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第58話

「ほんとだわ。俺が葵を背負ってるの見て声かけて来てくれたんだけど、ここに着くまでの間日傘もさしてくれてさ。葵の事も名前以外知らないって伝えたら、名字と通ってる学校名聞き出してくれたんだ」 「そっか。葵くん、どこの高校なの? この辺なのかな」 「いや……三条西高(さんじょうにしこう)って言ってたぜ。ここからは電車で一時間は掛かるだろ」 「──三条西高?」  僕は思わず聞き返した。自分が高校受験をした時、県内の学校の偏差値を調べたことを思い出す。三条西高はお世辞にも偏差値が高い学校とは言えなかった。しかも生徒が荒れていることで有名だった記憶がある。公立高校ではあるけど、ほぼ大学進学する生徒はおらず、就職先も地方の工場が多かったと思う。  葵くんは僕たちの通う大学へ入りたいと言っていた。例え在籍する高校の偏差値が低くても、頑張って勉強すれば合格するかもしれない。けれど、そのためには一年生から入学したい学部を決めて専用の勉強をしないと難しいだろう。特に理系となるとそれが顕著(けんちょ)になる。  葵くんの入りたい学部がどこなのか分からないけれど、今から勉強するのはかなり大変だと思えた。さっき泣きそうな顔をしていたのも、学校の進路指導でそのことを指摘されたからかもしれない。 「桜、前にあいつが俺らのガッコ志望してるって言ってたよな? どう考えても無理ゲじゃね?」 「……」  僕は否定できなかった。さっき葵くんに無責任にも希望を持たすような事を言ってしまったことが悔やまれた。 「あー、やべ。考えてみたら着替える場所がないわ」  風吹が話題を変えてくれたので、僕は少し気が楽になった。 「うーん、そだね。ここで着替えるのも出来ないし……」 「だよな。着替える場所貸してくださいって訳にもいかないよな。今から部室戻んのもめんどいし……このまま帰るか」 「道着のまま? 目立つよね」  そうは言ったものの、中学の時から道着で電車に乗ったことは何度かある。注目はされるけど、今の状況では仕方ないかもしれない。  進藤先生が診察室の方から出てきた。さっきまでの少しだらしのない(なご)やかな表情が消えて、難しい顔をしていた。 「様子を見てきたよ。点滴が終わるまでにまだ少し掛かりそうだ。君達は帰ってもいいよ。終わったら俺が送っていくから」  先生が僕達に告げる。表情は硬いままだった。 「……なんかあったんすか?」  先生の様子の変化に気付き、風吹が問いかけた。先生は一瞬だけ口を開いたが、言葉を発する事なく口を閉じた。 「……そっか、守秘義務か。ええと……それじゃあ葵の寝てるとこに行ってもいいですか? 帰るにしても俺着替えないといけないんで。あ、もちろん葵が感染症じゃなければですけど」  風吹は着替えを理由にしていたけど、葵くんの様子を見て先生の表情の理由がなんなのか探ろうとしていると分かった。進藤先生は風吹の提案を飲んで病院の医師と掛け合ってくれた。僕も含め三人で葵くんの寝ている病室へ通してもらうことが出来た。  葵くんはベッドに横になって点滴を受けていた。僕達が入ってきても目を開けることはなく、顔色も青白いままだった。  風吹は(はかま)の結び目を解き、着ていた道着を脱いだ。こんな場所でも均整の取れた身体は美しく、不謹慎にも僕はドキドキしてしまった。 「葵くん、顔色良くないね。大丈夫かな」  僕は風吹から目を離し、葵くんを見て言った。進藤先生はじっと葵くんの顔を見つめてから口を開いた。 「これから俺は独り言を言うよ。あくまで、単なる独り言だからね」  僕は黙って頷いた。Tシャツとジーンズに着替えた風吹も壁際で腕を組んで聴き耳をたてている。 「彼の具合が悪いのは主に肛門の損傷のせいだ。お尻の穴から奥に向けて異物を挿入させた(あと)がある。ここの先生の見解では男性同士の性行為で出来た傷跡……無理に出し入れしたせいで裂けた可能性が高いそうだ。俺も診たが……まぁ、同意見だな。入れられたモノも男性器だけじゃないかもしれない。何かもっとゴツゴツした棒状のものの可能性がある。それがなんなのかは不明だけど」  進藤先生の〝独り言〟に僕はショックを受けた。無意識に息を止めて、長いまつ毛を閉じて眠る葵くんを見つめる。風邪をひいたのではなく、そんなに酷い状態だったとは……。 「チンコに真珠でも入れてる奴かもしれないな」  ボソッと風吹が言った。僕は驚きのあまり口を開けて風吹を見た。風吹は眉を上げて肩をすくめる。世の中には色んな奴がいるんだって言いたげに見えた。  おちんちんに真珠を入れるひとが存在するとは思わなかった。考えただけでも縮み上がるほど痛そうだ。 「もしくはその形状のディルドか……」  進藤先生もぼそりとつぶやく。先生と風吹は目を合わせることなくお互い独り言のように会話をしている。 「それと身体のあちこちにうっ血がある。主に上腕、腹部に大きな痣があって、多分外から見えない場所を狙って殴られている。小さい青あざは打撲にしては跡が小さいから、口で吸い上げられて出来たものだろう」  進藤先生は淡々とした声で続けた。僕はすぐには理解が追いつかず、思わず風吹と目を合わせた。  風吹は一瞬僕と目を合わせ、視線を葵くんに移した。進藤先生に向けてではなく、これまた独り言のように言う。 「こいつ……誰かに犯されたって事か」

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