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高校3年 8月31日のこと
「お世話になりましたー」
「はい、長い間お疲れさん。今度はお客さんでおいでね、サービスする」
「あは、ありがとーございます。じゃあ」
高校の入学式よりも早くアルバイトに来たこの焼き鳥屋も今日で最後だ。最後の給料をバックパックに入れ店を出る。
「お待たせ、どこ行く?」
店の前で待っていた寛太朗 に声をかけた。
「横尾川 」
そう言ってコンビニ袋を手に提げ前を歩く寛太朗の後ろを泣きそうになりながら追いかけた。
なんで今日?
寛太朗には会わずに行こうと決めていたのに。
次、いつ会えるかな
これからのことを考えると不安と恐怖で胸が詰まる。
「おー、久しぶりだなー」
寛太朗の声にハッと顔をあげると、いつの間にか横尾川に着いていた。
夏の湿った草の香りに混じってふいに甘いイチゴの香りが鼻先に迫る。
「何で?ケーキ?」
目の前に差し出されたショートケーキの匂いに鼻をヒクつかせながら美己男 は尋ねた。
「お前、今日、誕生日だろ?」
あー、ヤバい
溢れる・・
「え?うそ、マジで?」
今にも泣いてしまいそうな顔を寛太朗から隠すようにケーキに鼻を近づける。
「まだ食うなよ」
寛太朗がろうそくを取り出し、ケーキに突き立てた。
「わぁ、すげ」
今日、18になったのか
寛ちゃんと会ってから9年たったんだ
俺の人生の半分
「願い事とか、やる?」
「やる」
「んじゃ、どうぞ」
美己男はギュッと目を閉じた。
神様、今夜だけでいい
寛ちゃんの全部を下さい
美己男は目を開けてフッと炎を吹き消した。
ショートケーキのクリームが甘く口の中で溶けていく。
「どしたの、急に」
指についたクリームを舐めながら美己男が尋ねると
「別に。子供ん時、お前いっつも夏休みの最後の日で宿題やってなくて、誕生日したことなかったろ」
と寛太朗がぶっきらぼうに答える。
今日、夜逃げすることバレたのかと思った
一緒に逃げよう、そう言ってくれるんではないかとこんな時まで、期待してしまった自分の頭の悪さに嫌になり、美己男はコンビニの袋を覗き込むようにして顔を伏せる。
「すげー、いっぱい入ってる。ファイヤークラッカーズって何?」
「爆竹。よし、どんどんやろうぜ」
そう言って寛太朗は次々に花火に火をつけた。
もくもくと煙が上がり、火花が散る。
最後に取っておいた爆竹が足元で派手に音を立て、煙の向こうで笑う寛太朗に美己男の気持ちも抑えられなくなって爆ぜた。
煙の中をくぐり抜け、寛太朗の首に飛びつき唇に熱く吸いつく。
「ねぇ、寛ちゃん。今日、ホテル行こうよ」
「いいよ。今日はお前の誕生日だもんな」
寛太朗の黒い眸 がユラユラと笑って揺れる。
「じゃあ、ラブホに泊まりたい。朝までしよ」
「わかった」
寛太朗に手を引かれ目に入ったラブホテルに二人で駆け込んだ。
「もっといいホテル、予約しとけばよかったな」
「ううん、十分」
「じゃあ、来年は予約な」
来年はもう会えない・・
寛太朗の言葉に美己男の喉がギュッと熱く締まって、返事ができない。
「ねー、一緒に風呂入ろっ。映画みたいな泡風呂にして」
涙が零れそうになって、急いでバスルームに逃げ込むと蛇口を一気に捻る。ドボドボと水の音をさせながら美己男は必死で涙を堪えた。
笑えるほど泡の立ったバスタブの湯に2人で体を沈めると寛太朗がコンビニで買ったシャンパンの栓を音を立てて開けた。
「はは、すご。ほんとにエロビデオみたい」
「何、エロビデオって。寛ちゃん、そんなの見てんの?」
「たまに」
「ゲイビ?」
「いや、普通の」
「え?そうなの?」
やっぱり寛ちゃん、本当は女の子とエッチしたいんだ
寛太朗が愛情を向ける者への嫉妬心が沸き上がり、その対象とはなれない自分が悲しくなる。それでもこうして美己男のわがままに応えてくれる寛太朗の気持ちを確かめずにはいられなかった。
「寛ちゃんはさ、女の子とするよね」
「ん、まぁ」
「寛ちゃんてバイなの?」
今まではっきりとこのことを訊かなかったのは答えを聞いてしまったらもうそばにいることすら許されなくなるかもしれない、と思っていたからだ。だが、今はもう遠く離れてしまう明日しか残されていない。
それならもう、滅茶苦茶にぶっ壊れても構うもんか
「んー、どうかな。男は美己男としかしたことない。でも、俺、女としても最後までイッたことがない」
「どういう意味?」
あまりにも予想外の答えに美己男の頭は混乱した。
女の子としてるのに、イッたことない?
「俺、女とセックスしても射精できないんだよ。出るのはみーとする時だけ。か、自分で抜く時」
は?
それって・・
「それ、マジ?」
「うん。遅漏?ってやつかと思ったけど、お前とするとすぐ出るから違った」
俺とはヤリまくって、イきまくってたのに?
もう意味が・・わかんない
ってか意味なんてもう、どうでもいい
鼻の奥に涙が溜まって痛い。
「じゃあ、今日いっぱいしよ。全部出して、俺に」
「ん。朝まで、な」
朝までどころかすでに全身蕩けながら、美己男は夢中で寛太朗にキスをした。
「じゃあ、先、出てて。準備してから行く」
寛太朗が浴室を出た途端、堪えていた涙が一気に溢れる。
「朝までって、寛ちゃんウケる」
そう呟いて頭からシャワーを浴び、一気にシャンパンを流し込んでなんとか涙を止めるとふらつきながら寛太朗の腕の中に倒れ込んだ。
「平気?逆上せた?」
「んー、ちょっと」
すぐに涙が零れそうになってさらにシャンパンを煽る。
「もう飲むなって。そんなに飲んだら朝までもたないぞ」
口から溢れたシャンパンが胸を濡らした。その濡れた乳首を寛太朗が舌先で撫でる。
「あ、んん、寛ちゃん、今日、ゴム無しでして」
ビクリと震え、美己男は寛太朗にしがみついた。
「いいのか?生でして?」
「今日、俺の好きにしていいんだよね?」
「いいけど」
「今日の俺の誕生日の願いごと、叶えて。今日は寛ちゃんの恋人にして」
「わかった」
寛太朗の長い睫毛が濡れたように光って瞬き、美己男はゆっくりとベッドに押し倒された。
寛太朗の指を腰を上げて迎え入れる。
「寛ちゃん、大好き。ずっと好き」
何度言っても言い足りない言葉を繰り返しながら唇を重ねる。
「ごめん、我慢できない、挿れていい?」
寛太朗が切なげに眉を寄せる。
「ん・・、頂戴。早く、欲しい」
寛太朗のいつもに増して熱く固い感触を直に感じて美己男は声を漏らした。
「あ、寛ちゃん、すご、固いっ」
嘘っ、こんなに違うのっ!?
「みー、あー、ヤバ。あっつ。ナマ、やばいっ」
寛太朗も余裕を無くした顔つきになる。
「寛ちゃん?」
「ん?」
「大好き」
「ん。俺も、みーのこと好きだよ」
いつもなら返ってこないはずの言葉が返ってきて美己男は耳を疑った。
今、なんて?
「もっかい言って」
美己男は思わずそう言った。
「みーのこと、すげー好き」
「もっかい」
「みー、大好き」
寛ちゃんが、俺のこと好きって・・
美己男はついに泣き出した。
「寛ちゃんから初めて聞いたぁ」
「言わなくても分かってたろ?」
寛太朗が呆れたように笑う。
「分かるわけないよぅ。俺頭悪いし、寛ちゃん女の子好きだし、俺と同じ意味での好きじゃないに決まってるっ」
「何だよ、じゃあ何で今まで俺とセックスしてたの」
「だって、俺は寛ちゃん大好きだもん。どんな風でもいいからして欲しかったんだよぅ」
その言葉に寛太朗は一瞬、ハッと驚いたような顔になり、顔を寄せた。
「最後まで俺をイかせてくれんの、みーだけだよ」
そう囁かれ身体の芯が熱く震える。
「みー、飛ぶなよ。息しろ」
快感の波が頭の先まで飲み込み、溺れる寸前だ。
「寛ちゃん、すごいよぅ、出してぇ、一番奥。全部中でっ」
そう叫ぶと、寛太朗の動きが激しくなり美己男の中で熱く爆ぜた。
しばらく呆けて汗ばんだ肌をただ重ね合わせたまま動くこともできずにゼエゼエとお互いの息遣いを聞いていた。
「すげー破壊力」
小さく笑いながらそう言う寛太朗があまりに愛おしくて美己男は足を絡ませ腰を引き寄せた。
「待って、抜かないで。中にいて」
今は一瞬でも離れたくない。
何度も見てきたはずなのに、初めて見るような寛太朗の顔を、美己男は眩しい気持ちで眺める。
初めてだ。寛ちゃんに好きって言ってもらってエッチしたの
体の一部を繋げたままベッドの上で寛太朗の過去の恋愛遍歴を笑いながら聞いているうちに、また、ムラムラとしてきて美己男は体を起こし、のしかかった。
隅々まで忘れないよう、寛太朗の肌に唇を押し付ける。
身体の中で、また寛太朗のモノが膨張してくるのを感じた。
「気持ちい?」
「んっ、いいよ」
寛太朗がそう声を上げ、美己男は深く腰を落とした。
「あー、寛ちゃん、奥、触って、もっと」
明日から寛太朗のいない世界で生きていけるように、奥の奥まで刻み込む。
二人は境界線が溶けて無くなるほどに激しく何度も抱き合った。
「うわー、痛 って」
股関節がギシギシと音を立てそうなほど痛い。ズルズルと踵を地面にを引きずるようにして美己男は歩いた。
「大丈夫か?みー」
と、寛太朗が美己男の歩き方を見て心配そうに眉を寄せた。
「寛ちゃん、絶倫なんだもん」
そう返すと、寛太朗は慌てて
「バカっ、外で言うな」
と顔を赤くした。
「否定しないんだ」
そう言って顔を見合わせて笑う。
分かれ道まで来た先に京谷が車にもたれてタバコを吸っているのが目に入った。
ああ、もうこれ以上はダメなんだな
「寛ちゃん」
美己男は寛太朗に抱き着いた。
「最高の誕生日だった。迎えにきてくれたことも、ケーキも、花火も、エッチも、キスマも、好きって言ってくれたことも全部、嬉しかった。誕生日のお願い、叶えてくれてありがとう、寛ちゃん。ずっと大好き」
「ん、俺も好きだよ、みー」
寛ちゃんの世界がずーっと平和でありますように
そう願いながらキスを交わす。
「じゃあねー」
最後の力を振り絞り寛太朗に向かって笑うと手を振った。
数歩歩いて、ペタリと地面に座り込んだ美己男の前にピカピカに磨いた革靴が立ち止まる。
「しっかりお別れしてきた?」
京谷の声に美己男はうー、と泣き出した。
「まったく。駆け落ちでもするのかと思ったら、一晩中彼氏に抱かれて戻って来るなんて、そんな子初めて見たよ。ほんと、天性の人たらしだね、君は」
運転席から降りて来た男に脇を抱え上げられ、なんとか立ち上がる。
「さ、行きましょうか」
そう言われて美己男はズルズルと踵を引きずりながら京谷の背中を追って車に乗り込むと、冷房の効いた車の中で電池が切れたように美己男は眠ってしまった。
「美己男君」
と軽く肩を揺すられ、ハッと目を覚ます。
「ちょっと、タバコ吸わせて」
そう言われて、自分が京谷の太ももに頭を預けて眠ってしまっていたことに気が付き、ガバ、と起き上がった。
「ごご、ごめんなさいっ」
「いいえ、可愛かったから許すよ。美己男君、お腹空いてない?」
京谷は機嫌よくそう言って美己男に笑顔を向けた。
「あー、そう言えば空いてます」
「じゃあ、ここで昼飯にしようか」
車は、サービスエリアに停車していた。
「何でも好きな物、食べさせてもらって」
京谷に言われて運転席の男の後をヒョコヒョコとついて行き、焼き肉定食の食券を買ってもらう。
「若っけえなあ。一晩中ヤりまくって腹減ってたか?」
隣に腰かけた運転席の男がうどんを啜りながら訊いてきて、美己男はゴホ、と噎せた。
「そ、そんなことっ」
「そんなもこんなもねえよ。一晩中、ラブホの前で見張りしてた俺の身にもなれって」
「え?一晩中?見張ってたんですか?」
「まあな。ほんとはお前のバイト終わりで連れてく予定だったのを、京谷さんに待ってやれって言われたんだよ。もし二人で逃げようとしたら、捕まえて相手も拉致する・・」
「おーい、笠木 。322番、取って来て」
京谷が食券をテーブルの上に放った。
「あ、はい」
笠木と呼ばれた男が素早く立ち上がり、入れ代わりに京谷が美己男の隣に座る。
「どう?うまい?」
穏やかに笑ってはいるがどこかヒヤリとした空気が漂ってきて、美己男は体を強張らせた。
「あの、俺、ごめんなさい。バイト終わりで行くって言ったのに勝手に寛ちゃん、あ、えと、友達と・・」
「あはは、友達?股関節いわせるぐらい抱かれてきといて?」
「そ、その人は関係ないんですっ。だから拉致とかしないでっ」
「するわけないでしょ。笠木ぃ、余計なこと言ってんじゃねえよ」
ラーメンと茶を運んで来た笠木がギクリとして
「す、すいません」
と謝る。
「幼馴染君のこと、そんなに好きなんだ」
美己男の目にまたじわじわと涙が滲んでくる。
「いいねえ、青春って感じ。まあ、大事に想い続けておいて」
それは、どういう意味・・?
良い意味なのか悪い意味なのかよくわからぬまま、美己男は焼き肉丼を掻き込み、涙と一緒に飲み込んだ。
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