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第16話

 部活の帰り、僕は風吹とレンタカーの店舗へ行った。手続きをして車を借り、風吹の運転で一旦自宅まで戻る。  ワクワクしていながらも、緊張でドキドキ胸が高鳴る感覚がどんどん強くなってきた。心ここにあらずな気持ちで、お泊りの準備をして大型のバッグに入れる。  出発できる段階になっても母はまだ帰宅しなかった。僕は携帯から母にメッセージを送った。 『突然だけど、今日これから風吹と出掛けます。多分泊りになると思う』  母に向けて送る文は、あまり余計な事を書かなかった。母が家にいなくて良かった、と思った。顔を見られたら、僕の様子がいつもと違って浮足立っている事に気付かれただろう。 『そうなの?』  少ししたら母から返事が来た。これまたシンプルで、風吹と泊りに行くことについて母はどう思ったのか皆目分からなかった。 『気を付けてね。泊まる場所は、分かったら連絡ください』  続けて母がメッセージを送って来た。母は普段から口うるさい方ではない。でも居場所を知りたいと思うのは当然だと思った。万が一何かあった時、家族がどこに出掛けたのかも知らないのはおかしいし、僕の体調への不安もあったかもしれない。 『○○高原の△△コテージ』  僕も端的に答えた。母からは『いいな。羨ましい。お土産よろしく』と返信があった。  母の了承も得て、僕は準備万端で玄関を出た。ちょうど風吹が運転するレンタカーが僕の家の門の前に停まるところだった。  僕が車に近づくと、風吹が運転席から降りて近くまで迎えてくれる。 「忘れ物ないか? 長袖は持った?」  風吹がそう訊いたのは、六月の高原は地元よりかなり気温が低いからだ。僕はうん、と(うなず)いた。 「長袖持ったよ。後は……多分、大丈夫」 「まぁ、未開の地に行くわけじゃねぇからな。足りない物があれば買えるし」 「そだね」  僕は後部座席に荷物を載せて助手席に座った。二人だし大きな車を借りる必要がないのでレンタカーは小型車だ。車はまだ新しく、シートも艶があって綺麗だった。 「ごめん、僕が免許取ってないから代われなくて……」  僕はまだ運転免許を持っていなかった。風吹は推薦で大学が決まったら、すぐに免許を取ってしまった。僕は三月まで合否が分からなかったし、その後体調を崩して免許取得どころではなくなってしまったのだ。 「ぜーんぜん。俺、運転好きだから平気だよ。高速乗れば一時間半もありゃ着くだろ」  実際、風吹は運転が好きなようで、ハンドルさばきも上手かった。僕は車酔いし易いのだけど、アクセルとブレーキの操作もスムーズなせいか、気持ち悪くなることはなかった。 「眠かったら寝てていいからな」  あまりに快適でちょっとウトウトしてしまった僕に、風吹はそう言った。ただ〝助手席に座ってるのに寝る奴は最低だ〟と思う人もいると聞く。僕は「だいじょぶ」と言って目を開き、眠気を我慢した。 「寝ていいって。今のうちに眠っとけよ。今日は……夜寝れないかもしれないしな」  風吹が僕の太ももを指でツーッと撫でる。「ンッ……」と思わず声が出た。今日の僕は、今までないくらいすべてが敏感になっているような気がした。 「……もぉ……。逆に眠気がなくなっちゃうよ」 「ごめん、ごめん」  風吹は笑いながら謝った。そして僕の頭に手を乗せて撫でる。僕は気合を入れて寝る事にした。昨日も少し遅くなってしまったし、せっかくの夜に大切な場面で眠りこけてしまいたくない。 「……くら。桜」  風吹に肩を揺すられて、僕は目を覚ました。あんまり眠れないかな、と思っていたけど、結局着くまでぐっすり寝てしまったみたいだ。僕は風吹が掛けてくれた上着を握って飛び起きた。 「──風吹。ごめん、爆睡した」 「いいって。良く寝てたのに悪いな。でももう、着いたから」  僕は助手席の窓から辺りを見渡した。コテージの駐車場に車は停まっていた。時間を見ると夕方五時を回ったところだった。  チェックインする為に、受付まで行く。出入口近くにはたくさんのお土産が売っていて、いかにも観光地に来たという感じで浮き立つ気分だった。チェックインの時間は十五時からだったけど、風吹はきちんと遅くなることを連絡してくれていた。 「只今、イベントで浴衣と甚平を貸出しております。サイズがあれば保証金千円にてご利用頂けます。保証金は返却時にお返しいたしますが、いかがですか?」  受付のお兄さんに言われて、僕と風吹は目を見合わせた。 「十九時より三十分ほど、小規模ですが花火の打ち上げもございます。中庭までお越しいただければ良くご覧いただけると思いますよ。移動販売車で生ビールも売り出しておりますので、楽しくお過ごしになれるかと」  ニコニコしながら受付担当者が言う。僕たちはまだ飲酒可の年齢に達していないのでビールはダメだ。でもイベントは楽しそうだった。

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