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3年生の11月のこと
ポツリと美己男 は一人で技術室の製図机の前に座っていた。
夏休みが明けて新学期が始まると大我 は学校に居残らずにすぐに帰ってしまうようになった。
思うように製作できずに苦しんでいるのがわかる。
締め切りまでに間に合わないかもしれない、という焦りもあって表情が険しくなってきた。
時間が惜しいから、と今は倉庫の事務所で寝泊りしているようだ。
大我が彫刻をまた始めたことが嬉しくてたまらなかったが、そのことで苦しんでいる姿を
何もできずにただ見ているだけしかできない、というのも思っていた以上に辛 い。
最近は見に行くことさえも拒まれていて、美己男も苦しかった。
寒くなってきたし、週末、倉庫に毛布、持って行こうかな
ようやく週末になって、美己男は寮で使っていない毛布を持ち出し、自転車に乗せて倉庫
まで走った。
ひんやりとした空気を吸い込むと肺が冷えてブルッと身震いが走る。
あと2か月足らずで今年が終わる。
寒さなのか寂しさなのか、鼻の奥がツンと痛くなる。
年を越したら入試があって、卒業して、寮を出て行く。
そんなことは決まっているのに、自分のこの先の事は何一つ決まっていなくて考えるだけで、息ができなくなるほど怖い。
風が頬に強く冷たく当たるのも構わず、美己男は思い切り自転車を漕いだ。
閉じられたシャッターの脇にある小さな扉を開けて中に入る。
「せんせー、毛布持ってきた。あったかいの・・。」
倉庫の中も空気が冷たく、シンとしている。
天井近くにある窓から明かりが差し込んで、中央に立っている木の柱を照らしていた。
まだ彫り始めていない木肌を晒した柱だ。
その木の柱の傍らでポツリと大我が立っていた。
その姿がとても小さく、頼りなく見える。
「せんせ。」
美己男は大我のそばに寄って声をかけた。
「ああ、尾縣 。」
美己男の声にぼんやりと大我が反応した。
「寒くなってきたから。」
そう言って、自販機で買った温かいカフェオレを冷たい手に握らせる。
あまりの大我の苦しそうな様子に美己男の胸も痛んだ。
「ああ、ありがと。」
そう言って、あちこちに転がっている木の端の一つに腰かけた。
「あとね、寮で余ってた毛布持ってきた。」
美己男は毛布を抱え、奥の事務所に入った。
すっかり居住スペースになっている事務所には、カセットコンロやアルミの食器、湯沸かしポットが置いてあり、床に直接マットレスが敷いてある。
「せんせ、俺、買い物、行ってこようか。ご飯、ちゃんと食べて・・。」
「尾縣、もうここへは来るなって。」
大我が美己男の言葉を遮 る。
「だけど。」
「ありがと、でも、大丈夫。尾縣ももうすぐ受験なんだからしっかり準備しないと。
後悔することになったら嫌だろ。」
美己男は大我の後ろに座り込んだ。
「週末だけ、ここに来ちゃダメ?ここでちゃんと勉強するから。」
大我の腹に手を回しギュッと抱き着く。
「ダメ。俺、今、全然余裕ないし。」
「一緒にいるだけでいいから。先生のそばにいたいよ、俺。」
「今は一人にして。ここで一人でできなかったら、マジで、俺、終わる。」
大我の手が美己男の手に重なる。
美己男はその手に指を絡ませ強く握った。
「・・わかった。」
美己男はそう言うと大我の手を離して立ち上がった。
倉庫の外に出ると空は気持ちの良い秋晴れで明るく空気が冷たい。
一緒に出て来た大我がタバコに火を点けて、ふぅ、と白い煙を吐いた。
「じゃあ、学校で。」
「ん、気を付けて帰れよ。毛布ありがとな。受験、頑張って。あと、準備室の鍵、
持ってるか?」
美己男はうつむいた。
大我が手を差し出す。
美己男はしばらくその手を見つめていたが、諦めてポケットからゴソゴソと鍵を取り出すと手の平に乗せた。
「長い間、ありがと。」
「うん。」
大我はそう言うと美己男の頭に手を乗せてサリサリと親指で撫でた。
美己男は自転車に跨 り、大我に背を向けてグイとペダルを踏んで走り出す。
冷たい風に、ボロボロと涙を零 しながら、自転車を漕ぎ続けた。
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