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第13話

 夢を見た。  菫がいた。白い花が一面に咲く大地に、白のワンピース姿の菫が立っている。空は薄い青。どこまで続いているのか分からないくらいの広さだ。  夢の中の菫は十一歳ではなく、僕と同じくらいに成長した姿だった。菫は泣いていた。無表情で涙だけ流している。  僕はそんな菫を呆然と見ていた。しばらく、僕と菫は見つめ合った。  不意に、菫が僕に手を伸ばした。そして言う。  ──あたしの場所  ──そこは  ──あたしの場所だから  代わって、と言われた。僕はおずおずと手を出した。菫の手が僕の指の先端に触れる。  恐ろしいほど、冷たかった。僕は大急ぎで手を引っ込めた。菫は下を向いていた。髪の毛が目に掛かっていて口元しか見えない。その口がニタリと笑みを浮かべた。触ったから、と菫が言う。  ──触ったから、もう、手遅れだよ……  朝目が覚めた時、夢を見たことは覚えていたけど、内容はぼんやりしか記憶になかった。風吹はまだ寝ていたので、僕はトーストと目玉焼き、レタスのサラダを朝食用に用意した。  夢のせいか、さっきから頭がぼんやりとして軽い頭痛がした。でも今日、風吹と泊りで出掛けるんだと思うと、嬉しさで体調不良を忘れられた。 「おはよ。上手そうだな、朝飯」  言いながら風吹が台所に入って来た。僕は洗って拭いていたコップをテーブルの上に置いた。 「おはよう。飲み物はオレンジジュースでいい? それともコーヒー?」 「オレンジジュース、と桜」 「僕?」  風吹は僕がコップについだオレンジジュースを一気に飲み干した。それから僕の腰に手を当てると、グイッと自分に引き寄せる。 「桜、今日も可愛い」  風吹は僕の顎に手をやって、上を向かせた。僕に口づけると舌を入れてくる。オレンジジュースの爽やかな味が口に広がる。僕は風吹の首に手を回して、熱いキスに応えた。  風吹が僕のお尻を両手で撫でまわす。僕の下腹部はすぐに反応してしまう。風吹に身体を密着させると、もうガチガチの状態だった。僕はどうにか、吸い付いて来ようとする風吹の口から自分の口を離した。 「もう……時間無くなっちゃうよ。早く食べよ?」 「──そだな。ああクソ、早く午後になんねぇかな」  風吹はギュウゥッと力を込めて僕を抱きしめる。僕も風吹の筋肉質な背中に腕を回して強く引き寄せた。互いの鼓動のドキドキが響き合うのが分かった。  朝食後、歯磨きしてから僕たちは学校へと向かった。風吹の歯ブラシは僕の家の洗面台にいつもあって、その事に関して母は何も言わなかった。  今日も結構暑い日だった。弓道部員は全学年合わせても三十人に満たない。でも道場が狭いので集まるとかなり暑苦しく感じた。  夏の総体までに大会はいくつか続く。出場メンバーのメインは二、三年生なので、僕たち一年は雑用に従事した。的中の記録を付けていると、上手い人でもいつも完璧にあたるものではないと分かる。  (つる)も消耗品なので、新しい物へと替えるとそれだけで的中率がガクンと落ちたりする。その為、()(づる)を数本慣らしておく人も多い。弓掛(ゆがけ)を代えても手に馴染むまでに時間が掛かる。大会へ出場する選手は当日ベストな状態に持っていくために、前々から気を遣って準備するのだ。  個人的な意見だけど、和弓というのはとにかく不安定な道具だと思う。アーチェリーのようにあたった場所での点数制ではなく、基本三十六センチ径の的のどこかにあたれば的中がカウントされる。そのため返って、矢を的にあてるのがいかに難しいかが分かる。  またその日その時の調子の良し悪しで結果が大きく変わる事も多い。滅茶苦茶な射形の選手でも、大会当日たまたまあたりが良ければ、上位に入れる事があったりする。  ただ、やっぱり射形が綺麗な人は的中も高い。所作が美しい射手(いて)は見ているだけでも惚れ惚れする。声を出さず、ひたすら的に向かい矢を放つだけのストイックな武道である弓道は、常に己自身との戦いだ。一度ハマると一生続ける人が多いのも(うなず)ける。 「風吹、後ろから見てくれない?」  自由練習の時間になって、風吹が同じ一年の女子から頼まれていた。「おし、分かった」と言って風吹はその娘の後ろに立つ。「あー、もうちょい右。うん、そこ」と風吹が狙いを支持している。  パン、と矢が的に中る音がして「あたった。さすが風吹~」と甘えた様な女子の声が聞こえた。  僕は二つ横の射位に立っていた。朝方微妙に感じていた頭痛もすっかり良くなり、久しぶりに身体が軽く感じる日だった。今日の僕は、ほとんど外さず矢を的にあてることが出来た。早気もかなり持ち直している。 「花里くん、今日調子いいね」  一礼をして下がった僕に、声を掛けてきた女子がいた。一六三センチしか身長がない僕より更に十センチは背の低い女の子。眼鏡を掛けて、ストレートの髪を後ろで一つに束ねている大人しそうな()だ。確か名前は……。 「そうなんだ。珍しくあたってる。水谷さんは調子どう?」  何とか名前を思い出せた。一年の女子は四人しかいない。でも僕は熱を出したりして部活を休むことが多かったし、元々ひとの顔を覚えるのが苦手だ。そのせいで部員の顔と名前がなかなか一致しなかった。 ーーーーーーー 大変申し訳ございませんm(__)m 第12話がダブって投稿されておりました。 不手際をお詫び致します。

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