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ヒトは晩酌を続けていたけど、突然なにかを思い出したらしい。
「あっ。そうだ、カワイ。今日職場で、変質者の情報が回ってきたんだ。買い物とか行くとき、気を付けてね?」
「変質者?」
魔界では聞かない単語だけど、意味は分かる。悪魔にとって人間はそもそも変わり者だけど、きっとこの【変質者】は人間にとっての変わり者だ。
「そう、変質者。年齢は五十代頃で、背が低めの小太りな人間の男だよ。なんでも、挨拶をしてから道を訊いてくるんだってさ」
「困ってるだけの人間じゃないの?」
「口頭で説明しようとしたりスマホの地図アプリを勧めたりしても、頑なに『連れて行ってくれ』って言うんだってさ。で、挙句の果てには腕を掴んで逃げられないようにしようとしてくるらしいよ」
「なるほど、それが変質者」
ボクが言葉の意味を理解していくと、頭上から声が降ってきた。もちろん、ゼロタローの声。
[なるほど、変質者ですか]
「そうそう。だから、ゼロ太郎にはカワイが買い物に行くとき──」
[──つまり、主様のことですね]
「──ちょっとは発言を迷おう?」
いつも通りのやり取りだ。仲良しで羨ましい。
ヒトはガクリと肩を落として、目に見えて落ち込んだ様子でビールを注いだコップに口を付けた。
「はぁっ、まったくもう。ゼロ太郎まで月君と同じことを……」
ヒトが呟いた、名前みたいな単語。ボクはすぐに、聞き返す。
「ツキクン?」
「あ、そっか。カワイは意識がなかったし、憶えてないよね」
意識が、なかった? なんの話だろう?
「月君は、倒れていたカワイを俺と一緒に見つけた男の子だよ。で、俺にとっては会社の後輩」
そうなんだ、知らなかった。ボクは頷く。
「そのツキって人間と、変質者についてなにかあったの?」
「あー、うん。ちょっとね」
ヒトは遠い目をしてから「あはは」と乾いた笑いを零した。
それから「実はね」と前置きをしてから、ヒトの回想が始まる。
変質者情報の掲示板を職場で発見したヒトは、ツキって人間とこんな会話をしたらしい。
『十代から二十代前半の若い男を狙う男、ですか。……もしかしてコレ、センパイのことですか?』
『月君の中で俺って、そんなイメージなの?』
ヒトの回想、終了。
「月君曰く『迷いなく即決でカワイ君を拾ったじゃないですか? あれって、見ようによってはヤベェ奴だよなぁ~』だってさ。笑顔で先輩をヤベェ奴認定するのはやめてほしいよね?」
「そんな話をしたんだ」
可哀想。ヒト、涙目。
ここはボクが、ヒトを励まさなくちゃ。トンとヒトの肩を叩いて、ボクは真っ直ぐな視線を向けた。
「ヒトはいい人間だよ?」
「カワイ……!」
「確かに、他の人間を【普通】と定義するなら、世界にとってヒトは【変質者】になるのかもしれないけど」
「カワイっ?」
あれ、なんでだろう。ヒトを励ましたつもりなのに、ショックを受けたような顔をされた。人間のデリケートさは、人間界の冗談と同じくらい難しい。
ボクはヒトの肩をぽんぽんと何度も叩いた。そうするとヒトは「『ヒト大好き』って言って……」と呟いたから、なんだかボクが追い詰めちゃったみたいだ。
もちろん、ボクはヒトに「大好き」って言った。そうするとヒトはパァッと明るくてカワイイ笑顔を見せてくれたけど……。
[──そういうところが変質者と言われる要因なのですよ]
「──絶対ゼロ太郎にそう言われる気がしたよ!」
ゼロタローがそう言ったから、ついにヒトはテーブルに突っ伏しちゃった。よしよし、よしよし。
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