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第62話
「──桜、次の駅で降りよう」
急に風吹から言われて僕はビックリした。
「えっ……なんで? 風吹はこの後バイトだって言ってなかった?」
「今、代わりに入ってくれる人を探してたんだ。急だったけどOKしてくれた人がいたから」
「う……うん。だけど、なんで次の駅?」
風吹はチラッと周りに視線を走らせた。平日午後三時過ぎ、半端な時間の電車の中は数人しか乗っていない。僕と風吹が座っている座席の周りにも、会話が聞こえる位置に居る人はいなかった。
「ホテルに行く」
「──っ」
僕は声にならない声を上げた。風吹は低く、他の人には聞こえないくらい小声で話す。
「次の駅から少し歩いたとこに古いラブホがあるだろ。あそこに行こう」
僕は真っ赤になった。急に全身が火照 り始める。今から……? こんな真っ昼間からエッチするってこと……?
僕はゴクンと唾を飲み込んだ。さっきまで泣きたいような気分だったのに、既に下半身が反応しそうで恥ずかしくなる。
「で……でも男同士だし……入れてもらえるの?」
僕は極力風吹の顔を見ないようにして言った。
「大丈夫だろ。ラブホのホームページを調べたら出入り口は無人だし、チェックインは機械らしい。今の時代、ラブホで趣味の集まりをやる奴らもいるみたいからな」
「そ……そうなの?」
風吹が詳しいので僕は少しモヤッとした。風吹は誰かとラブホテルに行った事があるのだろうか。
「言っとくけどネットの情報だぞ。俺も初めてだから正直よくわかんねぇし」
僕の気持ちを察知したのか、風吹が低く小さい声で説明してくれた。僕は勝手に疑った自分を恥じた。
「うん。分かってる」
心とは裏腹な返事をした。風吹は軽く笑って僕の頭を大きな手で撫でた。僕の考えなんてお見通しみたいだ。
電車が駅に停まる。僕たちは電車を降り、見慣れない改札を抜けた。小さな駅なので駅前のロータリーは閑散 としていた。お客さんを待っているタクシーもいない。駅前にありがちなコンビニもなかったけど、自動販売機はあった。風吹と一緒にペットボトルの水を数本買いこんだ。立っているだけでも汗が流れる暑さだから水分は重要だ。
目指すホテルは駅から少し歩いた場所にあるらしい。風吹が地図アプリを確認してから足を踏み出す。僕は方向音痴なので、おとなしく風吹の後を追いかけた。
アスファルト道路からは熱気が立ち昇ってくる。道中「大丈夫か?」と風吹が訊いてきた。僕はこくんと首を縦に振った。これからすることを思うと、ふわりと浮き立つような心持ちになる。暑苦しさも半減するような気がした。
ホテルは住宅街を抜けた場所にあった。田舎のホテルのせいか車で利用するひとが多いらしく、出入り口は駐車場の中にある。幸い辺りには誰の姿も見えなかった。風吹はためらう事なくスッとホテルへ入る。僕は挙動不審にならないようにしながらも、緊張して速足になってしまった。
受付は出入り口から少し奥まった場所にあった。人影はなく、普通のホテルのようなチェックインカウンターはない。風吹の調べた通り機械が置いてある。
大きなモニター画面に部屋の切り取り画像がいくつも出ていた。画面タップで部屋を選べるようになっている。全部で二十部屋くらいありそうだった。ランプが消えているところは使用中です、という注意書きがモニター下に表記されていた。
平日の昼間にもかかわらず、部屋は半分くらい埋まっていた。風吹が「ここでいっか」と言って部屋番号を押す。画面の下からカードが出てきた。カード型のルームキーで部屋に入れるらしい。受付のひとに会わなくて済むようになっているんだな、と思った。
風吹がカードに書かれた部屋番号を見て、少し周りを見渡してから通路を奥へと向かった。通路を曲がったところにエレベーターがあった。上に向かうボタンを押す。「二階だから」と説明してくれる。
僕はこういう慣れない場所で迷いなく動ける風吹をすごいと思った。僕だったらエレベーターのある場所を見つけられなくてウロウロしてしまうだろう。
エレベーターの中はやたら狭かった。お互い道着の入ったリュックを背負っているので余計狭く感じる。風吹が僕の腰に手を回して引き寄せた。風吹の体温を間近に感じて、僕の身体は期待で震えそうになる。エレベーターが狭いのはこれから身体のつながりを持つ二人がより熱くなるためなのかもしれない……。
到着したエレベーターの降り口には小さな棚が設置されていて、上には籠に入ったアメニティが置いてあった。主に入浴剤やシャンプー、リンス類のパックだ。華やかな造花が添えてあり、女の子が喜ぶようにセッティングされているようだ。
「なんか持ってくか? 風呂デカいみたいだし洗ってやるよ」
お尻を撫でられて声が出そうになる。僕は赤くなって風吹を軽く睨んだ。誰もいないけど、ここは廊下で一応公共の場だ。恥ずかしさの混じった僕の怒りに、風吹は余裕のある笑みを返しただけだった。
僕はローションのパックを手に取った。さすがに自分用のローションを学校に持っていくバッグに入れていない。慣れない場所だし、なんだか急にちゃんと出来るか不安になった。
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