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高校1年 夏のこと
「あ、國柄 万宝 っ」
職員室で國柄が表紙になっている雑誌を見つけ美己男 が声を上げたのを聞いて
「おや、尾縣 君、知ってるんですか?」
と木工班の指導教諭の張間 が嬉しそうに尋ねた。
「えへ、名前だけは。中学の時の技術の先生が好きな人です」
「そうですか。私もこの人の建築、好きなんですよ。若いのに凄い才能の持ち主で驚きます。こないだ國柄万宝主催の工芸展にたまたま招待されて行ってきたんだけどね、それもすごく良かったです」
「え?工芸展行ったんですか?」
美己男の心臓が飛び跳ねる。
「ええ、新しいエネルギーが満ちた展覧会で素晴らしかったですよ。尾縣君、興味あるんですか?」
「興味っていうか、あの、あ、でっかいモッコウチョウコク、ありましたかっ?」
「え?木工彫刻?」
「はい。2人が抱き合ってる木の彫刻っ」
「あー、最優秀賞の作品じゃないですか?これに載ってますよ」
そう言って張間が雑誌をめくる。
「最優秀!?」
「ええ、ほら、ここ」
「うわ・・・」
馨 さん、すげぇ
そこには馨の彫刻が1ページ分の大きな写真で最優秀賞作品として載っていた。
最優秀賞
『強き者あるいは同等の弱き者の祈り、そして願い』
作/大我 馨
「馨さんのだ」
鼻の奥がツンと痛くなって涙が出そうになる。
「え?まさか大我馨と知り合い?」
「はい。中学の技術の先生で俺をここに入れてくれた人。俺、これ彫るとこ、そばで見てたんです」
「ほんとに?それはすごい。貴重な体験でしたね」
張間が驚いて目を見開く。
「すごかったです。すごく辛そうで見てて俺も苦しかったけど、できあがった彫刻は泣きそうなぐらい綺麗でした」
「そうですか。私も素晴らしい作品だと思いました。審査員の方々も文句なしの最優秀賞だったみたいですよ」
だが大我の彫刻作品と一緒に写っているのは盾を手にした國柄1人で、大我本人はどこにも写っていない。
「でも馨さん写ってない・・」
「ああ、ご本人はフランスに行っていたらしくて授賞式にはどうしても来られなかったそうです」
「フランス、行ったんだ・・。今、住んでるんですか?」
「ええ、今はフランスで仕事をされていて。私も興味を惹かれてサイトを見たんですけどね、すごくおもしろい所なので尾縣君も見てみたら?きっと好きだと思うよ。これも差し上げます」
そう言ってホームページのサイトをメモに書きつけ、ペタリと雑誌の表紙に貼ると差し出してくれた。
「え?いいんですか?」
「どうぞ、ゆっくり見て下さい。私も國柄ファンが増えて嬉しいので。今度は是非、大我さんの話を聞かせて下さい」
「はい。あ、ありがとうございます」
美己男は雑誌をしっかりと胸に抱えて職員室を出た。
誰もいない校舎の裏に座り込んで急いで教えてもらったサイトのホームページを携帯で調べる。
「ええ??遊園地?」
それはフランスにある遊園地のサイトだった。
「うわ、なにこれ」
木のパーツでできた大きな機械仕掛けの象が人を乗せて公園を歩いている動画を見て美己男は声を上げた。
「あは、おもしろ」
他にも木で成形された大きな鳥や蜘蛛、芋虫などが機械仕掛けで動いている動画がたくさん載っている。
「すげー。馨さん、こんなとこで働いてんだ」
もう1度、雑誌を開いて大我の作品をゆっくりと眺める。
國柄が大我の作品を見つめるその眼差しは喜びに溢れているように美己男には見えた。
審査委員長である國柄の講評の最後に
〝受賞の知らせは自分でご本人に伝えに行きたいと思います〟
と書かれてある。
「ほら、やっぱそうじゃん」
勘違いなんかじゃなかった
國柄さんは馨さんを探してたんだよ
今頃、國柄はきっと大我を見つけ出しているはずだ、と確信して美己男はえへへ、と笑った。
焼き鳥屋のアルバイトを終えて店を出ると見たことのある顔を見つけて美己男はビクリと足を止めた。
「よお、クソチビ。久しぶり」
「高良田 ・・」
中学の時、散々ちょっかいをかけてきて迷惑をしていた高良田とその取り巻きが店の前で美己男を待ち構えていた。
「なんで・・」
「ちょっとさ、飯でも食いに行こうぜー」
「はあ?なんで。俺、疲れてるし家に帰る」
「なんだよ、冷たいなー。いいから来いよ。見せたいもんがあるんだ」
相変わらずの大きな態度とニヤニヤと笑う顔に嫌悪感が走る。
「なに、見せたいもんて。俺、賄い食ったし明日も学校だから早く帰りたいんだけど」
「ふーん、そういう感じ。いいんだ、ここで見ても」
もったいぶった言い方で携帯を取り出すと画面をこちらに向け、動画を再生させた。誰かが抱き合っているような動画だが、なぜこれを見せたいのか意味が全くわからない上にブレブレでよく見えない。
「なんだよ、コレ」
「ええ?わかんない?わかんないんだってよー」
ぎゃはは、と取り巻き達と大声で笑う。
「お前、大我とヤッてたろ、卒業式の日」
近づいてきて耳元で囁かれ美己男はヒュッと息を吸い込んだ。
「なに言ってんの・・?」
「お前と大我、ずっと仲良かったもんなぁ。寮で絡み合ってるもんだからさ、動画撮っちゃった」
「ざっけんなっ」
美己男の頭が真っ白になって高良田の携帯に飛びつこうとするのを、取り巻きたちに掴まれ押さえられる。
「離せっ、消せっ、クソがっ」
美己男は高良田を睨みつけた。
「そんな綺麗な顔して睨むなよ。金払えば消してやってもいいぜ。体で払ってくれてもいいけどな」
「バカかよっ。誰が払うかっ」
「んじゃあ、大我に払ってもらうか?先生、こないだなんだか凄い賞、取ったらしいな。雑誌に名前が載ってるって、後輩たちが騒いでたんだけど、ホント?」
クソッ、こいつらそんなことまで知ってんのか
「ふざけんなっ、先生は関係ないっ。あれは俺がっ」
わははは、とまた高良田がいやらしい笑い声をあげた。
「マジかよ。可愛い顔してやるなぁ、尾縣。羨ましいなぁ、大我先生。生徒食っといて今やゲイジュツ家の有名人かぁ」
「そんなんじゃない、先生はそんな人じゃないっ。先生には関係ないっ」
美己男の声が湿る。
「健気でいい子だなぁ、尾縣。俺たちにも優しくしてよ」
「誰がお前なんかに優しくするかっ」
「クソチビが。給料日いつだ?」
「・・・」
「んじゃ、焼き鳥屋の店長さんに聞こっか」
そう言いながら店に向かう高良田に思わず
「待って、わかったっ。月末っ。月終わりっ」
と叫んだ。高良田は満足そうにニヤニヤと笑うと
「じゃあ、また来るわ。行こうぜ」
と取り巻きたちに声をかけて最後にドンと美己男を壁に突き飛ばし立ち去った。追いかける気力も無くし美己男はズルズルとしゃがみ込む。
どうしよう・・
馨さんに絶対、迷惑かけらんない
一瞬、寛太朗 の顔が思い浮かんだが大我に関わる問題を助けてもらうわけにはいかない、と思い直し美己男は頭を抱えた。
それから数か月、美己男は解決することも拒否することもできず何度か高良田に言われるがまま、ギリギリの状態で金を渡し続けてきたがついに払えなくなってしまった。
「今日はこれ以上は払えない」
「はぁ?なにこれ、全然足んねーし」
高良田が不満げに言う。
「そんなに何回も払えるわけないだろっ。いい加減にしろよ」
「尾縣、そんな口聞いていいのかぁ?」
「いくら言われてももう、金ないよ・・。払えない」
美己男はうなだれた。
「ふーん、んじゃあ、別のもんで払えや」
「別のもん?」
「言っただろ?体で払ってもいいって」
「・・ふざけんなよ。払うわけない」
立ち入り禁止の工事現場の中を震える足で後ずさりする。
「お前ら、見張っとけ」
取り巻きにそう言うと高良田が迫って来た。
「ヤダ・・、来るな」
逃げ出そうとして強く腕を掴まれ揉み合って絡まるように地面に倒れる。大きな体にのしかかられ、美己男はゾッとした。
「ヤメろっ、離せっ」
「暴れるなって、クソチビ。大我なんかより絶対良くしてやるから」
そう言って上からキスされた。
「んーっ」
美己男は吐き気を堪え、思い切り高良田の唇に噛みついた。
「痛って」
高良田がのけ反り
「クソチビッ」
と叫んで、美己男の頬をはたいた。衝撃で頭がグラグラしたが自由になった手で地面の土を掴み高良田の目に押し付ける。
「うわ」
パラパラと降りかかる土に顔を顰めながら起き上がると美己男はバッグを手に取り思い切り殴りつけ、力の緩んだ高良田の体の下から抜け出して走り出した。
「うう、寛ちゃんっ、助けてぇ」
いつの間にか雨が降り出している。
会いたい
寛ちゃんに会いたい
『危なくなったら逃げてくればいいじゃん』
子供の頃のその一言に縋って走り続け、寛太朗の住むアパートに着いた頃には全身びしょ濡れになっていた。
どうしよう、寛ちゃんに拒否られたら
それでも一目だけでも寛太朗に会いたくて美己男はアパートのブザーを鳴らした。家の中はシン、として人の気配がない。
「寛ちゃん、いないの?」
グズグズと泣きながら家に帰る気にもなれず、アパートの前の植込みの陰にしゃがみ込んでしまう。濡れたシャツが肌に冷たくはりつき震えながら、大我を追いかけ倉庫の前で座り込んだ時のことを思い出した。
俺、ちっとも成長してない
馨さんにも寛ちゃんにも泣きついてばっかだ
こんなんじゃいつまでたっても寛ちゃんと同等になれないじゃん
「帰ろ」
ガクガクしながら立ち上がった時、足音がして人影が見えた。
「寛ちゃん?」
こんな姿を見られる前に帰ると決めた気持ちはあっけなく崩れ去り、見つけて欲しさに泣き声を上げる。
「えあ?みー?」
「寛ちゃん」
美己男がドロドロの姿を晒すとなぜだか寛太朗がその姿を見て笑った。
「相変わらず、頭悪いな、みー」
ああ、寛ちゃんは寛ちゃんのままだ
一気に距離が元に戻った気がして気持ちが溢れ階段を上がる寛太朗の後ろをついていく。
長い間会っていなかったのが嘘のように当たり前に一緒に夕食を食べ、当たり前に寛太朗のベッドで横になった。
しばらくしてからベッドに入って来た寛太朗に
「その傷、どうした。まだ暴れてんのか?」
そう訊かれ、美己男はどう答えていいかわからず黙り込んだ。
大我には自分のことは寛太朗に話さなくていい、と言われたが隠したまま事情を説明することは難しい。あれこれ寛太朗に質問されながら答えるうちに結局、全てを話してしまっていた。
「お前、それ、フェイクかなんかじゃないの?」
話し終えた途端、寛太朗にそう言われて美己男は自分のバカさ加減にがっかりする。ちゃんと動画を見せてはもらえないまま最初の脅しに恐怖心を煽られズルズルと金を払い続けてきてしまった感じでどうにもできなくなってしまっている。
「その教師もマジでクソだな」
さらに大我のことまでもが悪く誤解されてしまい
「馨さ、先生は悪くない」
と美己男は慌ててそう言った。大我とのことは確かに大事な出会いであったことを寛太朗にはわかってもらいたいのにうまく説明できなくて泣きそうになる。
違う、誰が悪いとか、そうじゃなくて
「ほんと頭悪いな、みー。お前が好きかどうかなんて関係ないんだよ。中学生に手ぇ出す教師なんて終わってんだろって言ってんの。だいたいお前の母親だってクソだろ。もとはといえばお前の母親が原因でそんなとこ・・」
違うっ
美己男は思わず寛太朗に掴みかかった。
ちゃーちゃんも、先生も、全部寛ちゃんに出会うためのものだった。全てが寛ちゃんへと繋がるための、向き合うための大事なことのはず・・
誰よりも寛太朗にわかって欲しいのに
「ちゃーちゃんも先生も悪くないっ」
それだけ言うのが精いっぱいだ。それなのに必死な美己男を見て寛太朗は笑い出した。
「もう、やめとけば?そんなクソみたいな教師に夢中になってんなよ」
腰を引き寄せられて、体の芯がズクリと熱く疼く。
「寛ちゃん?」
あ、ヤバい、盛っちゃう
ユラユラと揺れて光る寛太朗の黒い眸 に美己男の気持ちもグラグラと揺れ、赤く小さな唇に惹きつけられた。
「どうせお前、またすぐ置いていかれんじゃないの?」
そう言えば子供の頃、あの唇にチューしたな・・
え?なに?
置いていかれる?誰に?寛ちゃんに?
寛太朗の声と体温と匂いに感情が追いつかず、
「何でそんなこと言うんだよっ」
と叫ぶと、ついに美己男は泣き出した。
寛太朗の唇が寄って来て美己男の唇をペロリと舐め、下唇を吸う。
柔らかく湿った感触に
「寛ちゃんっ」
と美己男の気持ちは崩壊し寛太朗の唇に吸い付いた。
もう溢れる・・
寛太朗は美己男をあっという間に裸にし何もかもを開かせた。美己男はすっかり逆上せて言われるがまま全てを晒す。
「挿れるぞ」
そう言われて中に押し入られる頃には、美己男はどっぷりと寛太朗に溺れ切っていた。
ヤバい、ヤバい、寛ちゃんが挿入 ってる
「あー、イク、イク、出るぅ」
瞬く間に昇りつめ激しく射精すると、美己男は夢見心地で半ば意識を失うように眠った。
次の日の朝、2人は裸にあちこちに乾いた精液をこびりつかたなんともひどい有様で目を覚ました。小さい頃のように頭を寄せ合って笑うと寛太朗のふさふさとした睫毛がすぐ近くに見える。
あまりにも盛っていて、あまりにも幸せなその光景に美己男は嬉しさのあまり唇を押し付けた。
「大好き。本当はね寛ちゃんとずっとしたかった」
決して選ばれないとわかっていても、それでも構わない
こんなに幸せな朝をもらえたんだ
もうそれだけでいい
美己男は長い睫毛で瞬きをする寛太朗の眸を見つめてそう思った。
「今月もお疲れさん」
店長から給料を受け取ると
「あざーす。お疲れ様でしたー」
と調理場に声をかけ、美己男は店を出た。
どうしよう
寛ちゃんにはもう、金払うことないって言われたけど
数か月の間、高良田に給料日には金をせびられ払ってきたが、先月、ついに払えなくなって殴られ乱暴されかけた。払わなかったらどうなるのだろう、と思うとどうしていいかわからず美己男の足が止まる。
その時
「美己男」
と呼ばれ振り返ると寛太朗が立っていた。
「寛ちゃん、嘘でしょ。なんでいんの」
「今日、給料日だろ。なんか奢って」
はぐらかしたような答え方に美己男はニコと笑う。
「いいよ。なに食べたい?」
「メンチ」
「あは、俺も食いたい」
「賄い食ったんじゃねーのかよ」
「でも食える」
「んじゃ、行こ」
チェーンの定食屋に入ると、ザワザワとした人の話し声と忙しそうな店員の立てる音が2人を包んだ。
お、イワシフライもうまそう、と呟きながらメニューを見る寛太朗のサラサラとした真っすぐな髪を見る。
「寛ちゃん、心配して来てくれたんでしょ」
「心配じゃなくて、ムカついてんだけど」
「えー?なんで寛ちゃんがムカつくんだよ」
「みーが頭悪くて」
「う・・・ごめん」
「別に。お前になんかあったら結局俺が行くはめになるし」
「金払わなかったらどうなるんだろう、って思ったらどうしていいかわかんなくて・・」
「ふーん。まぁ、それは俺には関係ないけど。でもその教師、もう学校辞めたって言ってたじゃん。だったらいいんじゃねーの?」
「だけどっ、馨さんせっかく今、チョウコクですごい賞とって、フランス行って、やっと・・」
「へぇ、そうなんだ。俺、やっぱイワシフライ食お。みーは?」
寛太朗がタッチパネルを操作しながら訊く。
「あ、えっと、メンチカツ定食」
「んで、相手はそんなすごいことになってて誰にバラされたら困るわけ?」
「え?わかんないけど、なんか、もっと偉い人?審査委員長さんとか」
寛太朗が笑い出す。
「なんだよっ、笑うなってっ」
「なんだそれ、バカかよ。審査委員長さんって誰」
「・・・クニツカマホロっていう、有名な建築家さん」
「ふーん、その建築家さんにわけわかんねーエロビデオ送りつけて?で?どうなると思ってんの?」
寛太朗にそう言われて返事に詰まった。
「わ、わかんないけどっ、でも、ダメなんだよぅ、そんなの」
だって、馨さんは國柄さんの大事な人で、國柄さんはずっと馨さんを探していて・・
それなのにこんなことでもうこれ以上、2人に傷ついて欲しくない
「まぁいいや、そこは。で、100歩、いや1000歩譲ってバラされたとして、そのカオルさんはどうなると思うんだよ。お前に怒るの?みーのせいで人生終わっちゃうのか?お前を置いてフランス行っといて?」
「置いてったんじゃないし、怒ったりもしない。そんな人じゃないんだってばっ」
「だからっ」
寛太朗がイライラとした声をあげる。
「お前のカオルさんは、そんな奴だったのかって訊いてんだよ。みーはそいつ好きになって傷ついたりしたのかよ」
「してないよっ」
「なら向こうも同じだろっつってんの。生徒だったお前に手、出した時点でそうとう覚悟してたんじゃねーの?今さらそんな訳わかんねーエロビデオが出てきたところでどってことねんだよ。お前を受け入れて、そんで手放したことに比べたら全然たいしたことねー。だからもう金払うなよ。いいな?」
「あ・・・」
いつの間にか美己男の頬に涙が零れている。
「あー、なんかムカついて余計腹減ったわ」
寛太朗はそう言うと運ばれてきたイワシフライにかぶりついた。
「そっか・・」
ほんとバカだ、俺
いまさら俺なんかが傷つけられるような、そんな人たちじゃないんだ
馨さんも、國柄さんも
「大体さぁ、カオルさんが有名人になった後に来たんだろ?そいつら」
「えー?うん」
「タイミング良すぎだろ。おかしいと思わない?普通さ。もうちょい考えろよ、バカだな」
「だってぇ、ビデオとか見せられてなんかパニクっちゃって」
美己男は頬の涙を拳でグイと拭って箸を手に取る。
「すぐ泣くのも全然直ってねーし。メンチ1個もらうぞ」
「うん。イワシフライ1個頂戴」
「ん」
「寛ちゃん」
「あ?」
「大好き」
熱っ、と言いながらメンチカツを頬張る寛太朗を見て美己男は笑った。
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