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第二話:リシェル皇子、酒に酔ってとんでもないことを口走る
帝国では、18歳が成人と認められており、今夜は城でリシェルの成人祝いのパーティが行われた。
華やかに飾り付けられたボールルームに、ワインやシャンパン、種々のカクテルが並べられ、豪華なドレスや金糸銀糸で彩られた衣装をまとった王族や貴族が、ゆったりと歓談している。
美しく賢い皇子に祝いの言葉を述べたい王侯貴族に取り囲まれて、リシェルは社交的な笑みを浮かべ、淡々とグラスを傾けている。
ディオスは護衛なので、本来であれば飲まずに見張っているのだろうが、飲食物や使用人は下っ端に調べさせているし、招待者があらかじめわかっている身内のパーティということもあり、仕事はほどほどに、リシェルの隣で適度に酒を飲むふりをして、周りに気を配っていた。
さすがにパーティ慣れしているリシェルは、挨拶に現れる貴族たちとソツなくあいさつを交わし、グラスを傾けている。
──さっきから結構飲んでるけど、大丈夫かコイツ……。
リシェルは皇子という身分柄、パーティで酒を飲んだ経験は数知れない。
しかし、未成年の自覚があったためか、これまで唇を湿らせる程度にしか飲んでいなかったのに、今日はけっこうしっかり飲んでいる。
──まあ、これから酒席の付き合いが増えるから、安全な場面で酒量の限界を確かめるのも悪くないかもな。
ちなみにディオスはまるで酔わない。子供の頃からジンがその辺に転がっている環境で過ごしてきたが、水と間違えてがぶ飲みしてもなんともなかったくらいである。
パーティは無事お開きになり、ディオスとリシェルは連れ立って屋敷へと戻った。
「リシェル。だいぶ飲んでたようだが大丈夫か」
「問題ない」
相変わらずの無表情でリシェルが答える。身体からは酒の匂いが漂っていたが、スタスタと歩く足取りは迷いない。
しかし、屋敷の玄関を入って扉を閉めた瞬間、リシェルの身体はドサッと床に崩れ落ちた。
「リシェル! おい、しっかりしろ!」
抱き起すと、はーっと酒臭い息を吐いて、リシェルはくにゃっと首を曲げた。
「おい!」
「う~ん」
肩を揺らすと、半開きの目をぱちぱちして、今にも寝そうになっている。
こんなグニャグニャのリシェルを見たのは初めてだ。
「部屋まで歩けるか?」
リシェルは頭をガクンと垂らしながらわずかに首を横に振った。
「ちっ……しょうがねぇな」
ディオスが肩を貸そうとすると、リシェルはイヤイヤをするように、また首を振った。
「おんぶがいい……」
──!?
ディオスは耳を疑った。三年間無表情を貫き、言葉を交わせば嫌味か塩対応のリシェルが、「おんぶしてほしい」とは。
驚きのあまりディオスが固まっていると、リシェルはコテンとディオスの肩に頭を寄りかからせた。
「おんぶ……。だっこでもいい……」
──ハッ?
どうやらリシェルはひどく酔っぱらっているようだ。
「なんだ……? 酔っぱらいはしょうがねぇな」
抱っこは手がふさがって危ない。ディオスはグニャグニャのリシェルの身体を背負い、階段を上り始めた。
すると、ディオスのシャツの背中で、リシェルが顔をスリスリして呂律の回らない口調でつぶやくのが聞こえた。
「ディオス……あったかい……」
無邪気な子供のようなホンワリした声に驚きすぎたせいか、ディオスの心拍数が上がり始めた。
──な、なんだ……?
「ふふ……」
何やら含み笑いのようなものも聴こえる。
──いやいや、酔っぱらいの言動に惑わされてどうする。さっさとベッドに転がしておこう。
二階はディオスとリシェルの二人部屋だ。
以前、衣装ダンスに隠れていた暗殺者が寝ているリシェルに襲い掛かってきたことがあったため、同室にしている。
中央を衝立で区切り、両脇にそれぞれのベッドが置かれている。
「よっこいせ……と」
リシェルの下半身をベッドに下ろし、首にかかった手をひっぺがして上半身も下ろそうとすると、リシェルがディオスの首をがっちりつかんできた。
「いやだ……」
「何言ってんだ、下ろすぞー」
指に手をかけて引っぺがそうとすると、気高いクールビューティのリシェル殿下は全力で抵抗してきた。
仕方なく自分の上半身ごとベッドの上に置くと、ポテンとプラチナブロンドの髪が枕の上に広がった。
そっと頭を離すと、今度はリシェルの指は首からするりと離れて、ディオスの頬を撫でた。
細く柔らかく、熱い指の感触に何故かドキリとして顔を上げると、リシェルはふにゃっと頬を緩めて笑った。
──笑っ……た……。
ばくん、と心臓が跳ねた。
リシェルの笑顔を見るのは初めてだった。
もちろん、社交の場での笑顔は見たことがあるが、それとはまったく違うものだ。
美しいブルーグレーの瞳を細め、酒のせいか頬を染めて微かに歯を見せて笑うリシェルに思わず見とれていると、するするとリシェルの顔が近づいてきた。
「ディオス……。ちゅっってして……」
ドッドッドッドッドッ……。
さっきの鼓動は収まらないどころか、さらにうるさくなった。
耳元で囁かれて、ディオスの脳は激しい混乱に見舞われた。
追い打ちをかけるかのように、肩に温かい頭がコテンと乗せられる。
「お願いだ……。私を────くれ……」
「……!」
聞き取れないくらい小さな声に、ディオスは目を見開いたまま微動だにできなくなった。
やがてディオスは、震える手でリシェルの頭の両脇を挟み、耳の下で切りそろえられた柔らかなプラチナブロンドを指に絡ませ、ゆっくりと目を閉じて、リシェルの唇を奪った。
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