20 / 20

高校1年生の5月のこと そして その先のこと

   久々の知愛子(ちあこ)との生活に、初めてのアルバイト、新しい高校、新しい友達、 と目の回るような毎日にあっという間に美己男(みきお)の高校生活も2か月弱が過ぎた。  この高校の普通科と工業科は同じ学校でありながらも違う学校のような雰囲気をしていて、全くと言っていいほど、交流がない。  噂に聞いていた通り、普通科の中でも特進クラスは飛び抜けて近寄りがたい雰囲気を醸し 出しており、工業科は皮肉を込めて特進様、と呼んでいた。 「え?ミキオ、特進様に幼馴染がいんの?」  入学してすぐに仲良くなった長い金髪の加茂愛良(かもあいら)と青い髪の川戸怜(かわとれい)がわぁわぁと騒いでいる。  中学校とは違って、みな、個性が強いがその分、自分の存在もすんなりと受け入れられ 美己男はすぐにこの学校が好きになった。 「うん。でも、小学校の卒業式に会ったのが最後で、まだここでは会えてないんだけどね。」 「会うどころか、特進様なんか俺たち、見ることも許されねぇ、っつーの。」 「その噂、ほんとなんだ。ウケる。」  美己男は笑った。 「ウケてる場合かよ。」  怜が呆れたように言う。 「そうだよ、しかもその幼馴染、追いかけてここ来るとか、頭おかしいと思われるよ、 ミキオちゃん。」  愛良も心配そうに話している。 「まぁ、ミキオはちょっとイカれてるけど。」 「やめときなよ。ぜぇーったい、無理なんだから。ミキオちゃんだったらもっと優しい彼氏、すぐできるって。」 「いいんだよ、一緒の学校にいるって思うだけで。」  この二人にはゲイだということもすぐにばれたが、二人ともあっさりと受け入れている。 「会うのが楽しみなのが今は嬉しいんだ。」  美己男はえへへ、と笑った。  工業科と普通科の校舎はそれぞれ完全に別の校舎になっている。  二つの校舎の真ん中には、食堂と体育館があり、そこは普通科と工業科の共有施設だ。  唯一、食堂はこの二つの科が接触する場所で、昼休みはいつも大混雑になる。  今日も混雑の中、美己男たちは食堂で昼食を買い、教室に戻るところだった。 「あっ。」    あの、黒い髪  美己男の目がその姿を捉え、駆け出した。 「うわ、ミキオちゃん。待ってっ。ここではヤバいよっ。レイちゃんっ、止めて。」 「ミキオッ、今はダメっ。」  二人がが驚いて止めるのも構わず、美己男は呼びかけた。 「(かん)ちゃんっ。」  寛太朗の懐かしい黒い瞳が美己男を見る。  驚いたように見開くその目に見つめられて、美己男は息が止まった。 「美己男?」  寛太朗の声に嬉しくなって思わず近寄る。    ああ、そうだ、この目だ    漆黒の瞳の中にユラユラと揺らめく光    まるで深い海のようだ      子供の頃、何度も美己男を見つめてくれたあの瞳    寛ちゃんに見つめられると不思議と混乱した気持ちが収まった    あの頃はまだよくわからなかった    黒い瞳の中にユラユラと揺らめいて光っているものが何なのか    今ならわかる    あれは海だ    寛ちゃんの瞳の中には海がある  びっくりするほど美しい男の人が寛太朗のそばで眉をひそめこちらを見てのに気が付いた。  緑色の光がパチパチと威嚇(いかく)するように目の中で弾けるのを見て、恐怖で足が(すく)む。  自分の情けなさに泣きたくなった。  寛太朗(かんたろう)の形の良い耳に親密そうに顔を寄せ何事か囁くと、寛太朗が囁き返した。    あ・・  美己男はドキリとして目を()らせた。    そうか、寛ちゃんはもう、俺のことを見てはくれないのか   『自分は選ばれないとわかっていてもそばにいられるのか?』  大我の言葉が頭をよぎる。      寛ちゃんとまた一緒に飯食うことすらもできないのかな    一緒に飯食ったことも    一緒に眠った記憶も    もう忘れたい過去かもしれない  ちゃんと覚悟してきたはずなのに目の前にするとあまりにも苦しい。  きっと大丈夫って思ってきたはずなのに。 「みー。」    懐かしい呼び方で寛太朗の呼ぶ声が聞こえた。  ハッと顔を上げると何かが()を描いて飛んでくる。  反射的に手を伸ばして受け取ると、それは美己男が子供の頃、大好物でよく飲んでいた イチゴ牛乳だった。  寛太朗を見ると、チラリと前髪の間から右眉のほくろが見えドクリと心臓が音をたてる。    覚えててくれたの・・?  美己男の体は喜びで震えた。 「ありがと、寛ちゃん。」  美己男は嬉しさのあまり上ずった声で言った。    寛ちゃん、寛ちゃん、寛ちゃん    大好き    何度も    これからきっと何度も    伝え続ける      たとえ選ばれなくても    俺はずっと寛ちゃんに狂っているんだということを    だから、きっと大丈夫  美己男はギュッと手の中のイチゴ牛乳を握った。  寛太朗が部屋いっぱいにプロジェクターの画面を映し出した。 「わぁっ。」  海の中でクジラが泳ぐ映像が流れる。  まるで海の中に潜っているようだ。 「すごいだろ。」  寛太朗がベッドに仰向けに寝転んで腕を頭の下に組んだ。  それを見た美己男は服を全て脱ぎ捨てて寛太朗の上に(またが)った。  美己男の白い肌の上をクジラが横切っていく 「綺麗な肌だな、みーの肌は。」  クジラの影を追いかけて寛太朗の指が美己男の腹を撫でる。  美己男の唇から熱い息が(こぼ)れた。 「水の中で溺れてる気分。酔って来た。」  寛太朗が眉を寄せる。  右眉のほくろが動くのが(たま)らなく色っぽい。 「じゃあ、俺だけ見てて、寛ちゃん。」  寛太朗の黒い瞳の中に、光がキラキラと映る。    あ、寛ちゃんの海 「寛ちゃんんの海の中で泳ぐから、俺だけを見てて。」  寛太朗の服を全て脱がすと、ゆっくりと腰を落とし、寛太朗の熱さを体の中に感じる。 「あぁ、きもちぃ。」  寛太朗の声が響く。 「大好き、寛ちゃん。」 「ん、俺も。もう二度とみーのこと離さない。」  美己男は大きく息を吸って瞳を覗き込むとその中に飛び込んだ。

ともだちにシェアしよう!