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倉庫で 最後の日のこと
少し朝寝坊をしてしまい、美己男 は慌てて荷物をまとめた。母親の知愛子 がこれから一緒に住む家で待っているはずだ。
「朝飯、食ってく?」
大我 に訊かれ
「ごめん、時間なくなっちゃった」
とバッグを肩にかけた。
「そっか」
大我と一緒に外に出ると空は晴れて少し寒さの緩んだ春の匂いが満ちている。
「先生、3年間、助けてくれて守ってくれて、ありがとう。嬉しかった。先生のおかげで居場所ができて高校に受かって、自分の顔も好きになれた。馨 さんのこと大好き。馨さんの全部が好き」
美己男は大我の木の匂いとタバコの香りがする首に抱き着いた。
大我がギュッと力を込めて受け止める。
「んー、俺も尾縣 のこと、めちゃくちゃ好きだよ。離したくない。けど楽しみ。お前がこれからどんな風になってくのか。尾縣なら大丈夫。その才能があれば、きっとカンちゃんに愛されるよ」
うん、と頷いて最後に大我の匂いを胸いっぱいに吸う。
「じゃあ、行くね。馨さんもいつか國柄 さんに会いに行って」
美己男はそう言って体を離した。
「うん、行くよ。いつか必ず行く。ほら、早く帰れ。元気でな」
大我がサリサリと頭を撫でた。
ニコ、と大我に笑顔を向けると美己男は自転車のサドルに跨り、グイと思い切りペダルを踏んで漕ぎだした。
美己男は新しい家に行く途中、美容院を見つけて自転車を止めた。
知愛子との約束の時間に間に合わないが、気にせず美容院に入る。
馨さんが大丈夫と言ってくれたから、今なら寛 ちゃんにもきっと向き合える
「髪を赤く染めて下さい」
赤は寛ちゃんの色だ
寛ちゃんは見つけてくれるだろうか、赤く染めたこの髪の俺を
またあの黒い眸 で見つめてくれるだろうか
「みーちゃんっ。もう、おそーい」
久しぶりに会う知愛子は相変わらず可愛らしく、悪びれたところの全くない様子で美己男を迎えた。
「母さん、久しぶり」
玄関で首筋に抱き着いて来る知愛子の体を受け止める。
「なによぅ、すっかり大きくなってっ。あんなに小さかったのにぃ」
「うん、俺、ちゃーちゃんがいない間にちわわからハスキーになったんだよ」
美己男はそう言ってすっかり美己男より小さくなった知愛子を抱きしめた。知愛子がきゃはは、と明るい笑い声を上げる。
「えー、ハスキー?なにそれ。ヤダ、何、その髪っ。茶色にすればぁ?ちゃーちゃん、茶髪の人が好きなのにぃ」
嫌いだった顔が大我のおかげで好きになれた。母親に何を言われても、もう平気だ。
「いいんだ、俺の好きな色だから」
美己男は知愛子にそう言って笑った。
新しい家は保護施設から歩いて10分ほどの文化住宅でずいぶんと古く、お世辞にも綺麗とは言えない所だったが美己男にはそんなことはどうでも良かった。
この町にいるとそこらじゅうに寛太朗 がいるような気がしてしまう。
それで十分、満たされる。
「母さん、施設に行ってみた?」
と知愛子に訊いてみた。
「こないだ行ってみたのー。また施設に入れてくんないかなって」
「うん、それで?」
「えー?ダメだったのよう。もうあなたは入れませんって。だから、この家、紹介してもらったの」
「ね、藍田 さん、って職員さん、いた?」
「藍田さん?ああ、いたわよぅ。相変わらず、なんだか偉そうな人でぇ。ほら、みーちゃんと仲良かった子?」
「寛ちゃんっ」
「あー、そうそう、あの人の息子。なんかさ、息子も嫌な目した・・」
「会ったのっ?!」
「ううん、まさかー。でもその子がみーちゃんと同じ高校の特進だって、自慢されたわよぅ」
「あ・・」
美己男の心臓がドクリと音を立てた。
やっぱりっ、寛ちゃんが特進にくる。本当に会えるかもしれない
その可能性を期待してきたはずなのに本当に実現しそう、と思うと急にまた怖くなる。
その夜、美己男はなかなか寝付けず、朝遅く起きたら下着が濡れていた。
「うわ、盛ってる・・」
美己男は1人でそう呟いて笑った。
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