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第三話:リシェル皇子、護衛と淫らな一夜の過ちを犯す(♡)
リシェルが目を覚ますと、壁の時計は朝の四時半を指していた。
身動きせずに、目線だけでちろちろと周りの様子をうかがう。
──夢では、なかったのか……!
すぐ隣に、ディオスの野性味ある精悍な鼻梁と長めの黒い前髪がある。
──まずい……! このままでは非常にまずい。
暖かい肌の感触に一抹の名残惜しさを抱きつつ、リシェルはそっとベッドを抜け出した。
幸いディオスが目を覚ます気配はなく、ホッと一息つくと、リシェルはそのへんにある服をひっつかんで浴室に向かった。
この地域には古くから温泉が湧き、豊富な湯量を用いてシャワー付きの浴室が設けられている。
身体を温かい湯で流しながら鏡を見ると、ベタベタの身体には、昨夜ディオスに吸われた跡がそこここについていた。
カーッと頭に血が上ってくる。
パーティが終わったところまでは一応覚えているが、その後の記憶が……。
──いや、ある……。
リシェルは浴室で一人顔を覆った。
倒れている自分をディオスがおんぶしてくれたことも、それからそれから……。
リシェルがキスをねだると、ディオスは鋭い目を見開いてしばらく固まっていたが、恥ずかしくなったリシェルが目を閉じると、熱い唇が触れてきた。
優しく触れ合ったと思った瞬間、荒々しく舌が唇を割り開いて入ってきた。
ベッドに押し倒され、頭を鷲掴みにされて、じゅぱじゅぱと口内をねぶられ、服をむしられた。
酔ってボーっとなった頭のまま、溜まりに溜まった欲望のままにおねだりすると、ディオスは服をむしり取って、激しく犯してくれた。
何もかも初めてだった。
前から、後ろから、そしてリシェルが上になって……。
ディオスは、ばちゅん、ばちゅんっ、とリシェルの中に容赦なく屹立を打ち込み、気持ちいいところを何度もえぐった。
下からリシェルの尻をつかみ、上下だけでなく、ガクガクと前後に揺さぶって壊れてしまいそうなほどの絶頂にリシェルを導いた。
──しかしそれにしても私は、なんと恥ずかしいことを口走ってしまったんだ……。
姉上からいただいた、「初夜のたしなみ」(男性編)(上・下)(女性編)(上・下)という四冊の小冊子をこっそり読んでいたので、何をするかは知っていたのに、全然その通りにできなかった。
もっと慎み深く、優しく手をつなぎ、唇を軽く合わせるところから始めないといけないのに……。
──ああ……、もうダメだ……!
きっと、リシェルが本当はディオスのことが大大大大大好きだということもバレてしまったに違いない。
強くてイケメンで、いつでもリシェルの側にいてくれて、カッコよく守ってくれるのだ。好きにならないほうがおかしい。
共に過ごすようになって一年もたつころには、完全に好きになっていたような気がする。
ディオスに組み敷かれる暴漢を見ては、ディオスに触れてもらえることが、うらやましくて仕方がなかった。
しかし、ディオスが男同士の恋愛も是とするタイプなのかどうかも知らなかったし、告白して「ハ? ありえねーし」などと言われたら、恥ずかしくて生きていけない。
それに、「私のことを好きになってほしい」とお願いするなど、リシェルのプライドが許さなかった。
皇子が自ら愛を乞うなど、はしたない真似はできない。
同じ部屋で寝ているため、自慰で発散することもできず、欲求はどんどん積もっていくばかり。
──早くぐちゃぐちゃに犯してくれないだろうか。
自分からは言えない、愛していると言ってもらえることも期待できない、ならば欲望のままに無理矢理犯してくれないだろうか……。
それだけがリシェルの想いが叶えられる、たった一つの方法に思えた。
だから昨夜は、何年も溜め込んだ欲求が爆発してしまったのかもしれない。
しかしディオスにとって、護衛の仕事は、自分がさらに上に行くための通過点にすぎないし、リシェルを守ることも仕事だからやっているだけだ。
三年も一緒に過ごすうちに、だいぶ仲良くなった気はするので、「踏み台」とまでは思っていないかもしれないが、実際ディオスは頑張ってここまで来たのだから、いずれは本当に偉くなってほしい。
そのためには、リシェルはただの通過点でなくてはならない。
良家の娘を紹介してやって、その野心のままにどこまでも羽ばたいてほしい。
だから仲良くなりすぎないようにしなければ。
そう思っていたはずなのに……。
──これからどう接すればいいのだろうか……。
いや、ボヤボヤしている時間はない。こうしている間にも、ディオスが目を覚ましてしまうかもしれないのだ。
昨夜の情交を思い出さないよう、努めて淡々と後ろの穴からディオスの精を掻き出し、手早く身体を洗って浴室を出た。
着替えて部屋に戻ると、ディオスはリシェルのベッドで、ぐしゃぐしゃのガビガビになった寝具に絡まるようにして全裸で寝ている。
三年前、痩せてギラギラしていた少年は、厳しい訓練と成長期に磨かれて、立派な体格の男になっていた。
ディオスの裸体に昨夜を思い出してしまい、胸の高鳴りを押さえつつ、リシェルは何食わぬ顔で空っぽのディオスのベッドにもぐりこんで目を閉じた。
◇ ◇ ◇
ジリリリリリ……。
目覚ましの音に再び目を覚ますと、ディオスもリシェルのベッドで目を覚ましたようだった。
リシェルはサッと起き上がってディオスのベッドに歩み寄り、さげすんだ目で見下ろした。
「なんだそのガビガビのシーツは? 私のベッドで勝手に寝ただけではなく、自慰行為に耽っていたのか? 下劣な……。さっさとベッドリネンをメイドのところへ持って行ってくれ」
「……ハ?」
ディオスはわけがわからないといった様子でリシェルを見上げた。
「何言ってるんだよ。昨夜……」
リシェルはギクリとしたのを表情に出さないよう、顔面の筋肉に力を入れたが、言いかけたディオスは口をつぐんだ。
「……リシェル、覚えていないのか?」
「何をだ? パーティで少々酔ってしまったことは覚えているが……。今目を覚ましたら、ディオスのベッドに私が寝ていて、私のベッドにお前が寝ていたのだ」
内心ドキドキしながら腕組みをして見据えると、ディオスはしばらく首を傾げた後、歯切れの悪い口調で頭をかいた。
「……そうか。俺も酔っぱらってたから、あんまりよく覚えていないかもしんねぇ」
「お互い飲みすぎには気をつけよう」
くるりと背を向けて、リシェルはホッと一息ついた。
──よかった……! どうやら昨夜のことを覚えているのは、私だけのようだな。
◇ ◇ ◇
──おかしい。
絶対に、絶っっっ対にリシェルとしたはずだ。
ガビガビのベッドリネンを片付けて風呂に入り、身支度を整えながらディオスは自問した。
それなのに、リシェルは相変わらずの冷淡な目つきと口調で、ディオスがリシェルのベッドで勝手に寝た挙句、オナニーしまくったという濡れ衣を着せてきたのだ。
しかし、
「違う。これはお前がアンアン言いながら出した分だ。俺のは、三回出したうちの二回は中出しだし、残りの一回はぶっかけだから違う」
とは言えなかった。
もうすっかり身支度を整え、本を読みながらディオスを待っているリシェルを横目でちらりと見た。
澄ました横顔に、昨夜の情事が脳裏をよぎる。
リシェルに唇を重ねた瞬間、身体が熱く燃え上がって、しなやかな肢体にむしゃぶりついて服をむしり取り、そこらじゅうを舐め、吸い付き、尻穴をまさぐって広げるのももどかしく、リシェルの窄まりに屹立を突き立てて、何度も何度も犯した。
この冷たいブルーグレーの瞳が涙をにじませて快楽に潤み、白い頬が熱情に染まり、珊瑚色の唇がディオスの口を吸って「もっと」「もっと」と淫らに求めるところを、確かにディオスは見たのだ。
一回達しただけでは互いの熱情は収まらず、後ろから一回、対面座位で一回致してしまった。
しかし、どうやらリシェルは、泥酔していてまったく覚えていないようだ。
それなのにディオスが「俺とお前は昨夜セックスしたんだ。しまくったんだ」などと言ったら、「下品な夢を見るのは勝手だが、私を巻き込むな」などと軽蔑の目を向けてくるに決まっている。
──言えねぇ……。
昨夜、ディオスと唇を交わした後のうっとりした切なげな瞳、初めてディオスの肉棒を受け入れた瞬間の目をつぶった必死な顔、奥をトントンとつついた時の溶けて潤んだ表情……。
朝の礼拝に向かう石畳を、今日も木漏れ日がまだらに彩っている。
──別人みてーだな……。
そう思いながら、歩くたびに隣で揺れるプラチナブロンドをちらちらと見つめていると、ふわりと風に揺れて、リボンタイを通した立ち襟と髪の間から、赤紫色の痕跡がのぞいた。
思わず恥ずかしくなってディオスは目を逸らした。
間違いなく自分が抱いたのはリシェルだし、この印は自分がつけたのかと思うと、うなじをぞわぞわと興奮が駆け上り、思わず下半身が反応しそうになった。
しかし、何もかも覚えているのは自分だけなのだ。
そう気づくと、「ムラムラ」は漠然とした「モヤモヤ」に置き換わった。
泥酔していたとはいえ、忘れるくらいならば、リシェルにとってはその程度のことだったのだろうか。
それにしては、どえらい乱れぶりだったし、ディオスの背中にしがみつく手つきや溶けた表情、必死でトロトロと絡めてくる舌……。
快楽に意識を奪われそうになりながら、必死に紡ぐ言葉……。
ディオスの心には、リシェルの言葉と痴態が、くさびのように深く打ち込まれてしまった。
──いや、きっと金持ちのお遊びなんだ。俺も気にするべきじゃない……。
自分は、どこまでもどこまでも野心のままに偉くなっていくのだ。
貧民に生まれた自分でも、チャンスさえ与えられればもっと偉くなれる。それを証明するために権力の階段を上っていかなければならない。
リシェルの護衛をやっているのは、そのための通過点にすぎないのだ。
ディオスは夢想を振り払って、リシェルの後ろをついて行った。
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