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高校3年 春休みのこと
春休みになって美己男 はアルバイトの時間を増やし連日せっせと働いていた。
それでも全然足りないな
知愛子 は去年、鈴木と別れてしまい、それからの生活は滅茶苦茶に崩壊してしまった。仕事も辞めて、というよりクビになって毎日飲んだくれている。
アパート代に食費、さらには授業料、ととてもじゃないが美己男のアルバイトだけでは支払い切れない。
授業料払えなかったら学校辞めなくちゃなんないのかな
最初は明るく可愛らしい所しか見えていなかった鈴木も、やがて知愛子のだらしのない性格に気が付いた。鈴木はそれでもなんとか生活能力のない知愛子の世話をして、更生させようとしてくれたが知愛子は段々とそれをうるさがるようになり、説教臭いだの上から目線だのと悪口を言うようになって最後は
「あんた何様なのようっ」
とレストランで癇癪を起し、あやうく警察を呼ばれそうになったのを美己男が引きずるようにして連れ帰った。
それ以来、鈴木父娘とは会っていない。鈴木と小華 のことを考えると別れて良かったとは思うが、やはり色々な意味で辛い。
可愛くって楽しくって、大好きなちゃーちゃんだったのにな
汗だくになりながら、食洗器で次々に運ばれてくる食器を片付けていると、ポケットの中で携帯が震え、また母親からイカれたメールがきたのかと慌てて取り出す。
「あれ?寛 ちゃんだ」
滅多にない寛太朗 からのメールに塞いだ気分も一気に上がる。国立博物館のチラシが画像で送られてきたのを見て、しばらく考えた。
国立博物館?
小5の校外学習で行けなくて、大人になったら一緒に行こうって約束してたとこだ
え?誘われてる?
これって、デートのお誘いじゃね?!
濡れた手を拭くのももどかしく、前掛けに指先を擦りつけ、大急ぎで「いつ行く?」と打ち返す。
寛太朗は数か月前に美己男とヤリ部屋から出てきたところを彼女に目撃され、その後すぐに別れてしまったようだった。寛太朗には心配するな、と言われたがあれが原因で別れてしまったのは明らかだ。そう考えるとやはり凹む・・と思っていたのだがそんな気持ちは一瞬でどこかへすっ飛んだ。
「尾縣 くーん、注文おねがーい」
店長に声をかけられ
「今、行きますっ」
大声で返事をしながら寛太朗に「来週木曜? バイト遅番 7時から」と猛スピードで打つと
「らっしゃいませー」
と上機嫌で声を上げた。
「寛ちゃんとデート、寛ちゃんとデートぉ」
知愛子が散らかした部屋の中でゴミを蹴散らしながら美己男は朝早くから鼻歌混じりで出かける準備をしていた。こないだまで自分のせいで寛太朗と彼女が別れてしまったことに罪悪感を感じていたはずが今は優越感、というやつに浸りきっている。
「何着てこっかなー」
寛太朗が以前、美己男の為に、ともらってきてくれた服をゴソゴソと物色する。どれもハイブランドの物で最初は着るのに勇気がいったが着てみると意外にしっくりきたのと、なにより寛太朗が自分に選んできてくれたというのが嬉しくてすぐに毎日のように着るようになった。
酔っぱらって美己男のベッドで寝ている知愛子がちゃんと息をしているかどうかだけ確かめると、シルバーの尖った鋲 が打ってある黒いジャケットを羽織って外に出る。
冬の冷たい空気の中を待ち合わせの駅に向かい、浮かれ過ぎたのか待ち合わせよりも15分も早く駅に着いてしまった。駅前のファーストフード店のガラスに姿を映して風に乱れた赤い髪を直し、ジャケットの皺を伸ばす。
おかしくないかな
厳つい雰囲気のこのジャケットもすっかり美己男の体に馴染んでいて今1番のお気に入りだ。
そういえば寛ちゃん、エッチした後、これの上に寝ころんで叫んでたよな
ウケる
あの時はまだ2回目で、寛太朗に抱き着き夢中でキスをして、何もかもが必死過ぎだったのが笑える。あれから何度も寛太朗は美己男の求めに熱く応えてくれていた。
追いかけた先で待っててくれて、飛び込んだら絶対抱きしめてくれて
しよって言ったらしてくれて、好きって言ったら知ってるよって顔して
でも彼女もいたりして
寛ちゃんて俺のこと、どう思ってるんだろ
「あー、止め止め」
呟いて空を見上げる。
「美己男」
寛太朗の呼ぶ声が聞こえた。2人きりじゃないところだと美己男、と呼ぶところもグッとくる。
「寛ちゃん、おはよ」
寛ちゃんが俺のことどう思っていても、寛ちゃんが俺の1番には変わりない
美己男はニコ、と笑顔を寛太朗に向けた。
「あー、懐かしい」
3駅先で降りて川を見ると寛太朗が黒い眸 を輝かせ、はしゃいだ声を上げた。
小学5年生の時に校外学習で国立博物館に行こうとしてここを通ったはずだが、美己男はこの辺りの景色はぼんやりとしか記憶にない。博物館に着くはるか手前で美己男は隣の女の子を川に突き飛ばして大暴れし、寛太朗も巻き添えを食って鼻血を出してしまったので2人は学校へ引き返すことになってしまったのだ。
博物館へは行くことができなかったが、その代わりに寛太朗が横尾川へと連れて行ってくれて並んで一緒に弁当を食べた。
キラキラ光る川や、草の匂い、おにぎりに巻いた海苔の味、裸足で歩いたコンクリートの熱さまでが蘇ってくる。
校外学習より誰にも内緒で2人きりで行った横尾川のほうが美己男には強烈に記憶に残っていた。
寛ちゃんといるとどんなことでも平気になっちゃうな
「お前といると世界が平和で安心するわ」
まるで心の中を読んだような寛太朗の言葉に美己男は笑い声を上げた。
川の先に大きな自然公園があり、その中に博物館は建っていた。想像していたよりもはるかに大きい。
地階の入り口へと降りて行く下りの長いエスカレーターに乗ると、1段下に立つ寛太朗のつむじと小さく丸い後頭部が見えた。
「寛ちゃんの頭、丸い」
美己男の言葉に寛太朗が笑い出す。
「どーゆー意味だよ。あったりまえだろ。逆に四角い頭とか見たことあんのかよ」
「ないけどさー」
やっぱり寛ちゃんは俺と一緒だとよく笑う
自分に都合の良い勘違いをしながらエスカレーターを降りると、チケット売り場には列ができていた。
「わ、意外と混んでるんだね」
「あー、だな。春休みだからだろ」
「チケットはー?」
チケット売り場を通り過ぎ入り口に向かう寛太朗に声をかけた。
「もうある」
そう言って寛太朗はチケットをヒラヒラとさせた。
「え?嘘でしょ、買ってくれてたの?」
「前売りの方が安いから。常識」
こんなん、絶対勘違いするじゃん
これ、博物館デートじゃんっ
抱き着きたくなるのを必死で我慢しながら、寛太朗の背中を追いかける。
博物館の中に入ると2人はすぐに夢中になって歩き回った。
「これ、子供の時に来たらすぐ迷子になっちゃうね」
「今でもだいぶ迷子だぞ。ここどこだよ」
順路も地図も無視してあちらこちらと気ままに覗いて歩く。
「お、すげぇ」
寛太朗がそう言って暗い部屋に入って行った。
美己男も後ろからついて入ると中はずいぶんと暗い。何組かの親子連れやカップルが床に敷いてあるマットレスの上に寝転んで天井を見上げていた。
「あそこ、空いてる」
寛太朗が美己男の手を握ると、寝転んでいる人をヒョイヒョイと器用に避けながら進んでいく。
「え?わわ、あ、すいません」
美己男はギクシャクと手を引かれたまま部屋を横切り、奥に敷いてあるマットレスに仰向けに寝転ぶ寛太朗の隣に恐る恐る寝転んだ。
「なんか、すげー無防備じゃない?」
美己男は寛太朗に囁いた。長い睫毛と眉上のほくろがすぐ横に見えてドキドキする。
「え?そうか?暗いとこ、まだ苦手?」
「ううん、平気」
「あ、ほら、星が」
寛太朗が天井を指さす。
「わ、ほんとだ」
天井いっぱいに星が映し出されて次々と流れていくと、わぁー、とあちこちから声が上がった。
「おおー、すげー」
「あは、めっちゃ早っ。こんなん3回も願い事言えなくない?」
「短い単語言えば?」
「えー?短いって?どんな?」
「そうだな・・、あ、金、金、金」
寛太朗の猛スピードで放った言葉に美己男は爆笑した。
「ちょっとぉ、いい雰囲気台無し」
「お前が流れるの早過ぎって言ったんだろ」
「そうだけど」
部屋が朝のような明るさになり、みな立ち上がってゾロゾロと部屋を出る。
「ってかそんなのすぐに思いつく寛ちゃんがすごい。さすが特進様」
「それ、お前らほんとにそう呼んでんの?」
「特進様?そうだよ。寛ちゃんは俺らの間でカン様って呼ばれてる」
「マジで?だっさ」
その後もあれこれ遊びながら歩き回り2時間以上たって、ようやくクジラの骨のあるホールへとたどり着いた。
「あ」
「わぁー」
2人して天井を見上げる。
美己男は天井から吊り下げられたクジラの骨に手を伸ばした。
子供の頃の約束叶えてくれるとか、ほんと信じらんない
このままずっと寛ちゃんと一緒にいられたらいいな
微かに触れる指と指が内緒で手を繋いでいるようで美己男の体を疼かせる。
「次は本物、一緒に見に行くの約束ね」
どんどん欲張りになって気持ちが溢れ出てしまう。博物館の外に出て冷たい空気が美己男の火照った体を包んだその時
「寛?」
と呼びかけられて美己男と寛太朗はビクリと体を震わせた。
「あ?然 ?」
振り向いた寛太朗の体から緊張が解けるのを感じ取って逆に美己男は警戒した。がっしりとした体格に反して穏やかな雰囲気の見るからに誠実そうな男子を見て
あ、この人、寛ちゃんの側にいることを許された人だ
そう本能的に思った。
寛太朗は人に対して透明な膜を張っていてその中に滅多に人を入れない。美己男は子供のころからいつもその膜の中で寛太朗に守られてきた。1番好きだったはずの彼女にさえも張っていたのに、今はそれが
無い・・・
急激に今までに感じたことのない焦りのような嫉妬のようなものが沸き上がった。
「特進で一緒の然。然は中学ん時からの友達」
中学?俺がいない間もずっと寛ちゃんの側にいたってこと?
鼻の奥がギュッとして涙が出そうになり
「あ、悪い、邪魔しちゃったかな」
と言う然の余裕な態度にムキになって
「そんな、別にっ」
と言い返した。
「美己男、大丈夫だよ、然は」
寛太朗になだめられ
「あ、ごめんなさい、そういうわけじゃ・・」
と慌てて謝る。
どうしよ、寛ちゃんに今すぐ触れたい
抱きしめられて、めちゃくちゃにされたい
多分、体中から何か出ちゃって盛りまくってる
「な?」
と寛太朗に話しかけられて反射的に笑うが、ほとんど上の空だ。
その人を見ないで
早く早く、俺を見て
離れた指をもう1度寄せると、寛太朗がようやくこちらを向き眸 を黒く光らせる。
「今日、おばさんは・・?」
とその眸 に魅入られながら美己男は尋ねた。
「6時まで仕事」
ダメだ
溢れてくる
「じゃあ、寛ちゃんち行きたい。寛ちゃんちで、しよ」
なんとか涙は飲み込んだが、気持ちは決壊した。寛太朗が歩き出し、その背中を慌てて追う。
1秒でも早く、と気持ちが焦って部屋に入るなり寛太朗の唇に吸い付いた。
もし、あの人ともしてたら?
考えてもみなかった。寛太朗が自分以外の男と抱き合う、ということを。
自分以外の男を好きになる、という可能性を。
ベッドに腰かけている寛太朗の膝の上に跨った。
「然って人と仲いいの?」
「ん?あー、然?いいよ」
美己男のモノはすっかり勃ち上がっている。
「んっ、中学の時から仲良いの?」
「うん、そう」
「どのくらい?」
「え?どのくらい?学校で普通にいつも一緒にいるくらい?」
「チューするくらい?」
「え?しないよ」
寛太朗が女の子を抱くのは仕方がない。寛太朗はゲイじゃないのだからそれは当然だ。
だけど・・
「やだっ」
美己男はいつの間にか泣いていた。
「いや?したくない?」
「違うっ、したいっ、寛ちゃんもっとっ」
美己男の頭の中はぐちゃぐちゃで、身体は芯からトロトロに蕩けている。
「んんっ 、寛ちゃん、あの人としたらやだっ。しないでぇ」
「どうした、みー。そんなに泣いて。ん?」
だってだって、今までずっとあんな近くに寛ちゃんの側にいたなんてっ
「しないよ」
ほんとに?俺だけ?
じゃあどうして好きって言ってくれないの?
「みーは?他に誰かとしてんのか?」
「してないぃ。寛ちゃんとだけっ。お願い。早く」
美己男は身を捩 らせた。
寛ちゃんを俺だけのものにしたい
「ナカ、触ってやろうか?」
寛太朗の声が、汗が、匂いが、指が美己男の身体をかき回し震わせる。
「わかんねぇ、どこだ?これか?」
その瞬間、目の前に火花が散った。
「ダメッ!」
いきなり前立腺を刺激され耐える間もなく精液をぶちまける。
「うわ」
「あっ、ああっ。あんっ。ヤダ、ヤダァ」
もう訳がわからない。
「そこっ、ダメッ」
目が回りそうになって伸ばした手を寛太朗がしっかりと握る。今度はもっと太いモノが押し入ってきて、美己男の身体はさらに快感に悶えた。
「あー、すぐイきそう」
寛太朗が呻く。
「ん、寛ちゃん、イって。イって。俺、もうダメぇ」
美己男は叫んで身体の奥で広がる寛太朗の熱い海に溺れた。
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