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第27話

 母も当惑の表情をしている。「……とりあえず上がって」と言って風吹にスリッパを出した。  母に付いて風吹と僕はリビングまで行った。小さいソファに三人で妙に緊張して座った。 「おばさん。桜を俺にください」  突然の風吹の申し出に、母は硬直した。僕自身、驚きすぎて多分心臓が一拍止まった気がする。 「俺と桜は、愛し合っています。俺は一生桜を離すつもりはありません」  母は大きく目を見張ったまま、しばらく何も言わなかった。正直僕も、固まってしまって言葉が出てこなかった。  じっと風吹を見ていた母は、ゆっくり視線を自分の手の上に移動した。それから目を閉じ、小さくため息をついた。 「……そうなの。なんとなく、そうなる様な気はしてたけど……」  意外な返事に僕と風吹は目を見合わせた。 「小さい頃からずっと仲良かったもんね、あなた達。風吹くんは桜の面倒を本当によく見てくれてた。うちは双子だったから……私もすごく助かったのよ」  母は顔を上げて風吹を真っ直ぐ見つめた。 「桜の事、よろしく頼みます。この子は身体が弱いから、風吹くんに迷惑を掛けると思う。でも親の身勝手で言わせてもらうと、貴方なら、桜を安心して任せられる。どうかこれから何があっても、桜を支えてくれると嬉しいわ」  母は風吹に向かって頭を下げた。風吹は最初、切れ長で整った目を見開いて驚いた顔をしていた。それから表情を引き締めると、姿勢を正した。 「はい。桜と一緒に生きていく人生を、何より大切にします。ふたりで、幸せになる努力をします。俺たちを認めて下さって、ありがとうございます」  母は顔を上げ、しばし風吹の真剣な顔を見つめた。それから目を細めて、安心したように微笑んだ。 「お願いね。桜も、お互い大切にし合ってね」 「……うん。ありがと、お母さん」  僕は涙ぐんでしまった。こんなにあっさり母が認めてくれるとは思ってなかったし、僕の事をすごく心配しれくれていると分かって、胸が詰まった。 「風吹くんが由香里さんの息子で本当に良かったと思うわ。今までも親戚ではあったけど、これからはもっと親しく出来るしね。──あ、でも」  母は僕たちを交互に見てから言った。 「結婚ってできるのかしら? 籍とかどうなるの?」 「普通の男女の様に婚姻届を出すことは現行出来ないですね。特定の市区町村ではパートナーとしての届けは出せるみたいです。この町でもやっていました」  既に調べてあった様で、風吹がよどみなく答えた。 「あら、日本もまだまだねぇ。サッサと結婚できるようにすればいいのに」  僕は母が革新的な意見を持っている事を知らなかったから、また驚いた。普段からさほど口うるさくなく、その分あまり自分語りをしない母だ。でもそういえば、ここぞと言う時には的確なアドバイスをしてくれるひとだった。 「そっすね。とりあえず現段階でやれそうな事はするつもりです。後でうちの両親にも話します。母が何か、おばさんに連絡してくるかもしれません」 「ふふ。分かったわ。由香里さん驚くでしょうね」  その場は和やかに終わり、風吹は立ち上がった。お茶でも飲んで行きなさいよ、と母から言われて風吹は断った。 「俺はこれからレンタカー返しに行ってきます。あ、明日は休みなんで桜と遊ぶかも」 「風吹、僕も車返しに行くの付き合うよ」  何もかも任せっぱなしで申し訳ない気持ちで言った。でも風吹は首を横に振る。 「お前は寝とけ。気づいてないかもしれないけど、絶対疲れてる。横になっていた方がいい」 「でも……」  僕が食い下がろうとすると母が止めた。 「風吹くんの言う通りよ。さすが良く分かってる。部屋でゆっくりしてなさいな。風吹くん帰ってきたら、桜の部屋に来るんでしょ?」  確信的に言われて僕は赤くなった。風吹も「戻ったら行くわ」と言う。僕は仕方なくうなずいた。出来ればずっと風吹といたいけど……熱を出して倒れたらそれこそ治るまでに何日も掛かってしまう。 「分かった。じゃあのんびりしてる。風吹、ありがとね」 「オケ。んじゃ、行ってくる」  僕は玄関まで風吹を見送った。去り際に風吹が、僕の頬を指でそっと撫でる。本当はキスしたいけど、さすがに母がいるそばでは出来ない。 「──気を付けてね……」  長期間離れる訳でもないのに、僕はちょっと涙が出てしまった。僕はネガティブ思考の陰キャなので、大した事でもないのに心配し過ぎてしまう。風吹は優しく笑って僕の頭に手をやると、髪をくしゃくしゃにかき回す。 「安全運転で行くって。いい子にしてるんだぞ」  まるでずっと年上のひとみたいに言ってから、風吹は出発した。
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