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第47話
僕はさっき一瞬だけ感じた風吹への疑問を恥じた。風吹は僕の為につきたくもない嘘をついてきた。ただひたすら、僕の為を思って──。
僕が事実から目をそらして来たから、菫の事をずっと言えなかったんだ。何という忍耐力だろう。僕なら何かの拍子で口を滑らせてしまいそうだ。それを風吹は、小学生の頃から我慢して言わずに来てくれたんだ。
「僕こそ、ごめん。風吹は噓つくの嫌いなのに……。しかも菫のことで嘘をつかせてしまうなんて……つらかったよね……」
風吹は僕の頭の上で小さく首を横に振った。それでも、僕を抱き寄せる手は小刻みに震えていた。
「──全部聞いたのか? 菫のこと……」
「起こった出来事は……。でもまだお母さん達がどんな目に合ったのかは知らない。きっと、大変だったよね? 近所とか、マスコミとか……」
「そうだな……。聞きたいなら話すけど、今よりもっとキツい思いをするぞ。ホント……この世の地獄ってこんな感じなのかと思ったから」
分かってはいるつもりでいたけど、風吹にそこまで言わせる程の状況だったのか……。僕は下唇を噛 み締 めた。また、軽い吐き気が襲ってきた。
「……キツくても、聞きたい。聞かなきゃダメだって思ってる。僕の、たった一人の姉の事だもの」
「そうか……。分かった」
風吹は僕の頭を撫ででから、顎に手を添えて顔を上向かせる。
風吹の唇を受け止めようとして、ハッとして僕はその口を自分の手で塞いだ。
「僕、さっき吐いたから……」
「……大丈夫だって」
「う……ううん。ちょっと洗面所行ってくる。あ、えっと、お風呂入って来てもいい?」
もどしたせいもあって、なんだか全身が汚れているような気分だった。このままベッドにいたら眠ってしまいそうだし、お風呂に入ってサッパリしたい。
「おし、分かった。じゃあ一緒に入ろう」
「え!? い、一緒にって……だってお母さんいるし」
「そんな状態でひとりに出来るわけないだろ。風呂でぶっ倒れたらどうするんだよ」
「う……で、でも……」
風吹は立ち上がると僕の腕を引っ張った。
「行くぞ。来い」
「ふぇえ……」
僕はなんとか立ち上がった。風吹は「おんぶするか?」と訊いてくる。僕は慌てて断った。
「あ……歩けるよ」
そうは言ったものの足取りのおぼつかない僕の肩を抱き寄せて、風吹は慎重に階段を降りた。居間にいた母のところへ直行する。
「おばさん。桜が風呂に入りたいって言うんで、一緒に入ってきます」
母は一瞬、面食らった顔をした。それからどこか面白そうに微笑んだ。
「そうなの。洗ってあるからお湯入れるなら入れて」
「いや、暑いんで湯船はいいです。シャワーだけ浴びます」
「分かったわ。じゃあ、お母さんは出掛けてくるね。買い物した後、由香里さんと会って来る」
「りょーかいです。今日は金曜だしおばさん明日休みですよね? うちでゆっくりしてきて下さい」
「……それがね、風吹くんのお父さんとちょっと色々あって……。由香里さんとは外で会って来るわ。大丈夫、オバサンのおしゃべりは簡単に終わらないから」
母はにこやかな笑みを風吹に見せたが、目の奥には暗い哀しみが隠されていた。風吹は気まずそうに眉を寄せる。
「すみません、うちの父が……。後で話し合いします」
風吹は母を真摯 な顔で見つめた。母は静かに首を横に振った。
「いいのよ。お父さんの思いも分かるから……。私はあなた達二人の幸せを願ってるわ」
母は小さく微笑むと、バッグを持って家を出た。
僕は風吹とお風呂場に行った。なんとなく、気恥ずかしい思いで僕は服を脱いだ。風吹は既にTシャツもGパンも脱いでいて、ボクサーブリーフだけになっている。そっと見ると、均整の取れた美しい身体が目の隅に映った。
風吹がパンツを一気に下ろしたので、僕はドギマギして下を向いてしまった。
「なんだよ、まさか今さら恥ずかしいのか?」
「だ……だってうちのお風呂で一緒って、すごく久しぶりだから……」
風吹は軽く笑うと、照れて赤くなっている僕の背中にそっと腕を回した。
「大丈夫だって、エロいことしないから。ちょっとしか」
「──ちょっとはするんだ」
「そりゃするわ。こんな可愛い恋人が目の前で据 え膳 してんのに、何もしないとか無理だろ」
僕は思わず笑ってしまった。風吹は背中の手を下に滑 らせる。そしてまだ履いたままだった僕のパンツの中に手を入れ、お尻を撫でた。片手で僕のお尻を撫でたり揉んだりしながら、もう片方の手でパンツを下ろしていく。
僕は風吹の肩におでこを当てて寄りかかった。風吹の体温が堪 らなく愛おしいと思った。生きているという事は、温かいということだと、当たり前の事実を唐突 に理解した。
「キスしたいから早く洗おう」
少し息を乱して風吹が言う。立派に上を向いて来たモノが、僕のお腹にツンツンと当たって来ていた。
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