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高校3年 終業式の日のこと

「あー、ねぇ、ミキオ君?だよね。(かん)の幼馴染の」  1学期終業式終わりのまだざわついた廊下で美己男(みきお)は声をかけられた。 「は?」 と振り向くと見覚えのある美しい顔にパチパチと黄緑色の光を散らした瞳の理貴(よしき)がニッコリと笑って立っている。 「あ?え?理貴・・さん?」  工業科の廊下が理貴のその存在感にざわついた。   なんだ・・? 「あ、俺の名前知っててくれたんだ。うれしー。寛からどんなこと聞いた?」  親し気に肩を組まれて恐怖に体を固くした。 「あ・・名前だけ・・」  ふーん、そっかそっか、と言いながら強い力で無理矢理歩かされる。 「ちょっと寛のことで幼馴染のみーちゃんに相談したいことがあるんだけどー」  工業科の生徒たちが何事かとどんどん集まってきてしまう。 「あんま目立つのお前も嫌だろ?早く歩けよ」  耳元で低く囁かれ美己男はビクリとした。 「どこ・・・行くの?」 「もっと静かなとこで話そっか。旧校舎の3階とか?」   は?ヤリ部屋で?  理貴の腕が首を絞めつけるように巻き付いて息が苦しくなってくる。集まって来た生徒たちが道を開ける中を理貴がニコニコと美己男を引きずるようにして歩いて行き、(れい)愛良(あいら)が心配そうに見ている前を美己男はうつむいたまま通り過ぎた。  寛太朗(かんたろう)と仲が良いのはわかっているが、理貴のことをよく知っているわけではない。この状況を美己男はまるで理解できないまま、旧校舎まで歩いた。  その間、理貴は楽しそうに話しかけてくるが、何を言っているのかさっぱりわからない。 「あの、英語、俺、わかんない」 「あはは、英語ってのはわかった?意外と賢いじゃん。さすが寛とヤってるだけあるな」  バカにしたように理貴が笑い、美己男は全身の血の気が引いた。   この人、本気で俺に怒ってる  不釣り合いな自分が寛太朗の側にいることに本気で怒っていて、それを今わからせようとしているのだ、と悟った。 「あ、あのっ、相談って・・」  首に手を回され転びそうになりながら階段を昇る。 「お前、どんな手使って寛をたぶらかしたの?」 「たぶらかした・・。寛ちゃんがそう言ったの?」 「んー、そうだね。お前みたいな野良猫が足元ウロウロして汚らしくてたまんねーってよ。だからさ、俺が他の飼い主見つけてやろーと」 「・・ない」 「は?」 「寛ちゃんは絶対にそんなこと言わない」  3階まで上がり、いきなり理貴が美己男を突き飛ばした。 「()って」  したたかに壁にぶつかってズルズルとしゃがみこんだ美己男の顎を理貴が掴んで上を向かせた。間近に見る理貴の西洋人形のような顔は青白く、こめかみの血管が怒りでピクピクと脈打っている。 「お前なんなの。寛の何をそんなに知ってんだよ。ほんっとイラつかせてくれるよなぁ、お前。寛が頭の弱い巨乳好きってのは知ってたけどさぁ、こんなのにまで手出すとか、節操なさすぎ・・」 「黙れよ」 「あ?なんだと?」 「いいよ、あんたの気の済むまで俺のこと滅茶苦茶にすれば。寛ちゃんと釣り合わないって俺が1番分かってるし。けど、寛ちゃんのことはそんな風に言うな。あんたにそんなこと言われてるって知ったら寛ちゃんが傷つく」 「っざけんな。立てっ」  シャツの胸元を掴まれボタンが飛んだ。 「分かってんなら話はえーわ。お前に似合いのオトコ、連れて来てやったぜ」  奥の教室に引きずり込まれ、床の上に投げ飛ばされた。 「おー、クソチビ。久しぶり」  誰もいないと思っていた教室の中から声が聞こえてきた。   しまった・・・   理貴さん1人じゃない  理貴の気が済むまで好きなようにさせればいいと思い抵抗せずにここまで来てしまったことを美己男は後悔した。 「高良田(たからだ)・・」  相変わらずニヤニヤといやらしい笑いを浮かべて中学校の時の同級生、高良田といつもの取り巻き2人がそこにいた。立ち上がる暇もなく、大きな体が跨ってきて腕を膝で押さえ込まれる。 「離せっ、クソがっ」 「お前、中学ん時から男落とすの上手かったんだって?」  理貴が美しい顔で美己男を教室の端の机に腰かけて見ている。 「中学ん時、先生とヤってたんだろ?よっぽどすげーテク持ってんだなぁ。寛にも使ったの?」  高良田が口の中に指を入れ、舌を引き出す。 「ヤメッ、んがっ」 「今度は指、噛むなよー。これだよな、舌ピアス。これでいい気持ちにさせてやるんだろ?その顔でしゃぶられて舌テク使われたらたまんねーよなぁ」  高良田が涎で濡れた指を引き抜き、はだけた胸に這わせる。   クソッ、クソッ   汚らしい手で触るなっ 「きっも」  理貴が冷たい目で美己男を見る。 「俺たちの周りウロウロすんのやめて欲しいだけなんだよね。お前らと俺らじゃ全然生きてる世界違うのわかんだろ?寛はもうお前が関わっていい人間じゃないんだよ。手の届かないたかーいところに行く奴なの」  鼻の奥が熱くなって涙が零れそうになる。   そんなこと、俺が1番分かってる   俺が勝手に寛ちゃんを好きなだけ、ただそばにいたかっただけだ   手が届かなくてもいい、見ていたかっただけ   それの・・何が悪い 「離せ、高良田。汚ねぇ手で触るな。お前のしゃぶるくらいなら舌かみちぎって死んだ方がマシだ。俺は寛ちゃんだけのものなんだよ」 「このクソチビッ」  分厚い手でビンタを食らい、唇が切れたのか血の味が口の中に広がった。 「お前のそのカンちゃん、見たぜ。ずいぶんと可愛らしくてそそられたわ。ちっちゃくて、サラサラの髪しててよぉ。あんな賢そうに澄ました顔しててもやることやってんだな」 「なっ、理貴さんっ、あんたまさか寛ちゃんにも何かっ」  美己男は高良田の体の下でもがきながら理貴に向かって叫んだ。 「はぁ?んなわけねーじゃん。寛は俺が守るよ。そいつが勝手に嫉妬して見に行っただけだろ、キモチ悪い。言ったろ、お前らみたいなのが関わっていい人間じゃないって。知らねーの?工業科は特進と目、合わせちゃいけないってセンパイとかに教わらなかった?」 「あー、ハイハイ。天下の特進様だっけー?他校の俺らにはかんけーねーし。無理矢理押し倒してちっせー尻にぶち込んでさぁ、あの澄ました顔、ぐっちゃぐちゃに泣かすなんて簡単・・」  一瞬で美己男の全身の血が怒りで沸騰した。  高良田の目に向かって血の混じった唾を吐きかけ、勢い良く起き上がると思い切り顔に頭突きを食らわす。のけ反るように後ろに倒れた高良田の体の下から抜け出し、手当たり次第に机や椅子を投げ飛ばした。取り巻き達が掴みかかって来たが構わず突き飛ばし、蹴り飛ばす。  残っていたシャツのボタンは全て吹っ飛び、ピアスが引きちぎられた感触がして、どこからかわからないが血が床にしたたり落ちた。  美己男は抑えられないほどの怒りが全身に渦巻き高良田の顔を睨んだ。 「ふざけやがって」  さっきの頭突きで唇を切った高良田がペッと唾を吐き、1歩前に出る。 「触ったら殺す」   寛ちゃんに触ったら許さない  美己男は壁際のロッカーを高良田に向かってなぎ倒し、近くにあった椅子を手に取ると力任せに振り回した。 「うわっ」  高良田と取り巻きが後ずさる。 「もー、勘弁してよー。これじゃあ、わざわざあんたら呼んで来た意味ねーじゃん。あんたがこいつとヤりたいっつったんでしょ。さっさとヤんないからこいつ調子にのっちゃったじゃねーか」  理貴がうんざり、といった様子で言うと美己男に近寄って来た。 「ミキオ君?おーい。寛のものになれるほどの価値ないって言ってんのに話のわかんない奴だなぁ。これだから頭の悪い奴、嫌なんだよ」  理貴がチッと舌打ちをして吐き捨てるように言ったその時 「美己男っ」 と言う声と共に強張った顔の寛太朗が教室に飛び込んできた。  ボロボロになった美己男の姿を見て寛太朗の(ひとみ)が真っ黒になり、そのままチラリと高良田を見る。  寛太朗の視線に高良田の目がギラついた。   いやらしい目で寛ちゃんを見るなっ  美己男が椅子を強く握りしめ、高良田を睨んで椅子を振り上げようとした瞬間、寛太朗と一緒に教室に入って来た(ぜん)が素早く高良田の腕を締め上げ、瞬く間に教室の外に放り出した。慌てて取り巻き達が追いかけて出て行く。 「理貴、何やってんの?」  真っ白な顔の理貴と寛太朗はしばらく見つめ合い、理貴が口を開いた。 「こいつが悪いんだよ?いっつも俺たちの邪魔してさ。なんだよ、幼馴染ってだけで特別扱いされやがって」     幼馴染ってだけ・・ 「野良猫がカンちゃん、カンちゃんって発情して鳴きやがって、うるっせえ。猫なら猫らしく外で遊んでろよ。うぜえんだよ。俺らの場所に入ってくんじゃねぇ」  理貴が美己男に憎しみの目を向ける。   そうだ、寛ちゃんを大好きってだけしか俺には何もない  寛太朗に出会って、好きで好きで追いかけて、寛太朗に狂ってしまっただけなのに。それがこんなにも誰かの憎しみをかってしまうなんて。こんなにも誰かを傷つけてしまうなんて、思ってもみなかった。  何もかもに猛烈に腹が立つ。汚らしい高良田や、だらしのない母親、どうにもならない生活。決して寛太朗と同等になれない自分自身。それなのに寛太朗が欲しくて欲しくてどうしようもない。感情が渦巻いて頭がぐちゃぐちゃになり体が熱い。  いつの間にか、然も理貴もいなくなっていて、寛太朗と2人きりになっていた。 「みー?」  手がそっと開かれ、腕が白くなるほど強く握り締めていた椅子をようやく離した。 「寛ちゃん」 「みー、ごめんな、怖かったろ」  寛太朗の(ひとみ)の海に包み込まれた。 「寛ちゃん、寛ちゃんっ」   何で寛ちゃん、謝ってるんだろ   悪いのは寛ちゃんに釣り合わない俺なのに   寛ちゃんの何もかもが欲しいって思ってる俺が悪いのに  寛太朗の湿った小さな唇で強く吸われ、あちこちを舌先で撫でられると気持ちがほどけ腰が崩れた。  自分だけを見て、自分だけに触れて欲しい。 「寛ちゃん、大好き。大好きだよぅ」  寛太朗にしがみつき 「寛ちゃん、擦ってぇ」 と泣き声を上げる。  寛太朗が飛び出したモノを握った。 「あ、あ、寛ちゃん。もっと強く」  寛太朗に強く握られて美己男はあっという間に白い液を飛ばした。  寛太朗がカバンから取り出したジャージを美己男の肩にかけ、ファスナーを閉めようとするが、手が微かに震えていてなかなか閉まらない。 「くそ、ちょっとちっさいな」 「大丈夫。ありがと。ごめんね、シャツに血がいっぱいついた」  ピアスを引きちぎられてしまった耳を拭った寛太朗のシャツは血まみれだ。 「そんなんいいから。ほら、早く帰るぞ」  寛太朗のアパートまで帰ると2人で一緒にシャワーを浴びながら、寛太朗が傷を撫でるようにして洗った。 「耳、ひでーな。明日病院行くぞ。今日は泊まっていけよ。お前をそのままで帰せない」 「うん」  傷の手当てをしてもらい、裸のまま寛太朗と一緒にベッドに潜り込む。 「ごめんな、みー。俺のせいでひどい目にあっちゃったな」 「寛ちゃんのせいじゃないってば。あいつとは中学1年の時から色々あって」 「あいつ?」 「高良田。あのでかいやつ。(かおる)さんとのことビデオに撮ったって言ってきたのあいつだよ」 「ああ、そう言えば理貴がそんなこと言ってたな。テンパってたから意味がわかんなかった」 「え?寛ちゃんテンパってたの?全然そうは見えなかった。ウケる」 「お前なぁ、ウケてる場合じゃないんだよ」 「わかってるってば」  美己男はえへへ、と笑った。 「全然わかってない。明日警察にも・・」 「ううん、寛ちゃんが助けにきてくれたから俺にはそれだけでいい。もう2度と高良田には会いたくないってか、高良田に寛ちゃん近づけたくない。あいつ、すげーいやらしい目で寛ちゃん見てた」 「俺じゃねーだろ。襲われたのお前だぞ」 「違うっ、あいつ寛ちゃんにもひどいことしようとしてて。然さんがいなかったら俺が殴ってやったのにっ」 「あー、騒ぐな。わかったから。元はと言えば理貴がそいつを連れてきたんだしな」  寛太朗が眉を顰める。 「寛ちゃん。あのさ、理貴さんは俺のことが許せなかっただけだよ。バカなのに寛ちゃんのそばにひっついてる俺の事、すげーウザかったんだと思う。理貴さんは寛ちゃんを傷つけたかったんじゃないから、だから理貴さんのこと嫌いになんないで」  寛太朗の()の中の海がユラユラと光った。 「なんないよ。ってかお前がそんなことまで心配しなくいい」 「そっか、良かった」 「痛むか?」 「平気。寛ちゃん大好き」 「だからこの状況で言うなって」 「寛ちゃん、しよ」 「体、辛くないか?」 「うん、大丈夫。寛ちゃんとしたくてたまんない」  寛太朗は切なげに瞬きして起き上がると美己男の片足を持ち上げ肩に乗せて足の間に入り込んだ。お互いの手を伸ばし離れないように腕を強く掴むと寛太朗が腰を突き出して美己男の中に挿入(はい)ってくる。 「んあー、寛ちゃん固いっ。気持ちぃ」  美己男は堪らず声を上げた。 「ああ、みー、きっつ」 「寛ちゃんは?気持ちいい?」 「すげーいいよ。奥まで届くと先っぽに吸い付いてくんの、たまんねー。ほら、ここんとこ」  そう言って奥をトン、と突く。 「んっ、ナカでも寛ちゃんとチューしてるみたい。いいっ、そこっ、もっとしてぇ」 「あー、ヤベ。マジですぐ出そう」  何度か奥を突かれただけで腹の中から熱が胸元まで上がってくる。 「寛ちゃん・・、来る来る、来ちゃうっ」  快感の波が身体の中から押し寄せる。 「中イキ、もう来た?」 「んっ、溺れるっ」  ビクリと体が反り返り、息ができなくなる。 「みー、息しろって」 「んー」  美己男は寛太朗の熱い海に飲み込まれていった。

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