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高校1年 再会 5月のこと
だいぶ消えかかってるな・・
鏡で見る度、大我 のつけた肌の赤い痕が薄れていく。1週間後の高校の入学式には全て消えてしまうだろう。
美己男 は1つ痕が消える度、お守りのように耳にピアスの穴を開けることにした。
大我が好きだと言って触れてくれた眉にも1つ、鼻にも1つ、そして唇にも1つ、と穴を開ける。自分に自信が持てなくても、全力で戦って偉いな、と言ってくれた大我の言葉は信じられる。
胸の真ん中に1番濃く残っていた痕が消える寸前、舌にシルバーのピアスを入れた。
大丈夫、もう嫌いな顔じゃない
美己男は鏡に映る自分の顔を撫でてそう言い聞かせた。
久々の知愛子との生活に初めてのアルバイト、新しい高校、新しい友達、と目の回るような毎日にあっという間に2か月が過ぎた。
この高校の普通科と工業科は同じ学校でありながらも違う学校のような雰囲気をしていて、全くと言っていいほど交流がない。
噂に聞いていた通り、普通科の中でも特進クラスは飛び抜けて近寄りがたい雰囲気を醸し出しており、工業科は皮肉を込めて特進様と呼んでいてお互いを避け合っている。
寛太朗 の姿も見かけぬままだ。
「え?ミキオ、特進様に知り合いがいんの?」
入学してすぐに仲良くなった長い金髪の加茂 愛良 と青い髪の川戸 怜 がわぁわぁと騒いでいる。
中学校とは違って、みな、個性が強いがその分、自分の存在もすんなりと受け入れられ美己男はすぐにこの学校と友達たちが好きになった。
「うん。でも、小学校の卒業式に会ったのが最後で、まだここでは会えてないんだけどね」
「会うどころか特進様なんか俺たち、見ることも許されねぇつーの」
「その噂、ほんとだったのウケる」
美己男は笑った。
「ミキオがウケてどうするよ」
怜が呆れたように言う。
「超ロマンチックだけどさー、特進様かぁ。望みないよね」
愛良も良く思っていない様子で言った。
「ほんとミキオはイカれてるよな」
「やめときなよ。ぜぇーったい無理なんだから。小学校の時は良かったかもだけど今は嫌な奴だよ、きっと。ミキオちゃんだったらもっと優しい彼氏、すぐできるって」
「いいんだよ、一緒の学校にいるって思うだけで」
美己男はニコ、と笑った
「会うのが楽しみなのが今は嬉しいんだ」
「はー?意味わかんねえんだけど」
「いーの、俺、狂ってんの」
ミキオちゃん、しっかりしてよぉと言う愛良の言葉に3人で笑った。
工業科と普通科の校舎はそれぞれ完全に別の校舎になっている。
2つの校舎の真ん中には、食堂と体育館があり、そこは普通科と工業科の共有施設だ。
唯一、食堂はこの2つの科が接触する場所で、昼休みはいつも大混雑になる。
今日も混雑の中、食堂で昼食を買い、教室に戻るところだった美己男の目の端を黒い髪が通り過ぎた。
「あっ」
美己男は小さく声を上げ、バクバクという心臓の音と共に駆け出した。
「わ、ミキオちゃん?」
「え?ミキオッ、待てっ」
2人が慌てて止めるのも構わず美己男は黒い髪の生徒に
「寛ちゃん?」
と呼びかけた。
振り向いた黒い眸 が美己男を見る。
驚いたように見開くその眸に見つめられて、美己男は息が止まった。
「美己男?」
「寛ちゃんっ」
寛太朗の声に嬉しくなって思わず近寄る。
ああ、そうだ、この眸だ。ユラユラと揺れて光る、黒くて深い海みたいな・・
寛太朗に見つめられると不思議と混乱した気持ちが収まった。あの頃はまだよくわからなかった。漆黒の眸の中に揺らめいて光っているものが何なのか。でも今ならわかる。
あれは海だ。寛ちゃんの眸の中には海がある。いつも俺を包み込む温かい海
びっくりするほど美しい男の人が寛太朗のそばで眉をひそめこちらを見てのに気が付いた。緑色の光がパチパチと威嚇するように目の中で弾けるのを見て恐怖で足が止まり、自分の弱さに泣きたくなった。
肩に手をかけ寛太朗の形の良い耳に親密そうに顔を寄せて何事か囁くと、寛太朗はその人を見つめて囁き返す。
あ・・
美己男はドキリとして目を逸らせた。
そうか、寛ちゃんはもう俺のことを子供の頃のように見てはくれないのか
『自分は選ばれないとわかっていてもそばにいられるのか?』そう言った大我の言葉が頭をよぎる。
寛ちゃんはもう一緒にはいてくれない?
一緒に飯食ったことも、一緒に眠った記憶も、もう忘れたい過去なのかな
それでもいいと、ちゃんと覚悟してきたはずなのに目の前にするとあまりにも苦しい。
きっと大丈夫って思ってきたはずなのに
「みー」
その時、懐かしい呼び方で寛太朗の呼ぶ声が聞こえ、ハッと顔を上げると何かが弧を描いて飛んでくる。反射的に手を伸ばして受け取ると、それは美己男が子供の頃大好物でよく飲んでいたイチゴ牛乳だった。
寛太朗がサラリと指で前髪を払うと右眉のほくろが見え、美己男の頬にえくぼが浮かぶ。
「ありがと、寛ちゃん」
俺は寛ちゃんに狂ってる
美己男は友達に肩を組まれ去っていく寛太朗の後ろ姿に
「大好き」
そう囁いた。
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