14 / 20
第14話
「ん~、あんまり。半分くらいしかあたらなかった」
「そっか。そういう日もあるよね。僕なんかもっと酷い時が多いよ」
水谷さんはへへ、と笑う。
「私中学から弓道始めたんだけど、上手くなんなくてチームにも入れた事ないんだ」
「そんなの、僕も同じだよ。僕は小学生の頃からやってるから、もっと才能ないってことだね」
「え、小学生から? 珍しいね」
水谷さんは道場の出入り口を指さした。
「あっちで話さない? ちょっと休憩したいし」
僕は頷いた。風吹はさっきの女子から頼まれて、射形も見てやっている。風吹は高校で受けた審査で三段も取っているし、ひとに教えるのも上手いから頼られる事が多い。
ただ明らかに、さっきの女子部員──田沼さんだったかな──は風吹に気がある素振りを見せている。風吹へのボディタッチも結構あからさまだった。それに射形を見る時は相手に触れることもある。仕方ないことだけど、風吹が女の子に触っているのを見ているのはちょっと嫌だった。
「はぁー、疲れたね。暑いからすぐバテちゃう」
僕と水谷さんは、道場の脇にあるベンチに座った。大して涼しくはないけど、道場の中にいるよりは風通しが良かった。
「私ね、高校では写真部に入ったからブランクあるんだ。でもこの大学入って、弓道部あるって知ったらどうしてもやりたくなって入部したの。なんか、道着を着るとピシッとした気分になれるから気持ち良くて」
「うん、分かるよ。僕は親が弓道の指導者をやってて、市の弓道場によく連れて行かれたんだ。中学生になって学校に弓道部があったから入ったけど、いざとなるとあたらなくてレギュラーにはなれなかった。でも道着はいいよね。着ると身が引き締まる気がする」
「そうだね。けど袴 は暑いね。冬は逆に寒いし。それでも道着好きなんだぁ」
屈託なく笑う水谷さんは可愛かった。風吹と一緒にいる田沼さんとは違って、自己主張は強くない。それでもコミュ障という訳ではないらしい。ほんわかした雰囲気でしゃべる彼女は、優しい印象で好感が持てた。
「花里くんて、桜って名前なの?」
水谷さんが僕の顔を覗き込むようにして訊いた。近くで見ると、眼鏡の奥の目がくりくりしている。派手さはないけれど、水谷さんは愛らしい顔をしてるな、と思った。
「うん。良く知ってるね。女みたいな名前だって言われるよ」
「天ケ瀬くんがそう呼んでたから、桜って名前なんだって思って。花里って名字にも合ってるし、すごくいいね。花里くん可愛いからピッタリだよ。あ、ごめん。男の子に可愛いとか言って」
「いや。誉め言葉は何でもオーケーだよ」
「あは、良かったぁ。私は桃って名前なの」
「桃ちゃんていうんだ。水谷さんも可愛いらしいから良く合うね」
「えへへ、ありがと。花里くんにはなんか親近感湧くな。名前も同じ春の花だし。それに話し易い。オレが、オレが、みたいな圧もないからホッとする」
ね、と水谷さんはまた僕の顔を覗き込んで目を合わせる。
「桜くんって呼んでいい?」
「ああ、うん。いいよ。じゃあ僕も桃ちゃんって呼ばせて」
「うん! あはは、良かった。嬉しい」
「桜」
急に風吹の声が割って入った。僕はちょっと驚いて声の方を見た。道場から風吹がこっちへ向かって歩いてくる。後ろには田沼さんが付いてきていた。
「水分取ったか? 休憩するなら水くらい飲んどけ」
風吹は僕に水筒を渡して来る。それは朝、僕が自分で用意した僕の水筒だった。中に入れた氷がカラカラと涼やかな音を立てている。
「あ、うん。ありがと」
風吹から水筒を受け取る。その時、少し指が触れ合った。僕はそれだけで、今夜の事を考えてしまって鳥肌が立った。一瞬で身体も火照ったような気がする。
「頬っぺた赤い。ここもあんま、涼しくねぇな」
風吹が僕の頬を手の甲で撫でた。僕の中心が疼 いてお尻がムズムズする。湧き立つ甘い感情を我慢しているせいで、僕の目は涙で潤んだ。風吹も熱っぽい目で僕を見ている。
「水、飲んどく。持ってきてくれてありがとう」
僕はコクコク水を飲んだ。そんな僕達の様子を見て、田沼さんが声を掛けてくる。
「風吹ってさ、やたら花里の世話焼いてない? ふたりどういう関係なの?」
田沼さんは詮索する目つきで僕たちを観察している。風吹とは必要以上にベタベタしているつもりはないけど、友人以上の何かがあるように見られているのだろうか。
「僕たちは親戚同士で、幼馴染なんだ。風吹はお兄さんみたいな感じかな。僕が頼りないんで世話焼いてくれてるんだ」
風吹が答える前に、僕が返事をした。風吹の事だ。恋人同士に決まってんだろ、とか言い出しそうだし。
「えーっ。同じ年なのにお兄さんなの? 確かに花里頼りないよね。部活もしょっちゅう休んでるもんね」
ともだちにシェアしよう!