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第26話
その時、大きな手がそっと僕の肘を持って支えてくれた。見上げると風吹がすぐそばにいた。眉をひそめて「桜、大丈夫か?」と訊いてくる。
僕は息を止めたまま頷 いた。風吹はちらりと横を見て「苺か……」と言った。
「歩けるか? あっちへ行こう」
僕は風吹に抱き寄せられながら自分たちのテーブルへ戻った。息を止めていたせいか、苺の匂いはそれほど鼻腔には残っていない。椅子に座るともう吐き気はなくなった。
「ごめんね、つい匂いを吸い込んじゃって」
隣に立ったまま僕の様子を心配そうに見ていた風吹に言う。風吹は僕のおでこに手をあてて「熱っぽくはないな」と言った。
僕は数年前から苺の匂いが苦手になった。小さい頃は苺が好きだった覚えがある。でもある時期から──確か小学校高学年あたりから、苺の香りがキツい食品を受け付けなくなった。自分でも理由はよくわからない。
苺や苺の香料の使われているお菓子やジュースを口にしたり匂いを嗅いだりすると、気分が悪くなるのだ。もちろん、風吹もそのことは知っている。
「飲み物は俺が取りに行けば良かったな。苺があるな、とは思ってたんだけど頭が回らなかった」
「ううん、そこまで風吹に面倒かけられないよ。僕も苺の匂いを嗅いだからって、毎回気分が悪くなる訳じゃないし……。今日はちょっと不意打ちだったから……」
「──寝不足だからかもな。悪い……」
風吹に言われて、僕は頬に血が上るのが分かった。昨日からほぼ朝まで続いた風吹との甘く激しい交わりを思い出すと体温が急上昇する感じがした。
「……そろそろ、戻るか」
恥ずかしすぎて顔は見られなかったけど、風吹の少しかすれたような声を聴いて、僕と同じことを思い出していると確信できた。僕たちは無言でお皿に残っていた分をすべてお腹にいれてからレストランを後にした。
「十時にはチェックアウトだから、結構あっという間だね」
「そうだな。もっとゆっくりしたかったな」
コテージへ戻りながら風吹と話す。手を繋いでいて、なんとなくまだお互い名残惜しい思いを持っているのが分かった。
「もう一回だけ、してもいいか?」
風吹が低い声で確認してくる。僕は真っ赤になって、目を合わせず頷いた。
部屋に戻ってすぐ、風吹が熱烈なキスをしてきた。僕達は靴を脱ぐのももどかしく部屋に入るとベッドルームへ向かった。
昨晩の刺激で敏感になっている僕の身体は、風吹の手の動きと指使いに即座に反応する。ズボンを下ろされて、ベッドの上でうつ伏せになる。風吹は僕のお尻の穴を丹念に舌で愛撫し、唾液で濡らしてから更にローションを刷り込んだ。
僕は後ろから風吹に突かれた。しびれが走るほどの快感にすぐイってしまいそうになる。風吹は少し僕の後ろで腰を使っていたけど、動きを止めて僕から引き抜いた。
「……? 風吹……」
「ごめん、やっぱ迎え合わせがいい。桜の顔見てイキたい」
僕は座った風吹の上に乗せられた。「肩つかまって」と風吹に言われて、風吹の肩に腕を回す。風吹は僕のお尻の穴を確かめてから、自分のモノを当てて僕を座らせる。
「風吹……、風吹。僕ちょっと怖い。それに……は……ずかし……」
「大丈夫。ゆっくり座ってみ。自分の加減でいいから」
僕は恐る恐る体重を下へ落とした。最初は怖かったけど、自分のペースで風吹を中に入れる事が出来て思ったより楽だった。風吹にしてもらうのもすごく良いけど、これはこれで気持ち良く感じる事が出来た。
風吹は僕のシャツをまくり上げて乳首に吸い付いている。僕は自分でそっと腰を動かして、風吹の存在を自分の中に刻み込んだ。
僕たちはチェックアウトぎりぎりまでセックスをして、この小さくて……でも感動的な旅行を終えた。母から頼まれたお土産を買い、途中のサービスエリアでのんびり過ごしながら家へと帰った。
無事に自宅に着いた頃には夕方になっていた。家の前に来ると、この二日間であった事が全て嘘のように感じた。風吹と結ばれたのは事実なのに、夢の中の出来事みたいだった。
家に入ると母が戻っていた。「あら、おかえり。楽しかった?」と聞いてくる。
「ただいま。楽しかったよ。お土産も買ってきた」
僕は母に土産物を渡し、荷物の整理にかかった。明日は講義もなく休みになるので、洗濯物は明日洗うことにした。
自室にバッグを運び、一通り片付けを終えた。そのタイミングでピンポンとインターフォンが鳴った。
「はーい」と一階で母が応対する声が聞こえる。「こんちは」と答えた声が風吹だったから驚いた。
「あらぁ、風吹くん。どうしたの? 玄関から改まって」
母は昔から風吹が僕のベランダ伝いに来ているのを知っているのだろう。風吹が「すんません、いつも」と返している。
僕は大急ぎで一階へと降りた。風吹が僕の顔を見て微笑んだ。
「今日はおばさんに伝えたい事があって来ました」
風吹がかしこまった様子で言う。僕は驚いてポカンとした。
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