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第19話

 ほんとに僕は相当なスケベなのかもしれない。今まで女子にムラムラしたこともなく、自分ではそういう事に淡白な方だと思って来た。  でも考えてみたら風吹と秘密の関係になってから、風吹が近くにいるとそれだけでドキドキしたし、触ってほしいと思ってもいた。襲い掛かることこそしなかったものの、えっちな想像をしていたのだから、間違いなくスケベなんだろう。  食事ももうすぐ終わろうとする頃、ドン、と大きな音がした。誰かが「花火だ」と言った。 「あ、花火か! 始まっちゃったね」 「そうだな。やべ、浴衣も忘れてた」  急いでコテージへ戻った。サイズ確認をしてから保証金を払う約束だったので、大急ぎで不織布の袋を開けた。  大きなビニール袋に入っていたのは、黒っぽい甚平だった。サイズが3Lとなっている。そしてもう一つの袋を引っ張り出して、僕は絶句した。 「風吹……これ、浴衣だけど……」  風吹も目を丸くする。 「女物だな」  それは淡い水色を基調とした女性用の浴衣だった。Lサイズとなっている。あの受付担当者は、僕のことを女だと思ったらしい。 「また間違われた。僕ってそんなに女っぽいかな……」 「ん……。まぁ、桜は色白くて可愛いから」  風吹はそう言ってくれたけど、それは風吹から見た僕がそう見えるだけだと思う。僕の身長は男としては低いかもしれないけど、僕より背の低い奴だってそれなりにいる。でも背の低い男がすべて女に見られるかというと、そんなことはないはずだ。  僕は幼い頃から、ズボンを履いていても、黒のランドセルを背負っていても、女だと勘違いされることが多い。名前が桜だから余計かもしれない。でも僕自身は自分を女だと思ったことはないし、女装の趣味も持ち合わせていなかった。 「交換してもらうか?」  風吹が訊いてくる。僕は少し考えた。花火の時間はそれほど長くない。交換している内に終わってしまいそうだ。僕は頭を切り替えた。 「知ってる人もいないし、ちょっと着てみようかな。着たら女物が似合わないって分かるよ、きっと」 「よし、お兄さんが脱がせてあげよう」  風吹が僕のTシャツをたくし上げる。僕は万歳して脱がせてもらった。ズボンを脱いでいると、風吹がふざけて僕の首元にキスしてくるので、邪魔でしょうがない。  僕は袋から出した浴衣に袖を通した。右前になるように合わせて、マジックテープで留めるタイプの簡易帯を締める。小さめのリボン型の造り帯も付いていて、風吹が後ろから差し込んで留めてくれた。 「へぇ……」  僕の姿を見て、風吹が小さくつぶやいた。僕は姿見のある場所へ移動して、鏡を覗いて見た。  そこには、菫がいた。最近少し長くなってしまったショートカットの髪の毛の後ろを少し持ち上げたら、もっと菫に見えるかもしれない。  僕は言葉が出なかった。予想に反して、女物の浴衣がとても似合っている。後ろに風吹が来て、鏡に二人の姿が映った。そこにいるのは普通の男女のカップルだった。風吹の恋人は、間違いなく菫だというように。 「なんか、イマイチだな。やっぱ」  少し首を傾げて、風吹が言った。僕は少し驚いた。なんとなく、女装した僕を喜んでくれるかもしれないと思っていたから、意外だった。 「受付にサイズ合わなかったからって言って、返そうぜ。ついでに少し花火見るか」 「あ、うん……。そうだね」  風吹に帯を取ってもらって僕は今まで着ていた服に着替えた。受付に返しに行く道すがら、僕は風吹に訊いてみた。 「僕、浴衣似合ってなかった?」 「おん? いや似合ってたよ。可愛かった。でもなんか、桜らしくないっていうか……」 「そう……かな」  菫を思い出した? そう訊こうとしたけど、続けるのを躊躇った。 「ああ。お前は女になりたい訳じゃないだろ? 女装も似合うだろうけど、やりたくないことはやらなくていい。てか、俺は何にも着てない桜が一番だし」 「何それ」  ハハ……と笑いながら、風吹の手を取った。暗さの増した道で、手を繋いで歩く。僕たちの関係が他の人からどう見えるのか……それは今、どうでも良かった。歩いている間僕は、ただただ、風吹が好きだと心から想った。  部屋は薄暗かった。お風呂から出た僕は、フットライトしか点けていない寝室でベッドに寄りかかっている風吹の元へ行った。風吹はスマホを見ながら凄い勢いで親指を動かしている。 「どうしたの? 何かあった?」 「いや、課題あったか確認してた。問題用紙はこの前授業中に提出終わってれば大丈夫だな。出したか?」 「うん。提出間に合った。じゃあ、何もないんだね」 「そだな」  風吹はスマホをベッドヘッドへ置くと、僕に手を伸ばした。僕は少し緊張した。大丈夫なはず……。ちゃんとお尻の洗浄もしたし、身体も隅々まで綺麗にした。お腹の調子も悪くない。  それでも、無意識に震えてしまうのを止められなかった。僕は怖いのだろうか? それとも武者震いとか? 「──やめとくか? 別にただ寝るだけでもいいぞ」  大急ぎで首を横に振る。きっと僕は、震えるくらい嬉しいんだ。そしてとてつもなく恥ずかしい。

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