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「──行くよっ、カワイ~っ! ……それ~っ!」  ホームセンターでグローブとボールを調達した俺たちは今、マンションの裏──お花見をした場所でキャッチボールを始めていた。  カワイはグローブの使い方も分かっていないくらいの、超初心者。俺が投げたアンダースローなボールを取るのにも真剣で、必死だ。そんなところも最高に可愛い、ありがとう。 「わっ、ととっ。……あっ、取れた。ボール取れたよ、ヒト」 「良かったねぇ~っ」  これが、父性ってやつか。ボールをキャッチした手を嬉しそうに上げているカワイを見ると、堪らない気持ちになる。 「前にヒトが宴会の後……酔っぱらった時に言っていた、キャッチボール。実際にできて、すごく楽しい」 「本当? そう言ってもらえてなによりだよっ」  カワイは【投げる】と言うよりも【押し出す】と言えるような投球で、俺とのキャッチボールに臨んでいた。  ヒョロヒョロと不安定な軌道の球が、俺のグローブにすっぽりと収まる。 「ヒト、スゴいね。ボクがどんなボールを投げても、取ってくれる」 「まぁねぇ~? カワイが俺に投げてくれたボールなら、命を賭してでも絶対に取ってみせるよ」 「すごい。ヒトはキャッチボールのプロだね」 「本当? カワイに褒められると嬉しいなぁ~っ」  表情が大きく変わっているわけではないけど、様子を見れば一目瞭然だ。カワイは初めてのキャッチボールに、とってもはしゃいでいる。  キャッチボールというものは、なんとも不思議なコミュニケーションだ。言葉がなくても、気持ちが伝わる気がするから。  ……そうだ。試しに、ありったけの想いを込めてみよう。カワイ、今日も可愛いよ。大好きだよ~……っと。 「今のボール、取り易かった。ヒト、優しい」  しまった! 想いを受け取ってほしさに、つい優しい投球を!  まぁでも、カワイが喜んでくれているならなによりだ。和やかな空気のまま、俺たちはボールを交わした。 「いいよね、キャッチボールって。なんて言うかさ、言葉がなくても気持ちが伝わる感じがしない?」 「少し、分かるかも。ヒトの言う通り、ボールをキャッチする度に嬉しい気持ちになる」  良かった、喜んでくれているみたいだ。嬉しそうで楽しそうなカワイを見ていると、俺も嬉しくなる。  ……本当に、すごく嬉しい。こうして、誰かと──家族と、キャッチボールができているなんて。 「……俺さ、子供の頃は野球部に入ってたんだ。こう見えて、結構すごい選手だったんだよ? 自分で言うのもなんだけど、将来有望って感じでさ」  安息感と、充足感。……それと、温かさとは違う小さな感情が、ひとつ。  カワイは「そうなんだ」と言って、話を聴いてくれている。 「うん、そうだったんだ。……でもね、辞めたんだよ」 「どうして? 飽きたの?」  温かくて嬉しい気持ちを受け取る度に、小さくて暗い感情が込み上げてきた。……それの名前は【罪悪感】だ。 「ううん、違う。野球はずっと好きだったよ。好きだったけど、俺は野球選手にはなれないって分かっちゃったからさ」  ずっと、諦めてきた。ずっとずっと、願うことさえ烏滸がましいと分かっていたんだ。  だけど今、カワイがいる。ゼロ太郎もいて、俺はとても幸せだ。  だから、カワイには伝えたい。ゼロ太郎には出会った頃から伝えていた【本当の俺】を。 「……あのね、カワイ。俺、君に隠していることがあるんだ」  カワイからのボールを、難なくキャッチする。それをすぐには返せず、俺は一度、爪先で地面を擦った。  この子のことをどう思っているか、とか。この子にどんな感情を抱いているかとか、そんな話じゃない。俺は、そこで足踏みをする資格すらないんだ。  だって、俺は……。 「俺は、カワイが思っているような人間じゃないんだ。……ううん。【人間】じゃ、ないんだよ」  俺は、受け止めたボールを見つめた。それから──。 「──俺はね、悪魔と人間のハーフなんだ」  カワイに向かって、ボールを投げた。  きっと酷く、重たいボールを。

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