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第36話

 僕と風吹はお互いの服を脱がし合い、いつの間にか何も身につけずベッドの上にいた。ビデオデッキは律儀にコメディ映画を流し続けている。コミカルな音楽が響く中、僕達はお互いの秘部を擦り付け合っていた。 「あ……さくら……。桜、好きだ」 「風吹……風吹……すき」  風吹が僕のお尻の穴を探った。僕はハッとした。風吹の手を止め、急いで腰を引く。 「? さくら?」 「あの……僕、お尻洗ってない。トイレに行ってくる」 「……だいじょぶだろ。いいよ、そのままで」  風吹は僕を引き寄せようとした。僕は両手を前に出して首を横に振った。 「不安だから……洗ってくる。ごめん、ほんと……」  風吹の返事を待たずに、僕はTシャツを(つか)んでベッドから降りた。古い家だけど幸い二階にトイレが付いている。急いでそこへ走り込んだ。  棚の奥に隠してあるアナル洗浄用の器具を取り出して廊下に出る。二階の小さな手洗い場で水を入れた。トイレに戻り、傷つけない様に慎重にお尻を洗浄する。  洗いながら、風吹は呆れて萎えてしまったかもしれない、と思った。トイレで洗ってるところを想像したら、えっちする気などなくしてしまうかも……。 ノっている時に勢いで挿入してしまう方がきっと凄く気持ちいいだろう。でも僕は男だから、愛撫によってお尻の穴は潤ってくれない。結局、こうして洗ってローションをつけてもらうしかない。  男同士でエッチする人たちでも、そんな事を気にせずする人も多いと思う。でも僕は洗ってからでないと気になるし、気にしたまましても集中できなくなるのは確かだ。  これって僕の身勝手なのかな……? 風吹はそのまましたがってたのに。  考えていたら涙がこぼれてきた。どうして僕は男なんだろう。女だったら、菫だったら、何も問題はなくなるのに。  手を洗ってから、棚の上に置いたTシャツを着た。着てからそれが風吹のTシャツだった事に気が付いた。僕はブカブカのTシャツを着て部屋に戻った。正直、風吹の顔を見るのがちょっと怖かった。  ドアを開けてから、情けない事に僕はドア口で立ち止まったまま動けなくなった。大きなTシャツの裾をつかんで、下を向いていた。涙が頬を伝い落ちる。足音がしたと思ったら、僕は抱きすくめられていた。「桜、泣くな。俺が悪かった」と風吹が言う。 「違うよ。ごめん、僕が……わがままで……」 「わがままなんて思ってない。俺ががっつき過ぎた。いつも桜は気を付けてくれてたんだよな。すまなかった」  僕は風吹の身体に腕を回した。ギュウッと抱きしめると同じくらいの力で抱きしめ返してくれる。  風吹は僕を両腕に抱き上げる。風吹は軽々と僕をお姫様抱っこした。そのままベッドに連れていかれて、そっと降ろされる。 「俺のシャツ着てる桜もめちゃくちゃ可愛いな」 「あ……ごめん。僕間違えて……」 「いいって。お前、謝り過ぎ」  風吹は僕にキスをすると、お尻に指を這わせた。僕はちゃんと洗った安心感からか、物凄く感じてしまい声を上げた。 「ア! アッ、ハアッ、アンッ」  風吹は僕の脚を広げさせ、お尻を上向かせると穴を舌で舐めまわした。僕が気持ち良さに悶えている間にローションを取り出し、お尻にかけてくれる。  充分ほぐした後、風吹は僕の中に入って来た。萎えてしまったかと思っていたのに、まったくの杞憂だった。風吹は大きくて硬いペニスで僕を突き続けた。ローションのグチュグチュいう音が、映画のエンディングテーマと一緒に部屋の中に響いていた。 「風吹、風吹、好き、好き!」  風吹にしがみつき、僕は一緒に腰を揺すった。イってしまいそうになるのを我慢する。できればこのままずっと、風吹を僕の中で感じていたかった。 「桜──」  風吹の声が、途中から遠ざかって行くような感覚になった。ゆっくりと僕の意識は下へ下へと沈んでいく感じがした。代わりに何かが自分の内側から湧き出てきて、僕自身を更に下へと押し込んで行く。  いつの間にか、僕の意識はどこかへかき消えて行った。  (まぶた)に何かが当たる感触で目が覚めた。目を開けると、風吹の唇が目の前にあった。風吹が僕を(のぞ)き込んでいる。 「あ……」 「──桜?」  風吹はどこか不安そうな顔で、僕の顔をじっと見ていた。僕は何だか頭が重くて、何度かまばたきをした。 「……風吹。僕……寝てた?」 「あ、ああ……。うん、寝てた……みたいだな」  風吹の言い方は怪訝(けげん)そうな感じだった。僕は自分の記憶をたどってみて、どうやら風吹とセックスしている真っ最中に気を失ってしまったと分かった。 「ごめん。僕、気絶しちゃったのかも……。その……凄く気持ち良かったから」  風吹はしばしの間、真顔で僕の顔をまじまじと見ていた。僕は恥ずかしくて頬に血が上った。気持ち良すぎて気を失うなんてことが、自分の身に起こるとは信じられなかった。 「──桜、お前……。大丈夫か?」  風吹がどこか言い(よど)んだ感じで、慎重に訊いてくる。僕は不思議な気持ちで頷いた。 「うん、大丈夫だよ。ごめんね、途中で気を失っちゃって。風吹はその……やりにくかったでしょ?」 「いや、そんなことは……。すげぇ、良かったけどさ……」 「うん?」 「……ん、やっぱ何でもないわ。桜、疲れなかったか?」  気を取り直した様に風吹は僕を抱き寄せて訊いた。僕は「うん」と答えて風吹の首元におでこを擦り付けた。 「昨日倒れたのに、無理させて悪かった。俺が疲れさせてるよな」 「そんなことないよ。だって気持ちいいもん」 「……ほんとか?」 「うん。ほんと」  風吹は僕の目を覗き込み、頬っぺたを撫でてからキスをした。  この時の僕は幸せで、幸せで、ただ幸せで、風吹の憂いに気付くことができなかった。

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