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第50話
「それで……犯人なんだけどさ……。名前とか分かってるのかな? 未成年だから報道はされないと思うけど……」
風吹は硬い表情で下唇を噛んだ。
「もちろん、テレビで報道される事はなかったよ。犯人の言ってることも理解出来ないことばっかだったらしいから、精神鑑定がどうとかいう話も聞いた。桜のご両親は児相の担当者から名前は聞いたかもしれないけど、俺はさすがに教えて貰えなかったよ。だから……」
風吹は一旦言葉を切って、僕の目をとらえた。
「スマホ買ってもらった時、菫の事件について検索してみたんだ。こういう事件の場合、犯人の名前をネットで晒 す奴等がいたりするだろ? だから引っかかるかもしれないと思ってやってみた」
僕は緊張して息を止めた。もし……知ってる人だったら……。
「出てきた名前はマツウラソウヤだった」
「マツウラ……」
松浦、と聞いて思い浮かぶのは一人しかいない。僕は顔が強張 るのを感じた。当惑 の表情のまま、風吹を見た。
「……あいつを……安田のカテキョやってた松浦を思い出すだろ? 実際、あの人と犯人がどういう関係なのか、そこまでは調べきれなかった。ただの偶然かもしれないけど、同じ名字ってとこが気になるんだ」
拓先生が犯人の関係者……? あの優しくて頭の良さそうな拓先生と犯人が血縁者の可能性があるということだろうか……。
「その辺詳しく調べるのはさすがに素人じゃ無理だ。興信所とか探偵とかで金かければ分かるかもしれねぇけど」
「う……ん。でも単に名字が同じだっていうだけでそこまでするのも……。僕、機会があれば訊いてみようかな?」
途端に風吹は険しい表情をする。
「やめとけ。こっちから余計なアクションをかけない方がいい。犯人と同じ市内に住んでいて同じ名字だというだけで、変な目で見るのは良くないとも思う。ただ……俺は桜に、あいつに近づいてほしくないんだ」
風吹はほとんど懇願する様子で僕に言う。ここまで言われて拒否することは、僕にはできなかった。
「うん、分かった。僕からは何もしないよ」
風吹はホッと息を吐いてから、安心した様に笑った。生まれた時からずっと見ている顔なのに、ドキッとするほど綺麗な笑顔だった。
玄関の鍵が回る音がした。母が戻って来たようだ。僕達はとりあえず、少し離れて座った。
「あら、こっちにいたのね。晩ごはんは食べた?」
訊いてきた母の顔は、疲れて少しやつれて見えた。
「うん。冷蔵庫の鶏もも肉は使っちゃった」
「いいよ、もちろん。桜の料理美味しいからお母さんも食べたかったなぁ」
母は微笑んで言った。でもその笑みはどこか儚 げで、僕は心配になった。
「お母さん、疲れてるよね? 早く寝た方がいいよ。台所の片付けも終わってるし、僕達は二階に行くから」
「そうね……。お風呂入ったら休ませて貰うわ。ありがとう、桜。風吹くん、お休みなさい」
「……お休みなさい。俺は桜のとこに泊まらせて貰います」
「そう、良かった。助かるわ。桜をよろしくね」
母はホッとした表情で笑い、自室へと向かった。風吹が僕の近くに居てくれれば、何かあっても知らせてもらえるから、母としては安心なのだろう。
僕と風吹は寝支度をしたあと自分の部屋に戻った。風吹の腕枕でベッドに横になると、僕はほどなく眠りに落ちた。
翌朝目覚めた時、風吹の心配そうな顔が目の前にあった。僕は風吹に腕を伸ばした。風吹はギュッと抱きしめてくれる。
「……ごめんね、何度も起きて」
「いや、しょうがねぇよ」
僕が謝ったのは深夜にうなされて何度も目覚めたからだ。その度に風吹に抱きしめられ、僕は風吹にしがみついて眠った。風吹にしては休めたものではなかったと思う。
夢の中では菫が血まみれで横たわっていた。僕は遺体を見ていないし、死後数日経った遺体がどんなものかも分からない。
そのせいか、僕が無意識に見る夢の中の菫は可愛らしい十一歳の姿のままで血にまみれていた。
僕は菫に駆け寄り、泣きながら遺体を抱きしめた。殺された事を知らなかった自分が許せず、夢の中でもただ嘆くしかなかった。
「大丈夫か? 眠れるならもう少し寝た方がいいぞ」
今日は土曜日で学校は休み。テスト前で部活もなかった。風吹も僕も、初めての定期テストで勉強しなければならない。
僕は首を横に振った。
「……勉強しなきゃ。風吹もおうちに戻って勉強して。ひとりの方が集中出来るでしょ?」
「俺は大体まとめ終わってるから、後は確認だけだ。ここで一緒にやるよ。とりあえず勉強道具取りに戻る。飯も食ってくるわ」
風吹はベランダ越しに自分の部屋に戻った。風吹に気を遣わせていることが申し訳なかった。
ずっと寝ている訳にもいかないので、僕は起きて身支度をした。時間は午前九時を過ぎていた。真夜中に起きた時は時間がノロノロと進んでいるように感じたのに、朝になったらあっという間に過ぎる感じがする。
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