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キャッチボールを続けながら、俺は身の上話を始めた。
これ以上、カワイに隠し事をしていたくない。身勝手だけど、そう思ったからだ。
「父親は刹那主義の酷い悪魔だったみたいでさ。人間の女性との間に子供を作ろうって思った理由は【悪魔の子を人間が宿せるのか】って気になっただけなんだって。それで、産まれた俺を見て満足して、どこかに消えた。だから俺は、魔界のことも悪魔のこともなにも知らない」
「うん、そうみたいだね。ヒトは悪魔のことも魔界のことも、全然知らない」
「あははっ、ハッキリ言うね? ……だけど、俺の血には悪魔が混ざっている。だから俺は、なにを極めたってトップにはなれない。人間の血も混ざっているから、魔界でだってそれは同じ」
「だから、野球を辞めたの?」
「うん、そうだよ。ちょっと、子供っぽい理由かな? ……だけどね、子供の頃はそれくらいショックだったんだよ。俺の運動神経がいいのも、周りより要領がいいのも、全部【悪魔の血が混ざっているから】だって。そう考えると、なんだかね」
「そう、なんだね」
テンポよくボールを送り合っていると、カワイが突然動きを止めた。
「……カワイ? どうしたの?」
グローブで包んだボールを、ジッと見つめている。いきなりどうしたのか、俺にはカワイの考えが読めなかった。
俺が訝しんでいると、カワイはなにもなかったかのように顔を上げる。それから、閉じていた口を開いた。
「──ボク、野球なんてできないよ」
言葉と同時に、ボールが投げられる。さっきまでと同じく、ヒョロヒョロの球だ。俺は難なく、カワイが投げたボールをキャッチする。
「それはそうだよ。だってカワイは、野球の練習なんてしてないでしょう?」
「うん、してない。だから、ボクは野球が上手じゃない」
ボールを投げ返すと、カワイは不慣れそうな動きのままキャッチしてくれた。
それがまた、投げ返されて──。
「──だから、ヒトが野球を上手にできたのは【悪魔だから】じゃないよ。ヒトが【努力をしたから】だよ」
「──っ!」
グローブに触れた優しい球を、思わず、落としそうになってしまった。
「ヒトは一生懸命で、ステキな男。人間だからとか、悪魔だからとかじゃない。ヒトはヒトだから、すごくすごい男なんだよ」
「え、っ。そ、れは……。……あ、ははっ。カワイ? いきなり、どうしたの? さすがの俺でも、ちょっと照れちゃう──」
「──ヒト、茶化さないで。ボクを見て、ボクの声を聴いて」
「──ッ」
ボールを、投げられない。
「ヒトは違うの? ヒトはヒトを、そう思ってあげられないの?」
カワイが真っ直ぐ、俺を見ているから。その目から視線を逸らせないから、俺は動けなかった。
「俺は……。……俺を、俺は……っ」
グローブ越しに強く、ボールを握る。硬い感触が、手の平に伝わった。
……いつか。いつかあの人と──母親と分かり合える日がくるんじゃないかって。そうなりたくてがむしゃらだった頃も、俺にはあった。
いつか、俺たちを捨てた父親が帰ってくるんじゃないかって。戻ってきて、家族としての時間を過ごせる日が来るって、信じていた頃だってあった。
だけど俺は、ただの一度も──。
「──じゃあ、ヒトはボクを信じたらいい。そして、ボクが信じるヒトを信じてほしい」
カワイの言葉に、ついに俺は。
「カワイ……」
持っていたボールを、落としてしまった。
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