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第15話

「桜は身体が強くないんだ。別に好きで部活を休んでる(わけ)じゃない」  今度は風吹が答えた。ふぅん、と田沼さんが言う。 「でもさ、休まれると当番とか、他の人がやるじゃない? それって結構、周りに迷惑掛けちゃってるっていうかぁ……」 「あ……、そうだよね。ごめん。休んだ時、代わってくれた人の分、後でやるね」 「今まで桜が休んでた時は俺がやってきてる。別にそれでいいだろ」 「だからぁ、それじゃ風吹が毎回大変じゃんって話。風吹、器用だから的張(まとは)りとかも任されてるしさ。そーゆー余計な負担があるせいで、みんなでご飯食べに行こうってなっても、風吹は来れなかったりするのかなって……」  なんとなく、田沼さんが言わんとしている事が分かってきた。自分が気になっている風吹が、僕のせいで部活の集まりに出られない、と遠回しに言っているのだろう。もっと風吹に近づきたいのに近づけないのは、僕が邪魔をしているからだ、と。 「そういうのってさ、皆なかなか言えないと思うから言ったんだ。あたしってほら、皆の気持ち代弁出来ちゃうヒトだからさぁ」  僕は風吹が、イラついているのが分かった。何か言いたそうに口を開いた所で「おい、一年。片付けやるぞ」と声が掛かった。  言ってきたのは三年の主将、時任(ときとう)さんだ。 「はぁーい、すぐ行きます!」  田沼さんは元気よく答えて道場へ向かった。桃ちゃんは僕の腕にそっと触れて「気にしないでね」とだけ言って田沼さんの後を追った。  僕もベンチから立ち上がり、片付けに向かおうとした。風吹は僕の隣に並び、頭に手を乗せて、そっと撫でてくれる。 「花里。体調は大丈夫か?」  すれ違いざま時任さんが話し掛けてきた。僕はドキッとして足を止めた。田沼さんの言っている事を時任さんも聞いていた可能性が高い。彼も僕が休んでばかりいる事に対して、注意してくるんだろうな……と思った。 「──はい。大丈夫です。休みが多くてすみません。僕、天ヶ瀬くんと当番交換します」 「さく……」  風吹が言いかけたのを、僕は手を挙げて制した。時任さんは腕を組んで僕達と向かい合って立っている。 「さっき田沼が言ってるのが聞こえたんだけどな」  僕は縮こまって下を向いた。何を言われても仕方ない。でも自分を良く思っていないひとがいると知ったことでダメージ受けていた僕は、胸がギュッとなって緊張した。 「ま、気にすることはないぞ」 「──え?」  時任さんは太い眉を困ったようにひそめてから、軽く笑ってため息をついた。 「俺たちはもう大学生だ。ここは私大と違って、大会で勝つためにセレクションで選ばれた奴が来るような部活じゃない。まだ田沼は高校生気分が抜けないからああ言うんだろうがな。 体調不良の奴を責めても仕方ないし、大体、大学は自己都合で休む奴はゴロゴロいる。三年にもなると就職活動も始まるから余計だよ。役目はやれる奴がやればいい。上級生になるほどみんなそういう考えだ」  時任さんは僕に向かって頷いてから微笑んだ。風吹と同じくらいの身長があって、かなりガタイもいい時任先輩は最初少し怖かった。でも主将をやるだけあって、みんなを良く見ているしまとめるのが上手い。  ただ、僕のこともそこまで気を遣ってくれるとは思わなかった。ひとりひとり、考えは違うだろうから、どうしても不満は出るだろう。僕も時任さんの言ってくれた事にどっぷり甘えるつもりはない。でも単純に主将の言葉がありがたかった。 「……ありがとうございます。そう言って貰えて助かります。でも休んだらなるべく当番はズレてやるようにします」 「そーか? まぁ普段率先して雑用やってくれてるし、適度にやってればいいよ。なんか言ってくる奴がいたら俺が出るわ」 「ありがとうございます……!」  僕は時任さんに向かって深々と頭を下げた。風吹が「時任主将」と声を掛ける。 「好きです」 「……は? え、(こわ)。つか、キモ。なんだ? 天ヶ瀬。どうした急に」  時任さんは怯えた顔で風吹を見ている。 「キモいとか酷くないスか。マジで言ってるのに」 「いや……まぁ俺も超イケメンに告白されてドキドキするけどな。悪い、彼女がいるんだわ」 「性的な意味は皆無ですが、主将に愛を感じてます。ハグさせて下さい」 「ああん? 何言ってんだ、お前。う……うわぁーっ」  風吹が時任さんに抱きついている。僕は呆れるのと同時に、風吹の気持ちが分かったからなんだかほっこりした。 「時任。取込み中申し訳ないが、来週の練習試合のこと詰めたいんだが」  副主将の木野さんが道場の入り口から顔を出して言った。時任さんはもがいて風吹を追いやろうとする。風吹は負けじと、時任さんの後ろから肩に抱きついた。  時任さんは風吹に抱きつかれたままズルズルと歩き出す。結局、時任さん含め、それを見ていた部員はみんな笑い出した。  風吹のお陰で場も和み、僕は気持ちが明るくなれた。射場の掃除を自ら進んでやって、他の一年の男子部員達とも気負わず話すことが出来た。  そうして部活が終わり、いよいよ午後、風吹と共にお泊り旅行へ向かう時間になった。

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