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第14話

「ん~、あんまり。半分くらいしかあたらなかった」 「そっか。そういう日もあるよね。僕なんかもっと酷い時が多いよ」  水谷さんはへへ、と笑う。 「私中学から弓道始めたんだけど、上手くなんなくてチームにも入れた事ないんだ」 「そんなの、僕も同じだよ。僕は小学生の頃からやってるから、もっと才能ないってことだね」 「え、小学生から? 珍しいね」  水谷さんは道場の出入り口を指さした。 「あっちで話さない? ちょっと休憩したいし」  僕は頷いた。風吹はさっきの女子から頼まれて、射形も見てやっている。風吹は高校で受けた審査で三段も取っているし、ひとに教えるのも上手いから頼られる事が多い。  ただ明らかに、さっきの女子部員──田沼さんだったかな──は風吹に気がある素振りを見せている。風吹へのボディタッチも結構あからさまだった。それに射形を見る時は相手に触れることもある。仕方ないことだけど、風吹が女の子に触っているのを見ているのはちょっと嫌だった。 「はぁー、疲れたね。暑いからすぐバテちゃう」  僕と水谷さんは、道場の脇にあるベンチに座った。大して涼しくはないけど、道場の中にいるよりは風通しが良かった。 「私ね、高校では写真部に入ったからブランクあるんだ。でもこの大学入って、弓道部あるって知ったらどうしてもやりたくなって入部したの。なんか、道着を着るとピシッとした気分になれるから気持ち良くて」 「うん、分かるよ。僕は親が弓道の指導者をやってて、市の弓道場によく連れて行かれたんだ。中学生になって学校に弓道部があったから入ったけど、いざとなるとあたらなくてレギュラーにはなれなかった。でも道着はいいよね。着ると身が引き締まる気がする」 「そうだね。けど(はかま)は暑いね。冬は逆に寒いし。それでも道着好きなんだぁ」  屈託なく笑う水谷さんは可愛かった。風吹と一緒にいる田沼さんとは違って、自己主張は強くない。それでもコミュ障という訳ではないらしい。ほんわかした雰囲気でしゃべる彼女は、優しい印象で好感が持てた。 「花里くんて、桜って名前なの?」  水谷さんが僕の顔を覗き込むようにして訊いた。近くで見ると、眼鏡の奥の目がくりくりしている。派手さはないけれど、水谷さんは愛らしい顔をしてるな、と思った。 「うん。良く知ってるね。女みたいな名前だって言われるよ」 「天ケ瀬くんがそう呼んでたから、桜って名前なんだって思って。花里って名字にも合ってるし、すごくいいね。花里くん可愛いからピッタリだよ。あ、ごめん。男の子に可愛いとか言って」 「いや。誉め言葉は何でもオーケーだよ」 「あは、良かったぁ。私は桃って名前なの」 「桃ちゃんていうんだ。水谷さんも可愛いらしいから良く合うね」 「えへへ、ありがと。花里くんにはなんか親近感湧くな。名前も同じ春の花だし。それに話し易い。オレが、オレが、みたいな圧もないからホッとする」  ね、と水谷さんはまた僕の顔を覗き込んで目を合わせる。 「桜くんって呼んでいい?」 「ああ、うん。いいよ。じゃあ僕も桃ちゃんって呼ばせて」 「うん! あはは、良かった。嬉しい」 「桜」  急に風吹の声が割って入った。僕はちょっと驚いて声の方を見た。道場から風吹がこっちへ向かって歩いてくる。後ろには田沼さんが付いてきていた。 「水分取ったか? 休憩するなら水くらい飲んどけ」  風吹は僕に水筒を渡して来る。それは朝、僕が自分で用意した僕の水筒だった。中に入れた氷がカラカラと涼やかな音を立てている。 「あ、うん。ありがと」  風吹から水筒を受け取る。その時、少し指が触れ合った。僕はそれだけで、今夜の事を考えてしまって鳥肌が立った。一瞬で身体も火照ったような気がする。 「頬っぺた赤い。ここもあんま、涼しくねぇな」  風吹が僕の頬を手の甲で撫でた。僕の中心が(うず)いてお尻がムズムズする。湧き立つ甘い感情を我慢しているせいで、僕の目は涙で潤んだ。風吹も熱っぽい目で僕を見ている。 「水、飲んどく。持ってきてくれてありがとう」  僕はコクコク水を飲んだ。そんな僕達の様子を見て、田沼さんが声を掛けてくる。 「風吹ってさ、やたら花里の世話焼いてない? ふたりどういう関係なの?」  田沼さんは詮索する目つきで僕たちを観察している。風吹とは必要以上にベタベタしているつもりはないけど、友人以上の何かがあるように見られているのだろうか。 「僕たちは親戚同士で、幼馴染なんだ。風吹はお兄さんみたいな感じかな。僕が頼りないんで世話焼いてくれてるんだ」  風吹が答える前に、僕が返事をした。風吹の事だ。恋人同士に決まってんだろ、とか言い出しそうだし。 「えーっ。同じ年なのにお兄さんなの? 確かに花里頼りないよね。部活もしょっちゅう休んでるもんね」

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