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高校3年 春のこと
新学期が始まり作業棟までブラブラと怜 と連れ立って歩いていると
「カン様の横にいる美人さん、すんごいミキオ睨んでねーか?」
と怜が小声で訊いてきた。
「え?」
寛太朗 を見かけていつものように知らぬ顔で通り過ぎたが、怜の耳打ちに顔を上げた。確かに寛太朗の隣を歩いている綺麗な顔の生徒が黄緑色の光がパチパチと光る瞳でこちらをじっと見ている。
「ほんとだ」
理貴 さんだ
相変わらず、こわ
1年生の時、寛太朗と再会した食堂でも睨まれて怖かった。隣にいた然がさりげなくその大きな体で視線を遮ってくれてホッとする。
あの人、俺みたいなのが幼馴染ってだけで寛ちゃんの側にいるの許せないんだろうな
なんとなくそれはわかる気がする。
どっから見ても俺、寛ちゃんとは釣り合ってないもん
「あーあ」
美己男 はため息をついた。
「なに?どしたの?今度はあの人が恋のライバル?」
「はあ?ちげーしっ」
「だよな。特進様相手にミキオなんかライバルにもなんねーか」
怜がわははー、と笑う。
「ちょっとー、傷つくんですけどー。ま、その通りなんだけどさ」
「え?あ、マジだった?悪ぃ。でもさー、あの可愛い彼女さんからお前、カン様、略奪しちゃったんでしょ?いや、それだけでも凄いわ。ミラクル」
「略奪って。そんなんじゃないって」
そんなつもりはなかったが本音を言うと別れた彼女には悪いが少し、いやだいぶ舞い上がっている。なぜなら寛太朗の態度が少し変わったからだ。
寛ちゃんが前よりも甘いから・・
博物館に行った時は本当にデートのようで寛太朗も楽しそうに見えたし、その後のセックスは濃厚だった。身体だけじゃない、確かに全てを愛されていると勘違いしてしまいそうなほどに。美己男は普通科棟に入って行く寛太朗の背中を熱いため息と共に見送った。
3年になると木工班は大型機械を扱う授業が増える。美己男は大型機械を扱うのが怖くて仕方がないが、作業棟にいると隣りの普通科棟に入って行く寛太朗の姿を前よりも頻繁に見ることができるのは嬉しい。
昼休みが終わる前に作業棟に入り、窓際の機械で準備をしていればかなりの確率で寛太朗を見かけることができた。
今日、寛ちゃん1人だ
寛太朗が普通科棟に入らず、まっすぐこちらに向かってきてイチゴ牛乳を振って見せる。
やったっ、お誘いだっ
教室を飛び出し、旧校舎に入って行く寛太朗の背中を追いかけた。
「寛ちゃん」
屋上に出ると寛太朗が投げてきたイチゴ牛乳を受け取って隣に座り込む。チュウ、とストローを吸うとまだ冷たいイチゴ牛乳が甘く口の中に広がり
「あー、うま」
と嬉しくて声が出た。
「何の実習?」
「テーブルの製作」
「ふーん、そんなん作れるんだ」
「まだ今からだよ」
もし、上手くできたら寛太朗の家のキッチンに置いてもらいたい、そう思いながら設計図を描いた。
「へえ。お前、家具作りとかに興味あったんだな」
「うーん、本当は作るより直す方やりたいんだけどね」
「直す方?」
寛太朗の細い指先がイチゴ牛乳のストローぐちをカリカリと掻く。
「うん、俺、古い家具の修理とか?そういうのしてみたいと思って」
それなら安くても結構いい家具買えそうだし、自分で直して寛ちゃんにもっと大きい
ベッドあげたい・・
ってか、寛ちゃんの指、さっきからすげーエロいんだけど
「それって初恋の人の影響?」
寛太朗の指に目を奪われていた美己男は
「え?」
と訊き返した。
初恋の人は寛ちゃんだけど?その前なんて言った?
美己男がちゃんと聞いていなかったのを察したのか、寛太朗はイライラとした口調で訊いた。
「中学ん時の技術の先生。カオルさん?だっけ?」
技術の先生は馨 さんだけど・・
なんで馨さん?
「え?馨さん?うーん、どうだろ。図面書いたり、ものを作ることの楽しさは馨さんに教えてもらったけど。でも・・」
何を訊かれたのかよくわからぬままオロオロと答える。
「作る楽しさねえ。そいつには他の楽しさ、教えてもらったんじゃなかったっけ?」
寛太朗にそう言われて美己男は混乱した。
「なっ、そんな言い方っ!」
なに?他の楽しさって?
馨さんとエッチしたこと怒ってんの?
それとも、また俺、間違えたこと言った?
「邪魔して悪かったな。実習、がんばれよ」
寛太朗が頭を撫でてスタスタと歩いて行く。
「え?え?ちょっと待ってよぅ、寛ちゃんっ」
訳がわからぬまま寛太朗が屋上を出て行くのを見つめる。
「怒ったの・・?」
予鈴が聞こえて美己男はノロノロと立ち上がった。
確かに、古い家具を修理する人になりたい、なんてバカみたいに聞こえる気がしてくる。
少し前に愛良 に言われて自分に何ができるのか考えてみたことがあった。大型機械を扱うのはやはり怖いし作業もみんなのように手早くできなくて、ついていくのに必死だ。
図面を引くのは嫌いではない。怜が言うように図面引き専門になるのは悪くないのかもしれないが、自分が何かを作る為に設計図を描くのであって、設計自体をやりたいわけではない。
自分に何ができるか、といことよりただ寛太朗にすごいと言ってもらえるようになりたいだけだ。
そういえば1度だけ寛ちゃんにすごいなって言われたことがあったっけ
小学5年の校外学習に行く途中に隣の女の子を川に突き飛ばして泣かした。そのあと寛太朗はキラキラと目を光らせて美己男に
「みー、すごいな、お前」
と言ったのだ。
「あ、でも、こないだも」
博物館に行った時も確か、お前すげーな、と言われた気がする。
何だったっけ?
俺といると世界が平和だって言ったんだ
「なんだよ、世界が平和って」
美己男は混乱したまま作業棟に戻った。
「ミキオー、寸法出し全部終わったのかー?」
と教室に入るなり怜に言われて
「ヤベー、まだっ」
と美己男は慌てて作業台に駆け寄る。
どっちにしろ、基本的な製作できないとなんもできない
そう思ってはいてもやはり電動のこぎりを前にすると怖くて仕方がない。
「ううー」
ゴーグルをしてガンガン木材を流していく怜を見るとどうしても腰が引けてしまう。
「ミキオッ、次、お前の番だぞ。機械止めずにいけるか?」
機械の音に負けないように大声で怜が叫ぶ。
「だいじょぶっ」
美己男は長い木材を震える腕で台に乗せた。
「あ、うわ」
打った印を見失い、そのまま木材が流れて行く。
「あ、あ」
美己男は慌てて流れる木材に手を伸ばした。
「ミキオっ、手、離せっ」
怜が大声で叫ぶのが聞こえた。
木材に手が引っ張られたその瞬間、ゴーグルに赤い液体がかかり、目の前の景色がグルリとひっくり返った。
「あああー」
誰かが叫んでいる。
「緊急停止押しなさいっ」
バタバタと足音が聞こえ、電動のこぎりの唸るような音が止んだ。
「みんな下がって下さいっ」
いつの間にか美己男は床に倒れていた。
「尾縣 君、しっかり」
ゴーグルをむしり取られ木工班教諭の張間 の顔が目の前に見えて、美己男は叫んでいるのは自分だと気が付いた。酷い船酔いのように視界がグルグルと回って地面がグニャグニャと揺れる。
「ああー、せんせー、グルグルするー」
「すみません、少し我慢してて下さい」
「張間先生、救急車呼びました」
「ありがとうございます。もっと何か布を下さい」
張間と他の教諭が小声で話しているのを聞きながらさっきからギュウギュウと締められている左腕を見下ろした。
「血?俺の手?」
自分の左腕が血まみれなのを見て、体が冷たくなり息がしにくくなってくる。
「尾縣君、そっち見ないで」
教諭たちの声が遠くなって視界が暗くなった。
「尾縣さーん、聞こえますかぁ?」
と言う呼びかけに小さく頷く。
その時、遠くから
「美己男」
と寛太朗が呼ぶ声が聞こえた気がした。
あれ?寛ちゃん?
「美己男っ」
「寛ちゃん?」
今度ははっきりと聞こえ視界が明るくなり外の景色が見える。声のほうに視線を彷徨わせたが目が回ってしまい、手を伸ばした。
「みー!」
声だけは聞こえるのに姿は見えないまま、車の中に運び込まれた。
「寛ちゃん、どこ?寛ちゃん」
夢中で呼びかけると
「みー?何?どした?」
と近くで声がして、ようやく寛太朗の顔が見えた。
寛ちゃん、また来てくれた
「なんだよ、どんくさいな、みー」
そう言って髪を撫でる寛太朗の黒い眸 を美己男はただひたすら見つめた。
そのまま救急病院に向かい、美己男は1人で処置室に運ばれた。
ヤバかった・・
腕、持ってかれるとこだった
一瞬の出来事でよく思い出せないが腕が機械に巻き込まれる所だったのを、咄嗟に怜が後ろに引っ張ってくれて助かったようだ。
怜ちゃんにいっぱい謝んなくちゃ
処置が終わり暗くて寒い部屋に1人で寝かされたが寒さと恐怖で体の震えが止まらない。
「みー、入るぞ」
寛太朗の顔がカーテンの隙間から見え、縋るように美己男は右手を伸ばした。
「寛ちゃん・・」
「血だらけでびっくりした。さすがにビビったわ」
ギュッと握った寛太朗の手の温かさに美己男の体の震えが止まる。
「ありがと、寛ちゃん。来てくれて」
「みーに何かあった時は俺が呼ばれるんだからしょうがないだろ」
ベッドの端に腰かけ優しく話す寛太朗があまりに甘くて蕩けそうだ。
良かった、寛ちゃん怒ってないや
うん、と頷いてうっとりと甘い空気に浸っていたら教諭の張間が顔を覗かせ美己男は慌てて起き上がった。
「あ、まだ寝ていて下さい。今日は大事を取って病院に泊まってもらいます」
そう言われて驚いた。
「尾縣君のご家族に連絡しました。お母さまがもうすぐ病院に来るそうです」
母さんが来る?
嘘だろ?
「それと、藍田 くん、お友達が荷物を持って来てくれてますよ」
「あ、そういえば、俺、全部学校置いて来たわ」
握っていた手を離し、寛太朗が立ち上がった。
そっか
寛ちゃんにはあの人たちがついてるんだ
健やかで誠実そうな然 と美しく魅力的な理貴の姿が頭に浮かぶ。不釣り合いな自分とはかけ離れた世界の人たち。
「あは、寛ちゃん、ウケる。どうやって帰るつもりだったの」
「ウケてる場合かよ。お前のせいだろが」
「へへ、ごめんてば」
行かないで、とは言い出せず寛太朗が部屋を出て行くのを笑って見送るとまた薄暗い部屋にポツリと取り残された。
寛ちゃんとずっと一緒にとか、やっぱ無理なのかな
馨さんに言われた、なんだったっけ?オメデタイ?
ぼんやりと天井を眺めていると、廊下から聞こえる声が段々と大きくなってくるのに気が付いた。もはや怒鳴り声のようになっているのは間違いなく母親の知愛子 の声だ。
「母さん・・」
フラフラする体をなんとか起こして廊下に出た。
「母さん、やめて」
知愛子はいつものように酔っぱらっていて、それを理貴がまるで汚らわしい物を見るような目つきで見ている。
「美己男」
「みーちゃんっ」
駆け寄って来る寛太朗と知愛子がぶつかりそうになり、知愛子が寛太朗の手を勢いよく払い除けた。寛太朗の眸が真っ黒になり
「おいっ!あんたっ、何すんだよっ」
と理貴が目の中に黄緑色の炎をパチパチと燃え上がらせながら怒鳴る。
「やめろっ、ちゃーちゃん!」
美己男は思わず叫んで知愛子の腕を引っ張った。
ああ、なんで俺も母さんもこんなにみっともないんだろ
こんなバカ親子、最悪・・
「寛ちゃん、ごめんね」
なんとかそれだけ言うとヨロヨロと知愛子を診察室に押し込んだ。扉を閉めたとたんに涙が溢れる。
「なんでだよ、なんでこんなカッコ悪いんだよ」
ズルズルと扉を背に座り込んだ。
「みーちゃん、どしたの?痛い?こんなひどい怪我して、ちゃーちゃん、先生も学校も許さないからねっ。訴えたげるっ」
知愛子の声に神経が切り裂かれる。
「うるさいっ!黙れっ!何なんだよ、何であんなひどいこと寛ちゃんにしたんだよっ」
「はぁ?カンちゃんカンちゃんって、あんたはいっつもそればっかり。バカじゃないのっ。あの子はねぇ、あんたのことなんか後をついてくる野良犬かなんかぐらいにしか思ってないんだからねっ。たまに可愛がって満足してるだけなんだっ。いい加減、目、覚ましなっ」
知愛子が美己男の髪を掴む。
「うるさいうるさいうるさいっ。もう帰ってっ!母さんは帰れよっ。何で来んだよ、バカ知愛子っ。俺は寛ちゃんにいて欲しかったのに、あんたのせいだっ。全部お前のせいだっ」
「母親に向かってぇ、あんたが怪我したって言うから来てやったのに何なのよっ。ふざけるなっ。こっちだってお前の顔なんか見たくもないんだよっ」
「じゃあ見るなっ、クソ親がぁっ」
慌てて医師や看護師が部屋に飛び込んで来て
「尾縣さーん、お母さーん、ちょっと落ち着いて下さーい」
と美己男の髪を掴んでいた知愛子を引きはがすようにして連れて行った。
「尾縣君?立てるかな?」
張間がそっと腕を掴んで引き上げた。
「先生、ごめんなさい」
美己男はグズグズと泣きながら謝った。
「大丈夫ですか?誰か他の人に連絡しましょうか?」
美己男は黙って首を横に振った。他に連絡できる相手など思いつかない。
「大丈夫・・」
「藍田君に戻って来てもらったらどうです?」
「いい、ダメです。寛ちゃんにはこれ以上、迷惑かけたくないから」
「そう?藍田君は迷惑とは思ってなさそうでしたよ。君の事をとても心配していました」
「ん・・。寛ちゃんは面倒見がいいから。弱い奴、ほっとけないんです」
「そうですか。仲が良いんですね。小学校の頃、施設で一緒に過ごしたんだって?」
えへへ、と美己男は泣きながら笑った。
「寛ちゃん、そんなこと話したんですか?」
「ええ。昼間に尾縣君に嫌な態度を取ってしまった、とも言っていました。後悔しているようでした」
「へ・・?」
美己男は驚いて顔を上げた。
「藍田君は弱い人を放っておけないんじゃなくて、尾縣君を放っておけないんじゃないでしょうか」
「俺を?ですか?」
「ええ」
張間が頷く。
「なのでこういう時は少し甘えていいと思いますけどね。でないと相手も君に甘えにくいでしょ?」
「でも、俺、寛ちゃんに甘えてばっかだし」
「そうですか・・。相手を気遣うあまりに口に出せないこともありますけど、もっと自分の正直な気持ちを伝え合ってもいいと私は思いましたよ。寂しいとか、辛いとか、一緒にいて欲しいとか、そういう単純な言葉でもね。さ、では看護師さんを呼んできましょう」
そう言って張間は静かに部屋を出て行った。
「ミキオっ、だいじょーぶかっ」
腕に怪我を負ってから2日後に学校に行くと怜が駆け寄ってきた。
「ミキオちゃんっ」
と愛良も抱きついて来る。
「あー、怜ちゃん、アイ、ごめんね、心配かけて。ってかマジでありがとー。あん時、怜ちゃんが後ろに引っ張ってくれなかったら危なかった。腕失くしてたかも」
「めちゃくちゃビビッたっつーの!!あの後、もう、みんなで無理ーってなったんだからなっ」
「ほんとだよー、血だらけで救急車で運ばれちゃうんだもんっ」
抱きついている愛良の頭をよしよし、と撫でる。
「俺も、超怖かったー。10針も縫っちゃった」
と言いながらニコと笑いかけると愛良がグリグリとえくぼを指で突いた。
「そんな大怪我しておきながら、なに、その笑顔。カン様にまた恋しちゃったんでしょ」
「ええ?まぁ・・ね」
顔がニヤけるのを止められない。
「なんだよそれー。こっちは死ぬほど心配したっつーのに」
「あは、ごめんて」
「許せんっ。天下の特進様がっ、あんな素敵なカン様がぼんやりのミキオちゃんの彼氏だなんて、許せんっ」
「はぁ?何言ってんだよ。特進なんて嫌な奴に決まってるってアイが言ったんじゃん」
「前言撤回っ。あんなの見たら惚れちゃうよー。いきなり現れたかと思ったらみんなの前で、みーって叫んで腕をこう伸ばしてさー。そのまんまミキオちゃん追っかけて消えた・・。ううー、何回思い出しても萌えるっ。伝説の誕生を目撃したっ」
愛良が腕を伸ばしてバタッと机に突っ伏した。
「うおー、そこんとこ、俺見てねー。見たかったっ」
怜もばったりと机に突っ伏して残念がる。
「あ、そうだ、怜ちゃんは?怪我しなかった?」
「俺?全然。ミキオの腕見て貧血起こしてぶっ倒れてただけ。おかげで伝説の誕生、見逃したけど」
「ほんとごめんね、怜ちゃん。今日、昼飯おごる」
「おっしゃ」
「それはいいからー、その後、その後っ」
愛良がムクッと起き上がって美己男に顔を近づける。
「カン様、病院まで付き添ってくれたんでしょ?」
「うん」
「そんで、そんで?」
「そんで・・、どんくさいなって頭撫でてくれて、治療が終わるの待っててくれた」
「だはは」
「ぎゃー、萌え死ぬっ。そんでっ」
「そんで昨日の朝、病院に迎えに来てくれた」
「え?わざわざ?」
「うん。受付で会計するの待ってたらいつの間にか来てて」
「いつの間にか来ているようなものなのかっ?カン様はっ?」
「そんで、寛ちゃんちに連れて帰ってくれて、今日は大人しく寝てろって」
「・・・マジでか」
「ゆ・・、許せんっ。そんな恋愛シチュみたいな展開、羨ましすぎるっ」
愛良が悶える。
だよな
ヤバいくらい優しかったもん
昨日の朝、1人で病院の受付で待っていたら制服姿の寛太朗が現れ、会計を終えるとさっさと美己男のカバンを持って寛太朗の家に帰った。美己男は黙って後ろをついて行き、言われるがままにつなぎを脱いで寛太朗のベッドに潜り込んだ。
「俺、後で学校行くけどお前は大人しくここで寝てろよ。晩飯、一緒に食うだろ?」
「うん」
「コロッケ?メンチ?」
「メンチ」
「ん、分かった」
「ありがと寛ちゃん。大好き」
なんとかそう言うとすぐに眠ってしまい、気が付いたら夕方になっていた。キッチンから音が聞こえてきて目が覚めモゾモゾと起き上がって部屋を出る。
「寛ちゃん?」
「おー、起きたな。メンチ買って来たぞ。腹減っただろ?食えそうか?」
「うん。すんげー寝た」
冷蔵庫の中からペットボトルを取り出し、蓋を開けようとするが左手の傷が引き攣れ力を入れると痛くて開けられない。
「昨日、病院であんま寝られなかったのか?」
寛太朗がペットボトルを掴んでいる美己男の手を上から掴むとパキと蓋を開けた。
「ありがと。寝てるのか起きてるのかわかんない感じだったから」
「そっか。顔色は戻ったな」
パカ、と炊飯器を開けると湯気が立ち上って炊き立ての米の良い匂いが漂い、キュウと腹が鳴る。
「あは、腹鳴った」
「ん、飯にしよーぜ」
小さなテーブルで向かい合わせに座り2人でメンチカツを腹いっぱい食べると、その後、寛太朗は美己男の赤い髪を洗い乾かしてくれた。
「今日は泊まってけば?その手じゃ何もできねーだろ」
いつの間にか洗濯されているつなぎと今朝、病院で渡された封筒が入ったコンビニ袋を玄関先で手渡される。
「ありがと、でも今日は帰るよ。明日から学校行く」
家まで送って行く、と言う寛太朗に
「ううん、平気」
と首を横に振った。本当はこのまま寛太朗の腕の中で一晩を過ごしたい。だがこれ以上知愛子を1人にしておくのも心配だ。本当に学校に乗り込みかねない、と思うと気が気でない。
「・・でもチューして」
美己男は甘えた声で寛太朗にねだった。頭を引き寄せられ唇を触れ合わせる。軽くのつもりが段々と激しく熱くなり、寛太朗の小さな唇で強く吸われ舌先で口の中のピアスを撫で回されて、美己男も夢中で自分の舌を差し出した。
あー、ヤベ
寛ちゃんのチュー、気持ちいい
止まんないってか・・
「・・イキそう」
美己男は堪 らず息を漏らした。
「バカなこと言ってないで怪我人は早く帰れ。もうすぐ母さん帰ってくるから」
「うん。じゃあ明日学校でね」
「ん。なんかあったらすぐ逃げて・・、連絡してこいよ」
「ありがと、大好き」
「ん、お休み」
寛太朗は分かってる、と言うように2、3度ふさふさと瞬きをした。
あんなの反則
1番になれるんじゃないかって期待しちゃうじゃん
「おーい、ミキオちゃんっ。スケベな顔してんじゃないよっ。出し惜しみしないで全部聞かせなさいっ」
愛良に額を弾かれハッとした。
「えへへ、こっから先は18禁なのでダメー」
「なにが18禁だっ」
「そうだよっ、そっから先を聞きたいんでしょーがっ」
ギャーギャーと怜と愛良に詰め寄られて美己男は声を出して笑った。
「来週の土曜日、抜糸だってー」
腕に怪我を負ってから、寛太朗が毎日のようにメッセージや電話をしてくる。
「もう?早くね?傷、ちゃんと塞がってんのか?」
「多分」
「多分て、お前、見てねーの?」
「見たよー、でも傷口、グロくてよくわかんない」
「バカだな。後で傷口、写メ取って送って」
「えー?ほんとにキモいよ?」
「いいから送れ」
そう言うとプツッと電話を切ってしまう。傷口を写真に撮って送るとすぐに『塞がってるが油断するな』と寛太朗からメールがきて
「油断ってなんだよ。ウケる」
と美己男は思わず笑った。
「1人で大丈夫だってばー。すぐに終わるって先生言ってたし」
病院に付き添って来て診察室にまで一緒に入ろうとする寛太朗に美己男はそう言った。
「傷口が開かないか確かめる」
「開くわけないじゃんっ。怖いこと言うなよ」
「やっぱ怖いんだろーが」
「寛ちゃんが脅かすからだろっ」
不満げな寛太朗を廊下に残し、1人で診察室に入る。
「尾縣さん、こんにちは。どうぞかけて下さいね。付き添いの方?」
看護師がチラリとドアに目を向け尋ねた。
「あ、はい、えっと、兄です」
「優しいお兄さんなのねー。付き添ってくれるなんて」
「はい、めちゃくちゃ優しくてカッコい・・」
「イケメン兄弟ねー。私がお母さんなら自慢しまくっちゃうわー」
美己男の返事を大して聞きもせず1人で話しながらテキパキと腕のガーゼを外し台に乗せる看護師に呆気に取られているうちに肩をググッと押さえられた。
「うん。綺麗に塞がってますから抜糸しても問題ありませんね。全部抜いちゃいましょう」
医師も流れるように説明するとパチリと糸を切りズル、と糸を引き抜いた。
「ひあ」
美己男は体の中を糸が通り抜ける感触にビクリと体を震わせた。国立博物館で見た細長い虫の標本を思い浮かべてしまい冷汗が全身から吹き出す。
「すぐ終わりますからねー」
次の糸を切ろうとする医師に
「あ、あ、待って、待って」
と言うと、肩を掴む看護師の手から逃れようともがいた。
「尾縣さん?」
「あ、思ってたより、その、怖いですっ」
「じゃあ、お兄さん呼びましょっか」
看護師がまたしても美己男の返事を聞かずにすぐさま廊下の寛太朗に声をかける。
「どうかしましたか?」
寛太朗が診察室に入って来ると固い声で尋ねた。
「弟さん、糸を抜くときの感触が苦手みたいで、緊張してしまって」
美己男の顔を見て寛太朗がうっすらと笑う。
「なんだ、1人で大丈夫って言ったろ」
「ごめんなさい、寛ちゃん」
謝る美己男の頭をグイと引き寄せ腹に抱えてくれる。美己男は糸を抜く度に体を引き攣らせながら、目を瞑ってギュウギュウと寛太朗の腰にしがみついた。
「みー、終わったよ」
寛太朗の声にぐったりと体を預ける。
「お前、よくそれで1人で大丈夫って言ったな」
待合室の椅子に腰かけ、寛太朗が手渡してくれた冷たい水を飲むとようやく少し落ち着いた。
「ありがと。だってあんなに気持ち悪いと思わなかったから」
「どれ、見せてみ」
寛太朗は美己男の腕を取り真剣な顔で眺めると傷口を指先でそっと撫でた。寛太朗の細い指先がゆっくりと皮膚の上を滑るとさっきの不快感が拭い去られて、愛撫のような感触にうっとりと息が零れる。
あ・・、また指先エロい・・
うん、大丈夫だな、と寛太朗は小さく呟き
「昼飯、何食いたい?ご褒美におごってやる」
と顔を上げた。
「マジで、やった。じゃあ、牛丼。テイクアウトして寛ちゃんちで食べたい」
「お、いいね、牛丼」
「温泉卵つけて」
「みーのくせに贅沢。俺もつけよ」
そう言って寛太朗が嬉しそうに同意した。
家までの道のりを牛丼の入った袋を手に歩く寛太朗の後ろをついて行く。
寛ちゃん、なんでずっと俺に優しいんだろまるで恋人みたいだ
恋人同士になどなれるわけないと分かっていても、今、寛太朗が側にいるこの事実がどうしようもなく期待を抱かせる。
「寛ちゃん、彼女と別れちゃったのってさ、俺のせい・・・だよね」
どう答えて欲しいのかよくわからぬまま、美己男は訊いた。
「え?なに、急に」
「何かひどいこと言われた?」
「ひどいことって?」
「わかんないけど・・、その・・俺と・・」
「まー、あの状況、普通は修羅場だよな。殴られても文句言えないぐらいじゃね?」
「え?寛ちゃん殴られたの?」
「んなわけあるかよ」
美己男の真に受けた様子がおかしかったのか寛太朗が笑う。
「あ・・そか。あの、寛ちゃんは大丈夫?」
「俺?まぁ今年は大学受験でもっと勉強しなきゃいけないからどうせ別れてた気がするけど。
なに?寛ちゃんはっ、って、もしかして百花 になんか言われたのか?」
寛太朗の眸 が冷たくユラリと揺れた。
「え?違う違う。何にも言われてない。そういう意味じゃなくてぇ」
話が思わぬ方向に向かい美己男は慌てて首を横に振った。ならいいけど、と言いながら寛太朗がガチャガチャと玄関のドアを開ける。
「冷めないうちに早く食おうぜ。味噌汁は?」
「いるー。寛ちゃんは?」
「いる」
寛太朗の眸 から冷たい光が消え、ホッとして美己男は椀を食器棚から取り出した。
牛丼を食べ終え、洗い物をしている寛太朗の後ろ姿を美己男はぼんやりと眺める。
好きって言ってくれないけど彼女とは別れちゃって、その原因の俺と今は一緒にいるってことは、今は俺だけのものってことでいいんだよな?
寛太朗からの明確な言葉が欲しくてたまらない。本当はさっきもお前の為に別れた、と言って欲しかったのだと気づいて胸が苦しくなった。
「ね、寛ちゃん、しよ」
体も心も自分の全てが寛太朗のものだと知って欲しくてたまらなくなり、後ろから抱き着く。
「今日はダメだよ。抜糸したばっかりなんだから」
「ヤダ」
「さっきまで青い顔してたろ」
「だからご褒美」
「じゃあ、擦ってやるから。それで今日は我慢しな」
寛ちゃんはいつも俺を待っててくれる
美己男は嬉しくなって振り向いた寛太朗の頬に鼻を押し付けた。
もっと望んでもいいの?
もっと甘えてもいいのかな
なぜか笑っている寛太朗に美己男は唇を押しつけた。唇を挟まれ舐められると体中の血が一気に下半身に集まり一瞬で固くなる。
「ここで?ベッドで?」
もうすでに腰が疼いて崩れそうだ。
「あ、ベッド。立ってるの無理」
ベッドまで手を引かれると、後ろから抱えられ耳を舌で撫でられる。美己男はズボンも下着も脱ぎ捨て無防備な下半身を晒して体を預けた。モノはすっかり勃ち上がり、身体中が寛太朗を求めて震えた。
「あっ、ああっ」
張りつめたモノを握られしごかれて、美己男は声を上げた。
「みー。すげー熱い」
ぴったりと体を寄せ合い2人の境界線が分からなくなってくる。寛太朗の声が耳の奥に響いて声すらも美己男の一部になっていくようだ。
撫でられ、舐められ、囁かれて、身体はグズグズにほどけた。屋上でイチゴ牛乳のストローぐちを引っ掻き、病院で美己男の腕の傷を撫でた寛太朗の細い指先が今はカリカリと美己男の濡れた先端の穴を掻いている。
あ、あ、寛ちゃんの指がっ
脳天まで一気に刺激が突き抜け、体がビクリとのけ反った。
「やだぁ、寛ちゃん。寛ちゃん。出ちゃう、それ、出ちゃうからっ。だめぇ」
「待てって。もうちょい、がんばれ」
ああ、また溢れちゃうっ
「ああんっ、だめっ」
美己男は泣きながら叫ぶと我慢することもできずに達し、白い液が飛び散った。
「あ、バカ。待てって」
「んー、ごめんなさい。無理、無理ぃ」
もうもたないよぅ
「やっぱり挿れてぇ、寛ちゃん。お願い」
奥が寛太朗を欲しがって我慢ができず身を捩らせた。
「クソッ。煽りやがって。こっちも我慢の限界」
そう言うと寛太朗の固く熱いモノが中に押し入ってきた。
「寛ちゃん、気持ちいっ。んっ。好きぃ」
美己男は快感の波に飲み込まれてすすり泣いた。寛太朗のモノでみっちりと満たされた腹の中からドクドクと熱が広がっていく。
ヤバい、溺れる
「待って、今っ、ヤバいっ」
今までに感じたことないほどの圧倒的な力に押し流されて息さえできない。
「みー?中イキしてる?」
これ・・中イキ・・?
「あ・・。多分」
恐ろしいほどの激しい流れの中で制御の効かない体を寛太朗がしっかりと抱きしめ繋ぎとめてくれる。
「寛ちゃん、きて、奥っ」
息も絶え絶えに言うと寛太朗が強く突きあげてきた。
「出すよ、みー」
「ああ、寛ちゃん。すごいよぅ」
目の前で光が一瞬白く爆ぜると、寛太朗の鼓動と自分の鼓動が1つになって身体の奥にドクドクと響き震え続けた。
「なぁ、それより、みー。知愛子さん、大丈夫なのか?なんか、ずいぶん雰囲気変わってて驚いた」
寛太朗の胸の中で甘い余韻に浸っていた美己男は急に現実を突きつけられ、ゴソゴソと体を小さく丸めた。
「あー、あの人、今、最悪」
病院で派手に言い争いをして以来、まともに顔も合わせておらず知愛子は荒れていく一方だ。今まで知愛子が隠していたのか借金の督促状が郵便受けにあるのを初めて見つけた時、美己男はあまりの恐ろしさに封を開けずにゴミ箱に突っ込んで捨ててしまった。
俺たち、このままだとどうなっちゃんだろ
「お前さぁ、いつまで母親を待つつもり?もういいだろ。早く捨てろよ。卒業までここで一緒に暮らすか?」
寛太朗の言葉に美己男は耳を疑った。
一緒に暮らす?って言った?
一瞬、美己男は嬉しさのあまり寛太朗の首に飛びつきそうになった。だがすぐに病院で知愛子が寛太朗の手を払った時の顔が頭に浮かんでくる。
バカか、俺
そんなことしたら、また寛ちゃんに迷惑かけちゃう
「ありがと、寛ちゃん。そうしたいけど、あの人、1人じゃいられない人だから」
「1人じゃいられないって、お前がいっつも置いて行かれてたんだろうが。コンビニに置いてかれて泣きながら帰って来たの忘れたの?」
そうだ、あの時から寛ちゃんとこに帰るようになったんだ
「俺はいつも寛ちゃんがいてくれるもん。今日も来てくれたし」
「あー、今日はその怪我、俺にも責任があるから」
寛太朗が頭の上で呟くようにそう言った。
「え?何?何で。寛ちゃんに責任なんかないって」
意味が分からず美己男は驚いて寛太朗を見た。
「あの日、昼間ちょっと、俺、屋上でお前にキツく当たって・・。だからその後、お前、集中できなかったんじゃないかと思ってさ。あんな態度、取らなきゃ怪我しなかったかも」
寛太朗の眸 の中の海がうねり眉間に力が入る。
「そんなわけないじゃん。寛ちゃん、あの日、俺に怒ってた?馨さんのこと?それとも俺、なんかまたバカなこと言った?」
「あー、怒ってたっていうか、まぁ」
「俺、寛ちゃんのことがずっと好きだよ。先生のことも好きになったけど、その前から寛ちゃんのことが好き。初恋も初チューも寛ちゃんだもん」
「悪かったよ。お前の話聞いてなんか色々、腹がたったつーか、八つ当たりみたいになっちゃって。その後、あんなことになってすげー後悔した」
神様を信じてるわけじゃないけど、寛ちゃんに出会わせてくれたのが神様なんだったらいっぱいいっぱい感謝する
だから寛ちゃんの世界をずっと平和のままにして
そう願いながら美己男は寛太朗の鼻の頭に額を擦り付けた。
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