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第8話
あの夜、左馬之介に激しく挑まれ意識を失ったのち、修顕の体は千寿に取り憑かれた。
以来、自ら挑むほどに修顕は堕ちていった。
やがて夜ごとの営みに衰弱が激しくなる修顕であったが、千寿丸のこの世ならざる色香に惑わされた左馬之介もまた昼夜問わずに寝所に籠もり、修顕の体を弄ぶのであった。
千寿丸の魂をその身に宿した美貌の学僧・修顕と、失ったはずの執心した美童を再びその腕に得た左馬之介は魔性の情欲に目が眩み、己の罪も見失い、ただこの呪わしい交わりを繰り返すのだった。
人知れず結ばれたこの山荘であったが、繰り返されるこの世ならざる物の怪たちの、許されぬ行いを知るものがあった。
離れに暮らす尼僧・貞真である。
見えぬ者とはいうものの、この家の主である左馬之介と、先立った弟と似た年格好という旅の僧・修顕とがただならぬ関係を持ったことなど容易に察せられた。
この怪しげな様子を知らぬ貞真尼ではなかったからだった。
三年前に唯一の肉親と言っても良い、命に代えても守ると決めていた弟に先立たれた。
聡明で愛らしい、愛おしい少年だった。
いつの頃だったろう。
何者にも代え難いはずの千寿丸が、世話になっていた屋敷の左馬之介に、ただならぬ視線を向けていたのは。
その視線の意味に、まだ自身が幼かった貞真には気づかなかった。
見る目に愛らしく、よく懐いた千寿丸を、左馬之介も初めは実の弟のように可愛がった。
左馬之介は、真由という俗名の貞真尼を、実の妹のように親身になって慈しんでくれた。
それと同じく、真由の実弟である千寿丸も本当の兄弟のように大切にされているのだと、何も知らずに真由は左馬之介に信頼を寄せていた。
それが、偽りだったと、見せかけの欺瞞であったのだと知ったのは、あの雨の夜だった。
止むことの知らない雨が、真夜中まで続いていた。
月もなく、ただ暗く湿った山奥の夜は気丈とはいえ幼い真由を不安にさせた。
そのせいか、眠りが浅く、気配に目を覚ました。
何の気配か、初めは気づかなかった。
気になって身を起こす、いつもの習慣で横に眠る千寿丸の寝姿を確かめる…はずだった。
しかし、そこに愛くるしい寝姿の千寿は無く、真由を怯えさせた。
先ほどの気配が、千寿丸がこの離れの間から出て行った気配だったのだと気づいたとき、姉である真由は居ても立ってもおられずに、寝所から飛び出していた。
それは、見てはならぬものであった。
淫らで、悩ましく、そして…麗しい交歓だった。
男とも女ともしれない、滑らかで美しい肌が成熟した男の逞しい躰に絡みついていた。
しなやかに躰をくねらせ、男の欲望を煽り自らも激しく求めていた。
その深い繋がりに、真由は、認めてはならぬ事実を確信し、その目にはっきりと焼きつけた。
それは、愛おしい弟が、兄とも慕う男と狂おしく交わる姿だった。
最愛の実弟・千寿丸を奪われ、信頼を寄せる左馬之介に裏切られ、寄る辺のない身で、真由は自分の有り様を見失った。
以来、真由は視力を失ったのだ。
左馬之介に組み敷かれ、逃れきれぬ肉欲に溺れ、歓びと哀しみと苦しみに喘ぐ修顕を、貞真は不憫と思う。
欲にまみれた左馬之介だけが悪いのではないことも分かる。
すべて残酷なこの俗世の因縁なのだ。
なんとか修顕を救いたいと願う貞真尼だが、目が見えない身で為す術もなかった。
貞真は自分の無力さを悔いた。
仏に仕える身でありながら、誰ひとり、何ひとつ救えない…。
何も知らず、与えられた温もりを愛だと信じた幼い千寿丸も…。
人里を離れ、俗世を絶とうとしながらも美童の色香に惑わされ、肉欲を貪る左馬之介も…。
そして、僧籍にありながら色情の煩悩に縛られ、愛しい男に抱かれる夢を見る、若い修顕も…。
皆、哀れな者たちばかりであった。
何れも罪深き男たちであったが、貞真にとってみれば、誰も哀れで、愛おしいものたちであった。
救済を、その運命とする菩薩があった。
……救わねばならない。
貞真は、我が身に菩薩の心を宿した。
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