30 / 35
第30話
それなのに、ひとり親家庭で裕福でもなく、しかも男の僕が風吹のパートナーになるなんて……。由香里さんは良くても親戚連中に知られたら一大事になりそうだ。
「私は桜くんが風吹のパートナーで良かったと思ってるわ。風吹ってば小さい頃から桜くん大好きで、そばから離れなかったもの。家に帰る時引き離すのが大変だったくらいね。ただね、他の人に分かってもらうのはそれなりに大変だって事は覚えておいてほしいの。その事で桜くんが傷つく事もあるかもしれないし」
「はい……。分かってます……。すみません」
改めて、僕と風吹の関係が異質なものだと思わされた。いくら世の中が進んで同性愛があからさまに非難されなくなったとしても、古い頭の人間には理解し難い事だろう。
この先、風吹のお父さんやその親族に、どうやって認めてもらえればいいのか……。僕には皆目見当つかなかった。
「母さん、今その話はやめてくれよ。桜はさっきまで意識なかったんだぜ。早く自分の部屋で休ませたいんだ」
「はいはい、分かりましたよ。桜くん、ごめん。またゆっくり話しましょ」
「はい。お願いします」
僕が答えたところで母が部屋に入って来た。母からもらったコップの水を飲んだら、大分気分が良くなった。僕は恐る恐る元の長押に掛けられた般若の面を見た。それはいつも通り恐ろしくも美しい静謐 さでこちらを見下ろしていた。僕は風吹の腕をグッと掴 んで「もう立てるから、部屋に行きたい」と伝えた。
「分かった。部屋行こう。抱っこしようか?」
「いっ、いいよ。普通に歩けるから」
「あら~、お熱い事。なんか羨ましいわ。ねぇ、芹ちゃん」
「ふふ、そうね」
親に茶化されながら僕と風吹は二階にある僕の部屋へ行った。風吹はバタン、と部屋のドアを閉めると、僕をギュッと抱きしめる。
「心配した。おばさんから桜が倒れたって電話もらった時、ちょっと寄り道してて……。車返したらすぐ戻れば良かったよ。電車もいいタイミングのがなくて帰るのが遅れた。ごめん」
「なんで謝るの? 風吹は全然悪くないよ。僕がちょっと……気分悪くなっただけだから」
僕は風吹の首の下に頭を擦り付けた。外から帰って来た時の匂いがする。風吹は僕の頭を撫でた後、顔を上向かせた。じっと僕を見つめて、「顔色はさっきよりいいな」と言った。
「俺、外から帰って手も洗ってなかったわ。ちょっと下行ってくる」
風吹はいつも、免疫が弱い僕を気遣 って手洗いうがい、消毒を徹底してくれる。僕は下へ行った風吹を待つ間、自分のベッドへと横たわった。
気を失う前に見た光景が、どうにも頭から離れない。それに……由香里さんが言っていた事も気になる。菫が〝あんな目に〟合ったとはどういう事なのだろう。
僕が知っている菫の死因は交通事故だ。河川敷の狭いアスファルト道路でスピードを出し過ぎた車に跳ね飛ばされて、草深い川岸に落ちてしまったと聞いた。菫は死後二日間ほど遺体が見つからなかったらしい。
らしい、などと曖昧 な事を言うのは、僕はその時入院していたからだ。体育の授業中に倒れて、救急車で運ばれてそのまま入院となった。一時的に心臓の機能が低下して、少し危ない状態だったと後から聞いた。
その頃住んでいた場所には小児医療に強い病院がなくて、父方のおじいちゃんの家が近い地域にある病院に転院した。それが今、僕達が住んでいるこの場所でもある。
ここは以前住んでいた所より六十キロくらい離れた場所にある。この地域は田舎だけれど、だからこそ大きな総合病院が建てられる土地があった。そこに循環器内科の権威という医師がいて、僕はその先生にお世話になることになったのだ。
僕が菫の死を知らされたのは、体調が少し持ち直した頃だった。そのせいか、僕はどこか菫が死んだという実感が薄い。なんとなく、突然会えなくなってしまっただけ、という奇妙な感覚だった。
僕に付き添っていた母は当然、菫の事故があった日に僕の元から離れていた。僕の面倒は母の代わりにおばあちゃんが見てくれていた。おばあちゃんは気丈な人で、いつもと変わらず僕の世話をしてくれた。でも僕に退院の許可が下りた日、泣き崩れて菫の死を僕に告げたのだ。
退院した僕はおばあちゃんの家に寝泊まりする事になった。菫の遺体は損傷が激しく、僕に見せるのは忍びないということで、葬儀にも参加させてもらえなかった。
その後も僕は祖父母の家に居続けた。心臓の経過観察があるので、結局小学校も転校してこちらで通う事になった。母は手続きや準備もあったため時々僕に会いに来てくれた。しかし、父が来ることは一度もなかった。
ともだちにシェアしよう!