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第61話

「成川くんは君たちがいてくれて助かったと思うよ。二人とも、良かったら連絡先を教えてもらえないかな? そうすれば成川くんの様子も伝えることが出来るし」 「もちろんです。よろしくお願いします」  僕と風吹は進藤先生と携帯番号とメールアドレス、LINEのIDも交換した。先生の勤務する病院の場所も教えてもらった。ここから車で三十分くらいのところにあると言う。ただ山の上の方に建てられていて、公共機関は一日のうち朝夕(あさゆう)往復する巡回バスだけらしい。  進藤先生は診察代の支払いを済ませ、近くの駐車場に停めていた車を病院の駐車場へ移動させた。葵くんはストレッチャーで先生の車に運ばれた。風吹が付いているせいか、看護師さんが嬉しそうに介助してくれる。  葵くんは時々薄目を開けるものの自力で歩ける状態ではなかった。それでも点滴を受けてからは顔色がほんの少し良くなっているように見えた。  風吹が葵くんを抱き上げ、背もたれを倒した車の助手席に乗せた。進藤先生が自分の上着を葵くんにかける。長いまつ毛を閉じて眠っている葵くんは、妙に子供じみて見えた。 「じゃあ、後は任せてくれ。ああそうだ」  進藤先生が車に乗り込もうとする前に僕たちを振り返った。 「成川くんは高校生だよね? 今日はなんでこの学校に来たのか分かるかい?」  僕と風吹は顔を見合わせる。当然ながらどちらも葵くんが大学まで来た理由は分からなかった。 「──いえ、分かりません。僕たちは部活動の最中で、休憩の時にたまたま葵くんに会ったんです」 「そうか……じゃあ、学校見学か何かだったのかな。一応、倒れた時の様子を記録しておきたいんだ。それに高校の先生にも連絡したいしね。まぁ本人が落ち着いたら後で訊いてみるか」 「あの……以前も葵くんは僕たちの大学に来たことがあって、その時はひとを訪ねてきたんです。もしかしたら、今日もその人に会いに来たのかもしれないです」  必要があるかどうか不明だったが、僕はとりあえず伝えてみた。「ああ、そうだな」と風吹も同意する。 「葵は高校生だから夏休みは八月で終わってるだろ? 大学は九月いっぱいまで休みだって知らなかったかもしれないぜ。そんでアイツも学校にいると思ったんじゃないか?」 「ああ、そっか」  風吹の言うことはすんなり()に落ちた。大学が通常授業になっていれば、拓さんもいると思うのは自然だろう。  進藤先生が問いかけるような視線でこちらを見ている。風吹が「アイツっていうのはうちの学校のスクールカウンセラーのことです」と補足する。 「スクールカウンセラー? なんだ学生じゃないのか」  進藤先生は意外そうに言った。風吹が軽くうなずく。 「本人はカウンセラーだと言ってました。俺はカウンセリング受けた事ないので仕事してるとこは見てませんけど。黒田拓見(くろだたくみ)サンてひとです」 「クロダ……タクミ?」 「はい」  風吹は返事をしたものの、進藤先生の目は風吹を見ていなかった。口元に手を当て、眉根を寄せている。僕には先生が何かを思い出そうとしているように見えた。 「あの……先生?」 「──いや、すまない。何でもないよ。じゃあ俺はこれで。桜くん、今度ゆっくり話したいからまた連絡するよ。お母さんにもよろしく言っておいてくれ」  進藤先生は手を上げると車を発進させて行ってしまった。僕と風吹は先生を見送った後、帰宅の途に就いた。    ガタン、ゴトン、と音を立てていつも通り電車が進む。僕と風吹は並んで座席に座っていた。地元の駅に着くまでにはまだ五つほど駅を通過しなければならない。風吹はずっと言葉少なで、ひたすらスマホをいじっていた。  僕はぼんやりと窓の外を流れる風景を見ていた。時刻は午後三時を回ったあたりで、夏の陽射しは衰えることなく、後ろへと過ぎていく家々の屋根に降り注いでいた。  葵くんは大丈夫だろうか……と漠然と思いながらも、一番気になるのは、病院を出てからほぼ言葉を交わしていない風吹のことだった。  風吹は僕が拓さんに電話したことに、もっと何か言ってくると思っていた。でもそのことにひと言も触れてこない。それどころか、葵くんや進藤先生の事についても話題にしていない。僕が「葵くん、良くなるといいね」と言ったのに対して「そうだな」と返してきただけだった。  じっと外を見ていた僕は、不意に泣きたいくらい悲しくなった。考えてみれば試験前に拓さんに会ったことも、風吹に伝えないままでいる。今まで何でも話してきたのに……僕は何をしているのだろう。  夏休みの間も何かと忙しく、菫の事件のこともじっくり考える暇がなかった。もう犯人も捕まっているので、事件としては解決している。だから後は、僕たち被害者遺族の気持ちの問題なのかもしれない。お母さんも今まで通り、自分からは菫のことを話題に出してこなかった。  僕は今もまだ、自分が事件と向き合わない卑怯者(ひきょうもの)のような気がしていた。時折、不意に()き立つ犯人への怒りの感情を、どうすることも出来ないままズルズルと引きずって生きているだけだ。

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