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第70話

 拓さんとはそうやって少しずつ話をする時間が増えたけど、肝心の事件のことについてはなかなか話せなかった。場所も学校で話題にしにくい、という事情もある。何度か拓さんから休日に一緒に出掛けないか、と誘われたこともあった。でも部活もあるし、課題やレポートもあって、時間が作れずまだ実現していない。  それに余暇があれば風吹と一緒にいたい気持ちの方が強かった。風吹からは以前、拓さんと関わるのはやめて欲しいと言われていたけど、最近はそういうことを言ってこない。だからこそ、風吹を裏切るような行動をしたくないと思った。  ここに至っても僕は自分がどうしたいのか分からないままだった。菫のことを思い出しては涙を流し、やり場のない怒りを抱えてもがき苦しむ。拓さんに義理の弟のことも上手く訊けないなら、探偵に頼んでマツウラソウヤを見つけることも考えた。でも見つけたからといって、そこからどうしたらいいのかも分からなかった。  どうにかさり気なくでも事件のことを訊こうと思っていたのに、先週から拓さんは食堂に来ていない。食堂で会う時は事前に連絡をくれることが多いけれど、先週も今日も拓さんから連絡はなかった。だから僕は今日、ひとりで気楽に祖父の工房へ向かう事が出来た。  電車が徐々に速度を落としていく。降りる駅が近づいてきた。僕は膝に置いたリュックを抱えて立ち上がった。その瞬間、お尻にグチュッとした感覚が走った。僕は昨夜のことを思い出してひとりで顔を赤らめた。  昨日の夜、僕のベッドで風吹とエッチした。風吹の指が僕の乳首を優しく刺激し、秘部を大きな手で包み込んでしごきながら自分のモノを僕のお尻に埋め込んだ感覚……。  僕は声を殺しながら風吹にしがみついた。気持ちよくて幸せで──意識が飛んだ。  エッチの途中で意識がなくなるのは久しぶりだった。気が付いた時にはすべて終わった後で、風吹が気遣うような表情で僕を見ていた。 「あ……ごめん、僕また……」  僕は風吹に謝った。豆球だけの薄闇の中で風吹の表情はハッキリとは見えなかったけど、眉根を寄せて心配しているようだった。 「久しぶりに気を失っちゃった。すごく気持ちよかったのに……ビックリさせてごめんね」 「いや──大丈夫だ。桜……気分悪くないか?」  低く、静かな声で風吹が訊いてくる。僕は首を横に振った。特に調子が悪い場所もない。ただ、自分が絶頂まで至ったのか、風吹がちゃんとイケたのかが分からず、少し残念だったくらいだ。 「……どうする? もっかいする?」  少し恥ずかしかったけど訊いてみた。今度は風吹が首を横に振った。 「やめとこう。明日一限からだろ? 眠った方がいい」 「そっか……それもそうだね」 「──明日……金曜だな」 「うん」 「会うのか? ……アイツに」  風吹は名前を言わなかったけど、それが誰を指しているのか明白だった。 「ううん。拓さんとは先週も会ってないし、今週も連絡ないから会わないよ。明日は授業終わったらおじいちゃんの所へ行くんだ」 「ああ、庄造(しょうぞう)じいさんのとこか。てことは面が出来たのか?」 「そう。ちょっとずつ作ってて、やっと仕上がったんだ。見て貰うの緊張する」 「大丈夫だろ、桜の作品なら。俺、面の事全然分かんねぇけど、前よりすげー上手くなってると思う。それに桜の作る面は優しい感じがするから好きだ」 「……ありがと」  僕は風吹にしがみついた。風吹は適当にお世辞とか言わない性格だから、素直に嬉しいと思えた。風吹は僕のおでこにキスをする。 「風吹は明日バイトだよね?」 「……あー、うん……」  眠そうな声だった。僕はさっき気を失うように眠ってしまったけど、風吹は僕を気遣って起きていたはずだ。眠いのは当たり前だと思った。僕は風吹の首筋にキスをして「おやすみ」と伝えた。風吹は既にスースーと寝息を立てていた。僕も目を閉じてすぐに眠りについた。  今、電車を降りておじいちゃんのいる工房へと向かっている。おじいちゃんの家は駅から歩いて二十分くらいの場所にある。昨日は雨だった。僕が歩くアスファルト道路は、湿り気を帯びてまだらに色が濃くなっていた。  工房はおじいちゃんの自宅のある場所から離れたところにあった。車で三十分くらい掛かると思う。 この辺りは山のふもとで、木材を手に入れやすいという理由で工房を構えたそうだ。でもおじいちゃんも歳を取ってきて、自宅から通うのが大変だし面倒だと言っている。もちろん寝泊りも出来るので、最近は工房の方にいることが多い。おばあちゃんは自宅が便利だし近所に友達もいるからと、工房には時々訪れる程度だった。  おじいちゃんはいずれ、僕に工房を継がせるつもりでいるようだ。僕にはまだ実力もないし実績も少ない。でもそうやって、身内が自分のことを気に留めてくれていることに、胸の奥がキュッと熱くなる気持ちになった。

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