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第32話

「それは……風吹の勘違いだよ。僕なんかほんとに……」 「その〝なんか〟ってやめろよ。俺が大好きな桜を本人がバカにすんな。それって結局、俺を見下してる事になるんだからな」 「……そうだよね。ごめんなさい」  僕は素直に謝った。風吹は心からそう思ってくれていると分かったし、怒っているのも僕の為だと分かったから。 それでも、どんなに風吹が僕を大切にしてくれていても、僕は自分の事を〝僕なんか〟と思ってしまう。  幼い頃から身体が弱くて、自分はこの先も完全に健康体で生きていく事は難しいと知っている。医療費もそれなりに掛かるし、将来バリバリ働いて沢山税金を納められる自信もない。  僕は僕なりに頑張って努力すればいいと思う。でもスタート地点から恵まれている人をずっと(うらや)み、自分を(おと)った存在だと思うのを止める事は出来そうにない。  グズグズ悩んで、口にしないで不満を()めて……。そんな僕はこの世界にとって価値がないと思う。だから僕なんか、と言ってしまうのだ。 「ほんと……ごめん。めんどくさいよね、こういう自虐(じぎゃく)って……」  声が震える。急いで手で目元を隠した。自分でもナーバスになっているのが分かる。風吹を困らせたくないのに……。 「悪い。キツい言い方したわ。ごめん」  風吹が僕を抱き寄せる。僕は風吹の胸元で首を横に振った。風吹は僕の頬に手を当て、涙を(ぬぐ)ってくれた。ほぼ無理矢理、という感じで風吹は僕の唇を自分の口でふさいだ。  風吹は最初そっと口を合わせるだけだった。僕の髪を指で()きながら、僕の涙が止まるのを待っていてくれる。  僕は風吹の身体に腕を回した。愛おしさが胸の奥で熱い塊になる。風吹の舌が僕の唇を割って入って来る。僕も風吹のキスに応えた。 「……ッ」  服の上から乳首を軽く(つま)まれて、僕は身悶えた。風吹は僕の上着の下から手を入れて、直接指で乳首を転がす。声が漏れそうになるのを、風吹の口がふさいで止める。  いつの間にか僕は風吹の腰に手を回して自分の腰を擦り付けていた。お互いのモノはかなり熱く大きく高ぶっていた。 「……気持ちい?」  少し息を弾ませて風吹が訊く。僕はうん、と頷いた。 「いい子だ。こうすれば素直なんだよな、桜は」  風吹は嬉しそうに言う。僕はまた恥ずかしくなったけど、風吹の前では素直でいたい。好きって思いを伝える為に、風吹のほっぺにキスをした。風吹も僕のおでこにキスしてくれる。 「アクセサリーショップには、二人で行こうな。ごめん、俺先走り過ぎたわ」 「ううん。風吹がわざわざ見に行ってくれたのは嬉しいよ。でもやっぱり……僕も一緒に選びたいから今度連れてって」 「分かった」  風吹は僕を抱きしめた。僕もギュウッと抱き返す。こうしてベッドで二人で触り合っていると、止まらなくなりそうだった。僕は自重するために少しだけ風吹から身体を離した。 「さっき倒れた時ね、菫に僕達の事、報告してたんだ。風吹と一生一緒にいるって」  風吹は一瞬、ピクリと身体を震わせた。それから僕の頭を撫でながら頷いた。 「……菫も、祝福してくれるよ。ホントは直で言いたかったな」 「うん。……ね、風吹。菫の事故の後ってどんな感じだったの? 僕、地元に戻れなかったから良く知らなくて」  僕はとりあえず訊いてみる事にした。 「あー……そうか。お前いなかったもんな。大変だったよ。桜んとこのおじさんもおばさんも大混乱って感じで……。まぁ当然だけどな」 「菫は……酷かったんでしょ? 遺体が」 「うん。暑い時期だったし、二日くらい発見出来なかったからな……。葬儀は身内だけだったけど、俺は一応親戚だから出た。でもお棺は開けてもらえなかったよ」 「そっか……。僕、姉弟なのにお葬式も出てなくて、お骨も拾えてないなんて薄情だよね」 「それは仕方ないだろ。桜は入院してたんだし、葬式だとなんだかんだ人の出入り増えるしさ、感染症とか警戒すんの当たり前だって」 「そうかもしれないけど……。でも無理にでもお葬式に出たいって言えば良かったと思うんだ。たった一人の姉弟なのに……」  風吹はしばし黙り込んだ。何かを思い出している様に(あご)に手を当てている。 「──いや。出なくて良かったよ。おじさんもおばさんも泣き叫んでて……修羅場(しゅらば)だった。あの場所にいたら、お前また倒れたかもしれないから」  それもそうか、と思った。僕がそこで倒れたりしたら、それだって大変なお母さんに余計負担が掛かることになる。 「菫って……優しかったよね。身体(からだ)の弱い僕をいつも気遣ってくれた。入院で遅れがちだった勉強も教えてくれたし、すごく良いお姉ちゃんだったよ」 「そうだな。ちょい気が強くて何でもズバズバ言うタイプだったけどな。クラスで桜の事、いつも休んでてズルいとか言う奴がいたら、正面切って喧嘩してた。桜は好きで休んでるんじゃない! って言ってさ」 「ふふ、強いよね。僕はすごく嬉しかった。でも菫って、喧嘩しても皆から好かれてたよね。明るくて誰にでも平等で、運動神経良くて、成績も上位で……。会えないのが寂しいよ」

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