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第七話:護衛と皇子、プライドが邪魔をしてケンカするの事

  「おいリシェル、てめー何読んでるんだよ」 「そなたの仕官先を探してやっているのだ」  深夜近く。ランプの灯りの下でリシェルが机上に広げているのは、王族、名だたる貴族の家系図、そして紳士録であった。  ディオスは身分が低い。いくらリシェルという後ろ盾があっても、他にいくらでも選択肢がある良家に選んでもらうには、突然見合いを持ちかけるよりも、まずは家臣として仕官し、見た目と野心を生かして令嬢を篭絡してもらったほうがよいだろう。  リシェルが調べたところ「ディオスに仕官してほしい」「見合いしてほしい」という書状を送ってくる家は、今のところ、当主や娘の能力や人格に問題ありだとか、爵位はあるが領地が経営困難に陥っているなどの、何らかの「ワケあり物件」であった。  だから、年頃の娘がいて、当主になれるチャンスがあり、それなりの財産があって、異常者がおらず、リシェルに好意的で、そこからさらに上を目指すこともできる家を探しているのだ。  紳士録の情報は若干古いので、最近寄せられた婚約の情報なども踏まえて、相手の決まった令嬢を候補から消していく。  ──世の中つまらぬものだな。  どうやら無能だが安全で身分ある男のほうが、縁談相手として人気らしく、リシェルが「悪くない」と思う家に限って、すでに婚約相手が──しかもディオスよりも全然大したことのない男が──決まっているようだった。  ──ディオスのほうが強くて、見た目がよくて、守ってくれて、強引に抱いてくれて……。  いや、そんなことを考えている場合ではなかった。  ──いっそのこと、エトルスカ家に奉公させるのも手かもしれないな。  先方は、リシェルの腹心の部下である(と思っている)ディオスが身内にいれば、余計なことはできないだろうし、表面的には融和ムードを演出することもできる。多少冷遇されるかもしれないが、そこは持ち前の上昇志向でのし上がってくれれば── 「……余計なことすんなよ」  考えにふけっていると、ディオスが机上から、リシェルのメモした「ディオス仕官・見合い先候補一覧」を奪い取った。 「余計なこととはなんだ。重要なことであろう」 「俺は、全部自分で手に入れる! お前に見繕ってもらう必要はねえ!」  ディオスは怒りをあらわにし、メモを引き裂いて空中に放り投げた。 「何をする! いくらそなたが自分に自信があったとて、先方はそれを知らぬのだ。私が間を取り持ってやって、何がおかしい」  リシェルがガタッと椅子を蹴って立ち上がると、 「おかしいだろ!」  と叫んでディオスはまなじりを上げ、リシェルの肩を思い切りつかんで、ベッドに突き倒した。 「自分が何やってるのか、わかってんのかよ!? お前がやってることこそ、おかしいだろ!」 「どういうことだ、この無礼者!」  立ち上がろうとするリシェルの手首をディオスがつかみ、ベッドに押し倒そうとギリギリと押してくる。 「……わかんねえんだったら、言っても意味ねえよ!」 「貴様!」  足をジタバタさせてディオスの上半身をボコボコと蹴ったが、鍛え抜かれた身体はびくともしない。  猛禽めいたディオスの鋭い瞳は、リシェルをまっすぐに睨んでいる。  はあ、はあ、と肩で息をつきながら、ディオスは、垂れ下がる前髪がリシェルの頬に触れそうなほどの距離まで顔を近づけてくる。 「お前、俺のことどう思ってるんだよ……」  鋭利な刃物で胸を突かれたように、リシェルは息ができなくなって言葉につまった。  二回も身体を重ね、甘い声を上げて絶頂し、それなのにディオスの見合い先を見繕っているのだ。  しかし、リシェルは初めての夜のことを忘れていることになっているので、リシェルにとってディオスは、「落とし穴の中で淫らな行為をしてきた強姦魔」のはずだ。  ディオスだって、リシェルと初めてした時のことを覚えていないのだ。  ムラムラして一回致しただけの関係であり、「どこまでも上に行く」というディオスの野心にとっては些細なことにすぎないはずだ。   なのに何故そんなことを言うのか……。  悲しくなってきたが、ここで「本当は好きだ、初めてした夜のことも覚えている」と言ってしまったら、それはディオスの将来を束縛してしまうことになる。  目を合わせると、言ってはいけないことを口走ってしまいそうで、ディオスではなく天井を見ながらリシェルは努めて無表情で言い返した。 「……そなたこそ私をどう思っているのだ。生まれが恵まれただけの金持ち皇子か、それとも成功するための踏み台か?」  ディオスは手首をつかむ力を緩め、しばらくリシェルを見下ろしていたが、目線を外してふてくされたようにボソッと言った。 「……お前が言わなきゃ言わねえ」 「……奇遇だな、私もそなたが言わねば言わぬぞ」 「ともかく! 俺は自分で何もかも手に入れるし、おかしいのはお前だからな」  そう言い捨てると、ディオスはリシェルの手首をパッと離して立ち上がり、自分のベッドにもぐりこんだ。  ──そうだ、おかしいのは私なんだ。だから気にせず、どこへでも行ってくれ……。  自分で自分の願いに傷つきながら、それでもリシェルは祈った。

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