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卒業 3月のこと
3年生は卒業式の前に荷物を引き払ってしまって卒業生の寮棟はほとんど誰もいなく
なった。
今日の卒業式が終わって、明日には全員、寮を出なくてはいけない。
美己男 は無事に希望の高校の工業科への入学が決まった。
先月、一人暮らしの部屋とアルバイト先を探し始めた矢先に母親から彼氏に振られた、
と久々に連絡があり、4月から隣の県に戻ってまた一緒に暮らし始める。
入居先の準備がまだ整っていなくて、美己男は少し長く寮に居残らせてもらう。
一人になった寮の部屋を片付けているとコンコン、とノックする音が聞こえた。
「あれ?せんせ。いらっしゃい。」
ドアを開けるとワイシャツ姿の大我 が立っていた。
去年の11月を最後に倉庫には行っておらず、この3か月は学校で会って立ち話をする程度になってしまっていたが、高校合格の知らせには自分のことのように喜んでくれた。
段々と、鋭い雰囲気になっていく大我の姿を見る度に辛くなったが、美己男にはもう何も
言うことも何をすることもできないことは、ひしひしと伝わってきた。
卒業式の今日は、ひげを剃ってきちんと髪を整えた昔の不愛想な教師姿に戻っている。
「卒業、おめでと。」
そう言うと大我はフルーツオーレを机に置いた。
「ありがとうございます。」
「うん、最後に見納め、と思って。」
「・・先生、ほんとに辞めちゃうんだ。」
大我はこの3月で教師を辞めることに決めた、と美己男が高校合格を報告した時に言って
いた。
「うん。」
「それって、チョウコクをまた始めたから?」
美己男は聞いた。
「そうだな、それもある。けど、俺、教師に向いてないってわかったのが一番の理由。」
「そうなの?俺、先生のおかげで高校行けたのに。」
そう言って美己男はニコ、と笑顔を向けた。
「尾縣 はそういう、人を勘違いさせる態度、結局変わらないままだったな。」
「勘違いって?」
大我がベッドの端に腰かけた。
「誘ってるって、相手に勘違いさせるんだよ、お前の笑顔。やたら可愛いからさ。」
「勘違いじゃないよ。」
美己男はそう口にした。
しばらく無言で見つめ合う。
「俺、先生のことが好き。」
大我が耐え切れない、というように目を逸らす。
「だからそういうのやめ・・。」
「俺、ちゃんと先生のこと、好きだよ。勘違いとか、訳わかんなくなってるとか、そういうのじゃなくて。
会えなくてすごく苦しかった。一緒にご飯食べるの好きだし、話しして先生が笑うとすごく嬉しい。
先生がチョウコクまた始めて死ぬほど良かったって思ったけど、それで苦しんでるの見てるのは死ぬほど辛かった。
先生に、その目で俺の事、見て欲しいし、もっと、ギュッってしたいって思って・・。」
美己男は一気に想いをぶちまけると大我の膝の上に跨 り抱き着いた。
大我が美己男の体を包むようにして受け止める。
「カンちゃんとこに無傷で返すって言ってんのに、それはダメだろ。」
「なに、無傷って。先生を好きになっても傷ついたりなんかしないよ、俺。」
美己男は言った。
「そういう問題じゃないって。尾縣、ほんとに大丈夫か、お前。
そんなんでやっていけんのかよ。心配んなる。」
大我は美己男の頬を撫でた。
美己男は大我に顔を寄せた。
「先生のことが好きなだけ。」
ワイシャツの前をギュウと握って唇を押し当てる。
「もう先生と生徒じゃないし、ドウトウだよね?」
何度も唇を重ねる。
熱っぽいキスに大我の手が美己男の背中のシャツを握りしめた。
「ん。」
大我の舌が美己男の口の中に入って来る。
そのまま二人でベッドに倒れ込んで夢中でお互いの唇を吸い合う。
何も考えられなくなって、体の芯がトロリと蕩けていく。
大我のシャツの中に手を入れようとして、強く掴まれた。
グッと体を押されて、大我が起き上がる。
「せんせ?」
美己男は我慢できずに唇を求めるのを大我に強く拒まれた。
「やっぱ、無理。こんな風に・・。」
大我が苦い顔で美己男を押しのけ立ち上がった。
「待って、せんせ。」
大我は早足で部屋を出て行った。
「置いてかないでよぅ。」
美己男は急に静かになってしまった部屋にポツリと一人残された。
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