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第40話

「──そうだけど……。あんたもしかして家庭教師やってたひと? 安田ん家の」  驚いたことに風吹も拓先生を覚えていた。僕と違って風吹は安田くんとさほど関わりはなかったし、家に呼ばれたこともないはずだけど。 「そうだよ。よく覚えていたね」  またにっこりと美しい笑みで拓先生は答えた。 「そっちこそよく覚えてんな。多分一、ニ回しか会ったことないと思うけど」 「ふふ、君はとても印象的な外見をしているからね。忘れたくても忘れられないよ」  言われて風吹は口を真一文字に結んだ。それからほんの少しだけ目を細めるとまた拓先生を凝視する。 「──松浦……さんはここで何してんの? この学校の関係者?」 「マツウラ? 松浦って誰?」  風吹の問いに、葵が割って入った。拓先生はほんのわずかの間、眉間に皺をよせたが、また笑みを見せた。 「実は両親が離婚したから苗字が変わったんだ。今は黒田といいます。この学校のスクールカウンセラーをしているんだよ」 「スクール……へぇ、なるほど」 「桜くん、連絡先いいかな?」 「あ……はい」  僕は拓先生と連絡先を交換した。風吹は僕たちの様子を腕を組んで見ている。 「桜くんも花里って苗字に変わったんだね。以前は水島(みずしま)だったよね?」 「ええ、そうです。僕も両親が別れてしまったので……」 「そうか……。苦労したんだね。またその辺の話も後で聴かせてほしいな」  拓先生はどこか痛々しさを秘めたまなざしで僕を見てから、軽やかに手を上げた。 「それじゃあ、また」  別れ際、葵が「オレも桜の連絡先知りたい!」と騒いで、結局僕は葵ともアドレス交換することになってしまった。遠ざかりながら何度もこちらを振り返って、葵はブンブン手を振っている。 「……桜、今日部屋に行くわ」  葵に向かって手を振り返していた僕は、その言葉にピクッと全身が反応した。風吹は単に、僕の部屋に来たいだけなのかもしれないのに、僕の心は勝手にそれ以上を期待してしまっている。 「う、うん。分かった。待ってる」  風吹の顔を直視できなくて、僕は下を向いて返事をした。風吹がポンと僕の頭を優しく叩く。 「花里~」  女子の声が掛かって僕は顔を上げた。道場の出入り口からこっちに向かって声を掛けたのは田沼さんだった。後ろから桃ちゃんも顔を(のぞ)かせている。 「あ……ごめん、いつまでも話してて……」  僕は取り急ぎ謝った。今日は僕の当番でもないし、部活も主将が来ていないらしくみんな適当に打っているから、謝罪の必要はなさそうだ。でも田沼さんとの間に必要以上のトラブルを起こしたくなかったので一応謝っておいた。 「ね、さっきのひと知り合い? なんてひとなの?」  田沼さんは僕がおしゃべりしていたことを(とが)めたのではなかった。僕は少しホッとした。 「あのひとはま……ええと、黒田拓見さん。この学校のスクールカウンセラーだそうだよ」 「へぇ~。弓道すっごく上手かったよね。また打ちに来るかな?」 「そうだね。多分」  答えてから、僕は拓先生が弓道をやっていたのを知らなかったことに気が付いた。でも拓先生に会ったのは小学生の時で、関わったのも半年くらいの間だったから話す機会がなかったのかもしれない。 「さ、練習しようぜ」  風吹に(うなが)されて僕は道場へ入った。主将が来て、一通り記録を取ったら後は好きなように打っていいことになった。僕は桃ちゃんと組んで、お互いの射形についてアドバイスし合った。風吹は時任主将に射形を見て貰っていた。  僕は風吹に必要以上に近づかなかった。そばに寄ると、ドキドキして変な場所が反応しそうだったから。  それでも、帰りの電車で隣に座っただけで、頬っぺたが赤くなるのが分かった。風吹もそんな僕を見て、時々僕の手の甲をそっと撫でたりした。僕は息が乱れない様に歯を喰いしばって我慢した。  夜、狭いベッドの中で僕と風吹は甘い口づけを交わしていた。外気はかなり暑く、二人でくっつくのにクーラーなしではいられない。古い家に室外機の音が低く響いているせいで、激しい息遣いもその音に紛れてくれていた。  僕のパジャマの上着はベッドの下に落ちていた。僕の乳首は風吹の舌の刺激でピンと尖って敏感になっていた。そこを風吹の指先が円を描くみたいにゆっくりと回している。  声を殺しながら(あえ)いでいる僕を上から見下ろして、風吹は手を下へ向かって滑らせる。下着の中で熱くうずいている僕のアソコをその手が優しくしごいた。 「アッ……アァッ……」  思わず声が漏れてしまった。風吹は片手で僕の中心を撫でながらキスをして「桜、可愛い」と言った。  しばらくキスを繰り返していた風吹は、僕をギュッと抱きしめた。 「──桜、お願いがあるんだけど」  少し(あらた)まった様子で風吹が言った。

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