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第18話

「あの時の桜を見た時、俺はもしかしたら間違った事をしたんじゃないか、って思ったんだ。お前は俺とは違う。桜はあんな風に、普通の女の子と自然に親しくなって、好きになっていくはずだったのかもしれない。それを俺が、何年も前からあんな事をして無理矢理……お前を違う方に向けてしまったんじゃないかって……」 「……どういうこと? あんな事って──オナニーの手伝いの事? あれは無理矢理なんかじゃ」 「桜は女と付き合いたいと思った事はないのか?」  僕の言葉を遮って、でも淡々とした声で風吹が訊いた。 「──え? 僕が?」 「そうだよ。お前はだって男だろ。女の裸見たいとか、おっぱい触りたいとか、やりたいとか、そういうのないのか?」  直球の質問に僕は面食らった。女の子と付き合う……? 僕が──例えば桃ちゃんと? 「ううん。思わない」  風吹は口をつぐんで、探るように僕を見る。それから口元に手を当てて視線を逸らした。 「それが……俺のせいかもって思うんだよ。俺が桜をその……〝開発〟しちゃったんじゃないかって」 「あのねぇ、風吹」  僕は風吹の腕を引っ張った。こっちを向かせて、珍しく自信がなく、迷っているような風吹の視線を真っすぐとらえる。 「僕は風吹が好きだから、風吹以外のひとにそういう意味で触りたいと思わない。桃ちゃん……水谷さんの事も、可愛いなとは思うけど、抱きたいとは思ってない。僕はやりたいとか、経験したときたいとか、触ってみたいからとか、そういう理由で人を好きにはならないよ」  僕は風吹の手に自分の手を重ねた。風吹の目をしっかり見つめたまま続ける。 「風吹が気持ちいい事してくれるから、風吹を好きになった訳でもない。昔からずっと一緒にいて、風吹の事は良く知ってる。僕を思って大切にしてくれる風吹が好き。それはもしかしたら、僕の生来の性的志向がたまたまマッチングしただけかもしれない。 でも、そんな分析不毛だよ。僕にとっては開発されようが何だろうが、どうでもいいんだ。僕は風吹が大好きで、昨日風吹も同じ気持ちだと分かって嬉しかった。僕たちが触れ合いたいと思うのは、自然な事ではないの?」 「……桜……」 「男だ、女だ、LGBTQだ、ノンバイナリーだ、アセクシャルだ、なんて事は僕にとってはどーでもいいんだよ。僕は風吹が好き。単に風吹は男で、僕も男だった。それだけだよ」  風吹はあっけにとられた顔をしている。僕は一気にしゃべったので息切れしそうだった。 「──ほんとはね、僕も風吹と同じこと思ったよ。昨日僕たちの秘密の関係を終わらせようとしたのは、風吹が普通の女の子と付き合った方が幸せになれるはずだって信じてたから。でも風吹は、僕を好きだと言ってくれた。いっぱいキスして、すごくすごく幸せだった。今日もしたい。もっと──それ以上の事も……」  僕は真っ赤になって視線を逸らした。まるで色情狂みたいだ。僕は自分で思っていたより性欲が強いのかもしれない。  風吹はなんだか、珍種の動物でも見るような目で僕を見ていたけど、しばらくしてから力の抜けた笑いを浮かべた。 「──お前、昔から一本筋が通ってるよな。普段大人しいし、見た目も雰囲気も柔らかいのに、ここって場面で絶対譲らないし、めちゃくちゃ語る」 「そーかな」 「そーだよ」  言ってから、二人で一緒に笑った。風吹が僕の肩を抱いて胸元へ引き寄せる。 「好きだよ、桜」 「ありがと。僕も風吹大好き」 「これで……いいんだよな。二人でいることが、俺たちにとってベストなんだってことで」 「うん。〝Best〟。最高で最良……な関係、だね」  風吹は僕の頬に手を当てた。 「……今日はいっぱい気持ち良くしていい?」 「……うん。たくさんして。僕もしたい」  僕たちは見つめ合い、自然にキスした。風吹の舌は僕の舌に絡みつく。僕はキスして貰えて、泣きたいくらい嬉しかった。 「……ね、もう夕食の時間過ぎてるよ?」  長いキスの後、ようやく口を離した隙に僕は言った。 「確かに。スゲー腹減った」  ロマンもへったくれもないセリフだったけど、実際僕もお腹が空いて来ていた。  レストランへ向かうと、宿泊客達がちらほら集まってきていた。和洋中すべての料理がずらりと並んでいる。料理は思ったより手が込んでいた。地元の食材を使っているものも多く、生野菜も新鮮で美味しかった。  ただ、僕は食事の量をほどほどに抑えた。僕はこれから自分のお尻を使う予定がある。無茶食いをしてお腹を壊したら元も子もない。せっかくの場面でトイレに駆け込むなど言語道断だからだ。  風吹はそれなりに食べていた。僕よりずっと身長も大きいし、二十キロの弓を引くだけあって筋肉も凄い。「ローストビーフ美味い」と言ってガツガツ食べている様子を見て、今夜の為に力を付けたいのかな……と勝手に想像してひとりで赤くなった。

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