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第7話

 あれから幾宵を重ねたかしれない。  夜毎に修顕は、命を掛けてもと慕う男を胸に秘めながら、左馬之介にいいように犯され続けた。 「欲しいか、男が」  一方の左馬之介は、修顕の男を酔わせる肉体に、のめり込むように抱く。 「や、やめ…。ああっ。お許し下されませ…左馬之介どの」  その激しさに翻弄される修顕だったが、次第に我を抱く男が、行きずりの山荘で出会った偉丈夫なのか、誠を誓う愛する男なのか、曖昧となっていくのを感じた。  指や舌での愛撫や体内を抜き差しする陽物の違いさえ目を瞑るかのように、修顕は自分を抱く男に呑まれ、自分を見失っていった。 「ここか、ここが…」 「あぁ!…あ、あ…ん」  その乱れようは、剃髪した身とは思われぬほどの淫猥さで、(むし)ろこの僧衣であることが妖艶な色香を際だたせているかのようだった。  この世を捨てたはずの異形の僧が、これほど淫らに、艶めかしく男をとろかすとは誰が考えよう。  この世を超えた淫欲に、左馬之介もま溺れていくのだった。 「や…あ、…あ…。も、もっと…左馬どの…」  甘く、切ない声を上げ、修顕が膨張した左馬之介を締め付け、さすがの色好みも終焉に達した。  壊れんばかりに腰を捕まれ揺さぶられた修顕は、もはや意識を留めること叶わず、そのままがっくりと気を失った。  異変が起きたのは、その直後だった。  ひとひと、と、音もなく暗闇は村雨に湿っていた。  が、ふいにそれまでの雨が止み、月にかかる雲が、まるで人の手にかかるかのようにはらりと晴れると、そこに婉然と微笑むのは修顕であって、修顕ではなかった。 「…そなた…?」  修顕の姿をしながら修顕ではない者に左馬之介も不審を覚え、身を引きはがす。  そしてその媚びをふくんだような流し目や、物欲しげな口元など、確かに形こそは違えども、その見覚えのある様子に、左馬之介もハッと気づいた。 「!も、もしや…そなたは」 「…覚えて、おいでか」  修顕の姿をしたまま、なおこの世の者ならぬ凄艶な色気を漂わせ、それは口を開いた。 「ま、まさか、そんなはずは…」  それの本性にすでに気づいた左馬之介は、思わず後ずさりをする。  それを見た魔性は、すうとその柳眉を寄せた。 「()れを、お厭いか、左馬…」  魔性の声は、まさに地の底から響くかのような、それでいて儚げでか細く、まさに幽玄の(てい)をなしていた。 「そんな…まさか、そなた…」  驚きのあまり、目を見開き、信じられぬと何度も左馬之介は首を横に振る。 「こなた愛おしさに、黄泉路(よみじ)の闇を抜けてきたというに…」  逃げる左馬之介に追いすがるは、今嬲られて痕跡も露わな修顕の体。 けれど、その実は忌まわしい魔性であった。 「な、なぜ…」 「我れがこれほど慕う御方というに、今ではこの身を厭われるのか」  ついに魔性が左馬之介に追いついた。  胸に縋り、その凍えたような手を這わせ、青ざめた左馬之介の頬に触れると、愛おしげに擦り寄る。 「そなた、千寿?千寿なのか」  囚われた左馬之介は、ようやく認めざるを得なかった。  この月と共に現れた魔性こそ、あの貞信尼の実弟であり、左馬之介が寵愛した美童、千寿丸に違いなかった。 「忘れまい。我れがこの身に受けたあの熱き滾(たぎ)りを…」  陶酔したように千寿は左馬之介の体に触れた。  在りし日に激しく求めた時のように。 「千寿?まことに千寿であるのか!」  未だ信じられずに、千寿になすがままを任せる左馬之介だったが、繰り返される千寿の誘惑に、往時の熱く、深い交わりを思い起こさせられた。 「忘れまじ、我が想い人との長き夜の語らいを…」  :謡(うた)うかのように呟く言葉は、熱く淫らな交わり誘う。  喘ぐような、妖しげな吐息が混じる。  一層に美貌に凄味が増した千寿が、自ら左馬之介の体に(またが)り、求め始めた。 「あぁ…っ!なんと熱い肌…。迸る血潮を感じまする…」 「千寿!」  魔性ゆえなのか、左馬之介も、もはや逆らえぬほどの妖艶さに、我を忘れてその淫らな肉体を抱きすくめた。 「左馬どの」  あの頃の、健気でひたむきな千寿が、忘我の左馬之介を受け止めた。  そのまま、修顕が正気であれば有り得ぬほどの激しさで二人は求め合い、卑しいケダモノのように交わった。  なにほどの念が二人を突き動かしたのか、修顕の体は魔性に奪われ、左馬之介の心もまた魔性に蝕まれていくのだった。

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