31 / 35
第31話
数か月後、両親は離婚した。僕は祖父の名義で空き家だった今の家に、母と二人で住むことになった。
今の家は祖父から母へと名義が書き換えられていると聞いた。父方の祖父なので、慰謝料の意味も含めて母へと譲られたらしい。母は離婚しても自分の実家へは戻らなかった。だから古くても雨風しのげるこの家は、シングルマザーとしてとても助かったと言っている。
風吹の家族がこの家の隣に越してきたのは、由香里さんの親族が隣の家の持ち主だったからだ。由香里さんがこの地域にある親戚の会社の経営を手伝う事になり、隣家を譲り受けたらしい。うちと同じくバブルの頃に建てられた古い家だが、資産家である天ヶ瀬家の家屋は綺麗にリフォームされている。
ガチャッと部屋のドアが開く音がした。
「オバサン達は下でベラベラ喋ってるわ。ありゃーすぐには話終わらねぇな」
風吹が戻ってきて言った。それからベッドの上に寝る僕の横に腰掛けた。
「気分は悪くない?」
僕の髪をかき分けて風吹が訊く。僕は「うん」とだけ返事した。
風吹に菫の事を訊いてみるべきだろうか? 菫の死の後、風吹はしばらく前の地元にいたのだから、何か知っているかもしれない。
「眠いか? 邪魔なら出て行くけど」
「風吹が邪魔なワケないでしょ」
僕は起き上がり、風吹に腕を伸ばした。風吹は僕を引き寄せて抱きしめる。
「熱はなさそうだな。やっぱ、昨日無理させちゃったか」
「ううん。全然無理してないよ。もっといっぱいしたかったくらい」
クク、と風吹が笑う。
「そんな事言うと、今すぐ襲うぞ」
「……いいよ」
僕は自分から風吹にキスした。風吹もキスを返してくれる。そのまま、僕達は時間を掛けて深い口づけを交わした。僕の太ももに風吹の硬いモノが当たる。僕のもしっかり硬くなっていた。
「……さすがに、下に親がいるのにマズいよな」
少しだけ顔を離して、まだ唇が軽く触れ合ったまま風吹が言う。「マズいね……」と答えて、僕達はお互いの舌を舐め合った。
風吹は僕をベッドへ押し倒す。僕の耳たぶを甘噛みした後、風吹は体勢を変えて僕を腕枕で寝かせてくれた。
「さっきさ……寄り道したのアクセサリーショップなんだ」
「アクセサリーショップ? 珍しいね。風吹何か付けるの?」
風吹がアクセサリーを付けるとめちゃくちゃ似合いそうだ。今以上にモテてしまうかもしれない。ちょっと心配になる。
「まぁ付けるっちゃつけるけどな。だって必要だろ? 結婚するんだから」
僕は一瞬意味が分からずポカンとした。
「へ? 結婚で? アクセ……んんん?」
「おま……マジで分かんねぇの? 指輪だよ、指輪。結婚指輪!」
「あっ……」
僕は納得したと同時にビックリした。指輪を見に行った、ということは……
「指輪を付けるってこと? 僕も?」
「お互いな。普通だろ、そんなの」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。結婚してから結婚指輪をするのは、普通、といえば普通なのだろう。でも僕達の関係はまだまだ、周りから〝普通〟に見てもらえない気がする。
「風吹……。それはまだ早いんじゃないかな?」
「なんでだよ。そりゃまだ籍をどうこうとか出来てないけど、俺のパートナーは桜だ。それを形で表すだけだろ? 桜は嫌なのか? 指輪するの」
「ううん。嫌じゃないよ。でも……まだ風吹のお父さんに結婚の話してないし……。それに学校とか、友達とかも……。ちょっと時期尚早 な気がする」
「そりゃーそうかもだけど、俺は桜が俺の大切な相手だって見えるようにしたいんだ。そうすれば虫よけにもなるし」
「虫よけって──あ、そか。指輪してれば風吹に寄って来る女子は減るよね、多少は」
「ちげーよ。桜のことを言ってんの」
「ええ? 僕は全然モテないよ? 僕のことなんか好きになるの、風吹くらいだよ」
「お前なぁ」
風吹は上体を起こして僕の顔を上から見る。怒っていて、呆れている顔。
「ほんと、全然分かってないのな。お前のこと良いと思っている奴は結構いるぞ。女子も男子もどっちもな。桜は優しいし、アタリは柔らかいし、親切だし、何より可愛い。水谷だって凄く懐いてただろ」
可愛い、というのはかなり風吹の贔屓目 だと思えた。それに僕は今までの人生で告白された事なんか一度もない。女子に呼び出されるのは大抵、天ケ瀬くんと友達なんでしょ? と確認されるためだった。
風吹との仲をつなぐ役を頼まれたことなら、それこそ数えきれない程ある。僕はそんな風吹と友達である事が誇らしかったけれど、何となく、僕という存在は皆にとって都合の良い様に使えるだけなんだな、とずっと思って来た。
ともだちにシェアしよう!