと動きを止めた久秀さんはニヤリと笑った。その顔を見て背筋がぞくりとしたがもう遅い。彼はまた悪い癖を発揮しはじめたらしい。 「俺にどうされるか想像しちゃった?」 「……う」  そんなの図星に決まっている。オレは顔を真っ赤にして口をはくはくとさせるしかなかった。そんなオレの様子に気をよくしたのか、久秀さんはやたら嬉しそうだった。 「大丈夫、優しくしてやるから」  そう言ってオレの耳にキスを落とす。その声は限りなく優しかったが、同時に有無を言わせないモノも含まれていた。  結局オレは明日の仕事に差し支えると断り続けることができなかった。久秀さんはそれをいいことに好き勝手したのだ。 「もー、ホンマ許さへんからな!」  ベッドで半泣きになりながらそう言うと、隣で横になっている久秀さんが可笑しそうに笑った。しかし、そう笑いつつも彼は甲斐甲斐しくオレの世話をしてくれているのだから調子が狂う。 「腰痛い! 喉も痛いし、なんか体だるい!」 「ごめんごめん」  そう笑って謝罪してはいるものの、オレの世話をやめるつもりはないらしい。甲斐甲斐しくオレの体を拭いて、水まで飲ませてくれる。その優しさに免じて、彼の横暴を許すことにした。惚れた弱みというやつである。 「そんで、悪い夢は見たんか?」  久秀さんのほうを向いて、オレは問う。彼は少し考えたあと、「いいや」と首を振った。 「ラスティがずっと一緒にいてくれたから、悪い夢は見なかったよ」  そう言って、オレの額にキスを落とす。 「そっか……よかった」  その答えに安心して微笑むと、今度は唇にキスをされた。触れるだけの軽いものだったけれど。 「愛してる」  そう囁く声はどこまでも甘い。 「オレもやで」  だからオレも同じくらい甘い声で返す。 「寝ても覚めてもずっと、一緒におるからな。悪い夢も全部、吸い取るから」  そう告げると、久秀さんは嬉しそうに笑った。

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