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2年生の4月のこと

 2年に進級して新入生が入学してきた。  自分より小さな新入生を見て美己男(みきお)は驚く。    俺もこんなに小さかったのかな    自分が一年前に比べると背も伸びて逞しくなってきていていることを実感して嬉しくなる。  一年前ほどには技術準備室に逃げ込む必要もなくなったが相も変わらず入り浸っていた。  最近は大我(おおが)から製図の書き方を教わっていて、自分で少し複雑な図面を引いたりできるようになってきたことが楽しい。 「まずはフリーハンドでいいから、この正投影図(せいとうえいず)から等角図(とうかくず)を書いてみて。」  大我の隣に座って図面に向かう。  大我がダラリと机に突っ伏して美己男の手元を見ていたが視線を上げた。 「あれ?尾縣(おがた)、またでかくなってない?」  大我が美己男を見る。 「うん。」  美己男は隣に座っているだらしない姿勢の大我を見下ろした。  大我がガタガタッと椅子から転げ落ちるように立ち上がり 「え?え?中学生ってこんなに急にでかくなんの?キモッ。こわっ。」    と目を見開いて言う。 「もー、ひどいな、(かん)ちゃ・・。あ、ごめん、間違えた。」  美己男は慌てて謝った。  大我が吹き出す。 「何、それ。先生の事間違えてお母さんって呼んじゃったみたいな恥ずかしい言い間違い。」 「改めて言わなくていいっ。」  恥ずかしさで顔が赤くなる。 「相変わらずカンちゃん大好きだな。」  美己男はプイと横を向いた。  大我は笑いながら美己男の横に座り直す。 「いいよー、二人の時は先生のこと、カンちゃんっ、て呼んでも。」 「呼ばないしっ。」  大我にからかわれてムッとする。 「尾縣はさぁ・・、カンちゃん大好きなのはわかるけど、女の子には興味ないの?」  大我が頬杖をついて何気なく聞く。 「え?あー、うん、ない。」  美己男は即答した。 「え?そんなはっきり自覚してんの?」  大我が驚いた顔で美己男を見た。 「ホモって?」 「あー、うん。まぁ、ゲイな。答えたくなかったら答えなくていいけど。」 「いや、別に。俺、女の子、ダメみたいで。全然そういう気になんない。」 「でも、つきあったりしたことないんだろ?女の子と。じゃあ、まだ分かんなくない?」  美己男は大我をチラリと見た。 「分かるよ。エロ本見てもAV見てもみんなみたいに興奮しないし、勃たないもん。」 「ああ・・。」  大我の何と言ったらいいのかわからない、というような顔を見て胸がギュッと痛くなる。 「引いた?」 「引かねーよ。じゃあ、カンちゃんのこと考えると、勃つ?」  美己男は息が苦しくなって机の上の腕に顔を伏せた。 「・・うん。」 「でも、それって尾縣がカンちゃんのことを好きだからなんじゃないの?」 「・・違う。寛ちゃんじゃなくても、そうなる時ある。」 「ああ、そっか。悪い、言いにくいこと言わせて。辛いか?」  大我が美己男の頭に手を乗せた。 「・・平気。もう前から分かってた。」 「そっか。カンちゃんとは連絡とってないの?」  美己男は顔を伏せたまま首を横に振った。 「なんで?そんなに大好きなら、メールなり電話なりすればいいのに。 外出届出して会いにも行けるだろ?」 「したいけど。」 「けど?」 「一回したら、ここにいるのがつらくなる。それに、寛ちゃんは俺とは違うと思うから。」    逃げてくればいいって言ってくれた    一緒に飯食って    一緒に眠った    だけど寛ちゃんは多分、ゲイじゃない    それを知るのが怖くて今はまだ会えない 「そっか、頑張ってんだな、尾縣。」  美己男は顔を上げて目をゴシゴシとこすった。 「今はまだ、怖くて会いに行けない。」 「そっか、そうだよな、怖いよな。」  美己男はその言葉に大我の横顔を眺めた。      あれ?先生、こんな顔だったっけ?  ツンと尖った細い鼻先が今日は幼く見える。 「先生も怖くて会いに行けないの?離れちゃった人に?」 「俺は・・、そうだな。色々・・。怖くて辞めた。」  前にも一度、見たことのある苦しそうな表情がその顔に浮かんでいる。 「何を?」 「彫刻も、人を好きになるのも・・。」    先生、泣きそう?  美己男は大我の頬に触れたくなって手を伸ばした。  ガガガガッ と突然、スピーカーから校内放送の雑音が流れてきて二人でビクリと体を震わせた。 「あ、尾縣、早く寮に戻れ。俺も職員会議だ。」  大我が慌てて席を立つ。 「あ、先生。」  美己男は何か大我に言いたくなって呼び止めた。 「ん?」  ドアに手をかけ振り向いた大我の顔はいつも通りでホッとしたような残念なような気持に なる。 「何でもない。また明日、続きね。」  そう言うと美己男は大我の背中を追いかけた。

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