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第55話
僕は風吹の肩に頭を寄せて顔を見られないようにした。聡 い風吹には僕の気持ちの乱れを見抜かれてしまうと思ったからだ。
「歩いてたら暑くなっちゃったから、カフェオレを買って飲んだんだ」
「あちーからな。水分は取った方がいい」
そう言って、風吹は僕の頭を撫でた。僕の説明も特に疑問に思わなかったらしい。とりあえず、拓さんと会ったのがバレなかったので一安心だ。
「じゃあ、僕勉強するね。風吹は進んだ? もしかしてもう終わったの?」
僕は買ってきた参考書をバッグから引っ張り出して風吹に訊いた。風吹は軽くうなずく。
「まぁ、ひと通りな」
案の定、風吹は勉強を終えていて後は試験に臨 むだけになっていた。僕は座卓に参考書を広げながら、なんで同じ人間なのに頭の回転がいい人と悪い人がいるんだろう……と思っていた。
なぜ僕はこんなに身体が弱く、頭も良くないんだろう。努力の問題かもしれないけど、この世界の不条理はそれだけでは説明できない。生まれながらの不公平に、神様をちょっぴり恨んだ。
「分かんないとこあったら訊けよ? ここにいるから」
「うん……。ありがと」
僕は軽く頭を振って、余計なことを振り払った。参考書の文字と目の前のノートに意識を集中していく。
そしてどうにか勉強を終え、試験期間が始まった。一週間かけて試験が終わり、僕と風吹は大学一年の前期課程を無事に乗り越えた。
夏季休暇を迎えると、途端に部活が忙しくなった。初めての合宿はそれなりに楽しく過ごせた。自分でも無理をしないように注意していたし、主将の時任さんと風吹も僕の体調を常に気遣ってくれた。
夜になると大学生らしく、成人している部員が酒盛りを始める。未成年の子たちも先輩と一緒にワイワイ楽しくおしゃべりしていた。
僕と風吹は毎回少しだけ参加して早めに就寝した。そのことでまた女子の田沼さんが不服そうな顔をしていた。でも田沼さんは日中、何かというと風吹の後について絡んでいたので、僕に直接不満を言う事はなかった。
風吹は合宿所の部屋に誰もいないのを確認して、寝る前には毎回熱烈なキスをしてきた。さすがにみんなが別の部屋にいる場所でそれ以上のことはしなかったけど、僕は布団の中で身体が火照って仕方なかった。
合宿三日目の夜は薄地のスウェットの上から乳首を指先で撫でられた。背中がゾクゾクして下半身から熱がせり上がってくる。僕は両手で風吹の肩を押し返して身体を離した。そうしないと、止められなくなりそうだった。
「だ……めだよ。誰か来たらマズいでしょ」
風吹はニヤッと笑ってからいたずらっ子みたいに舌を出した。からかわれたと分かって僕はプッとふくれた。風吹は僕の頬にそっと触れると「悪かった。でも帰ったら覚悟しとけよ」と言う。
帰ったら……と思うと胸がキュッとなる。僕は背伸びして風吹の唇に軽くキスをして布団に潜り込んだ。風吹がククッと低く笑う声が聞こえる。高鳴る胸を押さえて僕は眠りについた。
そんなこんなで合宿も終了した。八月の半ばからは公式の試合が続く。年度の中でも最大の大会である全国総体も毎年八月にある。インターカレッジの出場メンバーに、一年生からは風吹がただ一人選出された。
風吹の出る試合を観に行きたかったけど、会場がかなり遠かった。部費から交通費の補助が出るのは選手とリザーブだけだったので、僕は仕方なくネット配信で観戦した。
風吹は試合で皆中 (※四射四中)したけど、団体戦で他の選手が振るわなかったため予選で負けてしまった。風吹は個人戦も予選で一射外して勝ち上がれなかったから、団体戦にかけていた。試合を終えて帰って来た風吹は、ものすごく悔しがっていた。
僕は自分の実力では選手に選ばれるのは難しいと分かっていた。でも出場できるメンバーは純粋に羨ましい。来年は出られるように練習しよう、と心に決めた。
葵くんを見かけたのは夏休み後半、部活の休憩中だった。
僕は飲み物を買いに道場の近くの自販機へ出向いた。もう九月も終わりに近いその日も暑くて、気温は三十五度を上回っていた。うだるような暑さに体力を奪われていたせいで、木陰のベンチにへたり込んだ。水を飲んでひと息ついた後目を上げると、男子の制服を着た高校生が目に入った。
フンワリした薄茶色の髪の毛を見て、すぐに葵くんだと分かった。LINEのIDを交換したものの、お互い特にやり取りをしていた訳では無かったので、会うのは久しぶりだった。
葵くんはどことなく足元をふらつかせながら、ボーっとした顔で歩いていた。炎天下のなか、日傘もささず帽子も被 らず歩いている。暑いはずなのに顔色は血の気が引いているように白かった。気分が悪いのかもしれない。僕は急いで彼の方へ歩みよった。
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